告白
部室を出ると、私は加賀魅先輩と帰路につく。
彼はどこか落ち着かない様子でこちらの顔をちらちらと伺っていた。
「……あの、何なんですかさっきから……もしかして先輩って極度の人見知りだったり?」
「ああいや……そうじゃなくってさ。その……茂木さんって俺といても別に嬉しそうじゃないなって。」
俯きながら加賀魅先輩が言う。
こちらの態度が悪いと言いたいのだろうか?それにしては妙に満更でもなさそうにしているが……
「これでも歩み寄ったつもりだったんですが。」
怪訝に言うと、加賀魅先輩は焦ったように
「ごめん違う!もっと嬉しそうにしろって言いたいわけじゃなくて……!なんか居心地いいなって思ったから……」
と口にする。
(ドМ気質……?)
「ねえ、茂木さんって彼氏いるよね?俺が退魔部に入る前にちょっとだけ見かけて……茂木さんって珍しい髪型してるから、覚えてたんだ。」
急にかなりデリケートな話を振られ困惑する。
それに自分で言うのも悲しいが、私に彼氏がいたことなど一度だってない。
恐らく彼はたまたま男子と話している所を見て勘違いをしたのだろう。
「いえ、彼氏は生まれてこの方ずっといませんが……」
答えると、加賀魅先輩は「あれ?すっごい仲が良さそうに見えたのに……」と言って頬を掻く。
そしてこちらをじっと見ると
「じゃあ……じゃあさ、今度一緒に出掛けない?俺美味しいクレープとか奢ってあげる。」
と言って笑いかけた。
ついこの前まで「好きになるな」等と釘を刺していた人間と同一人物とは思えない様子に少し驚きつつ、私は誘いに乗ろうかどうかを考える。
遥が魔者かどうかはまだ疑惑段階。
もう少し他に探りを入れるのもいいかもしれない。
「まあ、別にいいですよ。」
私が答えると、加賀魅先輩は嬉しそうに微笑みながら「まじ!?じゃあ今週の土曜とかどう?」と尋ねてくる。
いつも落ち着いた雰囲気の彼がここまではしゃいでいるのを初めて目にした私は、「空いてます、基本いつでも暇なので……」と返事をした。
「土曜日な、絶対忘れないでよ!じゃ、俺こっちだから!」
大きく手を振りながら、加賀魅先輩はそれだけ言うと交差点の先に消えて行く。
(変な人……好きになるなとか言ったり、急に距離感近かったり……だから女子が勘違いしてしまうのでは?)
私はそんなことを思いながら不思議な気持ちで加賀魅先輩を見送っていた。
★ ★ ★ ★
――翌日、いつものように部室に顔を出すと、遥の姿が見えて少し安心する。
逆に加賀魅先輩と朱天君はまだ来ていないようだが、基本彼らはいつも来るか来ないかかなり不定期な部員だ。
別に不思議なことではない。
「遥、おつかれ。」
声をかけると、遥は少し真剣な顔でこちらを見る。
いつも基本笑顔の遥がこんな真に迫った顔をしているのをあまり見ない為か、少しだけ身構えてしまう。
「桃ちゃん、昨日加賀魅先輩と2人で帰ったって、ほんと……?」
遥は少し悲しそうにこちらにそう問いかけてくる。
「え?ああうん。昨日は朱天君も遥もいなかったんだもん……えっと、それがどうかした?」
戸惑いながら言うと、遥はふいに私の腕を掴み部室を出てしまう。
「えっ……!?いやちょっと遥!?」
遥はしっかり私の腕を握ったまま、上に向かって階段を上がっていく。
遥の少し強引な行動に、私は戸惑いつつもその手を拒むことができず、ただ胸を高鳴らせていた。
遥が屋上の扉を開けると、紅葉のようにオレンジ色に染まった空が開ける。
遥は屋上に入っていき、暫く歩いたところでやっと足を止め、こちらに向き直った。
夕日に照らされながら、真っ直ぐにこちらを見る遥の視線が少しくすぐったくて目を逸らす。
(急にこんな所に連れて来て、何のつもりだろう?)
