二十八話 前編
皆さん、お待たせしました。28話です。
今回も区切りがつかなかったので前後編でお送りします。
それではどうぞ。
護衛対象であったウズベキスタン基地の中央部。
そこに「それ」はいた。
硬質化した黒い皮膚。赤い光を放つ目。
間違いなく業魔だ。
だが、ほかの個体と決定的に違う部分が二つある。
まず一つ、その規格外な巨大さだ。
あまりにも大きすぎるその巨体の全長は、どう少なく見積もっても700メートルはある。
そして、もう一つはその形状だ。
8つの蛇の頭と、ワニのような8本の尾と8本の足を持ち、それらは全て1つの胴体に繋がっている。
その異形を見て、一人の兵士の顔が青ざめた、震える指で目の前の怪物を指差し、痙攣を起こしている唇で、なんとか言葉を紡ぐ。
「そんな……バカな……なんで…なんでコイツが……!?」
兵士は知っていた。
この異形の存在を。
かつての仲間たちを数え切れぬほど死に追いやり、そして2年前に「二人の女神」によって葬られたはずの個体。
「なんで……なんでヤマタノオロチ型がいるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!?」
そう、彼らの目の前に現れたのは、存在そのものが厄災と変わらないと言われている化物。
大規模災害型個体「ヤマタノオロチ型」であった。
「キシェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
化物の咆哮が大気を揺るがす。まるで、自らの復活を祝うかのように。
「ゲートを守りきれたと思ったらこれかよクソッタレ!!」
第12独立魔術師団、浜崎中隊隊長、浜崎茜中尉の怒声が響くが、基地全体を包む喧騒と衝撃音でいとも簡単にかき消されてしまう。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないわ!全軍!基地中央部に出現した大規模災害型「ヤマタノオロチ型」に一斉攻撃!何としても仕留めなさい!!」
そう叫ぶのは同じく第12独立魔術師団、天川中隊隊長 天川雫大尉だ。
彼女は、右手に握られたひと振りの剣―――クレイモアに魔力を注ぎ込む。
すると、一瞬の眩い光と共に、剣の刀身を、それより二回り巨大な氷の刃が包み込んだ。
雫は、大きくなったクレイモアを両手に持ち、ヤマタノオロチ型に一目散に駆け出した。
「(どういうこと?この個体は確かに青山くん達が仕留めたはずなのに!?)」
茜にああいった彼女だが、やはり驚きを感じないなんて事はない。
しかし、彼女はすぐにそれを現実問題として受け入れ、状況の改善に務める。
戦術を立案すべき者に必要なものは、こういった冷静な判断力なのだ。
「(どうすればいい?どうすれば勝てる?考えなさい、考えるのよ雫!)」
自らに暗示をかけながらも走るペースを落とさない彼女は、やがてひとつの結論に達した。
いくら相手が大きかろうが、業魔は業魔だ。
弱点を付けば勝てないはずはない。
「(そうよ、首だわ!)」
業魔の生命力は人間の比ではない。たとえ四肢を切断しても驚異となりうる個体だっている。
しかし、首や心臓、脳と言った、どれだけ生命力が高かろうとどうしようもない部位も存在する。
業魔との戦いでは、その弱点をいかに素早く突けるかが、勝敗を分かつ鍵となる。
「(首を全て落とせば、奴も活動できないはず!!)」
化物との距離が10メートルを切った所で、彼女は思い切り左足を踏み込み、首の一つへと跳躍した。
「はああああああっ!!」
空中で体をひねり、回転を加えながら、雫はクレイモアを業魔の首へと振り抜いた。
しかし、
「ッ!?」
どすっ、と言う音と共に返って来たのは、まるで「サンドバッグを木刀で殴った」ような手応えの無さだった。
見ると、確かに黒い皮膚に刀身が抉りこんではいるのだが、それもわずか5センチほどで、骨には全く届いてない。
「(嘘でしょ!?首を断てなかった!?)」
と、その時。
首を攻撃されたことを知覚したのか、別の首が雫の眼前に現れる。
「しまっ―――!?」
雫は半ば本能的に、左手を突き出し、掌から魔法陣―――魔導シールドを出現させた。
直後、
