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その7

 グラウンドにいた生徒たちと体育教師は、校舎の昇降口に急いで退避し、今は強い結界の中で守られている。だがあの巨大な魔物ならばこの結界でさえ簡単に破り『中』へと入って来そうな事に、誰もが怯え、最悪な結末を想像した。


「ガウ君が第一部隊の……隊員?」

 ルードの言葉に困惑気味にルナがそう呟くと、他のクラスメートたちも同様に首を傾げた。一体どうして『非国民のガウ』が第一部隊の隊員なのかと。

「見ての通りだ」

 全員の疑念に満ちた目を向けられ、ルードはガウの方を指差し簡潔に告げる。

 確かに今現在、結界の外にいる魔物の直ぐ目の前にいるのはガウだ。それは『普通』の人間には出来ない事であり、当たり前だが自ら魔物と対峙しようとはそうそう考えたりもしない。

 では何故、あそこにガウは居るのか。

 答えは明白だ。

 結界の外に出れるし、魔物の瘴気や邪気などものともしないからだろう。単純に考えればそうなのだろうが、一番の理由は他にある。

「あれはガウの任務であり、責務だ」

 クラスメートたちの疑問の表情に、簡潔に結果を述べたグレンは「そのための給金も貰っているしね」とやたらと夢を壊すような現実じみた言葉を付け足した。

 皆、ルードのように第一部隊に憧れや夢を持っているのだろうと思い至り、何となくそれをぶち壊したい衝動に駆られての発言だったのだが、意外にもそれは不発に終わる。


 ガウの余りの強さを目の当たりにして。




 クラスメートたちが全員建物の中へと避難したのを確認し、ガウはホッと息を吐き出した。

 一応ガウも軍人なので、この場合、一般人の避難が最優先事項になるからだ。だが余り避難誘導は得意ではないガウは、ついついその任務を疎かにしてしまう傾向がある。それはひとえに、大概魔物が襲来した場合、第二部隊ないし第三部隊が先に到着している事が殆どでやる必要がない為に慣れていないせいなのだが。

 今回はかなり特殊なケースなので仕方がないにしろ、やはり大声で皆を先導するのは苦手だと、早々に魔物に対峙した。

 だが、ガウは一つ困った事態に陥っていた。

 魔物の大きさは、恐らく五メートル程度と推測される。二本足で立ちまるで鱗のような皮膚は見ただけでとても硬いと直ぐに判る程で、そんな魔物の容貌はまさしくゴリラといった感じだった。

 そんな巨体を誇る魔物に対し、ガウが今持っている聖水は小瓶一個分だけだ。とてもではないが全てを浄化しきれない。

 昼間に魔物が出るとは思っていなかったせいもあるのだが、しかし、せめてもう二個程常備しておくべきだったと猛省したガウだった。





「ねえ、ガウ君は武器か何か持ってるのかな?」

 昇降口でガウの様子を心配げに見守っていたルナから、弱々しい声が上がる。クラスメート達もガウの様子が気になるのかグレンの方を見やり、静かに言葉を待っていた。

「ああ、ルナは余り第一部隊の噂とかには興味がないから知らないか……」

 グレンがルナに視線を合わせると、今にも泣き出しそうな表情に苦笑した。

 とんだ杞憂だと言ってやりたい所だが、今は何を言っても心配が先に来て素直には受け止められないだろうと、兎に角グレンは安心させるように事実を一つだけ口にする。

「第一部隊の隊員は皆、素手で魔物を倒せると聞いている」

「っ! まさか! だって、魔物は皆、銃弾も弾き返す程、皮膚が硬いんでしょう!」

 ルナが驚くのも無理はない。が、普段から第一部隊の噂ばかりを話しているクラスメートたちからしてみれば当たり前の情報過ぎて、身構えていた分拍子抜けしてしまう。出来ればもっと、軍に精通していることを見せ付けるような、そんな凄い情報を期待していた。例えば、剣を手の平から出せるとか、聖獣を喚び出せるとか。

