三十二話
どうも、お久しぶりです。yutasoです。
予定からだいぶ遅れての投稿ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ。
「キュ、キュァァァ……」
化物の弱々しい呻きが、戦女神「炎王」の鼓膜を叩く。
戦闘開始からわずか5分。
戦況を支配していたはずのヤマタノオロチ型は、完全に追い詰められていた。
8本あった首は、たった1つしか残っていない。
同じく8本あった足と尾も、すべてが燃やされてしまい、移動か完全に不可能。
巨大な胴体には無数の火傷があり、何度も炎をその身に浴びた事が伺える。
「……」
炎王は今、そんな化物を見下ろしている。
靴底に魔法陣を出現させ、そこから炎を噴射し、それによって浮力を得ることで、彼女はこのような芸当を可能としているのだ。
言ってしまえば簡単なことかもしれないが、決して容易なことではない。
浮力を発生させるほどの炎を長時間噴射するには、かなりの魔力を必要する。
そして浮力を得たとしても、今度は精密な体重移動とバランス感覚が必要とされる。
青山昇にも出来ない芸当ではないが、本来の魔力の上限と、戦闘に使用する魔力の関係から飛行時間はわずか3分ほど。
青山焔であっても会議場からここまでノンストップで来る頃には、魔力は3分の1しか残らなかったほどだ。
この事から短期決戦ならともかく、長期戦での利用は非効率も甚だしい事が分かる。
しかし、戦女神「炎王」は違う。
炎王の魔力の上限は、魔女である青山焔のおよそ5倍。
さらに、戦女神には「魔力が自動的に回復する」というアドバンテージが存在する。
原理は不明だが、戦女神へと変貌を遂げることで、ある種の「永久機関」が体内に出現するらしく、その「永久機関」が、魔力を自動で回復させてくれるのだ。
「おかしいなオイ、お前こんなに弱かったか?もうちょっと強かったわよね?」
男と女が混ざり合ったような独特の喋り方をしながら、炎王は化物に問う。
当然ながら、彼女には傷一つ存在しないどころか、息切れすらしていない。
ヤマタノオロチが繰り出す攻撃が一発も当たらなかったのもそうだが、魔力の上限と共に基礎体力も大幅に底上げされているため、体力がほとんど減っていないのだ。
2年という月日が流れた中で、両者の間に生まれた差は、圧倒的に広がっていた。
「どうしたの?さっきみたいに体を修復しなくていいのか?」
業魔の生命力は人間の比ではない。
急所をつかない限り、その肉体は再生をはじめる。
それは当然、大規模災害型であっても例外などではなく、その再生能力はむしろかなり高い。
誠達がいくら首を落しても、すぐに生えてきてしまうのがその証拠である。
しかし、炎王と戦闘を開始してから5分。
ここに来てついに、ヤマタノオロチの再生が止まったのだ。
それは何故か。
「それとも、なんだ?もう再生する力も残ってないの?ハッ、哀れなものね」
「キェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
人語を理解できないはずの業魔が、まるで挑発に乗ったかのように咆哮を上げた。
更にドリュン!!と次から次へと傷口から新しい首が生え、胴体の火傷が修復されていく。
「おーおー、やりゃあ出来るじゃないのよ?」
感嘆の声を上げる炎王の前で、8つの首が動いた。
一箇所に集まり、互いに巻きつくようにその身を密着させ、一本の棒状にする。
巨大な胴体から伸びるそれは、さながら一本の巨大な砲身。
その方針の先端にある蛇頭の口が、一斉に開いた。
「ん?」
怪訝な顔浮かべる炎王の前で、突如、8つの赤い光点が生まれた。
それは蛇頭の口の中で光球となり、さらに大きくなるにつれて、油の粒のように一体化して巨大になっていく。
