その1
はじめまして、吉と申します。
このような拙い小説をお読み頂きまして、本当にありがとうございます。
只今、大々的に改稿をしている最中でございます。お読み下さる皆様には多大なる迷惑をお掛け致しますことをここでお詫びさせて頂きます。本当にすみません。
こんなどうしようもない私ですが、どうか最後までお付き合い下さればと思います。よろしくお願い致します。(活動報告にて詳細を書いておりますので、そちらも合わせてお読み頂ければと思います。)
深い夜の森の中、蠢く影が次第に大きくなって行く様を、動物達がじっと息を潜めて見据えていた。
巨大な爪を持ち、鋭い牙に硬い甲羅のような皮膚は銃の弾でさえ簡単に弾き返す程に硬い。
辺りの木々を薙ぎ倒しながら進むその奇怪な姿と強烈な瘴気に、人々は畏怖の念を込めて「魔物」と呼んでいた。
ぎゅおおおお!!
大きな雄叫びと共に縦横無尽に走り回る魔物は、ガルック国の『中』へと入ろうとしていた。だが、『森』と『国』との境目には強力な結界が張ってある為に、容易には中には入ることが出来ない。何度も体当たりをする魔物は、その結界をも破壊し兼ねない程大きく、真黒な瘴気を纏っていた。
その瘴気に誘われたのか、次々と姿を現した魔物達は、同じく結界へと体当たりをする。
魔物にとっては、人間こそが食料であり、その人間の恐怖心と欲望に満ちた魂がさらに魔物の力を強大させる。
食料にありつく為に『中』に入ろうとする魔物は、夜に現れ、朝には消えてしまう。
そんな魔物達が、ひゅっと風を切る音と共に一瞬にして真っ二つになる。かと思うと、次々と、どおんっと大きなを立てて地面に倒れ込んでいった。
数にして数十体。上がる血飛沫が辺りを更に瘴気で包み、地面に染み込んでいく。
「最近多いよな。全く、こいつらで何体目だよ」
やれやれといった感じで、剣を鞘に戻し、声の主は懐から取り出した小さな瓶の蓋を開けた。
「確かに多いですよね……。何だか日を追うごとに多くなっていくように思えるんですが、気のせいって訳でもなさそうですよね?」
暗闇のせいか余り表情は見えないが、心配そうに呟いたその声は、まだ少年の域を出ていない。
「こっちだけでも大変だってのに、隣国じゃあ、また魔物に結界が破られて相当な被害が出たらしいしな。副隊長も今頃その隣国で見回りしてんだろうな」
けっ、と出っ歯を見せ、うんざりとした顔をして、持っていた瓶を魔物へと向ける。本当なら今日は非番だったのにと、小さく愚痴を零しながら。
「あの、ところで……隣国に応援に行った副隊長は、明日には戻って来れるんでしょうか?」
「さあ、どうだろうな? つうか、別に良いだろ、明日戻らなくたって。少し向こうでゆっくりして来りゃ良いんだよ」
瓶に入っていた『聖水』を地面に転がる魔物へと勢い良く振りかけると、月の光も届かない暗闇に黄金の炎が立ち上る。
「そんな、ゆっくりって……遊びに行ってる訳じゃないんですから。それに、明日学校に提出するテストの答案用紙に保護者のサインを貰わないといけないんですよ」
「何だそりゃ! 高校にもなって親のサインって……」
炎が消えると魔物が放っていた瘴気もそして肉体すらも浄化され、そこに残されたのは緑色に輝く手の平サイズの魔石だった。
「僕も正直そう思います……」
「まあそれくらいなら、俺がしてやっから。それでも良いんだろ、ガウ?」
「はあ、まあ勿論、構いませんが……でもちゃんと副隊長の字を真似て書いて下さいよ、ヤンさん」
「おお、任せとけって!」
魔石を拾い上げると、淡く光っていたそれは透明度を失くし、ただの緑色の石に成り下がる。それでもひと度魔力を注げば、また魔石として復活を遂げるため、ヤンは殊更大事に扱った。
持って来ていた袋に拾った魔石を詰めると、それを勢い良く肩へと担いだ。
「今日も大漁だな!」
ここに辿り着く間にも沢山の魔物を退治して来た二人の手には、ずしりと重くなってしまった袋がある。それに溜息を零し、ヤンが歩き始めた。
その後を追うように、ガウも続く。
「もうひと回りしますか?」
「あー、いや……お前、明日も学校だろ?そろそろ戻ろうぜ」
「えっ! 僕なら大丈夫ですよ! それにこれは任務ですし、まだまだ行けます!」
生真面目にそう返して来たガウに、ヤンはつい苦笑いを浮かべた。
「お前さあ、もっと力抜いて生きろよな」
「何、言ってんですか! 僕は僕の出来ることをちゃんとやって、ずっとここに居続けたいんです!」
「おいおい、そんなの……」
言いかけて、ヤンは口を噤んだ。いつもこの話でムキになるガウに、やれやれと早々に切り上げた。
「へいへい、解ったよ。んじゃあ、もうひと回りすっか!」
「はい!」