 結局の所、クラスメートたちもルードと変わらず第一部隊に随分と夢を持っていたらしい。

「そうだよ。でも、そんな魔物を素手で倒すのが、第一部隊に入隊出来る条件だと、前に父から聞いた事がある」

「……そう……」

 驚き過ぎて開いた口が塞がらないルナは、そのままガウの方へと目を向けた。魔物とガウの大きさを見比べてみる。幾ら背が高いガウだといっても、とてもではないがその差は歴然としている。足で踏まれたらひとたまりもない。

「幾ら何でも……」

 小さく呟き最悪の事態を想像し、血の気の失せるルナを横目にルードが疑問の声を上げる。


「……あいつ、何で動かないんだ?」

 確かに……、とグレンも小さく頷く。

 今現在ガウは魔物と対峙し、お互い動くことなく様子を窺っているといった感じだ。

「やっぱり、無理なんじゃ……」

 ルードとグレンの神妙な表情に、ルナが真っ青な顔で狼狽した。

 だが、グレンとルードの考えはそれとは大きく違う。遠目からなのではっきりとは判り難いが、ガウは腕を組み何か考え込んでいるようにみえる。その姿に何を悩んでいるのかとこちらも考え込む。

「何か問題でもあるのか?」

 そう呟いたルードに、心配しきりのルナが突っ込みを入れる。

「問題って! あんな大きな魔物が目の前にいること自体、大問題よ!」

 ルナが間に入ると途端に面倒になるので、グレンとルードはしっかりと無視を決め込んだ。

 実際、魔物は物凄く大きい。

 そんな魔物からしてみれば、とても小さく感じるだろうガウに襲い掛かるのは簡単だろうと思う。だが魔物はガウを警戒し、一歩もそこから動こうとはしない。勿論結界を破り、中に入る事もしない。

 腕を組んで考え込んでいるガウは、一見すればとても隙があるように見えるのだが、その実、全く隙がなく、また魔物にとてつもないプレッシャーを与えてもいるのだろう。

 校舎の昇降口から見守るクラスメートたちも、何故魔物が動かないのかと疑問を持つ。そして今まで耳にした第一部隊の情報や噂を頭に浮かべ、そのどれもが今のガウに当て嵌まる事に驚愕する。

 そんなクラスメート達は、激しく興奮していた。

 ガウと魔物の動向を食い入るように見入っていたせいか、その場はしんと静まり返っていた。


 そんな時、ふと何かが耳に届き、それに気付いたクラスメートたちはまたざわりと騒ぎ出す。

 バタバタと校舎の中を激しく駆ける沢山の足音が近づいてくる。次いで、グラウンド側から軍の大型車が姿を現した。 

 随分と遅い、第二部隊の到着だ。

 車から沢山の兵士達が駆け出し、簡易的な結界を作る装置をグラウンドに設置していく。まるで魔物が見えていないのかと思う程に的確なその行動に、誰もが驚いていた。

 これが『軍』なのかと。

 そんな中、一人の兵士がガウの方へと歩み寄り、結界が張られているギリギリの場所まで行くと背筋を伸ばし敬礼をする。

「第二部隊、第四軍団歩兵隊、並びに防衛隊、全五十名、只今到着致しました!」

 少し遠い位置での報告のせいか、軍人は大声を張り上げる。

 クラスメートたちはその大声を耳にし、魔物に刺激を与えるなと大いに慌てふためいた。

 だが、魔物はガウを見据えたまま、全く動く気配はない。

「お疲れ様です」

 ガウが魔物から兵士へと視線を向け、挨拶をかわした瞬間、いきなり魔物がガウ目掛け突進してきた。

 その刹那、どおんっと大きな音を立てて魔物が背中からひっくり返った。

 あれほどの巨体が倒れたのだ、当然の事ながらその振動は校舎の方にまで伝わり、悲鳴が上がる。何が起きたのか全く解らないながらも、魔物の巨体が地面に倒れたという事だけは理解できた。

