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婚約破棄されたござる令嬢ですが、つまらないので忍者を投入します

作者:
掲載日:2026/03/31

「つまらないでござる」


 忍者は、その一言でやってくる。


◇◇◇


 王宮の広間。


 シャンデリアの光の中、貴族たちの視線が一人の少女に集まる。


「――ミラージュ侯爵令嬢フェリア・アルジャン・ミラージュ!」


 王子レオニスが声をあげる。


 艶やかな黒髪が印象的な、やや線の細い印象の美少年。


「今この時を以て、君との婚約を破棄する! 君を王家の一員に加えることはできない!」


 ざわり、空気が揺れる。


「おや」


 フェリア・アルジャン・ミラージュ。


 月光のような銀髪と、白磁の肌を持つ美貌の令嬢は、扇子を口元に当て、ゆるりと微笑んだ。


「ようやくでござるか。待ちかねていたでござるよ」


(ござる?)


 年頃の少女らしからぬ語尾に、貴族たちは困惑する。


「待っていたでござるよ、拙者一人で」


 その声音には、恐怖も動揺もない。


 ただ、愉悦。


 完全な愉快犯の表情。


 王子の背後に控えた――平民出身の少女エミリアが、ぎゅっとドレスを握りしめた。


「フェリア様……そんな強がりを……!」


「強がり?」


 フェリアはくすり、と笑う。


「否でござる」


 フェリアは扇を閉じる。


「あえて申さば、予定調和、でござる」

「何を言っているんだ、フェリア……」


 貴族たちの思いを代表して問いかけるレオニスだが、婚約者である侯爵令嬢をないがしろにし、平民の少女エミリアを人目を憚らず寵愛する愚王子として陰口を叩かれていた。


 賢姫にして美姫、王国の宝花の誉れも高い侯爵令嬢フェリア・アルジャン・ミラージュによる〈逆断罪〉を期待する空気もあったのだが……。


(これは一体……)

(どういう流れなのだ?)


 どうもそういう雰囲気ではないようだと戸惑う貴族たち。


 そんな空気を断ち切る格好で、新たな登場人物が姿を現す。


 高位令嬢が愚かな婚約者に断罪され、婚約を破棄される。


 そこへ、婚約者を遥かに上回る優良物件が現れ、手を差し伸べる古典的な進行。


 その流れを担うために現れたのは、


「愚かなことをしたね。レオニス」


 王弟にして公爵レオンハルト・フォン・ボルディスバーン。


 現王レオポルドの弟、つまりレオニスの叔父にあたる人物である。


 落ち着いた物腰。


 柔和でありながら怜悧な“できる男”の空気。


「王国の宝花と言われるミラージュ侯爵令嬢を、こうもやすやすと手放すとは」


 嘆息混じりにそう告げたレオンハルトはフェリアの前に跪く。


「どうかこちらへ。君が立つべき場所へ、僕が導こう」


 どこかから、安堵の吐息が漏れる。


 これで決着した。


 これで丸く収まった。


 そんな感情が乗った吐息。


 しかしーー。


「こんなものでござるか?」


 フェリアは眠たげにも聞こえる調子で言った。


「どういう意味だろうか?」


 怪訝な声をあげるレオンハルト。


 フェリアは悪戯っぽく微笑んだ。


「なんともはや、つまらない筋書きでござる」


「なにがいいたいんだ」


 レオニスも眉をひそめる。


 フェリアは扇を口元に当てる。


 周囲のレオンハルト、レオニス、エミリア、そして貴族たちを見渡すと、奇妙な言葉を口にした。


「皆様はサプライズニンジャ、という言葉をご存じでござろうか」


 侯爵令嬢は前に出る。


「芝居の台本を書く時、忍者が突然現れて大暴れした方がもっと面白くなってしまう場合は再考せよ、というものでござる」


 ぱちん。


 扇を閉じるフェリア。


「つまるところ、斯様な仕儀しぎにて」


 それを合図に。


 忍者たちは現れる。


 シャンデリアの上から、声が響く。


「「ミラージュ・ニンジャ・クラン、推参!」」


 貴族たちが視線をあげると――黒装束の群が天井に張りついていた。


 十人。


 二十人。


 否、それ以上。


「な……!?」


 貴族たちは悲鳴をあげ、衛兵たちが身構える。


 だが、遅い。


 衛兵のひとりが剣を抜こうとした瞬間、その手首に、黒い影が絡みつく。


 視線を上げると天井にいたはずの影が、目の前にいる。


 喉元に触れる冷たいもの。


 それが刃だと理解した時には、すべてが終わっていた。


 剣を抜き合わせることすら叶わなかった。


「貴族席、制圧完了」


 貴族席のあちこちで、同じ光景が発生している。


「衛兵、無力化完了」


 淡々とした声。


 無機質な殺気。


「外周、逃走経路封鎖」


 恐るべき報告が、淡々と読み上げられていく。


 そして最後に、こう告げた。


「王家の影、殲滅開始」


 ドロン。


 白い煙が立ち、一人の忍者が、二人に増えた。


 三人。


 五人。


 一〇人。


 五〇人。


 一〇〇人。


 気づけば、広間の壁、天井すべてに、同じ姿の黒装束が張り付いている。


「「「散!」」」


 二度目のドロン。


 無数の忍者が、一斉に姿を消した。


 そこから一拍遅れて。


 ドサッ!