「なるほどね。一箇所に熱エネルギーを集約して、最大威力でぶっぱなそうって魂胆か。」
しかし、炎王は余裕を崩さない。
そこまで理解した上でこう続ける。
「来いよ三下。格の違いを教えてあげるわ。」
直後、
ドンッ!!!と。
炎王の視界が、赤い光で塗りつぶされた。
ウズベキスタン基地。
ボロボロの体をなんとか保たせ、八重樫強志と北条誠は走っていた。
その背中に二人の兵士を背負いながら。
「ハッ、ハッ、ハッ!!」
「急げ誠!あと少しだ!」
「は、はい!」
誠が背負っているのは、第10魔術師団の構成員であるひとりの少女だ。
ピンク色の髪をツインテールに纏めたその少女は、意識とがなく、呼吸と脈も弱まってきている。
早急に医療班による治療が必要な状態だった。
「頼むぜ、持ち堪えろよ!」
背中の少女に呼びかけながら、誠は足を動かす速度を上げた。
一方、強志の背負っていた兵士が目を覚ました。
「八重樫……さん……」
「新井!お前意識が戻ったのか!?」
バイザーの割れたゴーグルを頭に巻いた少年は、力なく続けた。
「俺なんか放って、逃げてください……」
「馬鹿なことを言うな!お前を置いていける訳無いだろう!」
「僕なんかが生きてたって、所詮は金魚のフンも同然です。ならいっそ、隊長の後を追ったほうがまだ……」
「ふざけるなッ!!」
強志の口から猛るような怒声が、健太の鼓膜を貫かんばかりに迸る。
「今の言葉、お前を逃がすために命を散らした中谷の死体の前でも言えるのか!?」
「……!」
中谷。
それは、浜崎中隊の遊撃隊の隊長を勤めていた男の名だった。
健太の、茜の地獄の特訓にも必死に食らいつくその様を高く評価していた彼は、ぜひ自分の遊撃隊に入れるよう茜に頼み込んだ。
そこまでして健太を自分の部隊に入れた彼は、健太に対してまるで父親のように接していた。
2週間という短い時間の中で、彼と健太は本物の絆で結ばれていたのだ。
そんな彼が、自分が命懸けで救った少年がそんなことを思っていたら、一体どう思うだろうか?
健太が答えを出す前に、強志は口早に捲し立てる。
「二度とそんな事を口にするな!!俺はお前の死は認めない!絶対にだ!!」
「八重樫さん……」
「ッ!八重樫先輩!見えました!出口です!!」
2人の視線の先には、鉄条網に挟まれたフェンスの開閉口が見えたその時だった。
ドンッ!!!と言う空気を爆発させたような爆音が、二人の耳朶を打った。
「なんだ!?」
「ッ、あれは!?」
振り返った二人の視線の先では、8つの首を一箇所に纏めたヤマタノオロチの口から、赤い光の柱が迸っていた。
おそらく、熱線の威力を上げるために密集しているのだろう。
現に、放たれている赤い光は、今まで見たことない程の巨大なサイズだった。
ただ、不可思議なことが一つだけある。
それは、光の柱が「伸びない」事だ。
今、業魔から放たれているのは紛れもなく熱線だ。それは間違いない。
業魔の放つ熱線は亜光速に匹敵すると言われている。
本来であればあの赤い光は、二人が振り向いた時には既に天を貫いているはずなのだ。
しかしどういうわけか、その光の柱は中途半端な所で停滞してしまっているのだ。
理由はすぐに分かった。
今、ヤマタノオロチと戦闘しているのは、青い髪をした一人の青年。
私生活だけでなく、勤務態度も怠惰なことに定評のある、第12独立魔術師団が誇るダメ団長。
「青山団長が……受け止めているってのか!?」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
腹から絞り出すような声を上げながら、炎王は迫り来る巨大な熱エネルギーの塊に対して、黒のレザーグローブに包まれた両手の拳を交互に、連続で、なおかつ高速で叩きつけていた。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!と、工事現場のような重厚な音が響き渡る。
