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その12

 人間が魔に堕ち、王都の中心にある『水鏡』が襲撃されたとの報告を受け、早々に各軍へと出動命令が出された。パーティーに招待されていた殆どが軍の関係者だったこともあり、直ぐにその命令は下された。

 第二部隊から第四部隊まで総出動しても尚、優先は国内の反軍事派の討伐であり『森』と『中』との境界にまでは手が回せない程にその一派の潜伏先は多かった。それでも巡回を任された第三部隊の小隊長クラスの軍人達は、各々分担しその境界へと足を向けた。



「何だ、これは?」

 しんと静まる『森』と『中』との境界には、明らかな異変が起きていた。

「こんなのは、初めてじゃないですかね、小隊長。取り敢えず報告をしといた方が良いのではありませんか?」

 第三部隊、一個小隊の小隊長とその補佐を務める副官である二人は、いつもと様子の違う『森』に嫌な予感をひしひしと感じていた。

 小柄な小隊長と大柄な副官は、見た目だけで判断すると階級が逆に見られがちだが、その軍人としての実力は当然の事ながら格段に小隊長の方が上だった。

「勿論だ。だが、この霧はどこまで続いているのだろうな? よもや『森』全体が霧に覆われているのか?」

 小隊長が顎に手を当て考え込む。それを上から見下ろし、副官が口を開いた。

「恐らくは……。この霧、結界の『中』には入って来れないみたいですし、もしかしたら、魔物に関係している可能性もあります」

 よくよく見ると確かに霧は結界の手前までしか出ていない。そこで小隊長は後ろを振り返った。

「ああ、こっちには霧なんてものは確認出来ないしな」

 鮮明な視界になるほどと頷いた小隊長は、霧は魔物の仕業かと納得した。

「ですが、こんなことが出来る魔物なんて聞いた事ありませんよ? というか『森』にだけ霧が発生するなんて、どういう仕組みなんだか」

「魔物のやることをいちいち理解していたら、こちらの頭がおかしくなってきてしまう。魔物はいつも人間を貶め、喰らう事しか考えていないからな。これもその手段の一つなんだろうよ」

 ふうっと息を吐きながら、このまま何事もなく朝を迎えてくれれば良いと小隊長は心の中でだけ呟いた。

「そうですね……。ですが……最近では『悪魔』の復活も噂されています。まさかとは思いますが、この霧は……」

「馬鹿な事を言うな。あんな化け物にそうそう復活されては堪らない。憶測だけでものを言うのは止めろ」

 言い掛けた副官の言葉を遮り、冗談でもそんな事を言うなと強い口調で諭した。

「はっ、失礼しました」

 それに恭しく頭を下げた副官は、それでも『悪魔』の復活を危惧していた。


「第一部隊にも、連絡を入れておきますか?」

「……そうだな。だが、既に見回りの時間だろうから、この事態には気付いているのではないか?」

「まあ、そうですね。……あの少年も、見回りに来ているのでしょうかね?」

 つい先日初めて第一部隊の最年少隊員であるガウと言葉を交わしてから、少しばかり気になっていた副官がそんな事をふと零した。

「あの少年? ああ、あの第一部隊の……。勿論来ているだろう。今頃は『森』の中で魔物と対峙しているかもしれないな」

 一瞬誰の事を言っているのかと首を傾げた小隊長だったが、直ぐにガウの顔を思い浮かべ、あの時何の躊躇もなく『森』へと消えたガウの背中を思い出していた。

「どうした、急に。何か気になる事でもあるのか?」

「いえ、別に。ただ、ちゃんと言葉を掛けておくべきだったと、あれから反省していまして……」

 何も言葉を発しずただ敬礼のみをしていた事に流石に軍人として酷い態度だったと、今度会った時にはそれなりの対応を取ろうと思っていたので、もし今会う機会があれば名誉挽回と相成っていただろうと副官は淡い期待を抱いていた。