「な……なにが……」

 ガウがやったのか? とクラスメート達は疑問を浮かべるも、あそこにはガウしかしないのだから当然のことながらそうなのだろうと理解する。

 何をどうやって魔物をひっくり返したのか、全くその攻撃が見えなかったクラスメートたちは、未だ信じられない思いでガウへと視線を向けていた。

 そんなクラスメートたちの事など知る由もないガウは、敬礼をしている兵士へと歩み寄り言葉を交わす。

「えーと、確か、ダウナー中尉でしたよね? すみません、実は聖水が少ししかなくて、ちょっと分けて頂けないでしょうか?」

 顔見知りだったダウナーへと申し訳なさそうにガウがそう言うと「はっ!」と短く返事が返された。

 魔物の事にまるで動じないダウナーは、何度かこういう場面に遭遇していた為免疫がある。勿論、ガウを信頼しているというのも彼が動じない理由の一つだ。

 ガウの要望に急いで軍の車へと走り聖水を持って来ようとするダウナーに、ガウは大声で言葉を付け足した。

「あ、その辺に置いといて下さい! 後で頂きますから!」

 先程ダウナーが立っていた場所を指示し、ガウはまたまた大声を張り上げた。

「それと、校舎にいる皆を体育館に避難させて下さい!」

 いつまでも昇降口付近にいるクラスメートたちに、ガウはちらりと視線を向ける。

 それに手を振ろうとしたルナに、厳しい言葉が投げ掛けられた。

「お前達! 何をしている! さっさと移動しろ!」

 ガウの指示に従い直ぐにやって来た兵士が数人、生徒達を取り囲む。威圧的な声音にびくりと肩を竦め、手を引っ込めたルナはキッと兵士を睨みつけた。

 軍に余り良い感情を抱いていないルナにとっては、その兵士の言いようにカチンと来てしまっていた。文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた時、それは始った。


 ギュオオオオオーーーー!!!!


 大きな雄叫びと共に魔物が立ち上がり、ガウへと猛突進していく。

 巨体が動く度に校舎の方にまでその振動が伝わり、生徒たちの悲鳴が上がる。立っていられない程の振動に、皆、その場に蹲り恐怖に怯えた。

 

