勇者が第一王女様と結婚するだって?~あたしの亭主が王女様と結婚するわけないだろ?~
「ラウラ~、勇者アルマンが帰還され~、王都では大騒ぎ~。第一王女様が~、勇者とご結婚~」
すれ違った吟遊詩人が歌ってる。
あたしはちょうど亭主と一緒に、隣町の大通りを歩いていたところさ。
この国は一夫一婦制で、勇者には、あたしっていう妻がいるのにねえ……。
「ちょっと、あんた。あたしがいるってのに、王女様と結婚するのかい?」
あたしは亭主の顔を見上げた。今日も良い感じに厳つい顔をしてるねえ。首が太いのもいいわ。
白髪交じりの黒い短髪に、青い瞳なのも素敵だね。うちの亭主は配色まで、あたし好みなんだよ。
あたしは平凡な茶色の髪と瞳だけどね。これはこれで気に入ってるよ。亭主も褒めてくれるしね。
「知らん」
自分のことなのに、これなんだから。
あたしは反対方向に歩いていく吟遊詩人を追いかけて、腕を引っつかんだ。
「しれっと立ち去るんじゃないよ! 話は終わってないだろ?」
あたしが言ってやると、吟遊詩人はへらへらと笑った。この男ときたら、子供の頃からこうなんだから。
「こんな~話~、ラウラ~が、怒る~から~」
吟遊詩人は妙な節をつけて言い訳する。
「あんたに怒ったって意味ないだろ。第一王女様ってのは、まだ十二歳かそこらじゃなかったかい? その話は本決まりなのかね?」
「その~通り~。もう~決まり~」
「十二歳の女の子が四十歳のオッサンに惚れて、嫁ぎたいなんて言い出すもんか! しかも、元からいる妻を押しのけてだろ? 王宮にはろくでもないのがいるようだね」
「王妃様の~アイデアで~、王様も~認め~てる~」
あたしも今では四十歳のオバサンだけどさ。十二歳だった時もあったんだよ。いくら相手が勇者様だって、十二歳の女の子が、父親より年上のオッサンとの結婚を喜ぶもんか。
うちの亭主は、あたしから見たら、そりゃあ素敵な男だけどね。十二歳の女の子にとっちゃあ、恋愛対象になんて絶対ならないよ。
あたしが十二歳だった時には、亭主も十二歳だったからね。恋愛対象だったよ。
お互い初恋で、長く付き合って、二十歳でやっと結婚して、翌年には子供が生まれてね。
三十歳の時に、亭主は勇者として旅立った。
そして、一か月前に、ようやくお役目を終えて戻ってきたんだよ。
第一王女様の方はというと……。たしか実母である前の王妃様が亡くなった上に、ご実家の侯爵家が謀反の罪でお取り潰しになってたね。あの大騒ぎの後に、新しい王妃様が王様に嫁いだんだよ。
「あんたたち、ついて来な!」
これはあれだよ、新しい王妃様による継子いじめさ。ことによると、第一王女様は、異母妹の第二王女様からもいじめられてるかもしれないね。
勇者様ってのは、お姫様をお助けするもんさ。それを女の子への嫌がらせの道具にしようなんて、王族だろうがなんだろうが、このあたしが許しちゃおかないよ。
――あたしは弱い者いじめをする奴が、なにより嫌いなんだ!
あたしは亭主と吟遊詩人を引き連れて、町役場に行った。
「クレマン!」
町長室の扉を開けて、息子に呼びかける。
「母さん!?」
息子は見た目は父親そっくりなのに、中身は誰に似たのやら、やたらと頭が良くてね。この町の人たちから、『前の町長が税金を使い込んでる』なんていう相談までされてさ。前の町長をリコールとかいうものを使って辞めさせて、なんと自分が町長になっちまった。それからは仕事一筋でね、女っ気も全くないんだよ。
「聞いたかい? 父さんが第一王女様と結婚させられそうだよ!」
「今、『町長の影』から聞いたところですよ! もう来たんですか!?」
クレマンは町長室で、全身黒ずくめの『町長の影』とかいう諜報員と話し中だった。この『町長の影』は、前の町長をリコールしたクレマンの手腕に惚れこんで、『王家の影』から転職してきたのさ。
「あたしゃ、決めたよ! 王様と王妃様をリコールする!」
あたしは亭主と吟遊詩人を伴って、町長室に入っていった。
クレマンは『町長の影』と顔を見合わせて、軽く首をふった。
「母さん、王家は地方自治体の首長とは違うので、リコールなんてできないんですよ」
クレマンも賢いんだけどねえ……。まだまだ、あたしには及ばないね。
「そこをやるのさ。十二歳の王女様を、勇者とはいえ四十歳の平民のオッサンに嫁がせる。理由は、継子いじめのためだよ。そんな王家、いらないだろ?」
「いや、まあ、そうなんですけどね……」
