その9
警戒態勢が解除されるのに、三日を要した今回の魔物襲来の騒動は、北の小国が滅んだ事実を国民に告げ、幕を閉じた形となった。表向きの発表は、特に懸念事項もなく、今後も軍が魔物排除に当たるという、ありふれたものだった。
それでもごく一部の間では『悪魔』の復活も囁かれ、反軍事派の動きが活発化する切欠にもなってしまった。
そんな緊張感から解放され、ガウは三日ぶりに学校へと登校することになったのだが、休みが長かったぶん、ただでさえ理解不能だった授業に益々ついていけなくなるのだろうと容易に想像出来、項垂れた。
そしてもう一つ、ガウの気分を最も沈ませる事柄に、肩を落とした。
「はあ……憂鬱だなあ……幻滅されて、今日からまたいじめられる日々なのかなぁ……」
トボトボと背を丸め、兵宿舎を出たガウは、学校の方へと足を向けると歩き出す。
暫く歩き、人通りの多い街中に差し掛かると、さっと建物の陰に身を潜めた。いつも大体この辺りで、同じ学校の生徒達に出くわすガウは、緊張を高め、慎重に辺りを窺った。
ガウの姿を見つけると途端に『非国民』の陰口を叩く同じ学校の生徒達に、今日は特に警戒心を抱いていた。
「どうしよう……石とかぶつけられたら、僕、泣いちゃうかも……」
既に泣きそうになりながら、ガウは持っていた鞄を抱き締める。
そして一つの決心をした。
普段、登校時には使わないようにしている瞬間移動の魔法を、ガウは今、使う事を心に決めた。物陰に隠れたまま、そこから小さく呪文を唱え、シュッと瞬間移動をすると、ガウは学校の屋上へと着地した。そしてすかさず屋上の入口付近の壁に背をつけると、辺りを窺う。早朝の所為か、辺りには誰もおらず、そして屋上の扉の鍵もしっかりと掛かっていた。
「ふぇ~ん! なんだよ、もう! 僕って何でこんなに駄目駄目なんだ!」
余りの運の悪さに自分を責めるガウは、本気で泣きそうになって来ていた。それをぐっと堪え、再び瞬間移動魔法を使うと、今度は三階の自販機の前へと辿り着く。普段からここには余り人が来ない事を知っていたガウは、辺りに人の気配がない事に、ホッと息を吐き出した。
「よし、ここから教室に行くぞ!」
自分の心を奮い立たせるも、やはり怖気づいてしまうのか、その一歩がなかなか踏み出さないガウは、何度か深呼吸をして心を落ち着かせた。
「もう、学校辞めたいかも……」
そんな弱音を吐きつつ、漸く一歩を踏み出すと、教室へと足を向ける。
三階から階段をゆっくりと下りると、意外な程に生徒の姿もなく、これならば割とすんなりと教室に行かれるのではと、ガウはホッと胸を撫で下ろした。
だが次の瞬間、ガウの心臓は口から飛び出しそうになる。
「きゃーー!! ガウ様よーー!!」
一人の女生徒がそう叫んだ。
「ひいっ! うわ~ん、ごめんなさ~い!」
驚きと共に謝りながら、気がついたらガウはその場を駆け出してしまっていた。
取り敢えず、自分の教室へ向かおうと、そのまま駆けるのだが、何だか後ろから追い駆けてくる人数がだんだん増えて来ているように思えて、ガウの頭の中で非常事態警報が鳴り響いた。
これは土下座して謝っても許してもらえないのではと、この後自分はどうなってしまうのかと、ガウは走りながら絶望する。
教室へと辿り着くと、都合良くドアが開け放されていて、迷うことなくそのドアを潜りそのままドアを勢い良くバンッと閉めた。
ふう~っと大きく息を吐き出すと、すぐさまドンドンッとドアを叩き出す女生徒達に恐怖する。そして反対側のドアから難なく入って来た女生徒達を目にし、ガウは兎に角青褪めた。
「うわ~ん、ごめんなさい!」
鞄を抱え込み、ぎゅっと目を閉じ謝罪の言葉を口にするも、女生徒達はガウを取り囲み、容赦のない言葉を浴びせ掛ける。
