四十一話
新井君がかなり出世してる最新話です。
どうぞ。
第12独立魔術師団本部。
その東側を占める屋外訓練場の敷地内に、巨大な体育館のような建造物が存在する。
雨天の際や個別の訓練が必要なときのための屋内訓練棟である。
その中にある「体術訓練室」と呼ばれる部屋の隅に置いてあるサンドバックに、俺―――野上悠斗は、グローブに包まれた拳を叩き込んでいた。
現在ここ「体術訓練室」は、峯岸中隊が訓練として使用している。
基本的に防御に回るいわば「壁」要因である彼らは、基本的には業魔を直接迎撃する手段がない。
故に、彼らはこうして「体術」を使って業魔を迎撃する術を得る必要があるのだ。
具体的には空手、ボクシングなどの打撃系から、柔道、合気道などによる投げ技系などを中心に、皆が皆修練に励んでいる。
「シッ、シッ!」
歯の間から息を吐きだしながら、サンドバックにワンツーのパンチを叩き込んでいく。
俺のパンチがサンドバックを捉えるたび、天井から吊るされたサンドバックがギシギシと揺れる。
「(まだだ……まだ上がる……)」
俺の体が熱を帯びていく度に、パンチを打ち込む速度を早める。
「(もっとだ!もっと早く……!反撃の隙を与えちゃダメだ!)」
ワンツーをひたすら続け、拳を止めることなく打ち込み続ける。
「シッシッシッシッシッ!!」
怒涛のラッシュがサンドバックを連続で叩き、サンドバックを吊るす鎖が軋み始める。
そして……
「ストップ!そこまで!!」
その言葉を合図とし、俺はラッシュを止めた。
乱れた呼吸を整えて、結果の報告を待つ。
「30秒間でのパンチの総数は46回だね。」
そう報告した亜麻色の髪の少年は、俺の先輩であり友人でもある峯岸大貴。
ここの隊長である峯岸秋穂の弟である。
「まだまだだな。」
「そんな事無いよ。これだけ打てれば上出来じゃないか。」
「いや、戦場じゃ通用しない。タダでさえ障壁にスタミナが減らされるんだ。万が一壁を破られたときは、相手に反撃の隙を与えちゃダメだ。」
今やっているこの訓練は、あくまで「壁が破られた場合の対処法」に過ぎない。
これをメインに戦闘を行うわけではない。だからぶっちゃけそこまで必死にやらなくてもいいのだが、そういうわけにも行かない。
ボクシングは唯一俺の特技だからだ。
「守り」を徹底するこの部隊では、俺のボクシングの技は中々活きない。
だからこそ、いざという時のためにこうして牙を研いでいるのだ。
壁を破って油断したあいつらを、自らの手で叩きのめすために。
と、その時。
『……みんな、今日の訓練は終わり。お疲れ様。』
と、拡声器越しに峯岸隊長の声が聞こえてきた。
地声が小さいため、こうでもしないと皆に声が響かないのだ。
「終わりみたいだな。」
「そうだね。」
俺は手早くグローブを外し、拳に巻いていた包帯を取り除いた。
「腹減ったな。食堂行こうぜ。」
「そうだね。」
当面の目的が決まった。
パァン!と。
屋内訓練棟の「射撃訓練室」に、乾いた音が響く。
手首にまだ慣れていない反動が伝わり、それが右手を通って肩から抜けていく。
銃身のスライドが後方へと流れ、不要となった薬莢が薬室から吐き出され、床に落ちて、キンと甲高い音金属音を立てる。
銃口から放たれた黒い弾丸は、目の前の人型の輪郭をしたターゲットの中央からやや右にそれたところを撃ち抜いた。
再び狙いを定め、撃つ。今度は見当違いの方へと着弾した。
もう一度撃つ。今度は目標より少し下の方に着弾した。
撃つ。撃つ。撃つ。
それを繰り返す内に、私の前にあるデスクの上は空の薬莢が何個も転がった。
そして、最後のターゲットを撃ち抜き、目標が下に消えたことで、射撃訓練が終わった。
ターゲットがゆっくりと下に下がり、私の視界から消える。
そして真上のモニターに数値が表示された。
北方千秋 命中率 46%
それを見てから私はシューティンググラスとイヤープロテクターを取り、ふぅと息をついた。
私の名前は、北方千秋。
3日前、軍本部から来たお達しに従い、第0地区の養護施設を離れてここに来た新参者である。
今日は新兵の実力を図るべく、射撃訓練が行われていて、ついさっき私の訓練が終わったということだ。
「ふむ……まずまずって所かな」
声のした方を振り向けば、一人の少年が壁に寄りかかりながら立っていた。
少し童顔で、黒縁の眼鏡をかけている所はどこぞの優等生って感じだが、きっちり着こなされた軍服やまとっているオーラが、彼が只者ではないことを示している。
彼は、私が所属している浜崎中隊遊撃隊の隊長である新井健太だ。
入隊してわずか3ヶ月で隊長になったというトンでもない来歴の持ち主である。
「君、第0地区にいたという事はそれなりの訓練は受けているんだよね?」
「まぁ、はい。私のいる施設でもやってました。」
「なるほど……でもまだダメだよ。その腕じゃ君を実戦には出せない。」
新井隊長はそう言うと私の隣に立ち、訓練用拳銃を手に取った。
片方の手でディスプレイを操作し、躊躇なくターゲット出現難易度を最大にする。
この難易度は、始まってすぐに次から次へとターゲットが出てくる。
しかも出てきてわずか1秒の間しかターゲットが姿を見せないと言うトンでもない難易度だ。
