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その10

 本日のガウは、一味違っていた。


 だいたい毎朝ホームルームが始まる前に、宿題の答え合わせをルナないしグレンに見て貰っていたのだが、最近は非国民の事でいじめにあったり第一部隊の隊員であることがバレるなどして、全くその時間が取れないでいた。

 それならば、とガウは考えた。別に早く学校に行く必要はないのでは、と。  

 早く行けばその分、色々大変な目に遭うのだ。どうせ宿題も見て貰えないのだったら、わざわざ早く行く理由もない。 


「そうだよ! 時間ギリギリに学校に行けば、取り囲まれる事もないよな!」 


 今頃気付いたガウである。

 

 

 だが事はそう簡単には行かなかった。朝食を済ませ、洗濯物を干し、ゆったりとした時間を過ごしていたガウに、一通のメールが届いた。 

 携帯を確認したガウはメールの差出人がルナだということに、何かあったのかと思い慌てて内容を確認する。

『大事な話があるから、今すぐ学校に来て!』

 切羽詰まった感が窺えるその文面に、少しばかりガウは焦った。それでも話って何だろうと首を傾げ、今すぐ来いって事は移動魔法で来いってことなのかなあ、とガウはどうしたものかと逡巡する。

 取り敢えず学校に行く準備は整っていたので、ガウは迷いながらも上着に袖を通し鞄を手に持つと、毎日の日課の忘れ物チェックをする。

 もし直ぐに用件が終わったなら、また男子トイレに逃げ込むか最悪移動魔法で宿舎に戻ってくれば良いとガウは安易にそんなことを考えていた。

「よし!」

 気合いを入れ宿舎の外へと出たガウは、直ぐに移動魔法で学校へと向かったのだった。






「ガウ様、単刀直入に言うわ! 私と付き合って欲しいの!」


 朝一番に学校へ呼び出されたガウを待ち受けていたのは、まさしく修羅場だった。


「私も、ガウ様と付き合いたいの!」

「私も! ガウ様の事、ずっと大事にするから、付き合ってよ!」

「私、二股でも良いわ! だから付き合って!」


 ルナにメールで呼び出されたガウは、只今、学校中の女生徒達に取り囲まれている状態だ。既に第一部隊の隊員である事がバレ、そして昨日移動魔法も披露したので驚かれる事もないだろうと、直接教室に魔法で飛んだのだが……。

 いつもならばこの時間、クラスメート達も然程いないという事をガウは良く知っていた。それなのに今日はどうした事か、女生徒ばかりが数十人、わらわらと教室内に屯していたのだ。しかもそれはクラスメートだけではなく、他のクラスに加え他の学年の女生徒まで居る始末だ。

 教室内をぐるりと見渡し男子生徒の姿を探すも、一人も居はしない。

 こんな時、頼りになる数少ないガウの友人はまだ来ていないのか、はたまた女生徒達に阻まれているのか、その姿を確認することは出来なかった。


「え~っと……これはまた一体何がどうなってこんな事になってるんですかね?」

 萎縮しながらも何とかこの場を切り抜けたいガウとしては、このまま移動魔法で宿舎に戻ろうとも考えたのだが、その後の報復(?)が怖くて取り敢えずこの場に踏み留まっていた。

 何がどうなっているのやら全く理解出来ないガウは、女生徒達の中にルナの姿を見つけ、視線だけで助けを求めた。

「ちょっと、あんた達! 散々ガウ君の事、非国民だのなんだの言ってた癖に、いい加減にしなさいよね!」

 その視線を受けてルナが一歩前に出る。ガウを背に庇い、そして声を荒げた。ルナの登場で、ガウはホッと息を吐き出す。

 助かったと思ったのも束の間、ルナがガウを振り返り、とんでもない事を言い出した。


「ガウ君! 私もずっとガウ君の事が好きだったの! でも私は、皆なんかと違って、ちゃんとガウ君の

全部を見て、好きだって言ってるんだよ! そこを間違えないでね!」


 少し恥らいながらそれでも強い口調でそう言ったルナに、ガウは激しい眩暈を覚えた。

 一瞬でルナが味方から敵になってしまったように感じたガウは、自分の事をそういう風に見ていてくれていたのかという感動よりも、益々話しが拗れてしまうとみるみる顔を青くした。