 然程距離のないガウと魔物の間は、直ぐに縮まり魔物の大きな爪が襲いかかる。

 だが、ガウは距離が縮まり切らない内に上へと高く跳び上がった。軽く跳んだように見えたガウだったが、その実、魔物の頭上遥か上にまで跳び上がっていた。

 ガウに突進した魔物は、突然目の前からいなくなったガウにたたらを踏み、前屈みになってしまう。

 ガウからしてみれば、とても都合が良かった。

 跳び上がったその上空で、軽く右腕を振り下ろす。と、目にも止まらぬ速さで風圧が一筋の線を描く。

 ズッと短い音がしたかと思うと、魔物の首が胴体からスパッと切り離された。下の芝生に転がった頭部は、何度か跳ねて、また転がった。

 一瞬の間の後、胴体からブシャーッと勢い良く噴き出した魔物の血飛沫は、黒い瘴気を放ち辺りを覆う。

 それに急いで聖水をかけ浄化をするガウに、特に表情はない。魔物を倒した事を喜ぶ訳でも、ホッと胸を撫で下ろす訳でもなく、ただ淡々といつもの任務をこなしていた。


 金色に輝く炎は巨体を難なく浄化していく。美しい炎はやがて小さくなり、それに伴い魔物の身体も消え失せた。

 残されたのは緑色に輝く魔石のみだった。



「……すごい……」


 誰かが小さく呟いた。

 未だその光景に囚われている生徒たちは、この状況についていけず、ただただ茫然自失といった感じだ。

 それでもガウからは視線を外さない。



 事が終わり、近付いて来たダウナーに気付き、ガウが顔を上げる。

「お疲れ様です、ガウ少将! これより第二部隊は、四十八時間の警戒態勢に入ります!」

 敬礼をしながら声を張るダウナーに、目礼した後ガウはその場に留まるように手で制した。

 手に持っていた聖水の残りを頭から被り、制服のポケットから自身の聖水を取り出しそれを飲み干す。ガウの全身から金色の炎が上がると、やがて消えてなくなった。

 それを確認し、ガウが結界の『中』へと歩みを進めると、ダウナーもまたガウへと一歩近づいた。

「お疲れ様です。聖水、助かりました。ありがとうございます」

「とんでもございません!」

 恐縮しきりのダウナーは、益々声を張り上げる。

「すみませんが、今、どういう状況になっているのか、知りたいのですが」

 第二部隊の到着が随分と遅かったのと、隊長もしくは副隊長からの連絡が全く入らないこの現状に、ガウは少しばかり動揺していた。

「はっ! 只今第一部隊は、ガウ少将とキース少将を除く総員が『外』での偵察を行っております!」

 『外』と聞いて、ガウの眉間に皺が寄る。

「第二部隊から第四部隊まで、総員が緊急配備され、全ての地区において厳戒態勢に入っております!」

 事は随分と重大のようだと、ガウは益々表情を険しくさせた。

 実際、昼間に魔物が『中』に入って来たのだ。当然のことだろうとガウは小さく頷いた。

「そうですか……」

「それと、これを」

 重い溜息を吐き出したガウに、ダウナーが通信機と第一部隊の隊員全員の位置を示す小型のモニターを手渡した。

「助かります」

 目礼と共にそれを受け取ると、ガウはもう一度息を吐き出しダウナーに困ったような表情を向けた。

「その、すみませんが、早く校舎の生徒達を避難させてもらえませんか? ここは危険ですから……」

 はっとダウナーが目を瞠り、校舎を勢い良く振り返る。と、未だそこに蹲る一団を見つけ声を張り上げた。

「何をしているか! 民間人の避難誘導をしろ!」

 怒鳴りつけるように命令をするダウナーは、失態を咎められ大いに慌ててガウへと向き直る。

「申し訳ございません!」

 深々と頭を下げるダウナーに一瞬恐縮するも、ガウは今現在ここの最高責任者であり指揮官であることを思い出す。威厳を保たなければならないと、口をついて出そうになる寛容な言葉を何とか呑み込んだ。

「今後は速やかな行動を心掛けて下さい。では、僕は隊長に報告をしますので、失礼します」

 それでも十分に寛容な言葉を告げ、ガウは踵を返した。

「はっ!」

 敬礼をびしっと決めたダウナーも踵を返し、任務に戻る。






「さあ、行くんだ!」

 クラスメートたちに強い口調で言い放つと前後左右を軍人に挟まれ、校舎の廊下を歩き出す。名残惜しそうに全員がガウへと目をやるが、ガウも自分の任務を全うしようと真剣に取り組んでいる姿が目に入った。

 それはまるで普段とは違う『軍人』のガウの姿で、クラスメートたちは目を瞠る。

 直ぐに廊下へと追い立てられガウの姿は見えなくなってしまったが、今尚興奮から醒めやらないクラスメートたちは口々にここには居ないガウに賞賛の声を浴びせた。


「凄かったなー!」

「ああ、たった一撃だぜ!」

「そう! それも一瞬!」

「凄すぎるって!」

「あれが第一部隊の実力かあ~! やっぱ、すげーよ!」

「実力って、全然本気じゃなかったみたいじゃない?」

「そうそう! 軽く倒しちゃったもんね!」


 やいのやいのと歩きながら興奮気味に話す生徒たちに、兵士が強い口調で注意する。

「私語を慎め!」

 上から強く言われ、またもやルナはカチンと来た。

「何よ! ガウ君は私達のクラスメートなのよ! その彼の話をして何が悪いのよ!」

 いきり立つルナを「まあまあ」とグレンが宥める。

「ルナ、今はまだ魔物の脅威が去ったばかりだ。またいつ違う魔物が『中』に入ってくるとも分からない。だとすると、まだ校舎の中に残っている俺達を護衛し、確実に安全な体育館まで連れて行くのが彼等の任務になる。それがこんなに騒がしくしていては、周りの音が聞こえず、魔物の襲来にも瞬時に反応が出来なくなるというものだ。だから、皆も静かに体育館まで移動して欲しい」

