優しい鬼丸
加賀魅先輩と出掛けた翌日、私は図書室で「夢魔」の資料を探していた。
しかし、どこにもそれらしい資料はなく……やっと見つけた「魔者図鑑」にも、夢魔の情報は少ししか載っていない。
図鑑には、「夢魔は人の夢に現れて悪さをする」としか書いておらず、少し困っていた頃。
「茂木じゃん、何調べてんの。」
と言いながら朱天君が本を覗き込んできた。
私は驚きで出そうになった声を咄嗟に抑えると、朱天君を睨む。
「ごめんごめん……そんな驚くと思わなかったんだよ。」
朱天君は申し訳なさそうに言う。
……そういえば、以前加賀魅先輩が言っていた。
朱天君は優しいので、勉強を教えてくれたり頼めば助けてくれるとか、何とか。
彼の専門かは分からないが、優秀な朱天君ならば魔者にもある程度詳しいかもしれない。
私は朱天君を見上げると、
「……ね、今困ってるのよ。助けて欲しいんだけど。」
と口にする。
朱天君は目をぱちくりと瞬かせながら「どした?」と呟いた。
別に拒むような素振りもない、知っている知識ならば教えてくれそうな雰囲気だ。
「……朱天君、魔者って詳しい?
私、今『夢魔』について調べてるの。――でもほら見て、図鑑にも夢魔のことがあまり詳しく書いてないのよ。」
図鑑を指さすと、朱天君は真っ赤な顔で固まりながら言葉に詰まる。
(あれ、どうしたんだろう?)
「な、何で……そんなの知りたいわけ?」
「最近夢魔に遭遇したかもしれないから、特徴を照らし合わせたかったの。」
その言葉に、朱天君はさらに顔を赤くして「遭っ……!?」と声を漏らす。
「ちょっと、図書室では静かに!」
注意すると、朱天君は「ごめん」と呟いた後少し小さな声で「……ネットとかで調べてみたの?」と尋ねてきた。
「ネットの情報って信用しないようにしてるんだ。適当なことしか書いてないもの。」
その答えを聞いて、朱天君は目を押さえながら大きなため息を吐く。
(何よ、失礼な態度ね。)
「……俺、夢魔のこととかよく知らないけどさ。ここで情報探すよりはネットとかで調べた方が早く情報が見つかる……かもよ。あとあんま人に聞かない方がいいかもな。」
目を逸らしながら言う朱天君の様子は、明らかに何も知らない人間の態度ではなかった。
どころか、先日の母を彷彿とさせる煮え切らない態度に少し違和感を覚える。
「そう……知らないんだ。私の方が朱天君より魔者に詳しいかも。」
何か悔しくなりむくれながらそう挑発すると、朱天君の顔がぴくりと反応した。
――そういえばこの人は、かなりな負けず嫌いだと遥が言っていた気がする。
朱天君は怖い顔をしながら「……いいよ、分かった。教えてやるからちょっとこっち来て。」と言って出口に向かい歩き出した。
(ラッキー!)
私は図鑑を棚に戻し、嬉々としてそれを追いかける。
……
そして空き教室に連れて来られると、座るよう促された。
私は朱天君と向かい合うように座ると、期待の眼差しで彼を見る。
「……先に断っとくけど、聞いてきたのって茂木だからな。後から文句つけるのとかはナシ。オッケー?」
(なんだか、念入りだな。)
私はそれに「勿論」と答える。
すると朱天君は目を逸らし、少し躊躇うように口を開いた。
「夢魔は……夢に現れて、その夢を見ている人間の好きな人に姿を変えることができる魔者なんだけど……」
そこまで言ったところで、朱天君の顔は赤く染まる。
「その……そこで……キス、したり……とか?して……相手の好意を生気に変換して魔力を得るの。
現実でも、異性を誘惑して得た好意はそのまま夢魔の養分になるから、魅力的な個体程力が強い傾向にあるみたいだぜ。」
なるほど。加賀魅先輩がもし夢魔なんだとしたら、本来触れることで女性を惚れさせ、好意を養分にするようになっていたのかもしれない。
しかし理由は分からないが、加賀魅先輩は異性に惚れられることを良しとはしない上、その力に困らされているようにすら見えた。
「ありがとう、すごく腑に落ちた!」
お礼を言うと、朱天君は眉を下げ
「あの……さ。さっき言ってただろ?その……夢魔に遭遇したかもって。
大丈夫だったの?変なことされてない?」
と心配そうに尋ねてくる。
「……?うん。別に何にも。」
何をそんなに心配しているのだろうと不思議に思いつつ、そう返事をした。
それを聞いて朱天君は安堵したように息を吐き、「まあ……茂木は退魔師らしいからあんまり口出すようなことじゃないかもだけど、夢魔は厄介だからあんまり関わらない方がいいぜ。」と口にする。
「……朱天君てさ、優しいよね。意外と……」
ふいに私が口にした言葉に、朱天君は真っ赤な顔で「はっ!?」と声を上げた。
「いやだって……何か言いにくいことだったみたいなのに夢魔について教えてくれたし、心配してくれるし。」
初めは1番相容れない存在だと思っていたが、色んな人に慕われるだけあって朱天君はかなり人情のある男だ。
優しかった遥が豹変した今、意地悪だと思っていた朱天君の優しさは少しだけ私の心を癒した。
「……別に、優しくなんてないし。てかさ、茂木って距離感バグってない?俺は聞かれたから答えただけなんだけど。
あんまり馴れ合おうとしないでよ、面倒。」
急に突き放すような態度を取られたことに驚いていると、朱天君は私の顔を見ないように俯きながら「それじゃ」と一言呟き教室を出る。
(む……ちょっと心を開いたらこれなんだから。)
私は彼を見送りながら、そんなことを考えていた。
★ ★ ★ ★
帰宅後、私はふと朱天君の言葉を思い出す。
(そういえば最初、夢魔をネットで調べてみたらって言われたっけ。)
自室に戻りスマホを取り出すと、私はベッドに転がりながら検索エンジンに夢魔というワードを入れる。
そして出てきた情報を読んでいく内、どんどんと顔が熱くなっていく。
(あ……!だから言いにくそうにしてたんだ!?うわ、うわ……!私男子になんてことを……!)
いたたまれなくなり、スマホから手を離すと枕に顔を埋めて悶絶した。
(やっぱりめちゃくちゃ優しいじゃない、朱天君……!どうしよう、そりゃ怒るよね!?
き、嫌われたかな……?)
気にしていると、突然携帯が震えだす。
(加賀魅先輩からだ……)
携帯には【ねえ、次の土曜日にスポッチョ行かない?今度は遥と鬼丸も誘おうと思ってるんだけど。】という連絡が来ていた。
(でも……遥はあの調子だし、朱天君は多分怒らせちゃったろうし?結局加賀魅先輩と2人になりそうだけど……)
私はそれに、【別に皆でも行きますし、先輩と二人でも行けますよ。】と返す。
すると程なくして、【あ、そう……?鬼丸誘ったら行くって言うから、もう予定組んじゃった。】と返ってくる。
(え、じゃあ……怒ったわけじゃなかったのかな。)
私は少し安堵して顔を綻ばせた。
そして、【そうですか、楽しみにしてます。】と淡白な返事を返すと、息をつきながらスマホを手離す。
(スポッチョとか、初めて行くな……いや、しかしこれも魔者を探すというミッションの為。怖気付いてはいけない。)
そう思いつつ、友人や先輩と出掛けた経験の乏しい私の口角は、少しだけ上がってしまっていた。