クレマンは大きなため息を吐いた。
「人を集めな! 王宮を取り囲んで、王様の退位を迫ってやるよ!」
「母さん……、それは謀反ですよ……」
「リコールと同じようなもんだろ?」
クレマンはしばらく、有権者の賛同がどうとか、王様は選挙で選ばれたわけじゃないとか、役場言葉で話していた。つまり王様と町長では、追い落とし方が違うって話だろ? わかってるから、別のやり方をするんじゃないか。
「父さんもなんとか言ってくださいよ……」
「わからん」
この一言で、クレマンはなにかを諦めたようだった。あたしらはただの『旅立ちの村』の村人さ。木で棍棒みたいな単純な武器を作って、なんとか生計を立ててるんだ。役場言葉でいろいろ言われたって、なんとなくのニュアンスしかわからないよ。
「わかりました! わかりましたよ! やればいいんでしょう!」
クレマンは町役場の職員たちを集めて、近隣の地方自治体に協力要請を出したりし始めた。『町長の影』も、吟遊詩人も、いつの間にか消えていた。
あたしは亭主と一緒に大通りに戻った。デートの途中だったのさ。
◇
クレマンはなんだかんだ、仕事のできる男に育ったからね。三か月で王様のリコールの準備を整えてくれたよ。
その間に、我が家には王家から使者が来たけどね、「勇者なら旅に出てるよ」と言って追い返してやったよ。うちの亭主も、この三か月の間、自分の友達を呼びに行ってくれてたのさ。
あたしも、村の木工製品を買ってくれてる連中に声をかけたよ。
こうして、あたしは青い空の下で馬に乗り、亭主とクレマンと一緒に、賛同してくれた人々を引き連れて、王宮に向かったのさ。総勢一万人くらいはいるかね?
「第一王女様と勇者様の結婚、反対!」
なんて、吟遊詩人たちが声を上げてくれている。だいぶそれっぽいじゃないか。
「勇者がデモ行進……」
なんて、クレマンは元気なく言っていた。どうもクレマンの勇者のイメージとは、ちょっと違うらしいね。男の子だし、勇者ってものにまだまだ夢を見ているのかねえ?
クレマンがデモ隊と名付けた軍勢が、王都の防壁の向こうに王城が見える場所まで来た時だった。
それまで晴れていた空が、いきなり灰色の雲に覆われだした。
「おっ、来てくれたか」
亭主がつぶやいた。
雲は王城の上で、ぐるぐると渦を巻き始めた。小さな稲光が見えて、雷鳴が聞こえだす。
その渦の中心から、魔王グレゴワールが出てきた。足から出て来る登場の仕方だね。さらに、氷の魔剣の守護竜である氷竜ジャメル、聖剣の守護竜である翼竜オーバンも飛び出してきた。
まだまだ来るよ! 魔軍七将に、魔王四天王。大魔王ファブリス、裏ボスの魔帝神マクシミリアンもだ!
「えっ、待ってくださいよ! これでは、デモ隊の安全を確保できませんよ!」
クレマンがなにか細かいことを言い出した。
吟遊詩人がデモ隊に向かって、「全体、止まれ!」と指示を出す。
「父さんも友達に声をかけてくれたってのに、文句を言うんじゃないよ!」
「いや、友達って!?」
「男と男は拳で語り合って、友情を深める」
亭主がクレマンに言う。
「僕も男ですけど、そんなことしませんよ!?」
「クレマンは大人しい子だったからねえ……」
町の図書館に入り浸って、本ばかり読んでいてね。せっかく村の子供なんだから、もっとヤンチャでも良かったんだけどねえ……。
――その時、大地が揺れた。
王都の向こうに、巨大な人影が現れた。
「ラウラさーん、オラたちも来たどぉー!」
「加勢してやらぁー! 任せとけー!」
巨人族である一つ目ギガンテスとカイザートロルのみんなが、村の木工製品である『ただの棍棒ジャンボサイズ』を片手に来てくれた。
村の商売のお得意さんさ。合わせて六十人しかいないよ。ただの村人が呼べるのなんて、こんな少人数の部族だけなのさ。
「母さん……」
「なんだい、また『巨人族に棍棒を売るな』って? 言っただろう、父さんは『ただの棍棒』なんかにやられる男じゃないって」
「ジャンボサイズじゃないですか! 普通の人間なら戦えませんよ!」
「俺は当代の勇者だ。棍棒のような初期装備でやられたりはせん」
亭主も説明してくれる。うちの人は、立派に父親の役目も果たしてくれるのさ。
この人が旅に出ていた期間は、あたしもワンオペで育児をがんばるしかなかったけどね。当代の勇者様に嫁いだんだ、仕方なかったと思ってるよ。
「ジャンボサイズじゃないですか!」