「そうか。だがそうそう会う事もないだろう。俺達のような下っ端ではな」

 自嘲するように小さく笑むと、小隊長は報告の為に無線機を積んでいる車へと足を向けた。



■ ■ ■ ■ ■



 救護要請を受け駆けつけた第三部隊の衛生班が、魔物に襲われた人々を次々と運び出す中ガウとホレスは会場の外へと出ていた。

「ガウ、大丈夫か?」

 先程から一言も発しないガウに、随分と顔色が悪いことを心配してホレスが静かに問い掛ける。

 その問い掛けに、ガウはふいっと顔を背けた。

「おい、ガウ? 本当に大丈夫なのか?」

 いつもと違う反応を返され、ホレスは大股で近づくと腕をガウへと伸ばした。

 だがその腕をガウはバシッと叩き落とし、拒絶した。

「ガウ……」

 嫌悪に満ちた目を向けられ、ホレスがひゅっと息を呑む。まるで怯えているようにも見えるガウの態度に、ホレスは酷く困惑した。


「これから、どこに行くんですか?」

 小さいがしっかりとした問い掛けに、ホレスは少しの間を開けて返事をする。

「……ああ、だから……反軍事派の連中の討伐だ」

「見つけたら、どうするんですか?」

「は?」

 ガウは胸元を苦しそうにぎゅっと押さえ、ホレスを睨みつけながらまた問い掛けた。

「魔物になっていたら、殺すんですか? それとも、魔物になっていなくても殺すんですか? 皆、殺すんですか! 反軍事派だと判ったら、皆、殺すんですか! 元は人間だったんですよね! もしかしたら、知り合いがいるかもしれない! それでも、魔物になっていたら殺すんですか! 副隊長の婚約者に短剣を投げつけたみたいに、容赦なく斬りつけて、殺すんですか!」

 

 最後の方は涙混じりになりながら、ガウは叫ぶように声を荒げた。


 力なくその場に蹲り、ガウは苦しそうに同じ言葉を繰り返す。

 そんなガウを見遣り、ホレスは自分が一体何をしたのかと自問自答した。

 ガウの心が、こんなにも傷ついてしまう程の事を自分が仕出かしてしまったのかと、懸命に答えを探す。

 見つけた答えに、ホレスもまた傷ついた。


「あれは、任務で……俺達の仕事だろう……。守るべき者は……」

 人間だろう、と口にしかけて、その言葉を呑み込んだ。姿かたちは何ら人間と変わらない魔物を、ガウが『人間』として認識していたのだろうと察したからだ。

 だが、それについて何故という疑問が直ぐに浮かぶ。ガウには魔物の気配が判る筈なのにと。

「ガウ、一体どうしたっていうんだ。あれは魔物だ。人を襲っている所を見ただろう? 瘴気だって、弱いがあった筈だ。それなのに……」

 ホレスの問い掛けに、ガウはゆるゆると俯いた。

「僕は……」

 怖かったのだと、本当ならば言いたかった。

 『人間』を殺したのは、本当にホレスなのかと疑いたくなるほどに。

 それ程までにホレスの方が『魔物』に見えたのだ。人間を喰い殺す『森』に居る、本物の『魔物』ではないのかと思えたのだ。

 だがそれを口にしてしまえば、同じように『力』を持つ自分もまた『魔物』だと肯定してしまうようで、とても口には出せなかった。


 蹲り、怯えた表情を見せるガウは、少しばかり震えていた。

 そんなガウを見ていられなくなったホレスは、懐から携帯を取り出した。

「待っていろ、ガウ。今、ヤンを呼ぶから」

 そう言ってガウに背を向けると、小さく息を吐き出した。





 




 騒然とする会場内では、着飾った人々がその場にしゃがみ込み、顔を青くさせ、事態の収拾を見守っていた。

 第三部隊の衛生班による救護は手際良く済まされ、漸く落ち着きを取り戻しつつあった。

 そんな中かなりの怪我人が出た事に、アーロンは厳しい表情でその作業を見守っていた。




「これはどういうことか、説明してもらおうか?」


 王城警備隊隊長の子息の婚約パーティーという事もあり、ここに集っているのは軍の関係者が殆どだ。当然の事ながら先程のフィリスとの遣り取りで、アーロンは窮地に立たされる事になる。