 グレンの真剣な表情に、クラスメートたちは神妙な面持ちで頷くが、ルナだけはどうしても反発してしまう。

「そんなの、第一部隊が何とかするんでしょう! 結界の中に魔物が入ってこないようにするのが第一部隊の役目でしょう! 既にもう入られちゃったんだから、次はちゃんと阻止するのが当然じゃない! 高い給料貰ってるんだから、それくらいしなくちゃ!」

 今まで非国民だったガウと元師の息子であるグレンの偏った会話ばかり耳にしていたせいなのか、どうにもルナには今の現状が把握しきれていないらしい。

 ガウは良く、第一部隊の給料は高すぎるのではないかと疑問を抱いていた。だがそれは、ガウが自身の給料を学生の身でありながら高すぎると感じていた、ただの主観から来るものだという事実をルナは当たり前だが知らなかったのだ。

 またグレンの見解も、結局は学生の立場から見た客観的なものであり軍の実態を知らないからこそ言えた、ただの批判に過ぎない。

 だがルナは、それを真に受けてしまっていた。

 第一部隊の情報や噂をクラスメートたちと話す事もなかったルナにとっては、軍は単なる『悪者』にすぎなかった。

「ルナ、落ち着いて良く考えるんだ。第一部隊はたったの十人しかいないんだ。この国の外周全部をたったの十人で見回りをしなければならない。それがどれほど大変な事か、ちょっと考えれば解るだろう? そしてそこにはガウも入っている。今、俺達の命を救ったのは誰だ? それは他ならぬガウだ。『第一部隊のガウ』だ。君の良く知る、同じクラスの、隣の席のガウだ」

 漸く実感が湧いて来たのか、ルナは黙り込むとその後小さく息を吐いた。

「さあ、行こう。皆も騒がずに。急いで」





 体育館へと着くと、そこは街の人々も集められているせいか随分と窮屈な印象を与えていた。

 ここまで連れて来た兵士はすぐさま持ち場に戻り、他の兵士によってグレン達は空いている場所へと座らされた。

 体育教師は校長へと報告に行くと、入れ替わりに担任の教師がすっ飛んでくる。

「皆、無事か! 怪我人は?」

 焦ったように掛けられた言葉は確かに心配しているのが解るが、それでも自分は安全な体育館へと避難して生徒達のいる所まで様子を見に来ようともしなかった担任に、不信な視線を向けた。

 それを受けて黙り込んだ担任は、人数の確認もそこそこに報告の為に校長の下へと足を向けた。

「先生、ガウはまだグランドにいますよ」

 人数確認をしっかりとしていないのが丸解りな担任に、わざとグレンがそう言うと、担任はそれがどうしたというような表情をしてみせた。

 そして辺りがざわつく。


「別にどうでもいいだろ、あんな非国民」

「そうよ、魔物の瘴気にあてられちゃえばいいのよ!」

「いい気味だわ!」

「本当、本当、今頃苦しんでんじゃないのか」

「ははは、ざまあないな!」


 言いたい放題の生徒たちに、グレンがやれやれと肩を竦めた。

 だがここで、今し方ガウの活躍を目の当たりにしたクラスメート達が立ち上がり、声を荒げた。


「お前ら、いい加減にしろよな! ガウがいなかったら、お前らだって全員魔物に喰われてたんだぞ!」

「そうよ! 誰のお陰で今、こうしてのうのうと生きてられると思ってるのよ!」

「ガウに謝れ! この恩知らず共!」


 今まで散々『非国民』だと罵ってきたガウのクラスメートたちから、思いもよらない言葉を浴びせられ、他のクラスの生徒たちが呆気にとられる。

 そんな中、最後に大きな声が響いた。



「ガウ君は、第一部隊の隊員なんだからね!」



 ルナの放ったあり得ない事実に、体育館にいた生徒と教師の全員が驚愕に顎を落した。



■ ■ ■ ■ ■



 昨日の魔物騒動が嘘のように、朝から晴れ渡った空は清々しい穏やかな風を運んでいた。

 校舎に張られた結界は今は通常の状態に戻り、いつもの風景を見せている。魔物が現れたグランドの奥の方は、特に立ち入り禁止になる訳でもなく本当に何一つ変わらないいつもの学校風景だった。

