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その5

 そろそろ夕日が姿を消そうとする時刻、ガウは兎に角慌てていた。



「どどどどどどどどどうしよう……ぼぼぼぼぼぼぼぼ僕、どうしたら……」

 ガタガタと身体の震えが止まらないガウは、言葉されも震えてしまっていた。

「ははは、大丈夫だって、ガウ! そんなに動揺すんなよ!」

「おいおい、ヤン。余裕だな~。お前だって隊長に黙ってた事がバレたら大変なんじゃないのか?」

「っ!!!!!!!!」

 ヤンの心臓がどくんと最期の鼓動を奏でたように、大きくなった。次いで、全身から脂汗が噴き出す。ヤンのこげ茶でボサボサな髪が先程よりも艶を失くし、怯えた表情と重なりより一層惨めに見える。更に緊張のせいなのか潰れた鼻は穴がこれでもかという程に開き、出っ歯なヤンの歯が唇に張り付き、益々ブサイクに輪を掛けていた。

「お、お前だって! お前だって同罪だろうが!」

 指をデレクに向け突き差しヤンは必死になって言い募るが、現状は何も変わらない。

 そんなデレクもつり上がった目を大きく見開き、細長の顔を青く染め、金の髪も薄く色が抜けたように感じてしまう。

「まあ、そうなんだけどさ……お前よりかはマシだしな」

「んな訳ねえだろっ!」

 既にパニックに陥っている三人は、この後の自分達の処遇にひたすら冷や汗を流していた。

「ああ、そうだ、こんな時はこれに限る!」

 そう言ってデレクが取り出したのは、魔物の目玉達が入った瓶である。

「はあ~、癒される~」

「お前、マジ最低! そんなんで癒されるって、どんな神経してんだよ! 仕舞え、気持ち悪い!」

「何だと! お前にはこの可愛らしさが理解出来ないのか!」

「可愛いだと! 可愛いって言ったか! 理解出来るか、そんなもん!」

 ぎゃいのぎゃいのと騒ぐ二人に、ガウは一人納得する。

「ああ、あの目玉、こういう用途で使ってたのか……」

 完全に現実逃避である。


 そんなどうしよもない三人に、呆れたような声が掛けられた。

「はいはい、取り敢えず一旦落ちつけよ」

 いやに冷静な物言いに、ヤンが逆に喰って掛かる。

「うるっせーんだよ! キース! そんな暢気な事言ってる場合かよ! 目玉だぞ! 気持ち悪いったらありゃしない!」

 大声で叫ぶヤンに嫌味っぽく耳を塞いでみせたキースは、やれやれと顔を背けた。

「いやいや、目玉は今はどうでも良いだろう。それよりどうするんだよ、隊長の事」

 目玉を馬鹿にされて一瞬怒りを露わにしたデレクだったが、今の現状を思い出しさっと血の気が引いてしまう。そんなデレク同様に、ガウとヤンも現実に引き戻されうろたえた。

 だがここでヤンに一つの疑問が浮かぶ。

「っていうか、何? お前、今回の事知ってんの?」

「ああ、まあな。その場にいたから。隊長と一緒に」

「「「えっ!」」」

 三人が一様に驚き、声を上げる。

 そして今度はデレクが問いかけた。

「っていうか、誰から聞いたんだ! ガウの非国民の事」

「あー、たまたま……昼に軍事会議があったんだけどさ。まだ副隊長が隣国から戻って来てないから俺が代わりに隊長と一緒に出席したんだけどさ。まーそこで、第二部隊の連中が話してるのを聞いて……何て言ってたかな? 非国民狩りだったか? 小隊長の息子が非国民と勘違いされて学校のグランドで縄で縛られて貼り付けられた……とか何とか。他にも何人か非国民が縛られてどうとかこうとか。その会話の中で、小隊長の息子を救ったのが『本物の非国民のガウ』っていうクラスメートだと聞いて、隊長が豹変した。後はご想像の通りだ」