にぱっと笑顔を見せたガウに、肩を竦めたヤンは、『森』の奥へと足を向けた。
そしてそのまま、二人は深い闇の中に、溶けて行くようにその姿を消した。
■ ■ ■ ■ ■
ここは剣と魔法と機械文明とが混在する世界、グルナド。
近年、発展していく文明は留まるところを知らず、人々の生活はより豊かなものになっていた。
大自然と共に、有限ながらも多くの資源を保有するガルック国はグルナドの中でも群を抜いて発展し、今では『楽園』と言われる程にまで成長していた。
その呼称の由来は、魔物の脅威に晒される事のない、唯一の国に他ならないからだ。
このガルック国には、対魔物軍として編成された部隊が幾つも存在していた。中でも『第一部隊』の存在はとても大きく、他の部隊とは異なる『英雄』の称号まで与えられている。
たった十人で編成された『第一部隊』の隊員達は、強い瘴気と邪気から身を守る術を持ち、唯一『森』の中に入ることが出来る人間達だった。
「おい、聞いたか? また第一部隊が他国に派遣されたってよ!」
「またぁ~? 本当、いい加減にして欲しいわ! 何で他国の為に第一部隊が駆り出されなくちゃいけないのよ!」
「そりゃあ~、第一部隊以外の他の部隊じゃ使い物にならねえからだろ? 実際、第二部隊なんてただの避難誘導部隊みたいなもんだしな」
「言えてる~」
始業前の学校では、ごく当たり前になってしまった朝の風景に、ガウは一人溜息を零した。
「はあ~……」
「ガウ君、どうしたの? 大きな溜息なんて吐いて……。何か悩み事?」
「えっ? ううん、何でもないよ!」
隣の席のルナに溜息を聞かれてしまい、ガウは焦りながら返事を返した。いつものように随分と大げさに手と頭を振って否定するガウに、ルナの心配げな表情は一転し、穏やかな笑みを浮かべた。
「なら良いんだけど」
密かに恋心をガウへと向けているルナなのだが、全くそれに気付く様子のないガウは、内心ヒヤヒヤとしながら引き攣った笑顔をみせた。
第一部隊の活躍は日々学生達の間で情報交換され、今ではその称号の通り『英雄』になってしまっている。
そんな日常に、ガウは過敏に反応してしまう。
それには勿論、訳がある。
毎日、朝だけではなく、昼も夕方も繰り返される『第一部隊』の噂や情報に翻弄されているからだ。
ついついその話に耳を傍立ててしまうガウは、何を隠そうその『第一部隊』の隊員の一人だったりする。
そのせいか話題の輪に入れず、ガウはいつしか浮いた存在になっていた。
ガウの通う学校は、王都の中心から少し離れた場所にある。
一歩奥へと入れば途端に田舎の風景を見せるその学校には、所謂、庶民が通っていた。
鉄筋三階建ての校舎は、つい先日外壁塗装を終えたばかりで然程古さを感じさせないが、その歴史はかなり古い。
そんな学校も時代と共に変化し続け、その時代にあった校風を作り出していた。
軍事国家になりつつあるこの国では、中学校を卒業すると兵学校に進学する者が多くいた。だが一方で、現役軍人の子息達はわざわざ兵学校に進学しなくとも優先的に軍に入隊出来る制度があるため、普通の高校へと進学するのが常になり始めていた。
それでも貴族はまた特別で、王都の中心にある一貫性の学校に通っている。勿論、軍においても貴族は士官や将官など、上位階級に位置する。
例外も多々あれど、基本的には貴族が軍を支配していると云っても過言ではない。
そんな軍優勢の政治に人々は不満を抱くこともなく、寧ろ強ければ庶民でも高い地位を手に入れられる軍隊に希望を見出してもいた。
それでも、一見平和に見えるこの国にも、反軍事派が存在し、影で暗躍していた。
格差社会を引き起こした要因となった『英雄』を良く思っていない連中は確かにいる。ただ表には出て来ないだけで、内心では憤っている者も少なくはない。
まさにその一人だと認識されているガウは、この学校で『非国民』と呼ばれていた。
「ねえ、ガウ君。朝食、なに食べた?」
そんなガウに恋心を抱くルナは、ガウの数少ない友人の一人であった。
「えっと、サンドイッチ! ハムと卵を挟んで食べた!」
実際、何故ルナがガウに恋心を抱いているのかと、疑問に思うクラスメートは沢山いる。ガウの容姿はどこからどう見ても『普通』なのだ。人目を引くこともない地味な容姿は、この地方に多い茶色の髪に茶色の瞳。清潔に短く切り揃えられている髪は、特に特長のないありふれた髪型だ。強いて特長をあげるなら、背がかなり高いことくらいだろう。
普段第一部隊で魔物退治に勤しんでいるため、かなりの筋肉質なのだが、全く以ってマッチョな印象は受けない。
どちらかと言えば、縦長でヒョロッとした印象である。