 天井から男が落ちて来た。


 ドサドサ!


 さらに二人。


 ドドドドドドッ!


 雨のように六人。


「お、王家の影がっ……!?」


 貴族達が絶叫する。


 王国最強の諜報組織。


 それが数秒で、無力化されていた。


「なんだ、これは……」


 レオンハルトは戦慄の声を上げる。


「これが、忍者でござる」


 狂騒の中、フェリアは泰然とした口調で応じる。


「ミラージュ・ニンジャ・クラン。当家にて幼少時より育て上げし精鋭にござる」


(ミラージュ家……)


(一体なんなんだあの家は)


「総勢53万人まで分身可能でござる」


 場内の空気が凍る。


「……53万?」


「は?」


「本当ならば、王国の総兵力を遙かに上回る数字だぞ」


 震えあがる貴族たち。


レオンハルト様・・・・・・・の王家の影の上位互換といったところでござるな」


「き、君は、なにをしているのかわかっているのか……王宮に私兵を投入し、衛兵や王家の影にまで手を出すとは」


 レオンハルトの言葉を受け、最後の役者が姿を現した。


「問題はない。これは勅命である」


 レオンハルトの兄にして現王レオポルドは、杖をついて姿を現した。


「今日の王家の影は、ボルディスバーン公爵家の私兵と成り果てている。ボルディスバーンのほしいままに刃を振るい、諸国と我が王国の安寧を脅かす存在に堕している。これを看過する理由はない。我が名において、ミラージュ侯爵家に無力化を命じた」


(なるほど、そういうことか)

(良かった)

(これは良いざまぁだ)

(……ボルディスバーンが、ミラージュ家に破れた?)

(まずい、まずいぞ……)


 反ボルディスバーン派の貴族が心中で快哉を叫び、親ボルディスバーン派の貴族は脂汗をかく。


「き……き、貴様ァ……ッ!」


 立ちあがったレオンハルトは兄王をにらみつけ声を震わせる。


「こんな真似をしてただで済むと……傀儡として生かされていただけの立場を忘れたかッ!」

「わかっていた。わかっていたから、これまでおまえの専横と暴虐を許してきた。他の者たちと同じようにな」


 レオポルド王は広間の貴族たちに目をやる。


「此度の婚約破棄の一件も、元を辿ればレオニス殿下から王位継承者の資格を剥奪し、レオンハルト様が玉座に就くための布石にござる。エミリアなる女性も、レオニス殿下と拙者の仲違いを演出するために送り込まれた王家の影のひとりであったと調べがついているでござる」


 そう告げたフェリアは、静かな目でレオニスを見る。


 しかし、レオニスは驚いた表情は見せず、傍らに寄り添うエミリアの手をそっと握った。


(なんだ、あの態度は)


(最初からわかっていたのか?)


(開き直り?)


(真実の愛とでも言うつもりか)