 パーティーに参加していた元師が立場上、この事態を重く見てアーロンへと声を掛ける。

 その口調はかなり厳しいものだった。


「この騒動は反軍事派が仕掛けたものなのか? そして、その反軍事派の、それも首謀者が君の婚約者ということで良いのかね?」

 一瞬言葉に詰まるも、アーロンは小さく首を横に振る。

「まだ確かな事は、何も」

 実際、アーロンは何も知らないのだ。そう答える以外に方法はなかった。

「もしこれが事実だとしたら、君にはそれ相応の責任を取ってもらう。覚悟しておけ!」

 指を差し、怒号のように浴びせられた言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ。

 だが……。


「へえ~、面白い事を言ってくれるじゃないですか! 責任って何です? 覚悟ってどういうことですか? 副隊長が責任だの覚悟だのと言われちゃあ、うちの隊長が黙ってないですぜ。最悪、仕事を放棄することだって出来るんですがね。俺達が動かなかったら、この国は魔物に呑み込まれちまう。それこそ大惨事だ。そっちこそ、その覚悟があって、副隊長に喧嘩を売ってんですかね?」


 割って入ったのはホレスから連絡を受けて、ガウを引き取りに来たヤンだった。ガウの件をアーロンに報告して欲しいとも言われていたヤンは、取り敢えず会場内に入ったのだが、聞き捨てならない言葉を耳にしいち早く反応した。

 ぐっと言葉に詰まった元師は、表情を険しくさせた。

「ヤン。やめろ」

 ヤンを制しアーロンが間に入るも、どこ吹く風でヤンが言葉を続けた。


「まあまあ、いいじゃないですか。もう、失うもんなんて何にもありゃあしないんでしょう? あんなに大事にされていたご両親も反軍事派の一員で、しかも魔に堕ちたっていうんですから。しかも婚約者にその両親まで。俺達は元々この国の出じゃねえし、家族もいないですからね。家族を人質に取って俺達を動かす事も出来ないでしょうよ。まあ、大切な誰かって言うんなら、第一部隊の連中くらいですし、正直、俺達に言う事を聞かせられるのは、隊長と副隊長だけですからね。で、その副隊長が一生懸命頑張ってるのに、こんな事で責任だの覚悟だの持ち出されちゃあ、堪んねえって話しですよ。ここで仕事を放棄した所で、俺達は二つ返事で了承しますぜ。大体今回の魔物の件は、第一部隊の仕事じゃねえし、怪我人が出たのは警備の奴らのせいだろうし。それこそ、どうなってんですかね、元師の旦那ん所の警備はよって感じです」


 一通りここに来る前にホレスから事情を聞いていたヤンは、嫌味っぽく言葉を並べアーロンを擁護した。元々軍の関係者が集まるこの会場で、全く機能しなかった警護の兵達にヤン自身、憤りを感じていたので尚更棘のある物言いになってしまう。

 

 またまたぐっと言葉に詰まった元師は、次のヤンの言葉で一気に青褪める。


「なあ、副隊長。いっそのこと、この国に見切りをつけて、隣の国にでも行きましょうや。どえらい歓迎してくれるって、言ってましたよ」


 こそこそっとアーロンに耳打ちするような仕草でヤンが元師にも聞こえるようにわざと大きめの声で話す。

 すると手の平を返したように元師が慌てて口を開いた。

「待て、す、すまなかった。少し言い過ぎたようだ。まだ事実確認も取れていないし、この件は取り敢えずこちらで預かる。元々こちらの管轄だしな。第一部隊は引き続き『森』の方の監視を頼む」

 冷や汗を流しながら早口にそう告げると、ばつが悪そうにそそくさと第三部隊へと駆け寄った。何やら指示を出しているようだが、兎に角慌てているのだけは見て取れた。


「ヤン。やり過ぎだろう」

 やれやれとアーロンが息を吐き出すと、途端にヤンが申し訳なさそうな顔をする。

「へいへい、すんません。まあ、副隊長にも、その……すんません」

 アーロンの両親の事を引き合いに出してしまい、ヤンは少々居心地が悪そうにガシガシと頭を掻いた。

「いや。それよりも、何故ここにいる?」

 訝しげに眉を寄せ、本来ならば『森』の見回りに行っているだろう時間だという事に、アーロンは疑問を抱いた。こう見えて意外にも真面目なヤンが仕事をサボるとも思えず、嫌な予感が頭を過る。

