日常4~出会い~
学校ではすでに、授業の間の「10分間休み」時間になっていた。
玄関でくつを履き替えていると、遠くの方で生徒の騒がしい声が聞こえてきたから間違いはない。
オレたちは次の授業に間に合うように、いそいそと階段を駆け上がり、『1−C』と書かれた教室のドアを開いた。
その先では案の定、クラスメイトと名の付く者たちが、各々のスタイルで談笑していた。
席が近いもの同士で談笑するもの、黒板に何かを書き込んで遊ぶもの、教室の後ろでおふざけをしている者。
ーーどうやら、みんな、オレたちがいない事に気づいていないか、知っていても気に止めていないみたいだ。
オレはいつもどおりの光景に一先ず安堵した。
オレにとっては、初めてのお使いならぬ、初めての無断欠席だったわけだが、いくら友達と一緒とはいえ、問題行動を起こしたあとの皆の態度や先生のお怒り加減など、多少気にはなっていた。
しかし、隣の優太郎にそのような些細な不安を打ち明けようものなら、鼻で笑われると思ったので、平気な素振りをしていた。
ーーでも、心臓が縮み上がるくらいドキドキしてたけど悟られなくてよかった。
オレが胸をなでおろしたその時ーー
「おーい、君たち」
「っ!?」
声のする方を見ると、二人の男子高校生が歩み寄ってきた。
一人では俺よりも7cmくらい身長が高い。
そして、もう一人は少しオレと同じくらいの身長で、童顔な顔にニタニタ笑いを浮かべていた。
身長が高い方の青年、喜多沼幸平は愛想のいい笑みを浮かて立ち止まった。
「へへ、今の話し方は先生かと思っただろ?大河すごくビックリしてたし。それにしても優太郎はいつもの事だけど、大河が遅刻って珍しいな。・・優太郎にでも振り回されてたのかよ?」
「・・あぁ、いや!ズボンが濡れてさぁ~、乾かしてたんだよ!!ハハハ」
俺が言うと、二人は俺の濡れたズボンを見て、いかにも「ゲッ」といった顔をした。
――ってか、さすがにそんなリアクションされたらへこむ。
この国には道徳という物があったはずだが・・・まぁ、いいか。
俺の心情に気づくことも無く、喜多沼幸平の隣にいる俺と同じくらいの身長の綾崎甘太は口を開く。
「へへ、幸平のヤツさぁお前が来ないから、ずっとソワソワしてたんだぜ?!・・先生に注意されてたし!!」
ハハハと喜多沼幸平をからかうようにみる綾崎甘太。
喜多沼はムッとしたような表情になる。
「それは、別にいいだろ。・・・というか、甘太なんて大河が来てない事にも気づかなかったんだぜ?」
「あぁ、それ言うなよ!朝城が傷つくだろぉー!!」
「お前の言動もな。ホラ、謝れ!」
「・・・サーセンしたぁ」
――相変わらずのコンビだな。
というか、おれは何について謝られているのか。
俺は思わず笑ってしまった。
「ハハハ、そもそも怒ってねぇーし。いいから頭上げろよ。」
ここで仏頂面とか傷心めいた態度をとろうものなら、勘のいい喜多沼は遅刻した理由を問い詰めてくるかもしれない。
そう、半分は計算上の愛想笑い。
しかし、綾崎はそれを愛想笑いとは受け取らなかったらしい。
ふざけ半分、本気半分の目で俺を睨んできた。
「・・・・・・朝城~笑うのか?・・真面目に謝罪してるやつに向かって・・」
「え、・・あぁ、悪い・・・。」
綾崎が飛びついてくる一歩前だった。
その時、
『授業始めるぞ~。みんな座りなさ~い。座らないやつはマイナス3ポイントな。』
先生が入ってきた。
俺たちが小さく合図したあと、慌ててそれぞれの席へと散った。
・・キーンコーンカーンコー・・
昼休みがやってきた。
俺は席を立ち上がる。
売店で行う弁当取り合い合戦に参加するために・・。
「今日はどんな弁当なんだ?お坊ちゃん。」
背後から突然声がかかる。
声の主は分かっている。優太郎だ。
「っ学校でその言い方はすんな!!」
睨む俺に気づく事無く(気づいているのかもしれない)、優太郎は俺の机の上に自分の弁当箱をドンッと置いた。
「いいだろ?本当にお坊ちゃんなんだからさぁ・・・って、その様子だとまた売店の弁当かよ?」
「・・あぁ、そうだよ!ってか、今買ってくるから!!一秒が大事なんだ!!引きとめんじゃねー」
そしてそのまま俺はダッシュした。
売店という戦場に向かって。
俺が走ることによって生まれた風が、すれちがう女子のスカートをめくり上げていく。
「キャッ」と声がするたびに振り返りたいが、そうはできない。
今の俺には、弁当の方が大切なのだ。
俺のオヤジの仕事は、学校の校長先生である。
それだけ聞くと可愛いものに感じるが、実際はそうではない。親父が務めるのは、『National学園』という特殊な学園である。
その学園の特徴は、閉鎖的な事である。全寮制で帰省は年に2回しか許されておらず、校内に部外者が立ち入ることはできないシステムになっているらしい。また、入学は学園から推薦を受けなければできないため、一般の生徒は受験できないようになっている。そのため、学園の知名度は全国的に低い一方で、近隣の地域からは、ミステリアスな校風が故に憧れや奇異の眼差しがむけられ、色々な意味で注目を集める学園になっている。
ちなみに、俺の4つ上の兄貴もそこに通っている。
しかし、まぁ、ぶっちゃけ、父親の職業にも兄貴の進学先にも、興味などない。
特に父親は、昔から年に2回しか家に帰ってこなかったため、感覚的には他人と同等である。顔だってまともに覚えてないくらいだ。
俺は内心に込み上げてくるイライラを沈めつつ、食堂のドアを開け、胸をなでおろした。
開け放たれた食堂には、生徒の姿は少なく商品も全種類残っていたのだ。
俺はそのまま、一番隅っこにある安い弁当を買い、食堂を出ようと歩き出した。
しかし、その時・・・
「・・・あ・・・」
オレは思わず声をあげた。
何故なら、知っている顔が食堂に入ってきたからだ。
そう、その知り合いとは、朝路上でぶつかった青年。夜崎 隆だ。
夜崎隆は、俺が気づくよりも前に俺に気づいていたらしい。
というか、俺がここにいることに気づいていたといった雰囲気だ。
ちなみに、彼の横には友達らしき青年2人もついている。
「やぁ」
夜崎隆は俺のもとへ歩み寄ってきた。