はじめてのデート
加賀魅先輩とデートの約束をした当日。
私は柄にもなくそわそわと指をこねながら駅で先輩を待っていた。
――別に、加賀魅先輩がかっこいいから気にしているわけではない。
10代に差し掛かってからというもの男の人と一緒に遊びに行くといった経験がなかった為である。
少し周囲がざわつき、隣で話し合っていた女性二人が改札の方を見て
「うわ、見てあの人めっちゃイケメン。」
「マジだ、芸能人じゃね?」
と呟く。
少し期待しながら改札の方を見ると、そこにはシンプルな私服を着こなした加賀魅先輩がこちらに歩いて来ていた。
「おはよ、茂木さん。」
私を少し見下ろしながら笑顔で言う加賀魅先輩。
この人が魔者である可能性もまだ捨てきれない以上心を許した訳ではないが、明らかに普段より上機嫌な加賀魅先輩の様子を見て少し口元が緩んでしまう。
「お、おはよう……ございます……」
少し熱くなった顔を下に向けながら言うと、加賀魅先輩は不満げに
「嬉しい?俺と出かけられて。」
と尋ねてくる。
「は?」
唐突な俺様発言に、私の胸に込み上げかかっていた何かがスッとどこかに消え失せる。
この男、少し容姿に恵まれているからといって調子に乗っているようだ。
「あんまり図に乗ってると私帰りますよ。」
加賀魅先輩を睨み、そう吐き捨てる。
すると彼はまた笑顔になって
「そうだよね!ごめん。行こうか」
と言って上機嫌に歩き出した。
加賀魅先輩の足取りは弾んでいる。
離れる際、背後から「あのイケメン、Mなのかな……?」という女性たちの囁きが微かに聞こえたのだった。
……
先輩に連れて来られたのはパステル調の内装に可愛いバルーンが浮かぶ、おしゃれなカフェだった。
クレープの甘い匂いが立ち込めていて、思わず食欲を掻き立てられる。
店内はやけにカップルが多く、かなり賑わっていた。
少し視線に耐えつつ列に並ぶと、加賀魅先輩がじっと私を見る。
「……なんですか、何か文句でも。」
無愛想に言い放つ私に対し、加賀魅先輩は落ち着いた様子で
「茂木さんのその服、凄く似合ってる。お姫様みたい。」
と口にした。
「へっ」
思わぬ不意打ちを食らい、心臓の鼓動がBPMを上げる。
この男、惚れられたくないと宣う割になぜこんなにも挑発的なのか。
……わかったぞ、きっと「女を落とす感覚」を楽しむタイプに違いない。
相手が自分を好きになったとわかるやいなや、急激に態度が冷める人間がいると聞きかじったことがある。
つまり先日の耳元の囁きや先刻の褒め言葉も、「私を恋に落とすための釣り針」なのだ。
その手には乗るものか、こちらも伊達に年齢=彼氏なしの人生を送ってきたわけではない。
舐めてもらっては困るのだ。
「人の服をジロジロ見ないで下さい!」
強気にそう返すと、加賀魅先輩は少しきょとんとしたあとに頬を掻く。
きっと今彼は「あれおかしいなー、女の子はこれ言ったら喜ぶのに。」と思っているに違いない。
(私は……こんなクズ男に篭絡しないわ!)
そう固く胸に誓ってから拳を握りしめた。
程なくして、私達に注文の順番が回ってくる。
私の分まで払おうとする加賀魅先輩の挙動を察し、私は「poypoyで払います!」と大声で店員さんに宣言すると携帯をレジにかざし電子マネーで支払いを済ませた。
(どう?見せ場を奪われた気分は。)
得意げに加賀魅先輩の顔を覗き込むと、彼は満面の笑みで
「ご馳走してくれるの!?ありがとう!俺、人に奢ってもらう飯が何より大好きなんだ。」
と言って出口に向かう。
先輩の発言に肩透かしを食らうも、周囲の視線が刺さるのに耐えきれず私は加賀魅先輩を追った。
……
公園に移動し、私達は先程注文したクレープを食べる。
「……先輩のそれ……チョコ、ですか?」
先輩の食べていたクレープは生地ごと深い茶色をしており、中身も白い要素が見当たらないくらいのチョコずくしなクレープだった。
「俺、チョコめっちゃ好きなんだよね。バレンタインは義理でもいいから頂戴、有難く食べさせてもらうから。」
加賀魅先輩はご機嫌に言いながら幸せそうにクレープを頬張る。
彼のことは私が退魔部で出会う前から知っていた。
伝説的にモテる有名人……この人に触れられれば恋に落ちてしまうなんてとんでもない噂も聞いている。
(私から貰わなくたってチョコなんていくらでも貰える癖に。)
そう思いながら睨んでいると、加賀魅先輩はクレープを完食して「ごちそうさま」と呟き、大きく伸びをした。
彼の顔はどこか達成感に満ちていて、毒しか吐かない生意気な後輩とのデートだというのに楽しそうだ。
「茂木さんってすっごくいいね、俺のこと全然好きそうな感じがないもん。」
嬉しそうにそう口にする加賀魅先輩に、私は少し身構える。
「……そりゃ……なんか言動と行動が軟派ですし。」
私の放った答えが意外だったのか、加賀魅先輩は目を丸くすると
「軟派?俺が……?うそ。」
と呟いた。
(まさか……計算でやっていたわけじゃないのか?)
相手の出方を伺っていると、加賀魅先輩は遠い目をしながら口を開く。
「茂木さんも知ってると思うんだけどさ、俺……関わる女子が皆惚れちゃうから、女友達とかいたことないんだよね。」
そう語る加賀魅先輩の横顔は、少し寂しそうだった。
「でも茂木さんは違う気がする。俺と話してても嬉しそうじゃないし!」
こちらに向き直り笑顔でそう言い放つ加賀魅先輩。
――なるほど、彼は別にドMなわけでも私を落とす過程を楽しんでいるわけでもない。
ただ、横に並べる女友達を欲していたのか。
そうとわかると、少し疑ってしまったことや下卑た勘違いをしてしまったことが申し訳なくなってくる。
「私でよかったら、全然また付き合いますよ。生意気な後輩として……」
警戒心がほどけた私は、少し微笑みながら加賀魅先輩を見た。
丁度欲しかった言葉だったのか、彼は照れ臭そうにはにかみ「よっしゃ、その言葉忘れるなよ。」と言って笑う。
少しだけ和やかな空気を感じていると、
「……加賀魅君……?」
と、先輩を呼ぶ女の人の声がする。
声の方には、とても華やかな雰囲気の若い女性が立っていた。
女性は、声を掛けた相手が加賀魅先輩だと確信し「やっぱりだ!元気してた!?」と言いながらこちらに歩いてくる。
(嬉しそう、お友達なのかな?)
ふいに加賀魅先輩の顔を覗き込むと、女性の明るい笑顔とは対照的に……
加賀魅先輩の白い顔はさらに真っ白に変わっていき、顔には汗が浮かび、
クレープの包み紙を持っていた手は、微かに震えていた。




