退魔部には魔者がいる。
「出たわね!まさか、あなたが『魔者』だったなんて……!」
大人な雰囲気を纏った女性がそう言い放つ。――視線の先では、狼のような大きな耳の男が、鋭い牙を見せてニヒルに笑った。
「気付いたとこでもう遅いんだよ!……あんた、ずっとうまそうだと思ってたんだよな。」
男は女ににじり寄って、舌なめずりをする。しかし女は臆することなく銀の十字架を取り出し、男にかざした。
男は十字架を見るなり声を上げ、よろけてから膝をつく。
「私たち退魔師は……悪に屈したりしない!」
トレンチコートを風になびかせながらそう宣言する女。
その瞳は自信と決意に満ちていた――
『……という具合に、魔者は日常の中に潜み人々を怖がらせます。隙を見せれば漬け込んでくるので、絶対に屈しないという強い意志が必要になるでしょう。』
「おお……!」
私は目を輝かせながらノートにメモする。
「茂木桃子」16歳、私の家は5代も続く退魔師の家系だ。
永きに渡り、悪い魔力を孕んで産まれる存在「魔者」と退魔師はあのような戦いを繰り広げてきた。
父も母もベテランの退魔師。いつか私のあの動画の女性のような、カリスマに――!
「桃ちゃん、あなた……このままじゃ一族の恥よ?」
夜ご飯を終えた後で、母が唐突に言い放つ。
「え」
母の言葉を聞き、向かいに座っていた父が新聞を畳んでため息を吐いた。
「そうなんだよなあ、どうしたもんか。」
2人が肩を落としているのには理由がある。
実は、私茂木桃子に魔者退治の実績はない。
通常退魔師には、魔者が傍にいると働くセンサーのようなものがあるのだが……私はそれが極端に鈍いのだ。
端的に言えば才能がないのである。
魔者は人間のフリをしながら普通に日常生活を送っているので、暴走でもしてくれなければ判別はほぼ不可能。
故に、私はこうして退魔師としてくすぶっているのであった。
「桃子……17歳の誕生日になるまでに1人も退治できなかったら、退魔師を辞めなさい。」
「はい!?」
私は唐突に投げられた父の一言に動揺する。
「安心しろ、別に家から追い出すわけじゃないから。退魔できない退魔師を茂木家に置いておくのは少々問題なんだ、わかってくれ。」
(17歳の誕生日ってことは、誕生日が7月1日でしょ……?今は1月だから、半年しか猶予がないじゃない!)
「桃ちゃんは昔から追い込まれると力を発揮するものねー!パパ、ナイスアイディア!」
「そうだろ?ふははは!」
父と母が呑気に笑う一方で、私は唇を震わせてから青ざめる。
「ま……待ってよ、その、退魔するだけが退魔師の仕事でもないって思わない……?」
何とか反論しようとそんな暴論を述べるも、父と母は困ったように首を振った。
「でもほら、学校で部活作ったって随分前に行ってたでしょ?相談とか来ないの?」
母が頬に手を当てながら尋ねる。
「あー……はは」
私は引き攣った笑みだけ返し、黙り込んだ。
……
「相談者どころか、部員もいませんよー」
放課後、くたびれた小さな部室で呟く。
私が一学期に作った「退魔同好会」は、本来魔者に困っている生徒たちの相談を聞くためのものであった。
しかしいくら待っても相談者は来ず、数合わせで入ってくれた友人の恵子はほぼ顔を出さない。大体は来るはずもない相談を待ってスマートフォンをいじるだけで1日が終わる。
しかもこの部室は「ボドゲ部」が倉庫として使っていて……退魔同好会はそれを間借りさせて貰っており、部室と言えるのかも怪しい。
(せめてスマホゲームくらいするかな……)
――ふと、考えてしまうことがある。
昔から特に得意なこともなくて、要領は悪め、特に可愛くもない私は、一体これからどう生きていけばいいのだろう、と。
だからずーっと狙ってた。一発逆転、突然退魔師としての才能が開花して、皆から尊敬されちゃったりなんかする、都合のいい話を。
でも現実はどうだ。特に意味の無い時間を垂れ流すだけの惨めな女ではないか。
(退魔師の家系っていう非日常だけがアイデンティティなのに……それも、なくなりそう。)
悲しい気持ちを誤魔化すようにショート動画をスワイプしていると、誰かが部室の扉を開ける。
「ちーっす!やってますか!?」
元気にそうな声と共に、3人のかっこいい男子生徒3人組が突然部室に入ってきた。
「は……はい!やってます!ご相談ですか!?」
椅子が倒れる勢いで立ち上がると、真ん中にいた男子が目を細めながら「桃ちゃん、久しぶり。」と言う。
「え……?」
(こんなかっこいい人と会ったことあったっけ?)
