その14
まだ夜も更けきらない時刻に、慌ただしく駆け回る軍隊の姿がそこここで確認された。
東西南北、あらゆる場所で武装した軍人たちに制圧されていく反軍事派は、既に半数以上がその場で処刑されていた。
「報告致します! 第三部隊第一歩兵団、反軍事派の拠点である一つを制圧いたしました!」
「ご苦労」
短く返事を返し、ホレスが頷く。それを何度も繰り返し、徐々に包囲網を縮めていった。指揮官であるホレスもまた、反軍事派の討伐にあたり今現在王都の中心から少し東に位置する古い洋館へと来ていた。
中へと入って行く第二部隊の兵たちを見送り、ホレスは外で待機する。魔に堕ちた人間の相手は第一部隊の管轄外だと割り切ってのことだが、理由はそれだけに留まらない。
ガウの自分を見る目を思い出し、ホレスは強く唇を噛んだ。
銃弾の音が洋館の地下深くから聞こえる。
パーティー会場のような叫び声はなく、暫くすると銃弾の音も止んだ。
灯りのない薄気味悪い洋館の窓から小さく黄金色が漏れ、直ぐに消えた。
それがいくつも暗い闇の中に浮かび上がり、魔に堕ちた人間の数の多さを物語る。
「終わったか……」
次々と洋館から撤収してくる兵たちを眺め、ホレスは溜め息混じりに呟いた。
「ホレス、ご苦労さん」
「デレクか。脅かすなよ」
すっと音もなく突然表れたことにホレスはさほど驚いた様子も見せずに淡々と返事をする。そんなホレスにデレクはいつもの反応を期待していただけに肩透かしを食らってしまう。
「なんだよ、珍しく暗いんじゃねえか?」
「普通、暗くもなるだろうが。副隊長の両親が魔に堕ちたんだぞ」
「ああ、まあ。そうだよな」
普段笑顔を絶やさないホレスでも、流石に今は顔を作れなかった。
「取り敢えずそのことについて調べてみたんだがな……」
「それで?何か解ったのか?」
「いや、特には。元々副隊長の両親は隊長んとこの親と一緒に旅行に行くと言っていたらしくってな。実際、旅行用の鞄やら着替えの服やらが持ち出されているらしい」
「旅行?っていうか、隊長の両親もか! それって、まさか隊長の両親も道連れに!」
「どうだかな。それはちょっと飛躍しすぎてる。もしかしたら、人質の可能性もあるだろう?」
「人質っつっても、何の為にだよ! 反軍事派にとって、どんな利益がある?」
「そりゃあ、軍を押さえ込むのが目的だろう。反軍事派の連中は結局俺たちを追い出したいんだろ?」
「だからといって、俺たちが動かないんじゃあ、この国は魔物に呑み込まれる」
「そうでもないんじゃないか? 実際、強い結界があれば何とかなる訳だし。反軍事派もそう思っての行動だろうよ」
「馬鹿な! 先日昼間に魔物が『中』に入ってきたんだぞ? それを考えたら、明らかに浅慮だ。それに結界だって結局は俺たち軍属の者の魔力を貯めて作っているんだぞ」
「結局、あいつらは『人柱』を推奨してるってことだろう。他の国と同じように、魔力の強い者を閉じ込めて、死ぬまで魔力を吸い上げ続けるんだ」
「愚かだな」
「……本当に、そうだろうか?」
「反軍事派の連中は、この国だけが豊かだということに疑問を抱いているのかもしれない。他の国の者を受け入れられるほど国土も広くはないこの国では、助けられる者もほんの僅かだ」
「それでも『人柱』など!」
「俺はそれでも良いと思っている。俺自身、それを強く望んだ時期があった。『化け物』と呼ばれていたあの時は……」
「やめろ、デレク! やめてくれ……そんな言い方は……」
「だってそうだろう? 俺たちは、他の連中からみればただの化け物なんだよ。なんだホレス、忘れちまったのか?俺たちは……」
「やめろ!」
やめろ、ともう一度呟いて、ホレスは自身の顔を覆った。
瞬間、ガウの顔が脳裏を掠めた。ガウの目は、あの時間違いなくホレスを『そういう』目で見ていたのだ。ゾッと背筋を震わせ、唇を戦慄かせた。
それをじっと見つめ、デレクは自嘲気味に笑みを浮かべる。