「ああ、ホレスから連絡がありまして……その、ガウが……ちょっと様子がおかしいっていうんでね。迎えに来てくれって言うんで……」

 アーロンがぎゅっと拳を握ったのを、ヤンは見逃さなかった。

「そうか……。すまないが、ガウのこと、よろしく頼む。俺はまだやる事があるのでな」

「はあ、それはまあ良いんですが……。副隊長も、その……」

 なかなかに複雑だと、ヤンはガウ同様にアーロンにも気遣いをみせるが、それを受け入れる程アーロンの立場は甘くはない。そうと解っていても尚、思わず口に出したくなる程にアーロンの顔色は悪かった。

「大丈夫だ。心配いらない」

「はあ……そうですか。んじゃあ、まあ、ガウを連れて『森』の監視にあたります」

「もしガウが無理そうなら、本部か宿舎に送り届けてくれ」

「了解」

 副隊長として、そして義理の兄として、アーロンはガウのことを兎に角心配した。そして今、ガウを『森』に行かせてしまって良いのかと強く思う。壊れかけた心では、魔物に対峙した時、一気に魔に呑み込まれてしまうのではないかとアーロンは酷く恐れた。


「……何故こんなことに……」


 自身の肉親もまた既に魔に堕ちたのだと思い出し、アーロンは自分自身に問い掛けた。

 何の為に、自分はここまで這い上がって来たのかと。








 既に夜も更け、通常ならば魔物で溢れているはずの『森』は、有り得ないぼどに静かで、不気味な霧が立ちこめていた。

 ガウを連れ、パーティ会場を後にしたヤンは、いつもとは違う『森』の様子に警戒心を露わにした。



「どうなっていやがる」


 嫌な汗が背中を伝い、ヤンは後ろを振り返った。だがそこにいる筈のガウの姿が見当たらず、ヤンは激しく動揺した。

「ガウ! どこだ! ガウ!」

 ずっとガウの様子がおかしかった事を思い出し、ヤンは慌てて『森』を探し始める。いつからいなくなっていたのか、何故もっと注意してガウを気に掛けてやらなかったのかと、後悔ばかりが先に立つ。

 真っ暗な『森』を走り抜け、ヤンは必死になってガウを探した。




「ヤンさん?」

 元々霧に包まれていた『森』が、急に濃いものに変わり、それが暗闇でもはっきりと見て取れた事にガウは背筋を震わせた。

 そこで初めてヤンの姿が見えない事に、ガウは不安げに名を呼んだ。

 だが返事はなく、ただしんと静まる『森』だけがそこには在った。


「ヤンさん!」


 再度大きな声で名を叫び、次いでガウは走り出す。霧のせいでガウの大きな声は全く響かず、呑み込まれるように消えていく。

 辺りに顔を巡らせながら走るガウは、ふと霧の中に人影を見つけ立ち止まる。


「ヤンさん!」

 漸く見つけたと人影に駆け寄ったガウは、それがヤンではないと直ぐに気がついた。

 その人影はヤンにしては余りにも小さかったのだ。そしてその事実はガウを益々追い詰めた。

 ここは『森』の中なのだ。第一部隊の隊員以外でこの『森』に入れる人間はいない筈だと、この余りにも小さい人影が第一部隊のどの隊員にも当て嵌まらない事にガウはさっと顔の色を失くした。

 瞬時に魔物に魂を取られた人間ではないのかと、頭に浮かび後ずさる。


「ヤンさん……」


 小さく助けを求めるも、この深い霧の中では容易に自分を見つけられないだろうとガウは絶望する。それは、この『人間』を自分が殺さなければならないということへの事実を突き付けられ、逃げ出したい衝動との葛藤でもあった。