だが、校舎の中はそうはいかなかった。


「もう、本当、凄かったんだからー!」

「きゃー! それでそれで、その時のガウ様はどんな感じだったの!」

「もっと聞かせてよ!」


「カッコ良かったよなー、ガウってば!」

「本当本当、やっぱすげえよ、第一部隊!」

「何だよ、もっと聞かせろよ! そん時の事!」


 話題と言えばガウ一色で、女生徒たちは『ガウ様』と既に様付けで呼んでいた。


「これはまた、随分と……」

「本当、よくここまで変われるものだわ……」

 呆れかえる他ないグレンとルナは、兎に角大きな溜息をついていた。


「仕方ないと思うがな」

 会話に割って入って来たルードに、ルナがキッと睨みをきかせた。それをものともせずに、ルードが言葉を続ける。

「あんな凄いものを目の前で見せつけられたら、誰だってああなるだろう」

 クラスメートたちに視線を向け、腕を組んだルードはふうと一つ息を吐く。

「混ざりたいんじゃないのか?」

「よしてくれ、俺はあんなミーハーじゃないんでね」

 グレンの問い掛けに、ふんっと鼻を鳴らしそう返したルードはイライラとした様子をみせていた。

「ああ、君はがっかりしたんだったね。ガウが第一部隊の隊員だと判って」

 嫌味っぽく言ったグレンに、ルードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。それを面白そうに眺め、グレンは言葉を付け足す。

「結局君は、彼らと何も変わらない。認めたらどうだ?」

 ちっと舌打ちをし、ぷいっと顔を逸らしたルードにグレンはわざとらしく溜息を吐き出した。

「まあ、いいけどね」

 興味が失せたと言わんばかりに、グレンが腕を組んで椅子の背凭れに寄り掛かると、会話が終わるのを待っていたルナがすかさずグレンへと問い掛けた。

「ガウ君、遅いね。今日は休みなのかな?」

「ああ、今日は学校に来るのは無理だろうね。多分まだ警戒態勢は解除されてないだろうし、解除されたとしてもミーティングや報告書の作成なんかでやることはいっぱいだろうしね」

「そっかあ……。だから携帯に電話しても出ないのか……」

「…………え?」

 あんな事があった後だというのにガウに連絡を取ろうとしていたルナに、本気でグレンは驚いていた。隣でもルードがグレンと同じ表情をしていた。

「ルナ、幾らなんでもそれはどうかと思うよ。ガウが第一部隊の隊員だって解った今、そういう軽はずみな行動は控えるべきだ」

「え? 軽はずみって?」

 本気で解っていないルナに、グレンは大きな溜息を零した。

「そうだな……例えば、電話を掛ける時ってさ、ご飯時や夜遅くには掛けないものだろう? それと同じで、ガウが仕事で忙しいからとか、思わなかったのかい?」

「え? だって夜の七時過ぎに掛けたんだよ? 幾らなんでも家に帰ってると思って」

 きょとんとした顔でそういうルナを、グレンは少しばかり冷たい表情で見据えた。

 ルードに到っては呆れて声も出ない様子だ。

「……ああ、そう。ルナ……君はもう少し軍隊の仕事や有難みを勉強するべきだな」

「はあ~? 散々軍の悪口を言っておいて、そういうこと言う?」

「あれは悪口じゃなくて、軍の現状の話をしていたまでだよ。実際、軍がなければ俺達一般市民など、直ぐに魔物の餌食になってる。昨日の事を思い返せば解るだろう? 第一部隊は魔物を倒し、浄化する。第二部隊は民を安全な場所まで避難させ、結界の管理をする。他の部隊にもそれぞれ役割分担が決められていて、全ての軍が協力して民を魔物の脅威から守っているんだ」