「あーなるほど……」

 納得したのか、三人は頷きながらも顔を青くさせた。

「まあ、そんな訳だから……。取り敢えず、今、盗聴器仕掛けてきたから」

 ん?と三人が首を傾げる。

 今、何と言ったのかと。

「は?」

「盗聴器って……」

 混乱した頭でも何とかその言葉を理解して、ガウとヤン、そしてデレクがきょとんとした表情をする。次いで、脳にしっかりと染み込んだ。

「「「えええええええええーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」」」

「盗聴器って、お前! それこそバレたらヤバいだろ!」

「そうですよ! それって犯罪ですよ!」

「俺、知らねーからな!」

 三人に非難されながらも即行動に移すキースは、全く以って冷静だった。

 ポケットから取り出した携帯電話でどこかに電話を掛けたかと思うと、皆にも盗聴の内容が聴こえるようにとスピーカーモードにして食堂のテーブルに置いた。

 教育委員会の置かれている王都から、第一部隊の兵宿舎まではかなりの距離がある。盗聴器といってもこの場合、携帯で盗み聴く方が簡単で尚且つクリアな声が期待出来る。勿論、証拠を残さない為に市販されている盗聴器付きの携帯を使うのではなく、自身で改造した携帯電話を使用する。

 抜かりはない、全くといって良い程ない。

「ちょっと、キースさん! 駄目ですって!」

 ガウが止めに入るも、キースはお構いなしで作業を進める。

 キースも勿論第一部隊の隊員なのだが、本来は電機屋だった。三度の飯より機械いじりが大好きで、日々機械と戯れている程だ。

 散髪に行くのも時間が惜しいのか、少し長めの茶色の前髪は目を覆ってしまい元々細い目がすっかり隠れてしまっている。不細工なヤンの隣に立っているせいか少しばかり色男にも見えるが、至って普通の容姿をしていた。

 そんなキースは今現在、水を得た魚のように生き生きと目を輝かせ、携帯電話に向かい合っている。

 正直これは止められないだろうと、ヤンとデレクは早々に諦めていたのだが、ガウだけはこの事がバレた時の事を想像しているのか必死になって止めていた。

 ガウの健闘も虚しく数回のコール音の後に電話が繋がってしまう。

 繋がって直ぐに聴こえたのは、がちゃりと扉が開く音だった。

『……どうぞ……』

「わっ! 何か聞こえた!」

 さっきまでキースを止めてに掛かっていたガウが、声が聴こえたと同時に我先にと携帯電話へと齧り付いた。

 全く現金である。

『どうぞ、こちらです』

 はっきりと鮮明に聴こえて来た声に、その場にいた全員が目を瞠る。そして携帯電話へと耳を傾け、固唾を呑み込んだ。




『今日は一体どうなさったのですか? レオンハルト卿』

『こんな時間に急に聞きたい事があるなど、本当に驚きました』

 焦る声だけが鮮明に聴こえ、ガウとヤン、そしてデルクが息を呑む。

 それはひとえに声の主の緊張感が伝わってきたからなのだが、この雰囲気から察するに隊長の機嫌が余り芳しくないのだと容易に想像出来た。

 実際、恐ろしく不機嫌なのだが。

 

 第一部隊の隊長であるレオンハルトは、この世界では最強と言われている人物だ。

 それは単に魔物を倒せるからという単純なものではなく、この世界をも滅ぼす事の出来る魔術を使える唯一の存在だと言われているのが要因だ。

 まだ年若いレオンハルトは二十代前半だが、貫禄があり体格も良い。そしてその強さ故か、その場にいるだけで人々に恐怖を与える。濃灰の髪と瞳が、余計にその冷たさを引き立てていた。

