三十四話
どうも、yutasoです。
今回の三十四話を持ちまして、「雷の戦女神」第二章「初陣、ウズベキスタン基地攻防戦」が完結となります。
それではどうぞ。
ウズベキスタン基地攻防戦から二日後。
青山焔は、団長室で報告書を記入していた。
4月25日の午後9時頃、ウズベキスタン基地からの援護要請を受理。
これに対し第12独立魔術師団は、4個中隊を援護に派遣。ウズベキスタン基地の救援に向かった。
しかし、到着した時には既に第10魔術師団はほぼ壊滅状態。
すぐさま戦闘を開始したはいいものの、敵の総数は近年類を見ない5万体以上。
多数の死者を出しつつも、なんとか敵の相当数の撃破、および撤退に追い込む事に成功した。
しかし、軍勢が完全に姿を消したのと同時、ウズベキスタン基地中央に大規模災害型個体「ヤマタノオロチ型」が出現。
4個中隊が応戦するが、大規模災害型の圧倒的な戦闘力を前に部隊は半壊にまで追い込まれた。
そこに救援に来た青山昇大佐が戦女神の力を用いて戦闘、ヤマタノオロチ型の討伐に成功。
しかし、今回の戦闘における被害はを考えれば、今回の戦闘は戦術的敗北である。
今回の戦闘における第12独立魔術師団の死傷者数
天川中隊 死者11名 負傷者32名
浜崎中隊 死者17名 負傷者24名
相沢中隊 死者21名 負傷者14名
峯岸中隊 死者13名 負傷者28名
第10魔術師団(ウズベキスタン基地)
死者・行方不明者 約7万8000人
負傷者 約1万2000人
以上の内容を要約した報告書を書き終えた青山焔は、深い溜息を付いた。
「(まさか、こんなにも犠牲者を出してしまうなんて……私がもっと早く来ていれば……!)」
何故、あの時自分一人でカタをつけるよう、昇に促さなかったのか。
何故、あの時仲間を信頼しようと思ったのか。
何故、あの時会議を副団長である紅井薫に任せなかったのか。
既に終わった選択肢が滝のようになだれ込んでくる。
「(私の……私のせいで……)」
激しい自己嫌悪に陥った焔の思考が加速する寸前、
『あーあーうるせぇな!』
脳裏に響いた怒声の主は、青山昇だ。
「(昇……)」
『さっきからグチグチうるせぇよ!過ぎたことをいつまでも抱えやがって!』
昇の感情が、激しい爆発を起こしている。
彼自身も、自分の行動を悔やんでいるのだ。
「(でも……)」
『でもじゃねぇんだよ!お前がそうやっていつまでもグチグチしてると、こっちにまでマイナス思考が感染るんだよ。』
「(だからって、こんな時にポジティブに考えるなんて……)」
『じゃあ何か?お前が嘆いたら、死んだ奴らが帰ってくんのか?』
「それは……」
誰もいない団長室に、焔の声が反響する。
次の言葉を、反論をぶつけられない焔に、昇が現実を突き付ける。
『帰って来ねぇよ。お前がいくら叫ぼうが喚こうがな。』
「っ!」
ポロ、ポロと。
焔の目から雫がこぼれ落ちた。
それはとめどなく流れ続け、いつしか嗚咽と共に止まらなくなる。
「うっ、うぇぇぇ……うぇぇぇぇぇ……」
『おいおい泣くな泣くなって!?俺がワルモノみてーじゃねぇか!』
「だって……だってぇ……ひっぐ……」
『あーあーあーごめんごめん!俺が悪かったよ!』
少々言い過ぎてしまったと心の中で反省しつつ、昇はフォローに回った。
『だから今は、俺たちに出来る事をやろうぜ?』
「私達に、出来ること……?」
嗚咽混じりに問い返す焔に、昇はこう続けた。
『あぁそうだ。お前が泣いちまうようだと、死んだ奴らが安心して逝けねぇだろ?』
「……うん、そうだね。」
焔はハンカチを取り出し、目元の涙と一緒に心の中の黒い汚れを拭い取った。
澄んだ瞳のまま、焔はこう言った。
「じゃあ、あなたが報告書を書いてよ。」
しばらくの沈黙の後、昇は聞き返す。
『え?』
「え?じゃなくて。あなたが報告書書いてよ。」
『いや、何故?』
「何故って忘れたの?私たちで決めた「分担作業」を。」