「ガウ様! 一体どういうことなの! 婚約者がいるって!」
「そうよ! ガウ様は、私達庶民よりもやっぱり貴族の方が良いっていうの!」
「貴族が何よ! ただ貴族ってだけで大きな顔しちゃってさ!」
「ガウ様! 私と付き合って下さい!」
「ちょっと、どさくさに紛れて告白しないでよね!」
「私だって、付き合いたいのよ!」
やんややんやと騒ぐ女生徒達に、ガウは兎に角パニックを起こしていた。
そんな中、聞き覚えのある声が場を制し、ガウはバッと目を開けた。
「ちょっと、やめなさいよね! ガウ君、驚いてるじゃない!」
ルナである。
天の救いとでも言いたげに、ガウはルナの下へと急いで駆けよると、その背に隠れるように身を縮めた。長身のガウが、一生懸命にルナの背に隠れる姿は、何とも情けない姿である。
つい先日、巨大な魔物を一瞬で倒した人物とは到底思えない、その余りにも情けない姿に、その一部始終を目撃していた男子生徒達は複雑な表情を浮かべた。
だが、女生徒達には、それはまた違ったように映ったらしい。
「や~ん、ガウ様、可愛い~」
「泣きそうな表情が堪らないわ~」
「そんな、ルナの後ろに隠れなくたって、大丈夫ですよ~」
「そうそう、ルナなんかより、私達の方が大事にしてあげますから!」
何とも男からしてみれば羨ましい言葉を言われているのだろうが、とてもそう思えないのはどうしてだろうと、ついガウを憐れんでしまう男子生徒達。
どう見ても、今現在のガウは、オオカミの群れに放たれた子羊にしか見えない。そんな子羊にじりじりと詰め寄るオオカミ達は、本当にガウを食べてしまいそうで、ただただ恐怖しか感じない。ルナの背で、ガタガタと震えるガウは、もはや風前の灯である。
とそこへ、見兼ねたグレンから助け舟が出された。とはいっても、随分と離れた位置からなのだが。
「あー、ガウ。おはよう。そういえば、あの魔物を倒した時、どうやって聖水を取りに行ったのか、教えて欲しいんだが。俺にはあの時、とてもそんな暇はなかったと思ったんだが」
そういえばそうだと、男子生徒達がグレンの話しに乗って来た。
「そうそう、あの時魔物を目の前にしてたから、結界の『中』に入って聖水を取りに行くなんて事、出来なかったよな」
「それに、気が付いたらもう、聖水ぶちまけてたし」
「うんうん。本当、どうやったんだ?」
その言葉達に、ガウは、ぱあっと顔を輝かせた。
次の瞬間、ガウがシュッとその場から消えてしまう。
「「「わっ!」」」
「「「えっ!」」」
突然消えてしまったガウに、女生徒達だけでなく、男子生徒達も驚きの声を上げた。
「えっ! ガウ君!」
一番驚いたのはルナだろう。今まさに、自分の後ろで震えていたガウが、跡形もなく消えてしまったのだ。無理もない。
だが……。
「えと、移動魔法を使ったんだ。今みたいに」
声のした方へ全員が目を向けると、そこにはグレンの隣でにぱっと笑顔を見せるガウがいた。
そして……。
「よし、ガウ! トイレに逃げ込むぞ!」
そうグレンが声を上げると「うん!」と勢い込んで走り出した。
「なっ! ちょっと待ってよ!」
「「「待ってー!」」」
その後を追って女生徒達が走り出すが、ガウを捕まえる事は叶わず、男子トイレへと逃げ込まれてしまう。そうなってしまってはどうしようもないと、女生徒達も流石に諦めるが、往生際はとても悪かった。
「もう、ガウ様! こんな所に逃げ込んだって、また追い駆けるんだからね!」
「そうよそうよ! 私達、しつこいんだから!」
「婚約者の事、聞き出すまでは諦めないんだからね!」
「私と付き合って下さい!」