クレマンは幼い頃は病弱だったからか、どうも細かくていけないね。
「これだけの人数がいたら、王様だってリコールされるだろ?」
「王国騎士団だって、こんな軍勢を押し戻せませんよ! どんな要求だって通るんじゃないですか!?」
クレマンはついにキレ始めた。『今時の子供はキレやすい』みたいなことが話題になったのは、かなり前だった気がするんだけどねえ……。
あたしらが揉めていると、王都の防壁の門が開き、一頭の白馬にまたがった使者らしき人物が出てきた。
「要求は国王陛下の退位でいいですね! 僕が交渉しますよ!」
クレマンが叫んだ。父親は温厚な人のに、クレマンは気が荒くていけないよ。まあ、そんなだから、前の町長を追い落として、自分がその座に就いたんだろうけどね。
白馬に乗った使者は、あたしらの前までやって来た。
金髪を縦に巻いた、青い瞳のお人形さんみたいな女の子だ。ピンクのひらひらのドレスみたいなキュロットスカート姿だよ。
「わたくしは、この国の第一王女フランソワーズ・ラドライト! 勇者が何歳だろうが、拒みはせぬ! 嫁いでやろう! ただちに兵を引け!」
やっぱり、今時の子供はキレやすいのかねえ……。あたしは隣にいる亭主を見た。亭主は軽く首をふっただけだった。
「王女殿下!? 自らお越しになったのですか!? 護衛騎士も連れずに!?」
クレマンが名乗りもしないで話しかけた。大丈夫なのかね?
「無礼者がっ!」
この王女様、だいぶ気が強いね。継子いじめに耐えつつ、メソメソしているタイプかと勝手に思っていたんだけどねえ……。
王様をリコールしたら、王女様を鍛えてやろうと思っていたけど、どうやら必要なさそうに見えるね。
「町長、国王と王妃と第二王女が逃げていきますよ」
『町長の影』がどこからともなく現れて、報告してくれた。
あたしも、王女様も、他のみんなも、防壁の前を走っていく黒塗りの馬車を見た。
「あんた、捕まえてきておくれ!」
亭主がすぐに馬を駆って、御者を倒して馬車を連れて戻ってきた。
今日も、うちの亭主は強くて最高に格好いいねえ! 惚れ惚れするよ!
王女様が馬車の中を見て、本物の王様と王妃様と第二王女様が乗っていることを確認した。
……王女様は、泣き出しちまった。だいぶ気が強いようだけど、さすがにこれは泣くよねえ……。王様が、自分も、王都の民も捨てて、継母と異母妹だけ連れて逃げ出しちゃあね……。
「王女様、あんたが即位したらどうかね?」
あたしが王女様に言うと、王女様はクレマンを見た。クレマンは父親に似た良い男だからね。
「……リコールのクレマンか?」
「はい、王女殿下。そのように呼ばれています」
クレマンはひらりと馬から飛び降りて、その場でひざまずいた。
「わたくしは継母のせいもあって、帝王学を学んでいない……。国王などやれないだろう……。クレマン、そのリコールを成し遂げた知識と教養で、この国を導いてくれないか……?」
「それは……、その……」
「即位しろと言っている……。これ以上、わたくしは……、自分の口から言わないといけないのか……?」
王女様も馬を降りて、クレマンの前に立った。
「王女フランソワーズ殿下、この命を賭して、一生お守りいたします。どうか、我が妻とおなりください」
クレマンが言うと、王女様は右手を差し出した。クレマンはその手を取って、指先に口づける。
クレマンは十九歳だ。十二歳の王女様とは七歳差。うちの亭主との二八歳差に比べたら、七歳なんて誤差みたいなもんさね。
「お義父様、お義母様、これからよろしくお願いいたします」
王女様は涙を拭いて、あたしらに笑いかけた。
亭主は勇者様だけどさ。あたしなんて、ただの村のオバサンだよ。それなのに、このお姫様は、随分とかわいいことを言ってくれるじゃないか。
クレマンは王女様と婚約すると、すぐに王様と王妃様と第二王女様を離島への流刑にした。
こうして、あたしの息子には、かわいいお嫁さんが来てくれることになったんだよ。
あたしと亭主は夫婦のまま、これからも村で暮らすよ。
クレマンと王女様は、王城で仲良く暮してる。
「これ、後世では絶対に『勇者が魔王を倒した後に王女様を娶って国王になった』ということになりますよ! アルマンとクレマンなんて、時の流れの中では、誤字みたいなものじゃないですか!」
なんて、クレマンは文句を言うけどさ。
後世なんて、あたしらには関係ないじゃないか。
いろいろ丸く収まって良かったよ!




