三十三話
お待たせいたしました。
第三十三話です。いつも以上に拙い文だとは思いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
それではどうぞ。
荒廃したウズベキスタン基地の滑走路に、多数の輸送機が停まっている。
第12独立魔術師団本部から来た補給部隊と衛生部隊だ。
衛生部隊が野営テントを張り、そこで怪我の具合の酷い兵士から順に治療を施していき、補給部隊が安全が確認された兵士から基地へと帰還させる。
戦いは、まだ終わっていない。
怪我人が苦しそうに呻き、医療班が走り回る。
輸送機の窓の外から見えるその光景を見ながら、信司は呟いた。
「これが戦争か……」
負傷した箇所を包帯やガーゼで処置した信司は、今、離陸前の輸送機の中にいる。
安全が確認された兵士として、基地へと帰還する許可が下りたのだ。
まだまだ動ける自分が、こんなにも早く離脱して良いものなのか。
しかし、なにか手伝えることがあるか?と医療班に問い、帰ってきた答えは「今すぐ帰ってくれ。それが何よりの救いだ」と言われた。
確かに、医療技術など全くない自分があの場に残ったところで、お荷物にしかならないだろう。
それを考えれば、確かに自分などいない方がいいのかもしれない。
だが、どうにもやりきれない感がするのは、信司がまだ「青い」からか。
「(誠達はどうしただろう?ちゃんと生きてるのかな?)」
友人達の安否を心配した時には、輸送機のエンジンがかかっていた。
ウズベキスタン上空。
「終わったね……。」
呟くのは、右足にギプスを嵌めた亜麻色の髪の少年、峯岸大貴。
「そうだな……」
そう返すのは、あちこちにガーゼなどを貼られたリーゼントヘアが完全に崩れた野上悠斗。
そんな二人がいるのは、既に空中を飛行している輸送機の中である。
「どうだった?初めての実戦は。」
大貴が悠斗に問う。
数秒の沈黙を開け、帰ってきたのはこんな回答だった。
「そうだな……すげー怖かった。」
窓の外の雲海を眺めながら、悠斗は言った。
「どうして?」
「なんて言うんだろ。死が身近に感じられたって言うか、生きてるのってすげーなって思ったんだ。」
それは、悠斗の心からの声だった。
人間は、危機的状況に陥ることで生きていることに感謝、感動が生まれる。
今回の悠斗の心境が、まさにそれであった。
「にしても……」
「?」
雲海に目をやっていた悠斗が、いきなり大貴の方を向く。
首を傾げた大貴の右足を見ながら。やがて悠斗が呟いた。
「何やってんだよお前」
「あははは……」
何が言いたいのかを悟った大貴が苦笑いする。
「ボロボロのくせして無理して走ったりするから疲労骨折なんてするんだよ。アホかお前。」
「し、仕方ないじゃないか。あの時は逃げなきゃいけなかったんだから。
そう。
実はあの時。ウズベキスタン基地で、自分の足で立って基地から離脱するために走った大貴なのだが、実は彼、基地の脱出を目前にして、右足の脛骨が折れてしまったのだ。
あの場に一緒に悠斗がいたから、彼に背負ってもらったものの、一人ならどうなっていたか。
想像するのも怖い大貴であった。
ウズベキスタン基地周辺の旧市街地。
生き残った兵士たちの治療及び搬送作業が終わり、全部隊が撤退の準備をしている頃。
「うっ……うぐっ……んぐっ……」
一人で嗚咽を漏らす新井健太の瞳からは、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
それらはすべて頬を伝い、アスファルトに染み込んでいく。
戦いによって無理やりつなぎとめられていた緊張の糸が、ついに切れたのだ。
彼の手には今、一丁のアサルトライフルが握られている。
遊撃隊の隊長であった中谷の物だ。
「(隊長……)」
2週間という短い間の出来事が、健太の脳裏にフラッシュバックする。
彼は健太に様々なことを教えてくれた。
効率のいいランニングの仕方、効果的な筋力トレーニングの方法、体をほぐすストレッチのやり方など、実用的なものはもちろん。
休憩時間はみんなでトランプやポーカーなどをしている事、須崎隊員が実はロリコンである事、鬼みたいに厳しい浜崎隊長だが、実は笑顔がすごく可愛い事などといった、裏話のようなものまで。
本当に色んな事を教えてもらってきた。
「(隊長が死んだのも……みんなが死んだのも、全部業魔のせいだ……)」
悲しみの海に沈んだ健太の心の中で、何かが弾けた。
「(殲滅してやる……業魔をこの手で……一匹たりとも逃さない……)」
それは怒り。
深い深い悲しみの海の底で芽生えた、冷たい怒り。
「(殺す……全部だ……全部殺す……)」
健太はこの日、業魔に対する明確な戦う理由を手に入れた。
離陸を開始した輸送機の中で、三人の少年が並んで座っていた。