「だから、告白してんじゃないわよ!」
ぎゃいぎゃい騒ぐ女生徒の声を男子トイレの中で聞いていたガウは、全く予測していなかった事態にグレンの腕を掴んだまま放せなかった。そんなガウに憐れみの目を向けたグレンは、罪悪感に苛まれる。今この状況を作り出してしまったのは自分にも責任があると、少しばかり項垂れた。
「大丈夫か、ガウ?」
「うん。ありがとう助かったよ……。その……それより……何がどうなってるのか、良く解らないんだけど……」
「ああ……そうだよな……」
沈んだ声を出すグレンに、ガウの緊張が高まった。
散々追い駆け回されて、既に心がズタズタのガウは、今頼れるのはグレンしかいないと、縋るような目を向ける。
そんな二人を、今度は男子生徒達が取り囲んだ。
「なあ、ガウ! あの後、どこでどんな任務にあたってたんだ?」
「またこの前みたいな事があったら、呼び出しとか掛かったりするんだろ? 格好良いよな!」
「また見てみたいよな、ガウの勇姿! 本当、凄かったぜ!」
女子にも負けないくらい、キラキラとした目を向けてくる男子生徒に、今度はまた違う意味で慌てたガウは「ひい~、ごめんなさい!」と大声で謝ると、トイレの個室にグレンを連れ込み、ガチャりと鍵を掛けた。そして、ありえない程にうろたえる。
「うう……ど、どうなってるんだよ、一体……。皆が怒ってるのは解るけど……あそこまで囲まれたら……ちゃんと謝りたいのに、怖くて謝れないよ……」
えぐえぐと泣きそうな声でそんな事を言うガウに、グレンは少し驚いたように声を掛けた。
「おいおい、ガウ。何を言ってるんだ? 皆に謝るって? どういうことだ?」
「ふえ?」
「皆、君に感謝しているし、寧ろ、君とお近づきになりたくて仕方がないって感じだけどね」
こてんと思わず首を傾げたガウは、言われた意味が良く解らないのか、もう一度反対側に首をこてんと傾げた。
「正直、俺も驚いた。第一部隊の凄さはそれなりに耳にしていたが、目の前であんな凄いものを見せられたら、やっぱり興奮する」
「?? ……えっと……? 何の話し? それに、凄いって……何が?」
「え? だから、ガウが第一部隊の隊員だという事実と、更にあんなに大きな魔物を一瞬で倒したって事が凄いって事で……」
つい興奮気味に話し出したグレンは、ガウのきょとんとした表情に興醒めし、何を言っているのかと言いたいのはこちらの方だと、少し気落ちしながら返事を返した。
「え! あれが凄い事なの! たかが魔物一体だよ! 今回は昼間だったから一体だけだったけど、普通は何十体ってわらわら出てくるものなんだよ」
「そ、そうなのか……それはまた……本当に凄いな……」
「それよりも、本当に皆は僕の事、その……怒ってないのかな?」
恐る恐るそんな事を聞くガウに、グレンは自分も相当に興奮していたのだとハッと気付き、バツが悪いと云わんばかりに頭を掻いた。
そして、ちゃんとした話しも出来ていないと反省し、先ずはガウを落ち着かせる事に専念した。
「ああ、勿論だ」
大きく頷いたグレンを見て、ガウはホッと息を吐き出した。それでもガウは、今の現状把握が全く出来ず、また眉根を寄せて、心配げにグレンを見遣る。そんな、余りにもおろおろとするガウは、いつもと何ら変わらない『非国民』だった頃のガウで、グレンは思わず笑顔を零してしまう。
「ガウが俺達の命の恩人だという事は皆理解しているし、何と言ってもあの第一部隊の隊員だという事が解って、浮かれているんだよ。しかもあの凄い戦いっぷりを目の前で見せられて、皆、興奮しきりだ」 グレンの言葉を聞き、少し驚いた表情をしたガウは、次いで照れたようにポリポリと頬を掻いた。
