十六話
お待たせいたしました。十六話です。どうぞ!
「なっ……!?」
強志が驚愕に目を見開く。
当然だ。必殺の威力を込めて振るった戦棍が砕け散ったのだから。
「(なにが?一体、何が起こった!?)」
混乱する強志の視界に、誠が映った。
誠は極彩色に輝く右手で拳を作り、それを自分の頭上に掲げていた。
まるで、今の一撃にアッパーカットを食らわせたかのように。
そして強志は悟る。
「(そうか!コイツ、物体変化魔法で戦棍を砕いたのか!)」
彼の持つ「物体変化魔法」は、あらゆる物体、物質の形状や性質を素粒子レベルで変化させることが出来る極めて珍しく、高度な魔法だ。
彼はこれを使って、強志の扱う戦棍の元である鋼鉄の鉄塊を素粒子レベルで分解、粉砕したのだ。
「(チッ、厄介な魔法だ!)」
誠がさらに距離を詰め、ついに強志の体が拳の射程距離に入った。
「あァっ!」
誠が迷わず振り抜いた右の拳は強志の左の頬を歪ませ、強志を数歩ほど後ろへ後退させる。
「この―――」
体勢を立て直そうと足を踏ん張り、再び誠に視線を向けた強志に待っていたのは、
「があああああああっ!?」
バチバチィ!と音を鳴らしながら襲いかかった容赦ない電撃だった。
明滅する視界の中、強志は誠が自分に左手を突き出しているのを認識する。
「(こ、こいつ電撃を……っ!)」
全身の神経が悲鳴を上げ、耐え難い痛みが強志を襲う。
指一本たりとも動かせない。動かす余裕がない。
そして急に電撃が収まった。しかし神経が麻痺して思ったように体が動かせない。
力の入らない強志の体が前のめりに倒れようと重心を前に傾けようとしたその時、彼の顔面に誠の膝が減り込んだ。
「ぶっ!」
電撃の後に誠が強志の顔面に飛び膝蹴りを食らわせたのだ。
為す術なく後ろに仰け反って仰向けに倒れる強志。蹴りが鼻に炸裂したためか、強志の鼻からは血が吹き出し、彼の視線は今チカチカと点滅している。
「あ、が……っ!」
誠は仰向けに倒れた強志の上に跨り、左手で胸ぐらを掴み上げると、右手の拳で彼の顔面を連続で殴打した。
強志の頭部を衝撃が連続して襲う。一秒弱の間を空けて拳が振り下ろされるからだ。
「―――おァっ!」
強志は5度目の拳が振り下ろされる前に、誠の側頭部を手に持っていた戦棍―――と言えるかどうかは謎だが―――で殴った。マウントポジションを奪っていた誠が横に倒れる。
「調子に乗るなァっ!」
砕かれて役に立たなくなった戦棍を投げ捨てると、今度は強志がマウントを奪い誠の顔面に連続で拳を叩き込む。
手に人を殴った時の独特の感覚と反動が伝わり、左右の拳が誠の返り血で染まる。
だが、それでも彼は止まらない。激情に駆られて拳を振るい続けるその姿は、獲物を食い散らかす肉食獣を彷彿とさせた。
そして、何度目かの一撃を食らわせようと強志が右腕を振り上げたとき、何者かに背後から右手首を掴まれた。
ゆっくりと振り返った強志の視線の先にいたのは―――
俺の意識が暗闇から戻ってきた。
だが全身の感覚が無い。どうやらまだ復旧できていないようだ。
すると
「お、気づいたか?」
上から降ってきた何者かの声が耳に入り、それをきっかけにするように今まで消滅していた感覚が息を吹き返した。
聴覚の次は数秒かけて視界が回復し、やっと開いたまぶたが天井らしきものを認識する。
次に触覚が回復し、訓練用ジャージの質感が背中に蘇る。
最後に消毒用アルコールの匂いが鼻に入り嗅覚が、空気を吸い込んで味覚がそれぞれ回復した。
体にはまだ痛みが走るが、先程よりはマシだ。
俺は上体を起こし、ここがどこなのかを確認する。
見慣れた白い天井に、四方を清潔感あふれる薄い桃色のカーテンで締め切られているここは、間違いなく医務室だった。
