二十七話
お待たせしました。二十七話です。どうぞ!
子猫のように華奢で小柄な体格。
長い白金色の髪。
両手首から先に伸びた、獣の手ような形状をした氷の外部骨格。
丈の長い漆黒のコートを羽織った背中。
誠の目の前に現れた一人の幼い少女は、彼の方へと振り向く。
少女はその純真無垢な印象を受ける顔立ちに、かすかな微笑を浮かべ、彼にこう言った。
「おう、誠。大丈夫かの?」
「…へ?」
その、どこか年寄り臭い喋り方に首を傾げる誠を見て、大丈夫だと判断した少女は、再びカメ型の方へと視線を向ける。
「ならそこで少し待っていろ。わしが全て終わらせる。」
そう言うと、少女は一直線に業魔目掛けて駆け出した。
またたく間に距離を詰めた少女は、カメ型に飛び掛り、すべての岩を射出して丸裸になった甲羅に、右の「手」の爪を振り抜いた。
バキィン!と言う音を誠が知覚した時には、少女の「手」の指が、三本ほどへし折れていた。
「むぅ!」
少女は甲羅を両足で蹴り、反作用の力で後方へ飛び退り、距離を取る。
自分の右手をチラリと見てから、
「やはり、あの甲羅は簡単には破れんか……」
背中の岩を無くした状態の、ただの甲羅を背負ったカメ型は、少女の方を向くと口を大きく開けた。
すると、一秒もせずに、カメ型の喉の奥から、赤い光の球体が生まれる。
それはどんどん大きくなって、やがて口の中に収まりきらないほどになった途端、
ドォン!!!という激しい音と共に、カメ型の口から赤い閃光が迸った。
それは一つの光の束となって、少女に襲い掛かる。
「むうッ!!」
咄嗟に少女は左手を突き出した。
外部骨格に守られた小さな左手の上に、白い魔法陣が浮かび上がる。
そして、0コンマ数秒の間を起き、赤い光線が、少女の展開した魔法陣に直撃した。
白い魔法陣を中心に、赤い光線が放射線状に受け流されていく。
これは、防護術式に魔力を載せることで発動する「魔導シールド」と呼ばれる技法だ。
術式自体は簡単で、消費魔力も少ないのだが、発動させてからの「維持」がものすごく大変で、B級以上の魔術師でないと、ロクに扱うことはできない。
前線で戦う魔道士が、致命傷を受けないようにするための第一手段と言っても過言ではなく、兵士の死因の多くは、この技法を使えないからであるとされている。
「ぐぬぬぬぬぬぬ!!」
その威力に押されてか、彼女の靴底が土を抉る。しかし、
「ぬおおおおおおおおおおッ!!」
気合の咆哮を上げながら、彼女は指の折れていた右「手」を、光線を受け止めている左手に添え、そのままバレーボールのレシーブのように、強引に腕を真上にずり上げた。
途端、カメ型から放たれた光線の軌道も上へと向き、光の束が上空へと放たれ、やがて消えた。
「…!?」
あの攻撃は、カメ型にとって必殺の一撃だったのだろう。それをいとも簡単に捌いた少女に、驚いているようだ。
「よくもやってくれたのう?今度はわしの番じゃ!」
そう言い放った少女は、コートの懐に手をつっこみ、一枚のカードを取り出した。
黒い長方形のカードには、白い魔法陣が描かれており、その下にさらに白い文字で『Magic Pile Bunker』と書かれている。
少女は黒いカードを頭上に掲げ、大声で叫んだ。
「召喚!マジックパイルバンカー!!」
すると、カードに描かれた白い魔法陣が、まばゆい光を爆発させた。
思わず、誠が目を細めたが、それから一秒もせずに光は消え失せた。
誠が目を開くと、先ほど少女の手にあった黒いカードはどこにもなかった。
その代わり、少女の右手に、何か異物が装着されていた。
全長50センチ、幅30センチほどの黒い長方形の物体が、少女の右前腕部を覆うように取り付けられている。
少女が行った技法が「武器召喚」と呼ばれるものであると言うことを、誠は専門学校に在籍していた頃に学んでいた。
特定の魔法陣を、対象の武器に刻み込む事で、一時的に武器をカードの姿に変換させる技法。
カードとなった武器は、魔力を流し込むだけで元ある姿へと変貌を遂げる。
一人では携行しきれない重火器や兵器などを持ち運ぶのに大変便利なこの技法は、魔術連合国家群内では知らぬ者はいないと言われている程だ。
「行くぞい!!」
威勢よく叫んだ少女が、カメ型に向かって再び走り出す。
対するカメ型は、頭と足を引っ込め、甲羅の中に閉じこもると、そのまま勢いよく全身を回転させ始めた。
まるでコマのように高速回転するカメ型は、そのまま少女へと迫ってきた。
おそらく、回転する甲羅ですり潰そうという魂胆なのだろう。
「甘いわ!!」
回転するカメ型との距離が、20メートルを切ったところで、少女は真上へと跳躍した。
10メートルほど浮いた彼女の体は、重力に引かれて落下し、回転するカメ型の甲羅の上へと着地した。