 言いたい事を叫んだルナを尻目に、一人の女生徒がルナに負けじと一歩前に出て来た。

 それに警戒するようにガウは一歩退いたが、既に背は壁についていた。


「私としては、この中から誰か一人を選んで欲しんだけど、二股でも良いとか言ってるのもいるし、そこはガウ様が決めてもいいわ!」


 黒い長い髪をした上級生の女生徒が、上から目線での物言いに加えガウを睨み付けている。その後ろに控えている女生徒達も、同様に。

 勿論、本当は熱い眼差しでガウを見つめているのだが、ガウには睨み付けられているようにしか見えなかった。

「ちょっと、何なの、それ! あんた達にはガウ君と付き合う権利なんて全然ないんだからね!」

 またしてもルナが応酬するが、一人対大人数ではルナに勝ち目はない。とはいえ、誰にも勝ち目はないのだが……。


「あ、いや、だから、僕には婚約者がいまして……」

 遠慮がちにガウが言えば、ぎんっと更に睨み付けられてしまう。ひぃっと心の中で悲鳴を上げたガウは、思わず敬語を遣ってしまうのも仕方がないほどに怯えきっていた。

「それは知っているわ! そして、その婚約者とも二年前に会ったきりだっていう事もね! しかも今までに一回しか会ってないって言うじゃない!」

 どうしてそれを、とガウの背中に嫌な汗が流れた。そしてまさか、と嫌な予感が頭を過る。そんな裏事情を知っているのは第一部隊の仲間の他に恐らくグレンだけだろうと察し、この場に居ない友人の姿を頭に浮かべた。そしてついつい自分の良く知る第一部隊の仲間である、ドSのデレクを思い浮かべてしまった。

「まさか、拷問したりとか、してないよね?」

 余りにも飛躍した唐突な発言に、女生徒達は何を言っているのかと首を傾げた。


「兎に角、ガウ様が誰か一人ないし二人を選ぶまでは、私達はしつこく追い駆け回すから! そのつもりで!」

 腰に手を当て胸を張る黒髪の上級生は、女生徒の代表として声を荒げるとガウは兎に角震え上がった。こんなことならば非国民だと罵られていた方がまだマシだと、思わずにはいられない程に。

 それでもガウはこの現状から逃げ出すべく、喉から声を絞り出した。

「僕には婚約者がいるんだ! 将来結婚を約束している! 例え一回しか会った事がなかったとしても、これはもう決まっている事で、僕も彼女と結婚したいと思ってる!」

 この状況でここまではっきりと言えた自分を褒めてやりたいと、ガウは心底思った。だが、流石にこれだけでは終わらない。


「でもさ、ガウ君。その婚約者って、結局は第一部隊の隊長さんが勝手に決めた事で、ガウ君の意思は無視された形なんだよね? その辺って正直どうなの? ガウ君は本当にそれでいいの?」

 心配そうにルナが言えば、女生徒達もうんうんと頷いている。

「それは……」

言い淀んだガウに畳み掛けるように黒髪の上級生の応酬が続いた。

「それも確かにある訳だけど、隊長さんとしても、ガウ様が他の誰かを本気に好きになって、この人と付き合いたいって言えば、反対はしないと思うのよね。グレン君に聞いたけど、第一部隊の隊員の人達は皆ガウ様の事、凄く大切にしてるっていうし、学校に通うという事は、それなりにそういう事態にもなるってことじゃない? それはやっぱりガウ様の気持ち次第だと思うのよ」

 確かに、とガウはだんだん女生徒達に絆されていく。だが、そんなことで隊長であるレオンハルトの期待を裏切る訳にはいかなかった。ガウにとっては命の恩人だけではなく、自分の居場所を与えてくれた恩人でもあるのだ。

「それでも、僕の気持ちは変わらない!」

 まるで自分に言い聞かせるように強く言えば、困ったような表情を向けられた。それが憐れみの表情だという事を、ガウは瞬時に理解した。昔、良く自分に向けられた表情と全く一緒だと嫌悪の感情が込み上げてくる。

「そう。それならいいけど……。でもちょっと、腑に落ちないのよね。確か、隊長さんと副隊長さんがガウ様を自分の家の養子にするしないで揉めた結果の婚約者、という事を聞いたんだけど、普通そこまでするのかなって? まあ、ガウ様の居場所を確固たるものにしようと考えたのだとしても、これからまだまだ未来のあるガウ様に、そこまで押しつけがましく婚約者まで用意するのはどうなのかなって思ったりして……。何だか私には、ガウ様を第一部隊に入れて、そこから逃がさないようにする為の口実に見えたりもするのよ。居場所はここにしかないと、謂わば強迫観念のような、ね」



