0.異世界転生
何の変哲もない人間だと言える。
前髪を上げてみても似合うわけでもなく、下げてもナード。
学生時代はへらへら生きてみたので特段何か続けてきたことがあるわけでもない。
ネットでたまに見かける、流行りに乗っかって文句を言っていく奴らほど惰性が極まってもいないし。
偏差値の高い大学とかに言ってどや顔で未来を語って背負うほど気概にあふれているわけでもない。
何の変哲もない、いや、逃避した言い方を変えるとするならば。
毒にも薬にもならない、何にもならない人間、それが俺、木橋 竜麻を的確に表した言葉になると思う。
今日も今日とて、何かを変える気にも何かに変わる気も起きず、惰性で行けた仕事だけはキツイ会社で怒鳴られるでもなく期待されるでもなく、一歯車として職務を終える。
下げたコンビニ袋の中にはプリンとお酒とその他諸々、最近は食事する気さえも起きない。
体すら惰性で生きてきて、ついには惰性で生きることを放棄している有様だ。
▇▇▇▇▆▆▆▅▂……
あぁ、トラックでも突っ込んできて一思いにこの人生を終わらせてくれないかな。
誰に聞かせるでもなく呟いたその言葉はこれまで幾度も呟いてきたもので。
何が変わるでもなく、何かが起こる訳でもなく、今日が終わって明日に絶望する。
慣れたルーティンで日は過ぎていく…
筈、であった。
突然、視界に光が飛び込んでくる。
驚いて体は固まり、そちらの方向を見ようにも運動神経も悪いのでそこまで機敏には動けず。
トラックのヘッドライトの光だとわかるのはこの体がゴムまりのように跳ね飛ばされてからであった。
体から何かが抜けていく感覚と共に、肺のあたりにまでせり上がっていた底冷えするような感覚と共に視界が抜けていく。
脱色か、あるいは映画館の明かりが灯って映画の絵が白いスクリーン布に戻っていくような。
死が迫ってくる感覚に気づくことすら鈍いまま、木橋 竜麻の人生は幕を下ろした。
■
さて、ここはどこだろうか。
何の変哲もない空間というにはあまりにも殺風景でうすら寒い。
辺りはペンキをぶちまけたかのような真っ白い空間で、方向感覚すら失いそうなそこに、一つの椅子が置かれている。
アンティークな、少しお高そうな背もたれに幾つも穴の開いた椅子だ。
知識がない故にチープな表現をしてしまうものだが、それほど高価なアンティークではない印象だ。
お城に置いてあるタイプ、というよりは小金持ちが趣味で買っているような…そんな椅子。
他の情報もないこの空間で俺は、木梨はただ突っ立っていた。
「ねぇ、何もしないのかい?」
「えっ…?」
響くのは少女の声、いや、少女というには少し少年らしさが混じっていてどちらとも取れない。
言葉の方向に首を向けたいが、まるで反響した音を拾ったかのように、強いてどこという方向に搾れなかった。
思わず振り向いてみても目が居たくなるほど白い空間が、影もなく続いているだけ。
目頭を押さえて再び椅子に向きなおれば、そこに少女は座っていたのだった。
「あるんじゃない?取り乱すとか、さ。
ボクにとってはそういうものだと思うけどな」
「あ、ぅ、えと、その」
歯車が巻き付いたような、その姿は天使のように見えた。
少女という素体に機械仕掛けの服や翼を継ぎ合わせていったような形で、機械仕掛けの天使というべきか。
人が天使を真似て作ったような模造品というべきか。
少女は背もたれを抱いて顎を預けるような姿勢で俺を見つめていた。
鈍色の瞳はまるでまっすぐ射抜くような目でこちらを見ていて、思わず居た堪れなくて視線をそらし腕を抱える。
その様をみて不満げに鼻を鳴らした少女は、まるでルール説明でもするかのように言葉をつづけた。
「ねぇ、君は人生をやり直したいと思わない?」
「え?」
「君、さっき死んだじゃない?」
…待て、待て待て待て
死んだ?俺が?