 諭すように話すグレンについ反発しそうになるが、助けてもらった事実は変わらないと、ルナは小さく頷いた。

「まあ、確かに……そうなんだけど……」

 そんな話をしていた三人に、クラスメートたちが意気揚々と話しかけて来た。


「ねえ、グレン君! 今日はガウ様は学校に来ないのかしら?」

 ウキウキと目を輝かせる女生徒に、三人は思いっきり引いてしまう。

「ああ、今日は来ないと思うよ。まだ任務の真っ最中だろうし」

 そのグレンの言葉に、女生徒が「きゃー、任務だって!」と甲高い声を上げた。

 益々引いてしまう三人だった。

 きゃーきゃー騒ぐ女生徒に、流石に呆れたのかルードが早々にその場を後にする。残されたグレンも席を立ち、ルードの後を追いかけた。

 ただ一人、ルナだけが物凄い形相で女生徒たちを睨み付けていた。

 昨日までガウを非国民扱いしていじめていたクラスメートたちは手の平を返すように態度を変えた事に、ルナは兎に角憤慨した。

「何よ、あんた達! ガウ君が第一部隊の隊員だと知った途端、キャーキャー騒いじゃってさ! 馬っ鹿じゃないの!」

 余りにも急激な態度の変化につい本音をぶちまけてしまったルナに、容赦なく悪態を付いてくる女生徒たち。

 ゴングの音が聞こえた気がした男子生徒たちは、とばっちりはゴメンだと一歩後ろに退いた。

「だいたいルナだってガウ様が第一部隊の隊員だって事、知ってたんじゃないの? だからあんなに仲良くしてたんでしょ! ズルいわ!」

「なっ! 知らなかったわよ!」

「嘘つかないでよね! 本当、抜け目ないわよね!」

 根も葉もない事を言われ、ルナもカッと頭に血が上る。

「何よ、私はずっと前から、ガウ君の事が好きだったんだからね! 非国民って言われても、その想いは変わらなかったんだから!」

「それが何よ! 私達だって、ガウ様の事、本気で尊敬してるし、これから猛アタックするんだから、いい気にならないでよね!」

「そうよそうよ! それにあんたはグレン君の彼女じゃなかったの? 何、もしかして二股かける気? ちょっと可愛いからって生意気よ!」

「違うわよ! 何で私がグレンと付き合うのよ!」

「だって、グレン君の事、呼び捨てで呼んでるし、仲が良いから」

「だから違うってば!」

「まあいいわ、兎に角、私達も負けないから、そつもりでいてよね!」

 ふふんと、胸を張る女生徒たちに、ルナも負けじと睨み付ける事で宣戦布告を受け止めた。

 本人の居ない所でよもやこんな事態になっているとは知る由もないガウは、今も尚、任務の真っ最中である。

 そんな哀れなガウに、心からの同情を込めつつ、男子生徒達は今後の展開を楽しみにしていた。

人の不幸はなんとやら……だ。



 だがここで、一つの言葉が落とされた。


「あー、っていうか……ガウって、確か許婚がいた筈だけど?」


 グレンの放った一言で、辺りはまた一段と騒然となってしまう。

 つい零してしまった言葉に、この後グレンは大いに後悔する事になるのだった。



いつも拙い小説を読んで下さり、本当にありがとうございます。また、お気に入り登録や評価なども頂けて、本当に嬉しい限りでございます。

前回のお話を、がっつりと改稿してしまいました。余りにも酷かったので、色々加筆したり削除したり致しました。すみません。

そして今回も本当に酷い仕上がりですみませんです。

次回からは恋愛要素の多いお話になるかと思います。上手く表現できるかどうか心配ですが、精一杯頑張りますんので、どうぞお付き合い下さればと思います。よろしくお願いします。

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