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王命を受けた親の末路〜娘は幸せになります〜


グレンフォード商会――近年、急成長を遂げた織物商である。

その日、彼のもとに王宮からの急使が届いた。


「グレンフォード商会主、陛下がお呼びです!」


彼は目を見開き、ゆっくりと立ち上がる。

「……ついに来たか。我が家の織物が、王の御目に留まったのだな」


妻が両手を胸の前で合わせた。

「まあ、あなた!王室御用達のお話かしら!」


娘リネッタがぱっと立ち上がる。

「お父様、まさか私が褒められたりして?」


「もちろんだとも!笑顔で取引先を惹きつけたのはお前だ!

 お前の社交と愛嬌のおかげで、グレンフォード商会は今や大繁盛だ!」


「もう、お父様ったら」


母娘で手を取り合い、きゃあきゃあと笑い合う。


妻は顔を輝かせながら囁いた。

「陛下にお褒めいただけたら……正式に男爵位をいただけるかもしれませんわ!」


「はっはっは、あり得ぬ話でもなかろう!」


「じゃあそのお祝いにアクセサリーを買ってくださいね」


商会主グレンフォードは渡された外套を翻し、3人に見送られ、上機嫌で王宮へと向かった。





「お前の商会の織物、見事だと耳にしてな」


王の声音は穏やかで、にこやかだった。


「はっ、陛下のお目に留まり光栄にございます!」


「王女も気に入ってな。あの布でドレスを仕立てた」


「な、なんと!」

グレンフォードは顔を輝かせた。


「お前の娘が、その布で仕立てたドレスを着て、社交界の夜会に出るそうだな」


「は、はい!リネッタは器量が良く、愛想もよくて――我が商会の顔でございます!」


王は穏やかに笑う。

「ほう、さぞ自慢の娘なのだな。……奥方も美しいのだろう?」


「はい!ええ、まあ、後妻でしてな。気は強いですが、美しい人で――はっはっは!」


「美しい後妻、か。」

王は書状をめくりながら、軽く顎を撫でる。

「では……ほかに子はいないのか?」


「えっ、ああ、その……娘がひとり、先妻の子がおりまして」


「おお、そうか。その娘も優秀か?」


「いえいえ!リネッタと違って愛想がなく、商いも不得手でして」


「ふむ」


「家にもほとんどおらず……扱いにくい性分でして……」


「……ほう、お前さんも苦労しとるのだな(´・ω・`)」


「え、ええ……そうなんです」


王は扇を軽く動かしながら、にこやかに言った。

「だが、一人優秀な娘がおるのだ。問題ないだろう?」


「ええ、そうですとも」

胸を張る商会主に、王は穏やかに笑った。


「そうか、そうか。ははは」


「はい!ははは」


「ははは――ならば、その娘はいらんな」


「……え?」


「ん?(^^)」


 ……


「ちょうどヴァレンツァ公爵家が養女を探しておる。

 功を立てた家の娘を推薦したいと思っておってな。

 お前の娘を遣わせよう」


「い、いえ、その、娘は問題児でして……!」


「環境を変えればよかろう」

王はさらににこやかに笑った。


「功ある家の娘が栄転する――これほど名誉なこともあるまい」


にこにこ。


「……」


「そうだよな?」


「は、はい……」


「では以上だ」


「え?」(爵位は? 王家御用達は……?)