 嫌悪と、そして恐怖とが入り乱れ、ガウはその場に膝をついた。

 『人間』を殺してしまったら、自分が自分ではいられなくなる。そんな強迫観念がガウを襲う。魔物と同じ『化け物』に成り下がることだけは絶対にしたくはないと、ガウはここから逃げ出すことを必死に考えた。


 だが、それは叶わなかった。


「どうしてそんなに苦しそうなの?」

 ばっと顔を上げたガウは、目の前の人影に目を向けた。

 ゆっくりとこちらに近寄って来るその人影に、ガウは驚きと共に後ろへと下がると腰が抜けたのかそのまま尻餅をついてしまう。


「どうして、そんなに怯えているの?」

 近付いてきた人影は、やがてガウの目にもはっきりと解る程鮮明に、その姿が浮かび上がる。

 黒い長い髪、ガウの目に最初に映ったのは、足元にまで届く程の異様に長い黒髪だった。

 ずいっとガウの顔に自身の顔を近付けてきたその人影は、少し幼さの残る女性だということをガウは認識した。



「ねえ、知ってる? あなたが尊敬してる人の、正体」


 唐突に現れ、また唐突に話しを始めた女性に、ガウは何を言われているのかが理解出来ずただ呆然と女性の顔を食い入るように見つめていた。

 この女性が魔物なのかどうかを確かめる為に。


「私は知ってるわ。あの人、黒龍族の生き残りなのよ。ねえ、黒龍族って『悪魔』を倒す時、皆死んじゃったって言われてるけど、あれ、嘘なのよ。仲間全員の魔力と命を奪って『悪魔』を退治した張本人は今でも生きているわ。あなたの直ぐ傍でね」


 くすくすと笑みを浮かべ、弾むように話しをする女性に幼さが増す。

 女性からは魔物の気配が感じられない事に、ガウは安堵の溜息を吐き出した。だがそうなると、この女性が一体何者なのかと気になり出す。

 ここは『森』の中なのだ。

 この深い霧がこの女性と何か関係があるのかもしれないと、ガウは回らない頭で考えた。


「そうそう『悪魔』の襲撃があったあの時、最後の方では、黒龍族はたったの十人しか生き残っていなかったのよ。その仲間の魔力と命を奪って、あの人は『悪魔』を倒したの。ねえ、もしまた『悪魔』が現れたら、あの人はどうするのかしら。丁度あなた達も十人だし、同じように仲間の魔力と命を奪って倒すのかしら。そうしたら、あなたの大切な仲間は皆死んでしまうわね。勿論、あなたもだけど。そしてまたあの人だけが生き残るのよ。それの繰り返し。あなた達がいなくなった後も、また同じように十人の仲間を作って『悪魔』が復活したら同じ事をするの。ねえ、知ってる? 黒龍族の寿命はとても長くてね、三百年も生きられるのよ」


 一人で愉しそうに話す姿に、ガウは違和感を覚える。『悪魔』のことは学校でもこの世界の歴史としてそれなりに習っていた。だがその内容と大きくかけ離れた女性の話しに、ガウは思わず首を傾げた。それでもその歴史を思い出し、ぶるりと身を震わせた。

 黒龍族は皆、黒目黒髪で、今目の前にいる女性もまたそれだった。そして彼女が言う「あの人」も黒目黒髪だと思い至る。ガウの尊敬する人、すなわち義兄であるアーロンは、間違いなく黒目黒髪なのだ。

 まさかという思いが、ガウの心を占めた。


「そんな……そんな話は嘘だ……『悪魔』を倒したのは、国王で、その国王もその時に『悪魔』と一緒に亡くなった筈で……」

 自分の勉強不足だったのかと、必死に歴史の授業を思い出す。そして間違ってはいないと確信した。


「真実なんて、いくらでも変えられるでしょう? だって、誰もその時の事、見てはいないんですもの」

「だったら! あなただってそうでしょう! どうしてそんな……」

 そこでガウは、はっとする。

 まさか視たと言うのだろうか、と。

 黒目黒髪の彼女もまた、黒龍族の生き残りなのかと。だがそうなると矛盾が生じる。生き残ったのは十人で、その命は全て奪われ既に消えているのだと先程彼女自身が言ったのだ。だとすれば、彼女は黒龍族ではないのだろうか。彼女が真実を話しているのかどうかは不明だが、ガウはその話しを完全に否定する事が出来ないでいた。