 そんな不機嫌丸出しな世界最強の男を目の前にして、動揺しない者など居はしないのだ。


 パタンと扉の閉まる音に次いで、複数人がソファーに腰掛ける音がする。

『先ずは自己紹介をさせて頂きます。私は教育委員会の会長を務めさせて頂いております……』

『結構だ』

 教育委員会の自己紹介を遮り煩わしそうに表情を顰めると、一枚の紙をテーブルへと放った。だが、携帯越しで聴いている四人にはそれは全く伝わらない。

 それでも漸く聞き覚えのある声が聴こえてきて、にわかに緊張が高まった。明らかに不機嫌な、いつもよりも一オクターブ低い声音に背筋が凍る思いで耳を傍立てた。

『これは? 何でしょうか?』

 カサカサと紙のような物が擦れ合う音と、人が動いた音がする。

『保護者説明会のご案内……』

 手紙の内容を読んだ教育委員会の面々の顔の色がサッと青くなる。

 そして、同様にガウも顔の色を失くした。

「何だ?説明会って……」

 突然出てきた説明会という単語に他の三人が訝しげに首を傾げ、お互いに顔を見合わせる。そんな三人に、ガウは手に持っていた手紙をスッと目の前に差し出した。

「これの事か……」

「今日の帰りに、学校で配られました……」

「ということは、だ……学校にも乗り込んでったってことかよ……」

「…………」

 一瞬、ガウが卒倒し掛けた。

 だが何とかその場に踏み留まると、また携帯電話から声が聴こえ始めた。

『これは、その……』

『学校側に説明を求めたが、話にならんのでな』

 簡潔に告げられた言葉に強い怒気を感じ、教育委員会の面々がひゅっと息を呑むのが携帯越しに聴こえ、こちら側にいてもその場の空気の重さに萎縮してしまう。

 恐らくは、学校側で対処した教師達はこの威圧感に耐え切れず、話もままならない状態だったのだろうと容易に想像がついた。案外、気絶した者も出たのかもしれない……そう思うとガウは居た堪れない想いでいっぱいになり、心の中で一生懸命に謝っていた。

『それで……こちらに……』

 ゴクリと固唾を呑み込んで次の言葉に身構える教育委員会の面々は、恐らく先日起きたある学校の騒動の事を聞きに来たのだろうと言う事に、とっくに当たりをつけていた。だがわざわざ第一部隊の隊長が乗り込んで来る程の事態にまでは発展していない筈だと、突然の訪問に疑問を抱いてもいた。

 実際、第一部隊と第二部隊はそこまで癒着していない。どちらかと云うと、余り仲は良くないのだ。何と云っても、片や庶民の集まり、片や貴族の集まりなのだから。それでも、第二部隊の三割は庶民で構成されている。それが影響しているのかとも考え、うろたえる。

 色々な憶測を頭に浮かべ、教育委員会の面々は冷や汗を流しながら次の言葉を待っていた。

『詳しい説明を聞きたい』

 後日学校で説明会が開かれるのならばその時に聞けば良いにと、心で思っていてもとてもではないが口に出して言う事は出来ない。そんな空気ではないことは、その場の人間のみならず携帯越しで聴いていた四人にも理解できた。

『は、はい。ですが、大した騒動ではなく、直ぐに教師達が対処して事なきを得たと報告がありましたが』

 少し焦ったように早口でそう告げると、額に汗を滲ませた。

『随分と軽く見ているようだな』

 言葉数が少ない分、その裏に隠された何かを感じ取りすぐさま返事が返された。

『た、確かに危害を加えられた生徒もおりましたが、大事には至りませんでした!』

 声を張り、必死の様相で告げた言葉は逆にレオンハルトの不興を買った。

『ほう。それは初耳だな』

 一際低い声音に、どくりっと心臓が嫌な音を立て、ぶわっと脂汗が噴き出した。

『あ、あの、ですが、殴られたのは、第二部隊の子息でして、閣下とは、その……』

 何の関係もないと続く筈だった言葉は、レオンハルトの鋭い眼孔に呑み込みざるを得なかった。

『殴られた、とは。それはまた随分と大事だな』

 次々と出てくる新事実にレオンハルトは呆れたように言葉を零すと、不機嫌に腕を組んだみせた。その視線と仕草がもっと詳しい説明を求めているように見え、教育委員会の面々は口々に弁解をしようと慌てふためいた。