ドォン!!という爆音と共に、蛇頭の口から射出された火球が、魔導シールドに着弾した。
「雫!!」
相沢尊がそう叫んだとき、雫は既に20メートル以上の距離をノーバウンドで吹き飛ばされていた。
「よくもぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
業物の日本刀を構えながら、尊は一気に業魔との距離を詰める。
事前に尊の存在に気づいた首の一つが、先ほど雫にやったように、火球を彼女へと飛ばしてきた。
尊は、それを避けようとせず、愛刀に魔力を注ぎ込んだ。
途端、彼女の刀は無色透明な真空波を纏い、その切れ味を恐るべきものへと変貌させていった。
「うりゃあああっ!!」
刀を真上から振り下ろし、迫り来る火球を、文字通り一刀両断した。
二つに分かれた火球は、尊の背後に着弾すると、轟音と共に爆炎を噴き上げた。
それを無視して尊は、今火球を放った首へと跳躍する。
「てぇぇぇぇぇい!!」
横薙ぎに振るった一太刀は、美しい弧を描きながら、業魔の蛇頭の首へと吸い込まれていった。
圧倒的重量で「叩き切る」ことを前提とした雫の氷のクレイモアとは違い、標的を完全に「断ち切る」ことに特化した尊の刃は、まるで「豆腐に包丁を入れる」かのようにスッと入っていき、骨をも断ち切り、スパン!と、業魔の首を一瞬で飛ばした。
「よし!コイツの切れ味なら!!」
一つの首を両断し、地面に着地したまさにその時。
バクン!と、真横から別の首が尊の体を飲み込んだ。
「!?」
一瞬で業魔の口の中に放り込まれた尊は、パニックに陥りながらも、愛刀をその場で振り回した。
業魔の下顎を切断し、難なく脱出した尊だったが、地面に着地した途端、全身から力が抜けるのを感じた。
「あ……れ……?」
そのまま為す術なくうつ伏せに倒れるが、もはや感覚そのものが死んでいた。
「(まさか……毒!?)」
遅ればせながら、全身がヌメヌメした体液に濡れていることを知覚した彼女は、業魔の口内で、毒をまともに浴びてしまったのだと理解する。
「(まずい……このままじゃ次は本当に食われる!!)」
すぐに離脱を試みるが、手足どころか首も動かせない。神経毒の類のようだ。
尊は即座に術式を組み上げ、魔力を流し込む。
手足も動かせない状況で、彼女が行った行動とは、
ゴッ!!と、うつ伏せに倒れる自分の体と地面の隙間に暴風を発生させることだった。
行き場を失った風が、彼女の体を20メートル上空へと吹き飛ばす。
彼女がいた場所を、蛇の頭が通り過ぎる。
空中でそれを知覚しながら、浮遊感すら感じない体を、どうにかして動かそうと必死になった。
だがダメだ。
「(こんな状態じゃまともに着地なんて出切っ来ない!)」
そう思考する間にも、地面は刻一刻と迫る。
その時だった。
突如として地面から巨大な腕が生えた。
人間の腕の形状をしたそれは、見る限りではおそらく土で出来ており、うねりながら尊へ迫り、指をめいいっぱい広げると、手のひらの中に彼女の体を収めた。
土で出来た指が、彼女の体を優しく包む。
「(これは……)」
「……良かった、怪我はないみたい。」
そう言ったのは、第12独立魔術師団、峯岸中隊の隊長。峯岸秋穂だった。
彼女は腕を操作すると、自分の腕の中へ尊の体を預けさせる。
尊は、彼女に逃げるように言おうとする。
しかし、呂律が回っていないためか、上手く言葉を紡げなかった。
「あき、ほ……ッ!」
が、それでも言いたいことは伝わったらしく、
「……でも大丈夫でもないみたい。すぐに離脱しよう。」
そういった彼女の左右から、同じように土の腕が飛び出て来た。
いや、その表現はおかしい。
正確に言えば、彼女の横一列に並ぶように、土の腕が次々と生えてきたのだ。
それらは皆、一斉に握り拳を作ると、ヤマタノオロチ型へと果敢に殴りかかっていった。
「……私の「腕」達が足止めしてる間に行こう。」
尊の体を肩に担いだ秋穂は、そのまま後ろを振り返り、一目散に走っていった。
次回の投稿予定日は12月31日の大晦日と元旦の間!!
新年到来と共にお送りしたいと思います!
まぁ、ハッピーニューイヤーのほとぼりが冷めたあたりにでも読んでください。
それでは皆さん、よいお年を!