『げっ…』
実は彼、青山昇は第2の人格である青山焔が現れた直後、仕事における役割を分担しようと決めていたのだ。
魔力が昇よりも高い焔が、基本的に戦闘をこなし、代わりに昇が報告書その他事務作業を受け持つ。
こうしてお互いの(というよりは焔の)長所を活かして生活することで、お互い平等に対等な立場で接することが可能なのだ。
『い、いいじゃねぇかたまには。お前が書類やってくれても―――』
「会議」
『ぐっ!?』
「英語話せない」
『ぎっ!?』
「Twelve」
『ぎゃっ!?』
書類をやることを渋る昇に、焔が痛い所をつく。
そう。役割分担などといっても、昇本人が面倒くさがりなせいで仕事が立て込み、彼が居眠りしている隙に焔が仕事を代わりにこなしたりしているのだ。
今回の会議での一件もそれの一つなのである。
そして結局、
「Change」
『分かった分かりました書類やりますからもうやめてください!!』
昇は後の書類すべてをこなさなければならなくなってしまった。
第12独立魔術師団本部基地には「兵舎村」と呼ばれる地区が存在する。
一般の兵士が寝泊まりするための宿舎が一箇所に集い、団地のような構造になっている場所で、屋外大訓練場に2つ。そして、一般兵器倉庫、武装実験場エリアに2つずつ存在する。
屋外大訓練場にはAエリアとBエリア、一般兵器倉庫にはCエリアとDエリアが存在し、北条の泊まる部屋があるのはAエリアだった。
なお、Aエリアには天川中隊が部屋ををまとめて取っている場所が存在し、北条誠は、先輩である望月拓哉と八重樫強志の3人で寝泊まりしている。
ウズベキスタン基地攻防戦から五日が経った日の夜7時。
先輩である2人が、食堂に食事をしている頃。
誠は、誰もいない部屋の自分のベットの上で横になっていた。
「……」
あの戦いの日以来、食事が喉を通らない。
以前は一日三食食べなければ身が持たなかったはずの彼の体は、今や一日一食の食事でも苦痛を感じるようになっていた。
寝ても覚めても、思い出すのは初陣の記憶ばかり。
あの時は状況が状況だったために、先輩たちの死にゆく様が記憶に残らなかった。
いや、違う。
シャットアウトしていたのだ。意図的に。
彼の脳が、精神的ショックを起こしかねない事象の記憶を一時的に遮断することで、無理やり戦闘を継続させていたのだ。
そして今、その遮断されたモノが、ここ数日間ずっと、滝のように蘇っているのだ。
先輩たちによれば「新兵によくある症状で、そのうち治る」と言われているが、誠自身はそんな気がしない。
むしろ、これからこういう状況に慣れてしまっていくであろう自分に、恐怖を感じてしまう。
「……っ!」
再び、嫌な記憶がフラッシュバックし、壮絶な吐き気が襲う。
右手を口元に当てることで、なんとかそれを堪える。
「クソッ……!」
このままでは埒が開かない。
そう感じた誠は、部屋を出ることにした。
誠が向かったのは、ヘリポートがある中央基地の屋上だ。
最近のヘリポートの材質にはアルミが使用されておりそれには「軽量で美しく施工が簡単」「弾性があり下階構造物への負担が小さい」等の理由が存在する。
しかし、彼はヘリコプターに乗るために来たわけではない。
ただ純粋に、高いところからの景色を眺めたくなっただけだ。
エレベーターに乗り込み「R」と書かれたボタンを迷わず押す。
わずかに下に押し込まれる感覚を数秒だけ体験し、エレベーターは上へ上へと進んでいく。
やがてエレベーターが止まり、鋼鉄の扉が開いた。
「っ!!」
誠は息を飲んだ。
エレベーターから吸い出されるように外へと飛び出し、ヘリポートを突っ切って、西側の手すりに掴まる。
視界に映る「第0地区」の街並みが、壁の向こうの山が、森が、そして空が。
すべて夕焼け色に染まっていた。
「すげぇ……」
目の前に広がる絶景を見て、誠は感嘆の声を漏らした。
それと同時に、今まで心の中を巣食っていたドス黒いモノが浄化されていく。