 もし彼女が黒龍族の生き残りでない場合、考えられる事は限られてくる。魔力の強い者の中には、過去や未来を視る事が出来る者がいると聞いたことがあったガウは、途端に険しい表情になった。


「真実は、隠されるものよ。その方が、都合が良いってこともあるでしょう?」


 殊更愉しそうに、女性が笑う。

 ガウは、その笑みに背筋が凍る思いがした。



■ ■ ■ ■ ■



「……フィリスか?」


 苦しそうに蹲り、荒い息を吐き出しながら静かにそう問い掛ける。

 暗くじめっとした空気が肺まで入り込み、フィリスは僅かに顔を歪めた。

「直にここも見つかります。お父様、移動しましょう」

 父の背を撫でながらフィリスが立たせようとするも、上手く身体が動かないのか直ぐに膝をついてしまう。

「上手く……いったのか?」

 ぜいぜいと肩を大きく上下させ、オーモンドがフィリスの手を握り締めた。

「はい」

 小さく肯定すると、握られた手に力が込められる。

「そうか……このまま……上手く事が運べば良いのだが……」

「はい」

 ゆっくりと腰を上げ、立ち上がろうとするオーモンドを支えるようにフィリスが手を差し伸べる。それを確認し、漸く立ち上がったオーモンドは直ぐに石造りの壁へと手を添えた。


「ガルデイス夫妻と、レオンハルト夫妻は既にこの国を出られましたか?」

「ああ、残りの親族も……既に隣国へ向かっている。心配ない」

 壁を伝い、ゆるゆると足を動かし始めたオーモンドを先導しながらフィリスは尚も問い掛ける。

「反軍事派の者たちは、あれで全部だったのでしょうか? 潜伏先は全て軍が把握しているとはいえ、まだ違う一派がいるように思えるのですが」

 幾つかある潜伏先を全て回り、オーモンドは瘴気をばら撒き全員を魔に堕とした。だがそれでも、まだ取りこぼしているのではないかとフィリスは兎に角心配していた。

「取り敢えずは……これで良いだろう。後は……軍が炙り出す。だが……問題は『悪魔』の存在だ」

「復活したとの噂がありますが、それは反軍事派の中での噂ですから、本当かどうかは定かではありませんよ」

「……もし、本当だとしたら……面倒な事になる……」

「ええ、そうですね」


 扉を潜り、隠し通路へと足を向けゆっくりと歩みを進める。

「本当に……忌々しい事だ。この瘴気というやつは……」

 隠し通路は全く光が届かない暗闇なのだが、瘴気を取り込んだ二人にはその暗闇すらも明るく見えていた。

 だがそれは、闇の住人になってしまった事に他ならない。

「もう、陽の中を歩く事は出来ないのでしょうね。……それに時々、正気を失うようで、記憶が飛んだりもします。ですが、もう少しの辛抱です」

「ああ、そうだな。……出来る事ならば、アーロンに殺してもらいたいものだがな……」

「……それは……叶わぬ願いかも、しれませんね……」

 フィリスは呟くようにそう言うと、顔を俯かせた。出来る事ならば自分もアーロンにと思っていたのだが、敢えて口には出さなかった。そんなフィリスを気遣う余裕もないオーモンドは、ただ懸命に歩みを進める。『森』に向かって。



いつもこのような拙い小説をお読み下さいまして、本当にありがとうございます。

やはり酷い方向へと話が行ってしまったせいか、読んで下さる方も随分と減ってしまわれました。こんな酷いものしか書けず、申し訳ありません。

後、アーロンの容姿の描写が全く無かった事に今更ながらに気付きまして、アーロンが初めて登場したあたりにちょこっと付け足しました。今回の話にも少し入っています。解り難いかもしれませんが…。本当、すみません。

今回も益々酷い内容になっておりますが、これからも精一杯頑張りますので、どうか最後までお付き合い下さればと思います。よろしくお願い致します。

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