さっきトラックに挽かれた夢を見たような気がするけれど。
やけに具体的でリアルで寒色の悪い夢だった気がするけれど。
だけれど俺はここに存在しているわけで、つまり生きているわけで。
「生きてる人間がこんなだだっ広い、真っ白な世界に来るのかな」
少女の一言だけで納得できた。
ただ広くて白い、そんな場所をどうやって用意できるだろう。
なんだったら仮に用意できたとしてだ、なんで俺を呼んだ?
そこまでの財力にしろ能力にしろがあるのならば芸能人でも有名人でも
好きに呼んでしまえばいいというのに。
なんだったら、目の前の少女が持つ雰囲気があまりにも浮世離れしているものだから
ここが死後の世界だというのにも納得が持ててしまうというものだった。
「君はね、死んじゃったんだ、トラックでどかーん、体もバラバラ、わかる?」
「……ぅ、う……」
「はぁ……でもね、ボクはいい神様だ、君にチャンスを上げたいなって思ったんだ。」
…チャンス?俺に?
「君に一つだけ能力を上げるよ。
何が手に入るかわからない、何が起きるかもわからない、だけれど強力で魅力的な能力を一つだけ。
今までの君がひっくり返る、そんな能力を上げよう。
その力で、君には転生してほしいんだ。」
…なんで?
なんでそんなことをするんだ?
君にメリットがあるのか?そもそもそんなことができるのか?
疑問を口に出すよりも早く少女は答えた。
「理由はね、ボクをいい神様だって思ってほしいんだ。
神様は信仰を持ち、知名度を持つが故に神様としてやっていける、君みたいな人間を助けて
ボクを信仰してもらうことは都合がいいのさ」
「ぁ。ま、まっ!!」
待ってくれ、まだ進行するなんて決めたわけでは───
「君の意思は関係ないよ、だって君は確実にボクを崇拝する。」
「…ぇ?」
「洗脳するとか、そういうのじゃないよ?ただ…
君みたいな何もない人間が、何かを手に入れたとき…それを与えてくれたものに感謝するだろう?
だって、そうやって拝み取り入れば、また利益を貰えるかもしれないからね?」
…図星だ。
たしかに、すごい力を貰ったとすれば次を期待する。
今まで自分で何かを変えるんじゃなく、与えてもらうことを待っていた人生だった。
確かにそうだ、今更そんな性根を帰れるわけじゃないのかもしれない。
だけど、だけどだ、本当にそんな力がもらえるのだとしたら?
…変えたい。
今、自分は惨めな場所に立っている。
他人に後ろ指を指されてあんな風にはなりたくないと言われるような、そんな場所に立っている。
そんな自分を変えたい、変えていきたい。
もう何も頑張らない惨めな人生を生きてはいられない。
「クス、いいね。
少しは張り合いが出てきたじゃないか。
それじゃあこれから君をとある世界に飛ばすよ。」
「ぅ…う、ん…はい…!」
────そこは曰く、魔王の支配する世界。
人々は下へ下へ、世界の下層へ追いやられ、魔王に取り入った人間だけが上で暮らす。
大きな大きな家畜小屋とでもいうべき、退廃の世界。
その力を振るい、見事に変えてみるといい。
度胸があるのならば、得たいのならば。
その冒険譚の始まりに相応しい幕開けがあるだろう、と。
「ぁ…な、まえは…」
「ふぅん?…セブンス。」
「ボクはセブンス、七人目さ。
君はボクを信仰して、その世界をただ思うがまま生きればいい。
今度は死んだりしてくれるなよ」
少女の声を最後に俺の体が浮かび上がり、連れ去られる。
いつの間にか体は雲の切れ間に突っ込み、搔い潜り、何かを突き破る。
まるであのトラックの時のような輝きが目を焼いて。
とっさに目をつむってしまえば……風。
油の混じったような独特の匂いを載せて、べっとりとした、暖かい嫌な空気が頬を撫でて。
思わず目を開けてしまえば眼前には…鉄でできた町が広がっていた。