『元々この騒動の発端は『非国民』なのです!』

『そうです! その『非国民』に制裁をと考えた生徒会長が事を起こしたのです!』

『ところが、第二部隊の小隊長の子息を『非国民』だと勘違いしてしまったようでして……暴行を加えられたのもこの子息で……』

『それでも既にその生徒会長も退学にしましたし、父親である第二部隊の隊員も第四部隊へ異動になったと聞き及んでおります』

 確か第一部隊の隊員がその日の内に異動命令を出したらしいと小耳に挟んでいた教育委員会の面々は、その事を思い出し、間違いなく第一部隊が関係しているのだろうと結論付けうろたえる。

『ほう……。第四部隊に。誰が異動命令を出したか、ご存知か?』

 まさしく地を這うような声に、ひいっと小さく悲鳴を上げた。

 軍に関わる事で異動命令を出せる者は限られている。それを数日中にこんなにも早くやって退ける事が出来るのは、本当にごく一部しかいない。それは被害者である第二部隊の小隊長では出来ない事であり、また、第二部隊の総隊長でも出来る事ではない。

 だとすれば……。

 そう結論付ければ、自然と声も低くなる。

『た、確か……第一部隊のヤン少将だったかと……』

 名を聞き得心のいったレオンハルトは、ぎゅっと拳を握った。

 それを目の当たりにして、この異動に何かしら問題があったのではないかと推測した彼らは勢い込んで話し出す。

 この余りにも重く、激しい重圧の中から一秒でも早く解放されたい一心で。

 だがその半面、携帯電話から聴こえて来た自分の名前にヤンが息を呑んだ。

「余計な事を……」

 言いながら唇を噛み締め教育委員会の面々に怒りを露わにしたヤンは、ぎりっと奥歯を噛み締めた。

「ヤバいな……」

 デレクも自分の身も危ないと察し、頭を抱える。

「逃げるか?」

 他人事のように無表情でそんな事を言うキースに、ヤンとデレクは「そうだな」と半ばやけくそ気味に答えていた。

 そんな中、ガウは本気で泣きそうになってくる。自分のせいで、とんでもない事になってしまったと。


『なるほどな。理解した』

 ヤンとデレクが逃げる算段をしている間にすっかり話が進んでしまい、レオンハルトが席を立とうとする雰囲気が携帯電話から聴き取れて、すぐさま行動に移された。

「よし、行くぞ! ガウ、じゃあな、俺達は一足早く見回りに行ってくるからよ! 後、よろしくな!」

「えっ! ちょっと! そんな、置いてかないで下さいよ!」

 そそくさと携帯電話を片付けるキースもまた、足早にその場を後にしようとしていた。

「え、ちょっと、キースさんまで!」

「ガウ、お前も早くどこかに逃げろ。隊長の事だ、移動魔法で直ぐに帰ってくるぞ」

「あああああ、そそそそうですね……ど、どうしよう……」

「じゃあな」

 そう言って姿を消したキースに、ガウはどうしたものかと頭を掻き毟った。

 とその時、背後から控え目に声が掛けられた。


「やれやれだな」

 声のした方を振り返ると、ガウはまさに天の救いと云わんばかりにその人物へと泣きついた。

「副隊長~~!」

「まあ、大体話は聞いた」

 よしよしと頭を撫でると、黒い瞳を伏せ、大きな溜息を一つ零す。

「後は俺が何とかするから。部屋に戻っていなさい」

「……でも……」

「話さなかった事を悪いと思っているのなら、尚更だ。取り敢えず、後でちゃっと話を聞く」

「……はい……」

 肩を落とし、自室へと足を向けたガウはこの後の展開に覚悟を決める。結局、誰にも相談しなかった自分が悪かったのだろうと反省し、益々肩を落とした。

 そんなガウの後ろ姿を見送りまた大きな溜息を吐き出した副隊長であるアーロンは、兵宿舎の入り口へと足早に向かった。


 丁度アーロンが入口に着くと、隊長であるレオンハルトとかち合った。レオンハルトの不機嫌な濃灰の瞳がアーロンを捉え、小さく息を吐いたレオンハルトは呟くような声を掛けた。