「まあ、それにはちゃんと訳があるんだけどね。本当にガウを養子にしたかった第一部隊の隊長、レオンハルト卿と、レオンハルト家の養子にさせては、色々と政治的な問題があると判断した副隊長、ガルデイス卿がこの妥協策を打ち出したんだ。こうでもしないとレオンハルト卿が折れなかった、というのが正しいかな? どうしてもガウを養子にしたかったみたいだしね。愛されてるね、ガウは」


 唐突に割って入って来た声に、全員が後ろを振り返った。

 漸く登校して来たグレンに、ガウの表情がぱあっと明るくなる。それとは対照的に、女生徒達の表情は激しく険しくなる。チッと舌打ちする者までいた程だ。

 今まで男子生徒が一人も登校して来なかった事を疑問に思っていたガウは、やはり入口で止められていたのだろうかと推察した。権力者を父に持つグレンだからこそ中に入って来れたのだろうと考え、良い友人を持ったと心底感動したガウだった。

 そして思う。こんなことならばちゃんと校門から入るべきだったと、教室に移動魔法で直に入って来てしまった事を今更ながらに後悔したガウだった。

「そう、なら益々私の意見が信憑性を持ったわね。どうしてそこまでガウ様を自分の家に入れたかったのかしら? 何だかそれって、ガウ様を他の誰にも渡したくなかってことなんじゃないかしら。じゃあ、それってどうして? 何か企みがあったりして」

「はあ? 何を言ってるんだい? ただ単に、ガウの事が大切だからじゃないか。他意はないと俺は思うけど? それに、第一部隊の人数も少ないし、ガウが隊員になってくれたんだから、全力でガウを色んなことから守ろうと考えるのは普通の事だと思うし、養子縁組の話しもその延長線だろう?」

「そんな単純なものなのかしら? 私には、もっと奥深い何かしらの理由があると思うわ」

 腕を組んで挑発的な目を向ける黒髪の上級生に、グレンは訝しげな顔をする。

「何かしらって、何だ?」

「さあ? それが解らないから、怪しいって言ってるのよ」

 何を言っているのかと、グレンは兎に角首を傾げた。一体どこからそんな考えが浮かんでくるのかと。

「はっ、馬鹿じゃないのか。解るも何も、そんなもの端からないんだから理解しようもない」

「ふ~ん、そう言っていられるのも、今の内だけかもよ。もしかしたら、大事な友人を、ガウ様を失う事になるかもしれないしね」

 まるで確信があるかのように言う上級生に、グレンは嫌な汗を浮かべた。それは同時にガウをも不安に突き落とす。

 ガウは黒髪の上級生の顔をただじっと見つめ、何を知っているのかと逡巡する。だが想像もつかない何かを考えても答えなど出せる筈もなく、ただ不安だけが募るばかりだった。

 そんなガウの表情に、グレンはガウの代弁をするように静かに口を開いた。

「……何だか、何かを知っているって言いようだけど……何か知っているのか?」

「知っていたら、こんな回りくどい言い方はしないわ」

 ふふん、と顎をしゃくり上げる姿に思わず『悪役』という言葉がぴったりだ、とグレンは心の中で呟いた。そして、そんなもやもやとした考えにぎりりと奥歯を噛み締めた。

「どうだかな……。正直、そこに疑問を抱くって事がおかしい。何か企んでいるのはそっちじゃないのか?」

 険しい表情で急に黙り込んだ黒髪の上級生に、案外図星なのかもしれないとグレンが片眉を上げた。このまま追い詰めるか、と視線を鋭くしたグレンにルナが急に声を荒げた。


「ちょ、ちょっと、ちょっと! 話しが変な方向に行っちゃってるよ! 私達はただ、ガウ君に気持ちを知って欲しいだけで……ってまあ、もし付き合えるんなら、付き合いたいんだけど……」


 上級生とグレンの睨み合いにすっかり置いてけぼりを食らっていた女生徒達を代表し、ルナが声を上げると、そうだそうだと女生徒達も話しに割って入ってくる。

 そんな女生徒達の少し荒げた声に、ガウはびくりと肩を震わせてしまう。そして突然話しが元に戻ってしまった事に、また追い詰められて嫌な思いをするのかとつい身構えてしまっていた。