 やけに落ち着いたレオニスの姿に、混乱を深める貴族たち。


 一方、奥歯をぎりりと噛み締めたレオンハルトは、天井に向けて手のひらをかざした。


 魔力が練り上げられ、唸りをあげて回転する炎の円盤が現れる。


 火円斬。


 触れたもの全てを焼き切り、両断する殺人魔法。


 レオンハルトの憤怒の視線が、超然とたたずむ銀髪の令嬢を貫く。


「死ねェッ!」


 輝く死の円盤が飛び、フェリアの体を真っ向から断ち割った。


 遅れて、炎が弾ける。


 ドッ――


 上下に断たれた体が崩れ落ち、燃え上がる。


「ひ……」


「う、うわああああああっ!」


 貴族たちの悲鳴が広間を満たす。


「ハッ……!」


 レオンハルトは哄笑する。


「他愛もない。なにがニンジャだ――」


 そう言いかけて。


 ――違和感。


 鼻をついたのは、血の匂いではない。


 肉の焼ける匂いでもない。


 ぱちぱち、と爆ぜる音と焚き火のような匂い。


 炎の中で、何かが転がった。


 黒く焦げた断面。


 年輪が見えた。


「……丸、太……?」


 その刹那。


「変わり身の術でござる」


 声が、背後から。


「――ッ!?」


 振り向く間もなく。


 ヒュン。


 空気を裂く音。


 分銅付きの鎖が、レオンハルトの腕を、胴を、首を絡め取る。


「がっ……!?」


 魔力を練る。


 しかし、魔法は発動しない。


 魔力を吸われている。


 奪われている。


 何の抵抗もできなくなっている。


「い、一体なにを……誰だ! 何者だ貴様は……フェリアはどうした!」


 レオンハルトの視界の端に。


 黒装束の意匠を取り入れたドレスが映る。


 短く整えられた金の髪。


 高所から見下ろす猛禽のような、静かな眼。


「拙者は――」


 その少女は、優雅に一礼する。


「ミラージュ侯爵家当主、チヨメ・アルジャン・ミラージュ」


 わずかに、口元が歪む。


「フェリア・アルジャン・ミラージュの姉でござる」


 笑っていた。


 愉快犯の笑みだった。


 チヨメと名乗った黒衣の令嬢は、レオニスに寄り添い、静かにたたずむ少女を視線で示す。


「……まさか」


 レオンハルトは息を呑む。


「左様にて。フェリア・アルジャン・ミラージュは、最初から最後までレオニス殿下のお側に」


 その言葉で貴族たち、さらにレオポルド王も、エミリアとして舞台にいた少女に目を向けた。


 魔法で容姿を変えていたらしい。


 レオニスの手を握って立ったエミリアの髪色は静かに銀色に変わり、王国の宝花と呼ばれた少女が再び舞台に姿を現した。


「お騒がせして申し訳ございません。フェリア・アルジャン・ミラージュでございます」


 涼やかに一礼をしたのは、本物の王国の宝花フェリア・アルジャン・ミラージュ。


 その圧倒的な可憐さと美しさに貴族たち、レオポルド王、レオンハルトらは目を奪われ、息を呑む。


 それと同時に。


(語尾は普通なのか……)


 本物のフェリアの語尾がござるでないことに安堵したような、拍子抜けしたような、やや複雑な空気がその場を支配することとなった。


◇◇◇


 後に忍者侯爵と呼ばれる怪人、チヨメ・アルジャン・ミラージュの前世はトットリ・ハンゾーという名の忍者であった。


 ミラージュ侯爵家の長女に生まれ変わっても忍者としての精神は変わらず、前世で極めた忍術に王国に伝わる魔法のメソッドを取り込み、その技を磨きつづけてきた。


 そんなチヨメの影響を盛大に受けたのがミラージュ侯爵家。特にチヨメと同年代以下の家臣達と妹のフェリア・アルジャン・ミラージュであった。


 急逝した父に変わり、チヨメが若き女侯爵となったときにはミラージュ家家臣団は王家の影を遥かに凌ぐ諜報組織ミラージュ・ニンジャ・クランとなり、フェリアもまたチヨメを支え、ミラージュ・ニンジャたちを統べる立派なサブ・ニンジャ・マスターへと成長していた。

 

 その一方で、フェリアは第一王子レオニスの婚約者となったのだが、間もなく王家の影が王弟レオンハルトに私物化され、王家や周辺諸国をも脅かす工作機関と成り果てている事実が判明した。

 

 その時点では王家の影の全貌を掴めず、不用意に動けなかったミラージュ・ニンジャ・クランだが、敵のハニートラップ要員エミリアの身柄の確保に成功。


「私がハニートラップ要員として働いていれば新しいハニートラップ要員が送り込まれることはないのでは」という面妖な理論を展開したフェリアがエミリアに扮してレオニス、そして王家の影に接近し、潜入調査を開始した。


 フェリア本人からエミリアの正体、レオンハルトと王家の影による国政壟断の実態を知らされたレオニスはハニートラップにはまったフリをして振る舞い、フェリアとの婚約解消を国王夫妻に申し出た。


 なお、王国の宝花と讃えられるフェリア・アルジャン・ミラージュの実態は深刻なレベルのレオニス強火勢であり、ハニートラップの名目で侯爵令嬢の立場では楽しめない距離感やシチュエーションを全力で楽しんでいた。


 レオニスの申し出に国王夫妻は難色を示したが、狙い通りことが進んでいると判断したレオンハルトは「公式の場で婚約破棄し、王位継承権を放棄するのであれば後押しをする」とレオニスに申し出て、問題の公開婚約破棄を実現させた。


 婚約破棄の舞台にいた貴族たちも、レオンハルトに逆らわない、あるいは逆らえない貴族たちが大半であり、レオニスの醜態を国中に吹聴させるための布陣となっていた。


 激怒し、ボルディスバーン侯爵家にレオンハルトを暗殺しに行きかねない勢いのレオニスガチ勢の暴発を阻止する意味も兼ねて、チヨメはレオポルド国王に接触してレオンハルトと王家の影討伐の勅命を得た。


 かくして、王国を覆う影は拭われた。


 王子は王となり。


 令嬢は王妃となり。


 忍者は日常となった。


 後に〈忍者国家〉と呼ばれるこの王国では。


 今日も忍者が駆けている。


「でござる」


(おわりでござる) 

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― 新着の感想 ―
面白かったです。忍者で押し切るとは、にんともかんとも豪快な話でござるなw
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