「アーロン、戻っていたのか」

 相変わらず艶のある美しい黒髪を目にし、少しばかり気を落ち着けたレオンハルトだったが、それでも怒りは収まらない。

「ああ、少し前にな。それよりもイズー、どこへ行っていた?」

 兵宿舎の入り口の階段の上からレオンハルトを見下ろし、中に入れるつもりはないと中央に仁王立ちすれば、途端に怪訝な表情をレオンハルトが見せてきた。

「何だ、もう知っているのか? ガウの事を」

「ああ、勿論だ。俺はガウの『保護者』だからな。学校側からも何回か『非国民』についての話を電話で聞かされている。それで、イズー、お前はどこに行っていた?」

 ぎゅっと眉根を寄せたレオンハルトは、大声を張り上げた。

「知っていただと! ガウが非国民だと呼ばれて、いじめにあっていた事をか!」

「ああ、知っていた」

 普段、とても無口で穏やかなレオンハルトの大声に、流石のアーロンも少しばかり委縮する。だがこんなことで屈することは出来ないと、腹に力を込め足を踏ん張らせた。

「何故、話さなかった!」

「話す必要がなかったからだ」

 腕を組んで呆れたようにそう返せば少しは余裕があるように見えるだろうと、アーロンはレオンハルトを見据え、次の言葉を探す。

「イズー、お前がそうやって学校に乗り込んで行くのは目に見えていたしな。それに、ガウとてこれくらいの事でお前や俺達に心配をかけたくないと思っていたんだろうよ」

「だとしても!」

「簡単な事だ、イズー。ガウが非国民じゃないと誤解を解くのは、本当に簡単な事だろう? 自分が第一部隊の隊員だとバラせば良いのだから。それをしなかったのは、ガウの考えであり、信念だ。それを尊重しなければならない」

 ぐっと言葉を詰まらせたレオンハルトは、それでも納得などいく筈もなく、言葉を続けた。

「だとしても、いじめの事実を知りながら、学校側が何もしないというのはどういう事だ!」

「何もしていない訳ではない。事実、俺の所には何度か連絡が来ている。ガウに非国民的な態度や言動を慎むように言ってくれとな」

「それで……ガウは?」

「元々非国民ではないのだからな、言動や態度を改める必要はないと考えたのだろう。俺もそれは立派だと思う。ガウには真っ直ぐに育って欲しいと思っているからな」

「…………」

 ガウの意見を尊重し、ガウの行動を誇りに思うと胸を張るアーロンに、レオンハルトは自分の考えが間違っているのかと考える。

 それでも、どうしても素直に認められないと拳を握った。

「ガウには良い経験だろう。今まで人との交流が少なかった分、苦難をどう乗り越えるかをしっかりと学んで欲しいと思っている。俺達も学生の頃はそうだっただろう? イズーはその無口さ故に、随分と誤解をされたものだ。自分の事を振り返ってみても、解るだろう。だから、ガウなら大丈夫だ」

 確信を得たように大きく頷き、笑顔をみせたアーロンに詰めていた息を吐き出すと、レオンハルトは身体の力を抜いた。

「……本当に、大丈夫なのか?」

 疑心暗鬼ではあるが、幼馴染で親友のアーロンが言うのだからと、少しずつ頭が冷えてくる。

「ああ、問題ない。本当に問題があったなら、今頃俺が学校に乗り込んで、学校の連中を血祭りにあげているさ」

 確かにそうだと、レオンハルトは頷いた。

 結局の所、この第一部隊にはガウを過保護に育てる事しか出来ない連中ばかりなのだ。

「きっと今頃、猛省しているだろうから、行って話しを聞いてやれ。ガウは優しい良い子だ。俺達に話さなかったのは、ただ単に心配を掛けたくなかったからだ。まだ、人との関りを充分に理解していない。家族の愛情さえも知らずに育ったんだからな。家族とはこういうものだと、いつか理解してくれればそれで良い。俺達もそうだったしな」