 それでも勢い込んで口を開いたルナは、最後の方は尻つぼみで、もじもじと恥じらいガウの様子をしきりに窺っていた。

 そんなルナに舌打ちしながら、グレンがガウへと歩み寄る。

「もういい加減、解放してやれよ。ガウも婚約者と上手くやりたいって言ってるんだ。それでいいだろう? ガウは婚約者と将来結婚するつもりで、君達の中から誰かを選ぶつもりはないと、君達の質問にはちゃんと答えたんだしね」

 このまま話しを終わらせようとするグレンに、すかさずルナが抗議の声を上げる。

「ま、待ってよ、グレン! 何よ、私とガウ君の事、応援してくれるって言ってたの、あれ嘘だったの!」

 ルナの言葉に、そんな約束をしていたのかと、ガウは大きく目を瞠った。という事は、グレンはずっとルナの気持ちを知っていたのかとガウは何となく一人仲間外れにされたようで気落ちする。

「ああ、あれはガウの正体を知らなかったから言えた言葉であって……ガウが第一部隊の隊員だと知ってしまったら、そうはいかない……残念だけど、僕はガウの意見を尊重するよ。ガウだって、レオンハルト卿に恩義がある訳だし、そうそうこの婚約を破棄する事も出来ないだろうしね」

「なっ!」

 怒り心頭といった面持ちでグレンに喰って掛かろうとしたルナを制したのは、黒髪の上級生だった。相変わらず腕を組み、見下したようにグレンを見る態度の大きい上級生にグレンは強く顔を顰めた。

「結局そこよね。ガウ様の想いとは関係なく、恩や義理だけで、好きだとか愛だとかの感情はそこには無いってことでしょう?」

 その言葉にガウは思わず俯いてしまう。まだ恋を知らないガウとしては、この先自分の感情がどう変化するのかは理解出来ないが、レオンハルトを裏切る事だけはしたくはないと強く心に思った。それでも、引っ掛かる事もある。先程上級生が言った『企み』がもし本当にあったなら、それは何なのかと。

 そんな思考の渦に呑まれていたガウに、グレンの澄んだ声が頭に響いた。

 

「それでも、ガウが納得していれば、俺はそれで良いと思うよ。勿論、これから先、ガウに本当に好きな人が出来れば、レオンハルト卿だって結婚を押し通したりはしないだろうしね。っていうか、また繰り返しになるから、この話はもう止めよう」


 はいはい、お開きだ、というようにガウの肩に腕を回し教室の入口へと誘導すると、ガウは不安げに瞳を揺らした。グレンに目を向けながら、小さく問うように口を開いた。

「グレンは、どう思う? 僕は、間違っているのかな?」

「そんな事はないさ。もし俺がガウと同じ立場だったら、やっぱりその答えに辿り着く」

 優しく笑顔を見せたグレンに、ガウは浅く笑みを返すと「そうだよね」と力なく頷いた。

 

 

 ガウの中で、小さな何かが消えた瞬間でもあった。



■ ■ ■ ■ ■



 外観はまさしくお屋敷。広大な敷地に、立派な建物、そして美しい庭園。

 内装は豪奢な調度品に、光を多く採り入れる為の大きな窓、眩いばかりの煌びやかさ。普段生活している兵宿舎とは余りにも違い過ぎて、ガウはただただうろたえるばかりだった。

「いつ来てもここは本当に凄いなあ……」

 そんな言葉をついつい吐き出してしまうガウであった。


「ガウ、そんなに緊張しなくても良いんだぞ。この部屋は元々お前の部屋なんだしな」

「はあ……」


 第一部隊に入隊し、副隊長であるアーロンの家の養子になったのはかれこれ二年前。その当時ガウに与えられた部屋は今も健在で、まだ二回しか入った事のないこの部屋に勿論愛着などある筈もなく、借りて来た猫のように大人しいガウにアーロンはくすりと小さな笑みを零す。

 豪華なソファーへ腰掛け向かい合わせで座ったガウとアーロンの前には、これまた高価そうなカップに先程淹れてもらったばかりの紅茶がゆっくりと湯気を上げていた。


「もうすぐメイドが来るから、パーティーに着て行く服に着替えなさい」

「副隊長は? 着替えないんですか?」

 今現在、ガウは学校の帰りにそのままガルデイス邸に足を運んでいた為、学校の制服を着用していた。対してアーロンは先程まで軍事会議をしていた為、軍服を着ている。よもやその格好でパーティーに参加する筈もないと、実は行けなくなったと切り出されはしないかと気が気でなかった。