「ほら覚えてない!?『野原遥』!」
その人懐っこい笑みを見て、私はようやくそれが昔よく遊んだ少年だと理解する。
わがままで人見知り、加えて病弱だった彼の面影はなく、目の前の遥は16歳男子にしては小柄であるものの、立派な男性に成長していた。
「あ……ああ、思い出したわ、久しぶり……こっちに戻ってきてたんだ。」
「うん、3学期に転入してきたんだ!」
遥とは、最後あまりいい別れ方をしていない。
どんな顔で迎えたらいいか分からず困惑していると――
『もう、遥に近付かないで欲しいの。』
あの日言われた言葉と、最後に遥と遊んだ河原が頭の中にフラッシュバックして思わず顔を歪める。
(いけない、余計なこと考えちゃった。)
「後ろの2人は?」
「友達!ほら、この学校6人いると同好会を部にできるんでしょ?今同好会にいるのは3人って聞いたから連れてきちゃった!」
尋ねると、遥は輝く笑顔でそう言い放つ。
(あれ?3人?……2人じゃなくて?顧問の先生も入れての人数かな。)
「何勝手に決めてんのよ!ていうか、相談しにきたんじゃないの……!?」
「うん、入部しに来たんだよ!これからよろしく、桃ちゃん!」
……
と、いう具合に……3学期の末、奴らは来訪した。
そして同好会を勝手に部に変えてしまい、この崇高な部の活動には参加せず……もっぱらゲームに勤しんでいる。
私の城、退魔部の部室は、陽キャどものフリースペースと化した。
このままではいけない、なんとかして成果を出さなければと焦るも、センサーの鈍い私には魔者を見つけることすらできない。
――そのまま時は流れ……あっという間に私は高校2年生になってしまった。
(ああ……桜よ、散らないでおくれ。)
私は部室の扉の前に置いてあるダンボール箱を手に取りながら、廊下の窓から覗く鮮やかなピンクの花を見て目を潤ませる。
現在4月の10日、タイムリミットまで3ヶ月を切っていた。
感傷に浸っていると、背後からやかましい笑い声が聞こえてきて台無しにされる。
声の方に振り返ると狭い部室の中で、遥たちが細長いテーブルを囲んでいた。
どこかくたびれた部室の雰囲気には似つかわしくない非常に華やかな雰囲気の3人は、テーブルにギリギリ収まるくらいのボードゲームを広げはしゃいでいる。
「桃ちゃん!一緒に人生すごろくしなーい!?」
車の形をした駒を両手に持ち、そう声を掛ける遥。
ピンクベージュの髪に黒いメッシュを入れた中性的な顔の少年で、
私を見る遥の赤紫色の目はまるで甘える子犬のようだ。
「……しない!」
しかし、そんな顔をされたところで私は揺らがない。
怪訝な顔で彼の誘いをバッサリ切ってみせた。
「じゃあ銀行やってよ茂木さん、俺計算苦手なんだけど。」
おもちゃのお金を不器用に分けながらそう言うのは「加賀魅祐輔」先輩。
色気のある雰囲気で、艶のある黒髪に魅惑的な泣きぼくろが特徴的。
甘いマスクの彼が頼めば多くの女子が喜んで引き受けそうだが……私は違う。
「お断りします!」
「強情だなお前も。どうせ相談者なんか来ねえって。」
頬杖を付きながら言い捨てるのは「朱天鬼丸」。
白髪に銀色の野性的な男で、座っていてもわかる程の長身だ。
――論外だ、そんなことを言われて誰が付き合うものか。
「ほっといてよね!」
彼らの方を見ずにそう言い放つと、椅子の上に静かに箱を置いた。
そう、これは3学期の終わりに私が用意した「最終兵器」!その名も「匿名箱」である。
面と向かっては相談しにくい生徒たちも、これさえあれば気軽に相談出来てしまうわけだ。
「あ、開けるんだ、匿名箱!」遥が言いながらこちらに歩いてくる。
「そういえば作ってたっけ。何か入ってるといいね。」加賀魅先輩もそう言って興味深そうに箱を覗き込んだ。
「無理無理、俺だったらこんな部の匿名箱には相談しないね。」朱天君も、そうは言いつつ箱に注目していた。
「……開けるわよ。」
心臓を高鳴らせながら、勢いよく箱を開ける。
思わず目を瞑ってしまったが、期待を込めゆっくり目を開く。
……しかし、中には何も入っていなかった。
「ほらな、言ったろ?人生すごろくの続きやろうぜー」
部員たちは興味を失くし、身を翻して机に戻っていく。
肩を落としていると、箱の底に何か白いものが挟まっていることに気付いた。
(――まさか!)
一気にそれを引き抜くと、小さな紙が挟まっている。
薄いノートの切れ端だったので、裏に書いてある文字が微かに透けていた。
裏返すと……そこには一言、ボールペンで書かれたであろう小さな文字で
「退魔部には、魔者がいる。」
と書かれていた。
私はそれを見ると思わず3人に見られぬよう部室の隅に縮こまる。
(この部に……魔者が!?)
もしこの告発が本当ならば、目の前の誰かが魔者ということになるが……
しかし不思議でもない、この3人はかなり異様な噂が多い生徒達だった。
うまく近付いて情報を盗めば……センサーが働かなくても魔者を特定できるかもしれない!
「ふひひ……」
気持ち悪い笑い声を漏らしながら、やっと少しだけ見えた勝ち筋に私の口元は緩んだ。
やっと、私の「何者でもない」日々が終わる。
奴らは不憫であるが、退魔師を引退しない為にも誰が魔者なのか突き止めなければ。
(この中に1人――魔者がいる!)
私は3人を眺めながら、心の中でそう呟いた。