途端、まるでコーヒーカップを全力で回したような激しい遠心力に襲われる。
「ぐぬぅ!!」
振り落とされないよう、甲羅の中央―――遠心力の中心にしゃがみこんだ少女は、
「これでどうじゃぁぁぁぁッ!!」
右手に装着された黒い物体を、先端から甲羅の中央に叩きつけた。
直後、黒い物体の後端から、青白い魔法陣が出現。
その円陣はどんどん光を強めてゆき、
バゴォォォン!!と、黒い物体からゼロ距離で撃ち出された氷の杭が、カメ型の甲羅を貫いた。
「ゴアァァァアアァァ!!?」
回転が一気に止まり、甲羅の中からカメ型の首と足が出てきた。
少女は待ってましたと言わんばかりに、甲羅の上から今度は頭の上へと跳躍する。
空中で右手を突き出した少女は、再び黒い物体から氷の杭を撃ち出した。
3メートル程度の空間を開けて放たれたそれは、音速でカメ型の頭蓋を貫き、赤い鮮血を迸らせた。
ズズン、とカメ型の肉塊が、力を失い、地に伏せる。
「ふぅ……」
ため息を吐いた少女は、肉塊から飛び降りて、誠の元へと歩み寄った。
「危なかったのう、誠。魔力の残量くらいは自分で把握できるようになっておくものじゃぞ?」
「は、はぁ……」
どこかキョトンとした顔をしている誠。疑問を感じた少女は再び問う。
「む?どうした?」
「いえ、その……」
誠は、恐る恐ると言った風に聞いた。
「どちら様ですか?」
……………………。
沈黙。
少女は信じられないといった表情を浮かべると、
「……………え?いや、誠?」
「あの、え?いや、助けてもらっておいてなんですけど、何故自分の名前を?どこかで会ったことありますか?」
………………………………。
再び沈黙。
やがて、もう一度信じられないモノを見る目をした少女は「いやいやいやいや!」と頭を抱えながら叫び、左手の人差し指をさしながら、
「わしじゃよわし!本当に分からんのか!?」
「いや、わしと言われても……」
困惑するしかない誠に、少女は半ば諦めたように問うた。
「お主……本当にわしが分からんのか?」
「はい。」
「全然?」
「全然。」
「………。」
少女は顔を俯かせ、何かをぼそぼそと呟いた。
すると、少女の体が瞬く間に光に包まれ、あたりを照らし出す。
数秒後、少女がいた場所に立っていたのは、
「これで分かったか?」
「も、望月先輩!?」
脱衣所で別れてから姿が見えなかった望月拓哉だった。
「じゃ、じゃあさっき俺を救ってくれた「~のじゃ」って語尾が特徴的な得体の知れない幼女って、望月先輩だったんですか!?」
「そうだよ。ってか得体の知れない幼女言うな!」
驚愕の事実に思わず、地面に両膝をつく誠。
「そんなバカな……あの年寄り臭い言い回しをする不可思議極まりない謎の幼女が、望月先輩だったなんて……」
「……お前いい加減マジはっ倒すぞ?」
こめかみに青筋を立てる拓哉は、しばらくしてから、一度ため息をつき、
「とにかく、これでも飲んでおけ。」
懐から何かを取り出し、誠に投げ渡した。
両手で受け取った誠は、飛来したものが液体の入った瓶だと言う事を知覚する。
「何ですかこれ?」
「栄養ドリンクもどきだ。味は褒められたもんじゃねぇが、魔力の回復にはうってつけだ。いいから飲め。」
とりあえずビンの蓋を取り、中にあった黄緑色の液体を口に含む。
烏龍茶とオレンジジュース、それから炭酸の抜けたコーラを混ぜ合わせたような奇妙極まりない味が舌を満たすが、一気に喉に流し込む。
ビンの中身を飲み干した直後、体の奥から何かが湧き出すのを感じた。
「スゲェ…魔力がどんどん戻っていく……!」
「そうだろ?」
完全に回復した誠は、その場で立ち上がると、肩の調子を確かめるように腕を回す。
それから周囲を見ると、業魔の姿が見当たらないことに気づく。
「あれ?敵がいませんね……」
「ん?そういえばそうだな……。」
「え?先輩たちが殲滅させたんじゃないですか?」
「馬鹿言え、あの量だぞ?俺たちじゃ厳しすぎるくらいだ。現に、こっちの部隊も何人か死者が出ている。」
その言葉に先程の記憶が蘇る。
新兵である自分を庇うように、次々と死んでいった先輩たちを。
「……」
わずかに黙る誠だったが、この謎の事態が、かえって不気味さを誘発させる。
嘆き悲しむのはあとだ、と割り切った誠は、とりあえず拓哉に提案する。
「とりあえずここにいても拉致が空きません。一旦、ウズベキスタン基地の方に戻りませんか?」
「そうだな。よし、行くぞ!」
「はい!」
そう言って、およそ300メートルほど先にある、ウズベキスタン基地の方へと向いた時だった。
二人の体が硬直した。
それは、何者かに後ろから掴まれたわけでも、金縛りにあったわけでもない。
「……なんだ、あれ?」
二人の動きを止めたのは、彼らの視界に映った「異形」だった。
次回の投稿予定日は12月28日です。お楽しみに。