自分の心臓の音を聞きながら、私は遥の言葉を待つ。
すると、遥は深呼吸をした後で、何かを決したように口を開いた。
「桃ちゃん、あのね……俺、桃ちゃんが好き。」
私は思いもよらぬ告白に、絶句する。
「最近部員たちと仲良くしようとしてたのは知ってたけど、加賀魅先輩と知らない間に凄く仲良くなってたみたいだから焦っちゃって……」
何も言えずにいると、遥は俯きながらそう続けた。
その顔は夕日に照らされた為か少し赤くなっているように見える。
遥が……?こんなにかっこよくて、明るい人が……私なんかを?
勿論、嬉しい気持ちはあった。
いい別れ方をしなかった幼なじみが、こんな王子様みたいになって帰ってきて、私に優しくしてくれる。
まるで少女漫画にでも出てきそうなロマンスだ。
……でも、私は知っている。遥が普通の人間ではないかもしれないことを。
そして……
「遥はさ……私のどこが好き?」
私は少し震えた声で遥に尋ねる。
「え?えっと……明るくて、面白くて、可愛くて……頭がよくて退魔師として優秀なところ?」
嬉しそうに語る遥の顔をそれ以上見れず、私は俯く。
そして、「遥……それ、私じゃないよ。」とやっと絞り出したような、掠れた声で言い放った。
「何で……そんなこと言うの?」
恐る恐る顔を上げると、遥がとても悲しそうな表情でこちらを見つめているのが目に入る。
「俺は桃ちゃんのことが好きなのに。
再会してからもずっと、桃ちゃんしか見てなかったのに……」
そう呟く遥の瞳は、少しだけ潤んでいた。
「違うんだよ遥……少なくとも私、明るくないし優秀でもないの。
遥は私じゃない誰かを見てるんだよ。
私は退魔師としても崖っぷちな卑屈で根暗な女なの。
遥には……もったいないよ。」
言い切ると、遥はとても険しい顔で
「嘘だ」
と言い放つ。
「……え……」
「桃ちゃんは、本当は俺のことまだ弱い奴だと思ってるんでしょ?
あの日、あんなことがあったから……」
遥は、静かに拳を握る。
「俺、昔悪い奴だったよね。唯一仲良くしてくれる桃ちゃんに甘えてばかりで……
だから桃ちゃんは遊んでくれなくなったんでしょ?」
「ちが……!」
否定しようとして、言い淀む。
本当は遥のお母さんに「近付くな」と言われたことが理由だが、遥に今それを伝えていいかの判断が付かない。
「……やっぱり、否定できないんだ。
俺、あれから凄く変わったんだよ。
夏とか日差しの強すぎる日じゃなきゃ平気になったし、体も鍛えたし、わがままなのも直したんだ。
……だから……俺を認めて、お願い……」
遥の縋るような目がこちらに向く。
――やっと、理解できた。
遥はずっと、私に態度を変えられたことを呪いのように感じていたんだ。
だからこそ別人に見えるくらいまで努力して、自分を変え、いつしか私に受け入れられること自体が人生の目標になってしまった。
そして、努力するほどに遥の中で私の存在が大きくなってしまったのだろう。
――なんだ、全部私のせいじゃないか。
私が遥から逃げなければ……遥はこんな呪いに縛られたりしなかったのに。
黙り込んでいると、遥は少し息を吐き
「……すぐに答えを出さなくていいから、告白の返事……考えてくれないかな?」
と呟く。
「うん、わかった……考えておく。」
そう返事をしたものの、私の答えはきっと変わらない。
遥が好きな女性は、茂木桃子ではないから。
私たちはその後何も言葉を交わさぬまま、それぞれの家に帰ったのだった。