「今更だろう……そんなに傷つくことはない」
そう言い残すと、片手を上げてデレクは闇の中へと消えてしまう。
「俺は……」
頭の中で否定を繰り変えすホレスは、ただその場に立ち尽くしていた。
■ ■ ■ ■ ■
第一部隊の本部の一室である『医務室』に、怪我をしたヤンが運ばれたのは、数十分前のこと。
ジーンとベンが車でヤンを運び、ガウもまたその医務室へと落ち着いた。外傷のないガウは部屋の隅で椅子に腰かけ、ジーンとベンはヤンのベッドの横を陣取っている。
少しばかり賑やかなその空間で、ガウは一人沈んだ表情を見せていた。
「何でお前が来るんだよ」
「仕方ないじゃない、呼ばれたんだから。私だって来たくて来た訳じゃないわよ!」
ヤンが低い声でそう言えば、負けじと言葉を返してくる。
「すまない、ヤン。第二部隊の衛生班は手隙の者がいなくてな。一応第三部隊でお前の顔見知りといったらローラしか思い浮かばなくてな。拙かったか?」
「拙いっていうか……。俺としては、綺麗どころに来て欲しかったんだがよ」
「はっ! あんたみたいな不細工には私くらいのが丁度良いのよ!」
結構酷いことを言われていたように感じたジーンとベンは、ローラが否定しないことについ突っ込みを入れたくなってしまう。
だがここで蒸し返すのは得策ではないと、何も口にはしなかった。
もとよりローラは美人の部類に入る。小柄で全体的に色素が薄く儚いイメージを持たせるその容貌は、それなりに整っていた。長い金の髪はとても明るく透明感があり、白い軍服にとても映える。それでも当人は自分の容姿が余り好きではないらしく、美人と言われても納得していないような態度を取る。そんなローラに容姿についてあれこれいうことはかなり面倒なことになり兼ねないと、誰もがその話題を遠ざける節があった。
かくゆう二人もそうである。
「つうか、別に手当てとか必要ねえし! もう殆ど治りかけてんだしよ」
「それでも、消毒くらいはしておかないと! 一応、私も衛生班の隊長だし、何もしないで帰る訳にはいかないのよ!」
「けっ、建前だけで手当てしにくんなよな! そんな理由で手当てされても嬉かねえし、消毒なんて意味ねえだろ。もう傷も埋まってきてるしよ」
がりがりと頭を掻いて不貞腐れるヤンに、ジーンがぽつりと言葉を零す。
「相変わらずだな、その治癒力は。昔からそうだったが、本当に、化け物のようだな」
一瞬、ひゅっと息を呑む音が聞こえた。
次いで、がたりっと大きな音を立てて、ガウが椅子から立ち上がる。
それにいち早く気づき、ヤンがすぐさま声をかけた。
「どうした、ガウ?」
真っ青な顔で立ち尽くすガウに、ヤンは堪らずベッドから下り傍まで行こうとした。だがそれを制し、ジーンがガウへと歩みを進める。
びくりと身体を強張らせたガウに、少しばかり躊躇したジーンは探るようにガウの顔を覗き込んだ。
「僕たちは……化け物なんかじゃない……」
「何?」
小さな声で紡いだ言葉は、近くにいたジーンにも届かなかった。
「僕は、化け物なんかじゃない!」
今度は大きな声で吐き捨てるように言う。
その言葉に、ヤンが大きく目を見開いた。
その昔、ヤンとデレクも、今のガウと同じ感情を抱いていた。
まだ第三部隊にいるころ、二人はその強さ故に何かと特別視されていた。
時には『化け物』と呼ばれ、そして時には『魔物』と揶揄されることもあった。
それはヤンとデレクの心を激しく抉り、デレクに至っては、心が壊れてしまうほどに傷ついた。
結果デレクは魔物を誰よりも強く嫌悪するようになっていく。
それはまるで自分と魔物が同じだと認めたくないというように。
そんな苦い記憶を思い出し、ヤンはどうしてもガウの傍に行かなければと身体を起こした。
だが、今度はローラに止められてしまう。
「こういうのは、心の問題でしょう。私は心療の方も勉強しているから。任せて」
ヤンだけに聞こえるようにそう言うと、ガウへと近づき手を伸ばす。