そんなガウとは対照的に、ルナはかなり容姿が整っていた。金の長い髪に瞳は青で、美人なだけにただそこに居るだけで人目を引いてしまう程だ。
そんな事もあってか、ガウはそんな美人がよもや自分に友達以上の感情を抱いているなどと夢にも思わないのである。また同じように、ルナも惚れた相手がまさかあの第一部隊の隊員だとは思いも寄らない訳で……。
恋の行方は未だ定まらない状態だ。
「あ、そうだ。昨日の宿題、ちゃんとやって来た?」
「うん。何とか……」
「よしよし、頑張ってるね!」
にこりと微笑んだルナにガウも満面の笑みを見せ、宿題のプリントを鞄から取り出して掲げてみせた。だが、そのほとんどの回答が間違っていることに気付いたルナは、苦笑を浮かべどうしたものかと逡巡する。
これも毎朝の当たり前の出来事になってしまっている。
それでも二人は何の問題もなく、平和に毎日を過ごしていた。
ガウにとっては少々厳しい状況でも、自分の居場所があることにただ感謝していた。
自分の存在を肯定してくれるルナにも、ガウは心から感謝する。
自分の身長に合わせられた席に、椅子。そして名前の書かれたロッカーや、出席簿。そのどれもがガウの存在を確固たるものにし、ここに居ていいのだと思わせる。
第一部隊に自分の名前があるように、ここにも自分の名前と所有物があるのだと、少しずつ増えていく自分の居場所にガウは満足していた。
■ ■ ■ ■ ■
夕日が傾き、校舎の窓に反射する。
教室の中は朱一色に染まり、机と椅子の影が長く伸びる。
チャイムの音がしんと静まる教室に、大きく響き渡った。
「ねえ、ルナ。なんであんな奴と一緒に話してるのよ。このままじゃルナまで非国民って言われちゃうよ?」
「え?」
放課後、委員会の集まりの後に幼馴染のリリからそんな事を言われたルナは、余りの突然な発言に目を瞠った。
それでも、『非国民』という言葉にルナはぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「見てて、不愉快なのよ、あいつ! ルナが優しいからって友達面してさ!」
イライラとした様子で吐き出すように言うリリに、ムッとしたようにルナが言い返す。
「友達面って……私とガウ君は友達だよ」
「もう、やめてよね! 私はルナのことが心配で言ってるんだよ!」
「心配って……」
「だってそうでしょう? もしルナまで『非国民』って言われたら、もう話も出来なくなっちゃうじゃない」
「え?」
キョトンとしているルナを他所に、リリは苦しそうに視線を逸らした。
「それって、リリは私が『非国民』だって言われたら、友達をやめるってこと?」
ぎゅっと唇を引き結んだリリは、一瞬瞳を泳がせた。そして、その答えを出したくないのかすぐさま話題をすり替えた。
「……生徒会の連中が、非国民狩りをするって……噂が流れてるの……」
今朝聞いたばかりの噂を小さく口にして、リリはルナの反応を窺う。
「……『非国民狩り』って、何?」
リリにより紡がれた言葉を理解したくないという想いでルナが聞き返せば、無情にも想像した通りの返事が返って来た。
「軍に歯向かう『非国民』に制裁を……もしくは、粛清を。どっちにしても同じよね。結局皆の前に晒して、懲らしめるらしいわ」
落ち着きなく腕を組んだリリは、「だから、もう関わらない方がいいって!」とルナを諭した。
それに対しルナは、激しい怒りを露わにした。自分でも判った。
生徒会は云わば軍人の子息集団で、この学校でもかなりの権力を持っている。それは教師も一目を置くほどで、到底逆らうことは出来ない。
結局のところ『非国民狩り』とは、ただ権力を振り翳したいだけの血気多感な子供が考えた、幼稚な見世物なのだ。
「……そう……教えてくれてありがとう……」
神妙な面持ちでルナは一つ頷くと、怒りと共に拳を握った。
「ルナ……だから……」
「先ずは、校長に話を通さなくちゃね!」
「え? 校長って?」
「こういうことは、先ず校長に報告しなくちゃ駄目でしょう! 勿論、当てになんかできないけど。それでも何かあった場合、責任を取るのは校長なんだし、ひょっとしたらちゃんと対処してくれるかもしれないじゃない?」
「無理だよ、そんなの……校長だって、逆らえないだろうし」
そもそも生徒会長の父親は第二部隊に所属している超エリートなのだ。
第一部隊はたった十人で編成されたまさに精鋭部隊なのだが、第二部隊も三百人程度のそれなりに厳選された『精鋭』なのだ。そんな部隊に父親を持つ生徒会長はこの学校では怖い者無しだ。
「それでも、言うだけ言ってみる!」
顔を真っ直ぐリリに向け、ルナは笑顔を向けると一目散に校長室へと駆けて行く。
その背を見送り、リリは「無理だよ……」と言葉を繰り返した。