「ああ、勿論、私も着替える。ここでガウと一緒にな」

 ホッと息を吐き出し安堵の表情を浮かべたガウを見遣り、アーロンはテーブルに置かれた紅茶を啜った。

 上品に紅茶を呑むアーロンの姿に、ガウはほうっと見惚れてしまう。やはり貴族なのだと窺わせるその上品な仕草に普段の仕事の時とは違うアーロンのもう一つの顔を見られて、ガウは少しばかり機嫌を良くした。

「ああ、そういえば、軍事会議の事だが、実は今回のパーティーに参加したいという軍の関係者が多くてな、この後の会議は全て中止になったんだ」

「え? じゃあ、隊長も来られるんですか?」

「ああ、いやそれは……。ガウ、もしかして学校からの手紙、ちゃんと読んでないのか?」

「は? 手紙……ですか?」

 少々言い難そうにアーロンが確認するように質問をすると、やはりガウは読んでいなかったのか首を傾げて何の事かと考えていた。

「前に学校から、『保護者説明会』の手紙が来ていただろう? イズーはそっちに参加するそうだから、パーティーには行かないと言っていた」

「えっ! あれって今日だったんですか!」

 手紙の事は知っていたし内容もしっかり読んでいたガウだったが、すっかりとその存在を忘れ去ってしまっていた。まさかそれが今日だとは思わず、タイミングが良いんだか悪いんだかと頭を抱えた。そして、一つの疑問が浮かぶ。本当に、パーティーの参加者が増えた所為で軍事会議が中止になったのかと。ほんの少し、権力という言葉がちらついて見えたガウは、余りにも怖い考えだと早々に頭から追い出すことにした。

「ああ、本当なら俺も一緒に参加する予定だったんだがな。なかなかどうして、上手い事この日に合わせ込んで来たな。まあそこまでは良かったが、流石にイズーの不参加は叶わなかったようだな。本当、イズーの不機嫌な顔が見れないのは残念だ! まあ、仕方ないがな」

 顔面蒼白のガウを楽しそうに眺め、アーロンは手にしたカップを傾ける。

 とそこへノックの音が響き、メイドが入室して来た。手には高価そうなスーツを持っていた。

「御苦労、ガウに着せてやってくれ」

「えっ! いいですいいです! 僕一人で着れますから!」

 アーロンの言葉に驚いたガウは、大きな声で拒否を表した。

「そう遠慮するな。それに、これを着るのはなかなか骨だぞ? 俺もいつも手伝って貰っているしな」

「でもっ! やっぱりいいです!」

 真っ赤になって一生懸命に手をぶんぶんと振るガウに、アーロンはつい悪戯心に火が付いてしまう。

「ああ、解った解った。じゃあ、俺が手伝ってやるから。それで良いか?」

「……それなら……じゃあ、お願いします……」

 恥ずかしそうにもじもじしながらそう言ったガウに「照れ屋さんですね」とメイドが言葉を零すと、途端に真っ赤になって俯いてしまった。

「全く、可愛い奴め」

 相好を崩し、アーロンがそんな言葉を零すと、メイドからくすくすと笑い声が漏れた。

 それに益々顔を赤くしたガウは、面白い玩具を見つけたような目をするアーロンに、容赦なく制服を脱がされ、メイドの前で素っ裸にされてしまう。


「うわ~ん、もうお婿に行けない~~~~~!!!!」


 泣きながら部屋に備え付けられていたトイレに籠ったガウが、再び部屋に戻ってくるまでに約一時間程掛かった事実に、流石のアーロンも猛省したのだった。




「そろそろ時間だ、ガウ」

 仕立ての良い濃紺のスーツに、それに相応しい高級な時計に目を落とす。同じようなスーツにしっかりと着替えを済ませた少々機嫌の悪いガウへと声を掛けると、アーロンはソファーから立ち上がる。アーロンの屋敷からパーティー会場までは然程時間は掛からないのだが、初めてパーティーに参加するガウの事を考え少し早めに出る事にしていた。

 