拒絶を表すガウを無視してガウの背を押すと、その場から連れ出す為に部屋の扉へと促した。
扉を開き、腕を掴んで外へと追いやると直ぐに扉が閉められた。
「おいおい、あいつなんかに任せて大丈夫かよ?」
重苦しい空気に包まれたその部屋に、心配そうなヤンの声が響いた。
第一部隊の本部には医務室以外に人はいない。
それにホッと息を吐き出し、ローラはガウを連れて休憩室へと足を向けた。
「ガウ君、大丈夫?」
給湯室で温かい飲み物を作り差し出すと、ガウはゆっくりとその紙コップを受け取った。
先程ヤンの治療の為に呼ばれたローラは、ガウを紹介され、衝撃を受けた。初めて目にする第一部隊の少年兵は、まだ幼さの残る容貌に相応しく、随分と怯えた目をしていたからだ。
「少し、昔話をしましょうか」
ガウは返事をしない。そして、頷くこともしない。
それでもローラは話し続けた。
「今現在第一部隊で活躍しているヤンとデレクは、元々第三部隊の出身なのよ。知ってた?」
こくりとガウが頷く。それを確認して、ローラは一口飲み物を啜った。
「第一部隊が今の体勢になるちょっと前に、魔物の実態調査の為に色々な機関が設けられたの。その当時はまだ『人柱』がこの国を支えていてね、結界の外に出るなんて発想はなかったのよ」
『人柱』という言葉に、ガウが過剰に反応した。かたかたと震える手が、カップの中の液体を揺らす。
この国に連れて来られる前までは、ガウも『人柱』としてその人生を送っていた。物ごころついた頃には既に機械に繋がれ、魔力を吸い上げれられ、国を守る為の道具として生きていた。親と引き離され意思の疎通を図る為に少しの教育は受けたものの、必要最低限のその教育はこの国では余り役には立たなかった。
そんなガウの魔力で支えられた国は魔物の襲撃に遭いあっけなく滅び、駆けつけた他国の軍隊、第一部隊によって唯一生き残ったガウだけが救助された。機械に繋がれたまま自身に結界を張ったガウだけは、魔物に食われることなく生き延びたのだが、その施設でガウの世話をしていた者はガウの目の前で魔物に捕食された。その記憶は、今でもガウを苦しめる。
ずっと黙り込んでいるガウを見つめ、ローラは一瞬躊躇する。震える身体を痛々しく思いながらも手を差し伸べることはできなかった。自分にその権利はないと頭を振る。その昔、ヤンとデレクをその痛みから救うことができなかった自分には。
俯きながら昔の苦い記憶を辿り、ローラはふうっとひとつ息を吐き出した。それでもこの少年に伝えておきたいと、必要なことだからと思い言葉を紡いだ。
「その機関は『中』に入って来ようとする魔物を観察して、色々なデータを懸命に集めたわ。その頃から漸く魔物のことが徐々に解り始めたの。それまではただその姿を見ただけで死をもたらすと言われていたから、とても大きな進歩だったわ。魔物はそれぞれ大きさや形が違うということも解り始めた。二足歩行や四足歩行、蛸みたいに何本も足があったり、昆虫に似た魔物もいるってね。でもそれが解ったところで、人間には何もできなかった。ただ結界を作り『中』に入ってこないようにするので精一杯だった。そんな中、結界の外に出て、魔物を倒せる者が何人か現れ始めたの。最初は偶然だった。魔物の調査をしている最中に、魔物の襲撃にあって『中』に入って来た魔物が一人の調査員に襲いかかったの。それに慌てた他の調査員が逃げる為に誤って結界の外に出てしまってね……。たまたまそこで警備にあたっていたのが第三部隊で、私も衛生班としてそこに居合わせたわ。勿論、ヤンとデレクも。魔物の強い瘴気と邪気で皆が動けない中、ヤンとデレクだけが動けたの。結果その魔物を倒したのよ。驚いたわ。本当に」
淡々と話すローラの顔が僅かに歪み、ガウの表情を窺い見る。本来、この後の話を一番にしたかったのだが、ガウの身体が未だに震えていることに気づき、焦った。
「ガウ君、大丈夫?」