と、そんな時、
「お、今日は先客がいたか。」
後ろから響いた声を聞き、振り返った誠の視線の先にいたのは、だらしないことに定評がある一人の青年だった。
「団長……」
「よう」
昇は、そのままスタスタと誠の方へと歩み寄り、誠の隣の手すりに両ヒジを乗せた。
「いいだろ、ここ」
眼前の絶景を視界に収めながら、昇が呟く。
「俺も戦闘や仕事が一段落したら、ここに来て夕日を眺めるのが日課なんだ。」
「そうだったんですか……すいません。大切な日課を邪魔しちゃって」
「いいっていいって。別に俺の特等席ってわけでもねーんだしよ。」
その顔に軽薄な笑みを浮かべてから、昇は誠に問うた。
「どうだった、初めての実戦は?」
「……」
誠の表情が曇る。
しかし、上官の問に答えるのは軍人として当然の事。
誠が重い口を開いたその時、昇が早口にこう言った。
「そうだな……「戦ってる最中はそうでもなかったけど今思えばすごく怖いし辛いし苦しかった」って所か?」
「っ!?」
誠は、まるで自分の頭の中を覗かれているような、妙な感覚に襲われた。
「な、なんで……」
思わず聞き返した誠に、昇は
「あははははははっ、なーに。俺が昔そうだったってだけだよ。」
再び軽薄な笑みを浮かべてそう返した。
相変わらずデリカシーの欠片もない人だな、と誠が思った時。
急に昇の顔が真剣さを帯びた。
「なぁ、誠。」
「は、はい?」
思わず気圧される程の顔で、昇は問う。
「お前、まだ戦いたいか?」
その問いを愚問だと感じた誠が、当然だと答えるより先に、昇が畳み掛けた。
「業魔とじゃない。死の恐怖とだ。「お前はまだ、仲間の死、先輩の死、友人の死。そして自分の死の恐怖と戦いたいか?」
「……」
誠は即答できなかった。
彼の答えを妨げたのは、脳裏に焼き付いて離れない5日前の戦い。そこで感じた、紛れもない死の恐怖。
これから先、何十、何百という人間が目の前で命を落とすだろう。
お前はそれに耐えられるか?昇はそう聞いているのだ。
そう知覚した瞬間、誠はこの質問の意図を悟った。
これは試験だ。新兵が、この先も戦っていけるかどうかを確かめるための試験だ。
「戦いたくない」と返せば、今ならまだ死の恐怖から逃れられるかもしれない。
逆に「戦いたい」と返せば、これからも人類のために命を賭すことになるだろう。
その問いに、誠が返した答え。それは――――
「戦いたくなんかありません」
それは、心の叫び。
「そりゃ死ぬのは怖いですよ。あんな死に方なんて、俺はしたくない」
それは、北条誠という一人の少年の、魂の声。
「だけどその恐怖から逃げたりもしません。」
その中に存在した、
「だって、それをしたら負けを認めているようなものですから」
明確なる、自分の意思。
「たとえ業魔に殺されて死んでも、自分自身で「負け」を認めたくなんかない!」
「……」
そんな誠の瞳から目を逸らさず、じっと見続ける昇。
十秒ほどの沈黙を挟み、やがてその表情の口元に、小さな笑みが生まれた。
「ふん、いい答えじゃねぇか」
昇は誠に向き直ると、右手を差し出した。
「これからも、よろしく頼むぜ。北条誠曹長」
誠も口元に笑みを作りながら、右手を前へと伸ばした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。青山昇団長」
ガシッ、としっかりと握手を交わす二人。
彼らはやがて、互いに背中を預けて戦う「戦友」同士となるのだが、今の二人には知る由もなかった。
はい、と言うわけで二章終了です。
いやー長かった。
途中スランプに陥ったり、文字データが吹っ飛んだりと踏んだり蹴ったりでしたが、なんとかここまでたどり着くことができました。
どれもこれも、応援してくださってるみなさんのおかげです。
さて、次回からは第二章終了時点のキャラクター紹介を挟んで、第三章へと続きます。
お楽しみに!