ここで解説しておこう。
何故、炎王が拳を振り下ろすだけで、光の柱が停滞しているのか。
それは、炎王の拳から放たれている熱エネルギーが、熱線の熱エネルギーを相殺しているからだ。
今、炎王の体内では無尽蔵に溢れ出る魔力が両拳に集中し、それがグローブに刻まれた火炎系魔術の魔法陣と反応することで、莫大な熱エネルギーを常時放出している。
その状態の拳を、熱エネルギーの塊であるヤマタノオロチ型の熱線に連続で叩き付け、熱戦のエネルギーを消し飛ばし続けることで、光の柱が停滞しているように見えるのだ。
つまり、これは正確に言えば停滞ではなく、炎王の拳がヤマタノオロチ型の熱線を食い潰していると言った方が正しいのだ。
「ははははははははははははははッ!!やるじゃねーか!ちょっと見直したわ!!」
炎王は壮絶な笑い声を上げながら、拳を振り下ろし続ける。
「だけど、俺を殺すには、あと一歩届かなかったわね!」
そう言ってから、炎王は左の手を開き、前へと突き出した。
紅蓮の魔導シールドが展開し、ヤマタノオロチの熱線を放射線状に受け流す。
右手の拳に魔力を込める。
複雑な術式はいらない。
脳内で組むのに必要な術式のレシピは、火炎系、打撃、破壊の3つだけでいい。
これらに相当する記号を、規則正しく並べ、右手に移動した魔力に上乗せする。
瞬間、右手のグローブに描かれた魔法陣が、たちまち赤く染まり、やがて白さを帯びていく。
そして、魔導シールドを解除したのと同時、
「ずおりゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
裂帛の気合いを喉から迸らせ、炎王は右拳を熱エネルギーの塊へと突き込んだ。
ボンッッッ!!!!!!!!!!と言う爆音を轟かせたその一撃は、ヤマタノオロチ型が最後の力を込めて放った一撃をいともたやすく消し飛ばしていた。
「カッ!!?」
「何よその顔。「ば、馬鹿なッ!!?」ってか?」
業魔の表情に思わずクスクスと笑った炎王の視界に、何かが映った。
それは一つの煙。
空に放たれた信号弾による、合図。
それは、ウズベキスタン基地にいる、全残存兵力の撤退を意味していた。
口元がニヤリと歪む。これで思い切りトドメをさせると言うものだ。
ヤマタノオロチ型に向き直った炎王は、堂々と宣言した。
「さて、お前という一匹の化け物に敬意を評し、俺も全力で息を止めさせてもらうわ」
右手を頭上に掲げ、術式の構築を開始する。
使用する魔力は本来の上限の三分の一程度だが、そでもA級魔術師6人分に相当する。
レシピに必要なのは火炎系、大規模、破壊の3つだけ。
それらに魔力を乗せて、右の手のひらから真上へと出力する。
するとどうだろう。
炎王を中心とした巨大な魔法陣が、空に浮かび上がったではないか。
その大きさは、ウズベキスタン基地の面積とほぼ同じ。
これから儀式でも始めるのだろうか、と疑いそうになるほどの規模だった。
「キェ……!!」
ヤマタノオロチ型が、ここに来て初めて本能的危機を感じた。
なんとかしなければ、自分は死ぬ。それこそあと数秒後に。
しかし、何も出来ない。
先程の、自分の全てを賭した一撃を防がれてしまっては、もう勝てないと言う事がいやでも知覚出来る。
そして、ヤマタノオロチ型が、明確な恐怖を感じた時だった。
彼には理解できない言語で、眼前の女神が囁く。
「あばよ、ヤマタノオロチ。もう復活したりするんじゃないわよ?」
女神の右手が振り下ろされた瞬間、
世界から、色が消えた。
2016年 4月26日。午後2時33分
「業魔」大規模災害型個体ヤマタノオロチ型、討伐完了。
次回の投稿予定は2月以降になります。
なるべく急ぎます、はい。
それだはまた