「……それで? ヤンさんとデレクさんは皆に『化け物』だと言われたんですか? 皆を助けたのに、魔物を倒したから……特別な力があるから……」
「いいえ、違うわ! その前よ。二人が『化け物』だと言われていたのは。だってそうでしょう? 魔物を倒せる二人が人間を相手に訓練しても、その力の違いは歴然としているもの。それを妬んだ連中のただの陰口だったのよ。ヤンはいつも上手くかわして流していたけどね。ただデレクは……」
必死に言い募るローラは、この展開に少しばかり嫌な予感を覚えていた。明らかに自分に対し反抗的な目を向けてくるガウは、ヤンとデレクを『化け物』呼ばわりした第三部隊の隊員と自分とを重ねているように思えたからだ。それを払拭する為にローラは『信頼』を勝ち取ろうと躍起になった。
「魔物を倒した二人に向けられたのは、称賛の声だったわ。今まで散々陰口を叩いていた者も一変して二人を担ぎ始めたの。それでも、デレクには遅すぎた。デレクの心は随分と傷ついてしまっていて、人が変わったように魔物退治に固執したの」
目を伏せ当時のことを思い出し、ローラの表情が苦々しいものに変わる。それをガウは目の当たりにし、益々ローラに不信感を抱いた。デレクの過去をそんな顔で思い出すなんて、と。
「デレクは魔物を退治することに随分と執着したわ。まるで自分は『化け物』じゃないと皆に知らしめる為にやっているかのようだった。その内、魔物の研究の為にと魔物の躰の一部を持って帰ってくるようになったの。瘴気と邪気が外に漏れないような入れ物を作れと言い出してね。最初は魔物の心臓だった。次に頭部。色々持ち帰って、デレクがひとつの要求したの。この魔物を一般に公開しろとね。これが『魔物』だと、世間一般に知らせるんだって言ってね。それはとても良案だと、軍の上層部はすぐに動いたわ。デレクもその頃には少し落ち着いてね、本当に良かったと思っているわ」
ガウを安心させるように浅く笑んでみせたローラだったが、ガウは俯いたままだった。
「落ち着いてなんていませんよ」
「え?」
小さいが、厳しい口調でガウが言う。
「今でもデレクさんは魔物を倒す時、尋常じゃないやり方で殺します。毎回倒した魔物の目玉を持ち帰って部屋に飾っているんです。ヤンさんだって、『化け物』呼ばわりされて、ただ流していただけなんてとても信じられません!」
徐々に大きくなる声は、怒気を含みローラを攻撃する。
「でも、ガウ君。私はずっと二人を見て来たわ。だからこそ……」
「見て来た? それだけで二人の何が解るって言うんですか! 僕は解りますよ! だって僕は二人と同じなんですから! そう同じなんです……『人間』を殺したホレスさんとも……僕は同じなんです……僕は、僕たちは『化け物』なんかじゃない……」
苦しそうに胸を押さえ、椅子に腰かけたまま崩れ落ちそうになり前屈みになる。そんなガウにどう言葉をかけて良いのか解らず、ローラはただ口を閉ざした。
「……僕は、あなたよりもずっと二人と時間を共有しています。二人は僕のことを本当の弟のように可愛がってくれています。二人のことは僕の方がずっとずっと知っている。何なんですか! まるで二人の全てを知っているように、二人の心を知っているように話すあなたは、一体何なんですか!」
ここで漸くローラが気づく。ガウの一番弱い精神的な面を刺激してしまったことに。だが、初対面でもあるガウがここまで自分の中にあるものを曝け出すとは考えていなかったローラは酷く困惑した。
「私は二人の元同僚よ。ただそれだけ。ガウ君の言うように、私は二人のほんの一部分しか知らない。それなのに、我が物顔で話してしまって……それが気に障ったのらごめんなさい」
「気に障った? これは気に障った程度で済まされることじゃない! 僕の居場所にずけずけと入って来て、二人のことを語るなんて! 僕はこの第一部隊の隊員で、二人の仲間で、弟だ! 僕の家族だ! 僕の……僕の居場所を……踏みにじるなんて……」