一人は、頭に包帯を巻いた、黒い髪を角刈りにしたガタイのいい少年。
一人は、シャツに隠れて見えないものの、実は肋骨を折ってしまい、腹に包帯を巻いている金髪の少年。
そして最後の一人は、赤茶色の髪の毛が特徴の少年だった。
彼ら3人は、つい先程安全確認が取られ、たった今ウズベキスタン基地を離れ、本部へと帰還を開始したのだ。
角刈りの少年―――八重樫強志が呟いた。
「今回の戦いはキツかったな……」
普段は強気な彼が滅多に見せないため息。
それを見て多少驚きつつも、赤茶の少年―――通常状態の望月拓哉が返す。
「そうだな。俺もまさかヤマタノオロチが出るとは思わなかった。」
「仮にヤマタノオロチが出なかったとしても、今回は数が多すぎじゃあないか?」
「あぁ……最近勢いが増しているとは言え、いくらなんでも5万体は多すぎる。俺達だけでやれたかどうか……」
「……八重樫先輩」
そんな会話の合間、強志に話しかけたのは、今まで黙っていた金髪の少年―――北条誠だ。
彼の口調からは、いつもの覇気が感じられない。
おそらく今回の戦いで、いろんなことを一気に学びすぎて疲れているのだろう。
なるべく負担をかけないよう、強志は冷静に質問する。
「……なんだ?」
「俺が背負っていたあの女の子……どうなったんですかね?」
誠が言っているのは、ウズベキスタン基地から連れ出した、負傷兵である一人の少女の事だ。
かなり脈が弱まっていたこともあり、彼としては心配なのだろう。
強志が何か言う前に、その問いに答えたのは拓哉だった。
「なに、心配ねぇよ。うちの医療班は優秀だからな。あの女の子も、無事なはずだ。」
「……そう、ですよね。」
答えた誠の体から力が抜け、こてん、と。強志の体に寄りかかった。
「誠?」
返事の代わりに帰ってきたのは、スヤスヤと言う規則正しい寝息だった。
ウズベキスタン基地から、最後の輸送機が飛び立った。
中に乗っているのはパイロットを除き40人。
その内36人が、戦いの疲れのせいで既に熟睡している。
眠っていない残りの4人は、輸送機の中で今回の戦闘について語った。
「まさか、ヤマタノオロチ型が出るなんてね……」
「うちの部隊からも、かなり死者を出しちまった。あいつらには申し訳が立たねぇよ……」
「あたしの部隊のメンバーの大勢もヤマタノオロチ型に喰われちゃったよ。はぁ~」
「……私の隊からも、死人が出た。悲しい……。」
話し合っているのは、今回派遣された中隊の隊長達。天川雫、浜崎茜、相沢尊、峯岸秋穂の4人だ。
彼女たち中隊長は、このように同じ作戦を共にした仲間と、その作戦の反省会を開くのが習慣だった。
しかし、今回は戦況が戦況なだけに懺悔の場となってしまっていた。
そんな中、
「……尊。お前割と元気そうじゃねーか。」
茜はこんな時でもふざけた口調を直さない尊にしびれを切らし、食ってかかる。
「んー?全然元気じゃないよー?」
しかし、帰ってきたのは相変わらずどこかふざけている感のある返事だった。
「お前、いい加減に―――」
茜の堪忍袋の緒が切れ、罵声が浴びせられるかと思われたが、茜の口からそれ以上の言葉が放たれる事はなかった。
笑顔を浮かべている尊の目尻から、一粒の雫がこぼれ落ちたからだ。
「ごめんね……こうやってやせ我慢してないと、泣いちゃうからさ、あたし。」
「尊……」
「尊ちゃん……」
涙を流す尊の姿を見て、目頭から何かがこみ上げてくるのを感じた雫と秋穂は、咄嗟に顔を伏せた。
もらい泣きなど、したくなかったからだ。
しかし、そんな二人の意思を知ってか知らずか、尊の声は嗚咽混じりで、途切れ途切れになってしまっている。
「もう、ダメ……なみだ、が止ま、んないよぉ……」
茜は、そんな尊に頭を下げて謝罪した。彼女も悲しい思いをしている、そんな彼女に追い討ちをかけてしまった自分が情けなかった。
「……こっちこそすまねぇ。辛いのは、みんな同じなのにな……」
「「……。」」
茜の言葉に、再び沈黙が落ちる。
そんな彼女達の脳裏に、死んでいった部下や後輩たちの断末魔や、最期の瞬間が容赦なくフラッシュバックした。
「……ぐすっ、うぅ……」
そんなビジョンに耐え切れなくなった秋穂が、その場にうずくまって静かに泣き始めた。
「ダメ、私も無理……耐えられない……っ!」
顔を伏せ、きつく目を閉じていた雫だったが、やがてその目からも、瞼を焼くような熱い涙が溢れ出した。
全員がその場で啜り泣く様を見ていた茜は、
「泣くん、じゃねぇ、よ……」
自分の声が、嗚咽で途切れているのを知覚していない。
「泣く、んじゃね、ぇよ……っ」
しかし、彼女の目から溢れるその液体は、一体何なのであろうか。
答えを知る者は、この場にはいなかった。
それは、その4人全員が、基地に戻るその時まで、まるで子供のようにずっと泣き続けていたからだ。
最新話が出来次第、活動報告にてお知らせいたします。