 執事が黒塗りの車のドアを開け、腰を折る。それを横目で見ながら車に乗り込むと、ガウは高級なその空間に圧倒されてしまう。

 車という狭い空間でありながら漂う高級感につい身体が萎縮してしまったガウは、居心地が悪そうに革張りの座席へと腰かけていた。

 車がゆっくりと走り出し、流れる景色を見ながらガウは早く会場に着かないかな、とこの空間から早々に抜け出したいと考えていた。

 そんな時、ふいにアーロンが口を開いた。

「今回は真っ直ぐ会場へと向かう。普通はエスコートをする相手を迎えに行くものなんだがな」

「そうなんですか? 今日は、良いんですか?」

「ああ、会場で合流する事になっている。俺としてもその方が有難いのでな」

 少しばかり声のトーンが下がったアーロンに、ガウは首を傾げた。婚約者に会うのが嫌なのかと思い、つい勘繰ってしまったガウはアーロンの地雷を踏んでしまう。

「副隊長の婚約者って、どんな方なんですか? 僕、聞いた事ないから、ちょっと興味があるんですが」

 ぎゅっと眉根を寄せたアーロンに、ガウはびくりと肩を震わせた。

「正直、聞かない方が良いと思うがな。だが、先に知っておいた方が、いざ会った時に衝撃が少なくて済むかもしれないな」

「衝撃って……」

「ああ、まあ、凄い奴だよ。性格がな。我儘で、口うるさくて、強情で頑固で、可愛げの欠片もない女だ」

 苦々しく言い放たれる言葉に軽く殺意を感じ、ガウはつい冷や汗を流してしまう。一体二人の間に何があったのかと疑問に思ったガウだったが、それを今ここで口にする勇気はなかった。

「よく、婚約しましたね……」

 この言葉を吐き出すのに精一杯のガウは、、益々表情が険しくなるアーロンに縮み上がった。

「まあ、あれだ。親同士の決めた謂わば政略結婚というやつだ。昔、両親がそれはお世話になったとかで、第一部隊が『英雄』の称号を与えられたと同時に婚約の申し込みがあった。勿論、本人同士は納得してはいないがな。まあ、俺も別に好きな相手がいる訳でもなく、日々仕事に忙殺されている身だからな。まあ、いいかと思っている」

 最後の方はどこか晴れ晴れとした表情に変わり、ガウもホッと息を吐き出した。

「そんなもんなんですか?」

「そんなもんだ。結婚したところで、今と何ら変わらない。」

「え? じゃあ、結婚してからも兵宿舎で生活するんですか?」

「無論、そのつもりだ。ただでさえ忙しいのに、家にいちいち帰っていたら、それこそ身が持たん。家に帰る暇があったら、睡眠を取る」

「まあ、確かに……そうですよね」

 毎日学校に通わせて貰っているガウとしては居た堪れない思いだが、それもガウの仕事の一部だと、前に皆から説得をされていた事を思い出し一人頷いた。

 そして何より、結婚後もまた一緒に兵宿舎で共に暮らせるという事にガウは安堵していた。『今と何ら変わらない』と言ったアーロンの言葉が、ガウの心に温かく広がって行く。今の大切な日常が少しでも崩れる事がないようにと心の中で強く願ったガウは、いつか来るであろう『終わり』の時を必死に頭から追い出していた。



 そうこうしている内に、パーティー会場へと到着した車はその入口へと横付けされた。

 外から一人の男性がドアを開け、恭しく頭を下げる。

 

 車を先に降りたアーロンが、少しばかり顔を歪めた。


「ガウ……嫌な予感がする」

「へ? もしかして、婚約者さんがもう来てるとか?」

 結構失礼な物言いだが、ガウは茶目っけたっぷりの冗談だと受け流してくれるだろうと先に車を降りたアーロンを見上げた。

 次いでガウも車から降りると、途端にアーロンの言葉の意味を理解する。


「……この気配……まさか……」

「ああ、そのまさかだろうな……」


 二人は顔を見合わせて、更に表情を固くした。



いつもこのような拙い小説をお読み下さいまして、本当にありがとうございます。また、お気に入り登録をして下さっている皆様にも、本当に感謝しております。

ちょっとここから先、かなりシリアスになって行くのですが、大丈夫でしょうか?暗くなる事は必至ですが、少しの辛抱かと(2,3話程度)思いますので、どうか最後までお付き合い下さればと思います。よろしくお願い致します。

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