癇癪を起しているのかと思うほどに肩を怒らせ喚き散らすガウに、ローラは一歩退いた。このままもし手を上げられたらと、顔に恐怖が浮かぶ。それさえもガウを傷つける結果になると解っていても、本能には抗えなかった。
「こんなことだろうと思ったよ。とっとと帰れ。お前なんかの出る幕じゃねえんだよ」
唐突に割って入った声に、ローラはホッと息を吐く。自分に向けられた暴言など耳にも入らないほどにローラは恐怖に支配されていた。
扉に寄りかかり、怪我をしている為に少し苦しそうな表情をしているヤンのことさえもローラは気遣えない。
「ヤン……私は……」
それでも自分の失態を見咎められ、衛生班の隊長としての自尊心が揺らぐ。
「いいから、帰れ!」
強い口調で言い放つと、ガウの方へと駆け寄り背を撫でた。俯いたまま怯えきった目で身体を震わせるガウに、ヤンが耳元で小さく問いかけた。
「どうしたガウ。ちょっとおかしいぞ。何かあったのか?」
ホレスのことが瞬時に頭に浮かぶも、ローラの言葉にこれほど理性を失うのもおかしいと、ヤンは違う何かがガウを苦しめているのではないかと考えた。だがその答えがでないまま、ヤンは更に声をかける。
「お前は色々抱え込みすぎなんだよ。学校でいじめにあった時だって、全部俺たちに吐いちまえば良かったんだ。勉強だって、本当は辛いんじゃねえのか? 我慢ばっかしてっから、心が悲鳴をあげて壊れちまうんだ。良い子ぶる必要なんてねえし、気にしてないふりもしなくていい。まだ子供なんだからよ、わがまま言ったっていいんだぜ?」
浅く呼吸を繰り返すガウに、落ち着くように殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。次第に深い呼吸へと変わってくると、自然と身体の震えも小さくなっていった。
それを確認してから、ヤンは再びローラへと目を向ける。
「ほら、出てけよ」
抑揚のない声でヤンは顎をしゃくり扉を示した。それに小さく頷くと、ローラがゆっくりと立ち上がる。
「……ごめんなさい」
しゅんと肩を落とし、おぼつかない足取りで扉を潜ると開け放ってあった扉を静かに閉めた。
「ガウ、大丈夫か?」
ローラの背を見送り、ガウの背を撫で続けていた手を止める。ガウの手の中でくしゃくしゃになってしまった紙コップを見やり、手をかけた。
「火傷しなかったか?」
もししたとしてもヤン同様すぐに治るのだが、床に広がった液体を眺めながら問いかける。
「……ヤンさん……僕……おかしいんです……どうしてあんなことを、言ってしまったのか……」
ガウ自身、随分と狼狽している様子にヤンは優しく諭すような言葉を選ぶ。それが気休めだとしても、ガウが落ち着いてくれさえすればそれでいいと安っぽい言葉たちを並べていった。
「いいんだよ、ガウ。お前はもう少し心の中のもんを吐き出した方が良いんだって。今みたいな要領で、どんどん出していけよ」
「……でも、ヤンさん……これは、僕の意思じゃない……」
「は? 何言ってんだ、ガウ?」
再び怯えたような目をするガウに、ヤンはゾッと背筋を震わせた。
「……僕の頭の中で、ずっと……響いてるんです……誰かの声が……」
先程までは全く感じられなかった『魔』の気配を、ヤンはたった今、ガウの身体から強く感じた。
「ねえ、ヤンさん……僕の居場所は……もう……どこにもないんですか?」
いつもこのような拙い小説をお読み下さいまして、本当にありがとうございます。なかなか話が進まず、すみませんです。
また、改稿の方も全く進んでおりません。GWが終わってからというもの、日々忙しくて更新と改稿の両方は無理だと判断致しました。ですので、更新の方を優先的に頑張っていきたいと思っております。
ずっとシリアスばかりで自分自身も滅入ってしまっていますが、どうか最後までお付き合い下さればと思います。よろしくお願い致します。