少しばかり納得のいったガウだったが、そうなると何故、女生徒達に追い駆けられたのかと疑問が湧く。
「えと……皆は取り敢えず、怒ってる訳じゃないって……事なんだよね?……じゃあ、どうして追い駆け回されたんだろう?」
「ああ……それは……」
言い難そうに目を泳がせたグレンは、これ以上ガウを困らせたくはないと、自分の仕出かしてしまった事を反省しつつ、口を開いた。
「すまない、ガウ。それは俺がつい口を滑らせてしまって……」
「え?」
「実は、ガウに婚約者がいる事を、皆に話したんだ」
「えっ!」
どきりっとガウの心臓が大きく高鳴った。
つい先日、隊長であるレオンハルトから、婚約者であるマリアをエスコートして欲しいと頼まれたばかりで、余りにもそのタイミングの良さに、ガウは思わずうろたえた。
だがそれとは対照的に、その話をした事と、今回の追い駆けっことの繋がりが全く理解出来ず、やはり首を傾げてしまう。
そんなガウの表情に、聡いグレンはもしかして……と思い、言葉を続けた。
「なあ、ガウ、君は第一部隊が世間一般でどれほど人気があるのか、余り解っていないのかい?」
「……へ? 人気? ……えと……まあ、良く学校で噂にはなってるけど……ああいうのが人気があるってことなのかな?」
たははと少し照れくさそうに笑うガウに、本当に自覚がないのだろうと、グレンは色々な意味でガウが心配になって来ていた。
「そうだ。そして、世の女性達は皆、第一部隊の隊員と付き合う、ないし結婚したいと思っている。」
「……は? 結婚? 結婚って……あの結婚?」
「あのって何だよ……それ以外ないだろう?」
「あー、うん。そうだよね……う~ん、それって……どうして?」
がくりっとグレンは激しく項垂れた。その辺りからの説明になるとは思っていなかった為、一気に脱力してしまう。
「そうか、ガウ。君はまだ色々と勉強している最中だったね。ちゃんと説明するから、良く聞いて欲しい」
こくこくとグレンの真剣な表情につられ、神妙な面持ちになったガウに、ちゃんと理解出来るのかという不安が、グレンの中に広がった。
「ガウも日頃から軍人に給料を払い過ぎだと言っているように、第一部隊の給料はかなり良いんだろう? それは世の女共からすれば、玉の輿って言って、金持ちの男性と結婚する事で、自分も裕福な立場になって豪遊三昧っていう、実に魅力的な存在なんだよ。苦労せずに楽に金持ちになれるんだ、その方が良いって思うのは当然だろう」
言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぎ、グレンはガウの表情を窺う。真剣な目を向けるガウだったが、眉間に皺が寄り始め、いまいち納得していない様子で返事を返した。
「……うん……まあ……楽して生活出来れば、それに越したことはないかも。……でも、いつまでもその給料が貰えるとは限らないよね? そういう所は、どうなのかな?」
「ん? どういう意味だ、それは? ガウが第一部隊を退役するってことかい?」
「ああ、いや、そうじゃなくて……僕が死んじゃったら、給料も貰えなくなる訳だし、それまでなんじゃないかってこと」
突然のガウの縁起でもない言葉に、グレンは一瞬、頭が真っ白になってしまう。そして感じた違和感に、一瞬で表情を歪めた。
「は? 何を言っているんだ、ガウ……だって、第一部隊だぞ? そんな簡単に死ぬ訳がないだろう?」
『第一部隊』と『死』とが全く頭の中で繋がらないグレンは、更に表情を険しくさせて、言い募る。
「へ? 何で? 第一部隊だからこそだよ? 毎日魔物とやり合ってるんだから、死ぬ確率は他の部隊の人よりも遥かに高いと思うけど?」