そのうえ息付く暇もなく連続で、挙げ句の果てには変則的に二体同時や三体同時が出てくるおまけ付き。
こんな難易度を躊躇なく選択するとは……やはり只者じゃない。
「さてと……僕が軽く手本を見せてあげるよ。」
新井隊長はイヤープロテクターを装着し、手馴れた動作で銃を構える。
直後、人型のターゲットが下から目にもとまらぬ速さで飛び出してきた。
新井隊長は躊躇なく引き金を引き―――放たれた弾丸はターゲットの中央にある赤い点を完璧に打ち抜いていた。
それだけでもすごいのに、直後に出てきた複数のターゲットにも迷う事なく引き金を引き、弾丸は全てターゲットの中央を捉えている。
ターゲットが次から次へと出てきては、下に消えていく。
しかし、どのターゲットも下に消える時には、必ず中央部を撃ち抜かれていた。
「すごい……!」
私の口からはいつの間にか、そんな言葉が漏れていた。
銃に細工がされているわけでは絶対にない。
なぜなら新井隊長はホルスターに下げられている拳銃―――おそらくベレッタ系のハンドガン―――ではなく、私が使っていたものと同じ訓練用の拳銃を使用しているからだ。
なお、後々に知ることになるが難易度によって出てくるターゲットの位置が固定されているわけではない。
あくまでもランダムに入れ替わるそうだ。と、言うことは事前に場所を知っていてそこを狙い撃ちにすることも不可能。
つまり、今、私の目の前で起きている事は、全て新井隊長の実力で行われている事なのだ。
あっという間に全弾使い果たした拳銃は、スライドが完全に後ろに後退しきってしまう。
機械はそういった事も考慮に含め、全弾全て使い切った場合の計算で、3秒間全くターゲットを出さない。
リロードタイムという奴だ。
そして、完全に弾切れになることを予期していたように、新井隊長は動いた。
ボタン式のマガジンキャッチを吸い寄せられるように押し、スライドが前面に戻る。
そして、マガジンが重力に引かれて落下する時には、新井隊長の左手は新たなマガジンを掴んでいた。
空のマガジンが完全に銃身から抜けきった瞬間、新井隊長は拳銃を握った手を右に倒すように90度回転させた。
そこに新たなマガジンを差し込み、再び正面に構える。
私の時間感覚で申し訳ないが、おそらく新井隊長のリロード時間は1秒ちょっとだ。2秒かかっていない。
拳銃のリロードは数秒かかると言われているが、いくらなんでもこれは早すぎるのではないだろうか。
そして3秒後、ターゲットは二体同時に飛び出してきた。
しかし、新井隊長はこうなることが分かっていたかのように、冷静に引き金を連続で引いた。
いや、違う。
ちゃんと、ターゲットが二体に増えたことを理解し、一発一発、確実に、絶対に当たるように狙いを定めて、引き金を引いたのだ。
それがあまりにも早すぎて私の目にはパンパァン!と連続で引き金を引いたように見えたのだ。
そして、正確に計算され尽くした弾道は、寸分の狂いもなく、赤い点に吸い込まれていく。
その後も、2点バーストで放たれた弾丸は次々とターゲットを撃ち抜き、最後はターゲットが三体同時に出てきた。
残っている弾丸は3発。
銃声が響く。
まずは一発。
弾丸は完璧にターゲットを撃ち貫いていた。
続いて二発目。これもターゲットを撃ち抜いている。
そして三発目は、弾丸が射出されるよりも早くターゲットが下に降下していた。
これも後々知ることだが、このターゲット、3つが同時に、しかも1秒のみしか出現しないのだ。
この場合、0.2秒から0.3秒以内に次発を撃たないと、ターゲットは撃ち抜けない計算になる。
しかし、新井隊長は
パァン!と。
降下を開始して、今にも消えようとしているターゲットの中央を、完璧に撃ち抜いていた。
そして、新井隊長の射撃訓練が終わる。
モニターに表示されたのは
新井健太 命中率 100%
「ふぅ……拳銃の訓練は1ヶ月くらいしてなかったから心配だったけど、腕は錆び付いてないようだね」
このとんでもない命中率を、特に誇りもせずにため息をつきながらイヤープロテクターを外す隊長。
私は驚愕していた。開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
すごい所に入隊してしまった……と今気づくが既に後の祭りだ。
これからの事について少し心配になるが、
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。君もすぐに実戦に出れるレベルにまで僕が鍛えてあげるから。」
完全に見透かしていた隊長が、優しい口調で語りかけてきた。
と、その時。
きゅる~と。
新井隊長の腹部から、可愛い音が鳴った。
「ぷっ」
私が思わず吹き出すと、隊長は途端に顔を赤くしながら、額のあたりをポリポリとかきつつ
「いやぁ、すまない。どうも僕の腹の虫は正直でね。」
「そうみたいですね。ご飯食べにいきましょ?」
「あはは、そうだね。」
和やかな空気になった所で。私と新井隊長は射撃訓練室を出た。
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