 お互いに孤児として今の家に拾われた身だと、ガウの気持ちを一番理解出来る筈だと、アーロンはレオンハルトを諭した。

「ああ、そうだな。少々頭に血が上り過ぎた」

「まあ、今回のは、仕方がないだろう……」

 目を伏せ一つ頷くと、兵宿舎への入り口を塞いでいたアーロンがすっと道を空ける。迷いなくそこを通り、中へと足を進めたレオンハルトは、真っ直ぐにガウの部屋へと歩き始めた。

 その背を見送り「やれやれだ」とアーロンは小さく息を吐き出した。



 コンコンコン。

 ノックの音にゆっくりと顔を上げたガウは、椅子から立ち上がり、静かに扉を開けた。

「ガウ。少し話しがしたい」

 こくりと頷き部屋へと招き入れると、テーブルへと促し椅子を引く。

「今、お茶を」

「いや、いい」

 お互いに短い言葉を紡ぎ、重い空気に拍車がかかる。

 それを打ち破るようにガウが勢い良く頭を下げた。

「すみませんでした!」

 がばりと音がしそうな程の謝罪に、レオンハルトは意表を突かれ、次いで破顔した。

「いや。私の方こそ、少しばかり頭に血が上ってしまって……すまなかった」

 正直すまなかったでは済まされない事を多々してしまっているのだが、今は穏便に事を進めようと、ガウは「いえ、そんな」と下手に出た。

「でも、話してくれなかったのは……やはり寂しいな。心配を掛けたくないというのは解るが……」

 結局ここなのだろうと、ガウは反省する。

「すみません……。僕は別に、そんなに大したことじゃないと、思ってたので……。いじめと云っても、解決策はちゃんとあったし、ただそれをやりたくなかっただけで……ただの僕の我が儘ですから」

「そうか……」

「僕はただ、本当の友達が欲しかったんです。第一部隊のガウじゃなくて、ただのクラスメートのガウとして、友達になってくれる人がいれば良いなって、そう思っていたんです」

 本当はただ単にクラスメート達にこんな自分が第一部隊の隊員だと知られて幻滅されるのが嫌だっただけなのだが、それを今ここで言えばまた話しが抉れてしまうと、ガウは当たり障りなくそれでもいつも思っていた本心をぶつけた。

「それで、友達は出来たのか?」

「はい。少ないですけど」

 にこやかにそう言えば、安心したように頷くレオンハルトに、ガウはホッと息を吐き出した。

「それならば良い。ガウに学校に行くように勧めたのは私だからな。学校で辛い思いをさせてしまうのはやはり心苦しい」

「そんなこと……。逆にこういう経験は学校に行かなければ出来ませんでしたからね。隊長には感謝しています」

 穏やかに話しが進み、漸く納得したのかレオンハルトが席を立つ。

「安心したよ、ガウ。それでも何かあったら、直ぐに私に話してくれよ」

「はい、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げてドアまで見送ると、もう一度頭を下げた。

「今夜も見回りだろう。余り無理せず、早く帰って来て構わないからな」

 相変わらずの過保護っぷりにガウは苦笑を浮かべて了承する。

「はい、行って来ます」

 そう言って扉を閉めると、ガウは心底安堵したのか、ずるずると床へとへたり込んでしまう。

「はあ~、良かった。これで何とかこの件は片付いた」

 時計を見ると既に見回りの時間が押し迫っていて、ガウは慌てて軍服に着替えると、今日のパートナーであるキースの下へと向かった。

 

 兵宿舎を出て見回りに行く途中のガウの足取りは軽く、一つの山場を越えてキースもホッと胸を撫で下ろした。



 だがその夜、早々に見回りに行った筈のヤンとデレクが朝になっても部屋に戻っていない事を、ガウは知る由もなかった。


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