「……あー……いや……その……そういう感じには、どうにも思えないんだが……。例えば良く聞く話しで言うと、魔物との戦いで怪我をしても、数分も掛からない内に直ぐに怪我を治せるとか、ここ最近ではその怪我さえも第一部隊の隊員は皆、殆どしないと聞いているけど?」
「ああそれは、ちゃんと連携を組んでるし、そんなに強い魔物じゃないっていうのが一番の理由かも。でもさ、僕達も皆と同じ生身の人間で、心臓や頭をやられたら、流石に回復なんか出来ずに即死だよ。一瞬の油断で生死を分ける事だって、当たり前だけどある訳で……勿論、今までにも何度かあったしね」
「…………そう……なのか……」
ガウの言葉に、グレンは相当のショックを受けていた。
第一部隊とは、この世界において最強の軍隊であり、希望であり、憧れである。それは揺るがない不敗神話のように日々人々の間で語られ、この世界の救世主と云っても過言ではなかった。
だが確かに、ガウの言う通り、第一部隊の隊員は間違いなく生身の人間なのだ。それは目の前にいるガウを見れば一目瞭然だ。
薄い皮膚の下には赤い血液があり、肌はその色を透かし、人間の色を表している。喜怒哀楽で表情をころころと変えるガウは、とても人間味に溢れている。それは間違いなく、ガウが普通の血の通った人間だと言う事を証明していた。
そして一番、グレンがショックを受けたのは、余りにも冷静な言葉で自分の『死』を語るガウの姿だった。それはごく当たり前の事で、いつここからいなくなってもおかしくはないのだと言われているようで、グレンは生きた心地がしなかった。そして、それを淡々と言って退けるガウに、グレンは激しい恐怖を覚えた。
「ガウ、君は……死にたくないとは……思っていないのか?」
つい口をついて出た言葉に、グレン自身も驚いていた。
それ程までに、ガウに『生』を諦めている、もしくは執着をしていないと思わせる何かを感じ取っての事だった。
もし、本当にそうだとしたら、自分は何と言葉を返すのかと、ガウの返事を待つほんの数秒の間にそんな事を考えていた。
「え? まさか! 死にたくはないよ! だから頑張ってるんじゃないか」
ホッと、心底安心して思わず溜息が漏れたグレンは、今この瞬間、とても緊張していたのだと、自分でも判る程だった。
自分勝手な思い込みで、第一部隊は不死身だとでも思い込んでいた事に、グレンはそれを兎に角恥じた。結局、自分もミーハーな学校の連中と変わりないのだと思い知らされたようで、居た堪れない気持ちでいっぱいになった。
「そうだな、ガウ。それでもやっぱり、俺達は……第一部隊は変わらず『英雄』で、それを壊したくないって、心のどこかで思っているんだ……。本当、どうしようもないよな……」
自嘲するように笑みを浮かべ、呟くようにそう言えば、やはり理解していないのだろうガウは、首を傾げるばかりだ。
ガウの表情に、それを否定して欲しくて、グレンは更に言葉を募る。
「だってそうだろう? 第一部隊が倒れれば、この世界が終るんだ……。そういう想像をするだけで、今の平和が足元から崩れていってしまいそうで……」
必死にそう言葉を紡いだグレンに、ガウは困ったような表情を浮かべた。それにハッと気がつき、グレンは直ぐに視線を逸らした。
「すまない、ガウ……。今のは忘れてくれ。……さあ、ガウ、そろそろ教室へ戻ろう。先生ももうじき来る頃だ」
「……うん」
空気の重くなったトイレの個室を出ると、まだそこには沢山の男子生徒達が屯していた。
今の話しを聞いていたのだろう、男子生徒達が複雑な表情で立ち竦む中、それを見ないようにガウは脇を抜けていくと、グレンと共に教室へと足を向けた。