そして、カーテンの中に俺以外の人物がもう一人。
「いやー、生きてて良かったな。」
その人物は缶コーヒー片手にを持った一人の少年だった。
赤茶色の髪を耳が隠れるくらいの長さまで伸ばした、中性的な顔立ちをした少年。
線の細そうな頼りない印象を受けるが、漆黒のブレイブコートを完璧に着こなしている所を見れば、彼もまたエースの一人なのだとわかる。
「ほれ。」
少年は右手に持った缶コーヒーを俺に向かって投げた。両手でキャッチしながら、俺は半ば反射的に礼を言う。
「いただきます、望月先輩。」
「おう。」
彼の名は望月拓哉。
俺より年が1個上の先輩だ。ちなみに階級は2個上の小尉。
俺の自己紹介を聞いてから興味を持ってくれたのか、天川中隊に入隊直後で右も左もわからなかった俺に真っ先に話しかけてくれた人物だ。
年の離れた先輩たちとは違い、年齢が1つしか違わないこともあるかもしれないが、彼自身とてもフレンドリーで馴染み易かったので、この人とはすぐに仲良くなれた。
「体はもう大丈夫か?」
俺は缶を開け、苦い液体を一口含んでから答える。
「えぇ、もう大丈夫です。」
「そうか。でもあんま無茶すんなよ?業魔とやり合う前に死んでたら意味ねぇからな。」
「はい、気を付けます。」
そう言って俺は再び缶コーヒーに口をつけようと缶を口元に持っていった時。
「ここにいたか。」
カーテンの奥からもうひとりの人物が姿を現す。
それは望月先輩と同じコートを着た長身の男性だった。
俺はこの人物をよく知っている。鋼の戦棍を操る魔剣士で、先ほど俺を撲殺しかけた張本人。
「おう、強志。」
「八重樫先輩……」
八重樫強志。
身長180センチの長身と、それに比例するようについた筋肉。
そして角刈りの頭と、猛禽類を彷彿とさせる眼光が見る者に攻撃的な印象を与える。
俺はベットの上からではあるが、八重樫先輩に頭を下げた。
先ほどの訓練中に、感情任せで先輩相手に暴言を吐いてしまったからだ。
「すいませんでした、八重樫先輩!訓練中とは言え無礼な発言を……」
「いや、いい。気にするな。」
だが、八重樫先輩はあっけなく許してくれた。
「あれは元々、お前を煽って戦うことを促した俺が原因だ。」
あらかじめ買っていたのであろう炭酸飲料の缶を開け、中身を呷る八重樫先輩。
っはぁ、とため息をついてから空いてる手で口元を拭い、再び言葉を紡ぐ。
「むしろ謝罪するのは俺の方だ。」
「え?」
首を傾げる俺に、八重樫先輩は深々と頭を下げた。
「すまない、北条。激情に駆られて危うくお前を撲殺してしまうところだった。」
「え?ぼ、撲殺……?」
八重樫先輩の言葉に戦慄を覚える俺に、望月先輩が口を開く。
「こいつ、お前に殴られてから頭に血が上ったみたいでさ。ったく、あんときは止めるのに苦労させられたぜ。」
望月先輩の言葉にも理解できない部分がある。だって俺は―――
「ちょっと待ってください?俺、八重樫先輩に一撃も入れられませんでしたよね?」
俺の言葉を聞くなり、ポカンと口を開け固まる2人。やがて望月先輩が俺に問う。
「お前、覚えてないの?」
「え?何がですか?」
「いやすまん、逆に聞こう。どこまで覚えてる?」
そう聞かれた俺はふと思い出してみた。
戦闘訓練中はとにかく八重樫先輩の得物のリーチが大きくて、まともに一撃を食らわせることは出来なかったはずだ。
「確か真上から八重樫先輩の戦棍が来て……そっから覚えてないです。」
「マジか……」
俺の言葉に戦慄の表情を浮かべる2人。
「という事は、あれをほぼ無意識下でやっていたと言うことか……」
「なんつー執念だオイ……」
「?」
二人の言っている言葉が理解できない俺は、首を傾げるしかなかった。
次回の投稿予定日は11月3日です。
お楽しみに