結局の所、何故女生徒達に追い駆け回されるのかいまいち理解出来なかったガウは、今日一日、散々な目に遭うのだった。
■ ■ ■ ■ ■
暗くじめっとした空気を纏い、一つの足音が地下深くへと潜って行く。
小さなランプの明かりで足元を照らし、石造りの壁を手で伝い、螺旋状になった階段を下へ下へと下りれば、やがて大きな扉の前で立ち止まる。
両開きのその扉に手を掛け、ゆっくりと押し開くと、蝶番の軋む音が辺りに響いた。
「遅かったですね。何かありましたか? もう既に皆は集まっております故、お急ぎ下さい」
黒い外套を頭からすっぽりと被った男が、扉を開けて入って来た人物へと声を掛ける。扉から入って来た人物もまた、声を掛けて来た男同様、黒い外套を身に纏っていた。
「……少し、瘴気にあてられた……」
「そうですか。それで、例の物は?」
「……この中に……」
掠れた声で、少し苦しそうに返事を返し、ランプを持っていた手にぶら下げていた黒い巾着袋を差し出すと、薄く笑みを浮かべる。
「……この袋は、元は茶色だったのに……今ではすっかり黒く変色してしまった……本当に、この禍々しい瘴気は……」
話す度にまるで苦しさが増すように、ひゅうひゅうと息を吐き出すその人物に、男が袋を受け取ろうと、腕を差し出したその瞬間、ぶわっと袋から真黒な瘴気が溢れ出す。
「うわっ!」
溢れ出した瘴気は、一気にその場に広がり、その男を勢い良く呑み込んでいく。
「こ、これは! どうなっている! オーモンド卿!」
話す為に口を開いたと同時に、容赦なく口へと入り込んだ真黒な瘴気は、体内からも浸食して行く。
もがき苦しみながら床へと倒れ込み、悶絶する男の姿に、オーモンド卿と呼ばれた人物が、にやりと口角を上げた。
「……じき、激しい苦しさからは解放される……私もそうだったからな……なあに、これが終われば、お前も素晴らしい力を手に入れられるぞ……」
瘴気を含み、黒く吐き出されたオーモンドの息が、残酷に命令する。
「さあ、残りの仲間達にも、早く」
それに呼応するように、真黒い瘴気が男から離れ、奥の部屋へと向かって行く。奥から沢山の悲鳴が聞こえ、その後直ぐに、呻くような声に変わった。
「……何を……考えている……」
「……ほう、話せるのか? ……ふふふ……簡単な事だ……私達には力が足りない。その力を補う為には必要な事だ……」
床に転がる男を見下ろし、オーモンドは不敵に笑い、目を輝かせた。その瞳に野心が滲む。
「……こんな力など……魔に……堕ちるなど……」
「直ぐに理解出来る……。私達、反軍事派は、この国から軍隊を排除し……昔のような……素晴らしい世界を取り戻すのだ……」
男が必死にオーモンドの足へと手を伸ばすと、それを寛容に受け入れ、オーモンドは狂ったように高笑いをした。
その笑い声は、地下深くのその場所に響き渡り、だがしかし、地上にまでは届く事はなかった。
いつもこんな拙い小説をお読み下さいまして、本当にありがとうございます。今回はちょっと台詞が多くて読み難かったでしょうか?超初心者なもので、まだまだ勉強中でして、言い回しや描写など、上手く表現出来ず、もがいています。
色々と他の方の小説を読んだり、その小説の感想で指摘されている部分などを参考して勉強していますもので、何回も改稿しています。そして、一番悩んでいるのが、この小説、一話一話が長いようなので、分けた方が良いみたいなのですが、そうなると、今現在読んで下さっている皆様にご迷惑がかかると思い、そこは踏み切れていません。一応、<その5>からは割と短く書くようにしていますので、それで良いかなとも思っています。
では、また次回も頑張りますので、お付き合い下さればと思います。よろしくお願い致します。