「ん?(^^)」


間が、空く。


「……失礼いたします……」


肩を落としたまま、糸の切れた操り人形のように崩れ、

グレンフォードは足元も覚束なく謁見の間を去っていった。





執務机に戻った王は、書状の山を横に寄せ、

背後の扉へ視線を向けた。


「これでよかったか?」

王は椅子の背にもたれ、誰にともなくつぶやいた。


ゆるやかに現れたのは、薄紫のドレス――グレンフォードの織物に身を包んだ王女だった。


王の一人娘、ルチア王女。


彼女は恭しく膝を折り、静かに微笑んだ。

「ありがとうございます、陛下。

 これで――あの家族から、あの子を引き離せました」


王は短く頷く。

「まさか、娘に事業を任せっきりだったとはな……しかも実の娘をけなしていたとは、呆れたものだ」


ルチアは淡々と答えた。

「後妻が、自分の娘を溺愛しておりました。

 カミラ様を嫌い、父親は妻の機嫌を取るために義理の娘を可愛がり、

 実の娘であるカミラ様を粗末に扱うようになったそうです」


王は眉を顰める。

「そもそも――なぜ娘が事業を担っていたのだ?」


少し間を置き、静かに続けた。

「本来、商会を担っていたのは先妻――彼女の母君だったそうです。

 父上は婿養子として迎えられ、経営の手腕はすべて母君のもの。

 幼い頃のカミラ様は、その姿を見て育ったのです」


ため息をつき、

「母君の死後、事業が傾きかけた時に、

 工房へ足を運び、職人たちと共に働いて立て直したのも彼女。

 けれど、誰もその努力を褒めず、

 “できて当たり前”になっていたと聞きました」


王の眉がわずかに動いた。

「あいつは家にいない問題児と言っていたな」


ルチアはため息をついた。

「学園で、昼休みのたびに書類と格闘しておられました。

 誰も見ていないと思っていたのでしょうけれど……。

 わたくし、見てしまったんです。

 そんな努力を、“報われぬまま終わらせる”のは嫌でした」


「ふむ」

王は微笑を浮かべる。

「息子にも見習わせたいものだな。

 あやつは優しいが、少々優柔不断だからのう」


「ええ。あの子のような方が傍にいれば、

 きっと王太子殿下をしっかり支えてくださるでしょう」


「……それは、お前の願いか?」


「はい。

 “彼女のような女性が王家に必要”――そう思いました」


王はしばし目を閉じ、満足げにうなずいた。

「ところで、そのカミラは――実家をどうするつもりだ?」


「職人たちに恩義があるから、なんとか引き離したいと。

 “家族に任せるわけにはいかない”と仰っていました」


「ほう……一体どう出るのかのう。

 ……しかし、お前が学園生活で、王太子の嫁候補を探し出していたとはな」


ルチアはふふんと笑いながら、

「たまたまです。彼女が義理の妹なら素敵だと思ったので。わたくし達、とても気が合うのですよ」と言った。


王は笑い、書状を閉じる。

「……さて、あとは公爵家に任せるとしよう」





ヴァレンツァ公爵家の迎えは、翌日にはもう到着していた。


「準備のよいことで……」

義母が引きつった声を漏らす。


公爵夫妻はすでに書状のやり取りを済ませ、

王命が下った瞬間から迎えの馬車を整えていたのだ。

まるで、最初からこの日を待っていたかのように。


「カミラ嬢、どうかお支度を」


恭しく頭を下げる公爵家の執事。

屋敷の空気が凍る。


「お、お姉様……本当に、行くの?私たちを見捨てるのですか!?」


リネッタが青ざめた顔で問う。


「仕方がないだろう!……王命だ」

父の声は震えていた。


カミラは小さく会釈した。

「お世話になりました。

 職人たちには後ほど私からご挨拶をいたします。

 ……彼らの技は、決して絶やしませんから」


言葉を残し、彼女は背筋を伸ばして馬車へと乗り込んだ。

その背中を見送る家族の目に、焦りとも後悔ともつかぬ色が浮かんでいた。



「……あれから、どうなりましたか?」


ルチア王女の問いに、王は書状をめくりながら答えた。

「案の定、崩れた。

 娘を失ったグレンフォード商会は、取引の書類を一つとしてまとめられん。

 支払いも滞り、仕入れも止まり、信用はじわじわと落ちていった。

 ――その隙を公爵家が突いたのだ。


 この国の商会は持分札で所有を分け合う。公爵家はそれを静かに買い集めた。

 価格が下がりきったところで一気に買い占め、

 支払いが完了した瞬間に、グレンフォード家の商業権はすべて公爵家に移った」


ルチアはほっとしたように笑った。

「職人たちが路頭に迷わずに済んだのですね」


「そうだ。

 公爵家が資金を拠出し、彼女に再建の指揮を任せた。

 カミラ嬢は即座に工房の再建に取りかかり、

 自身の改良案をもとに新型の織機を導入した。

 わずか数日のうちに試作布を織り上げ、公爵夫人自らが視察に訪れたそうだ。

 結果は――採用、即日決定だった」


ルチアは目を細めた。

「……さすがですわね」


王はゆるく笑った。

「そして、面白い報せがもうひとつある」


「?」


「数日後、王太子が婚約を申し出た」


ルチアの瞳が見開かれる。

「まあ……!本当に?」


「うむ。公爵家を継ぐ養女として、身分も申し分ない。

 あやつ、ようやく決心がついたようだ」


「ふふ……やっぱり。そもそもカミラは殿下の好みだと思ってました」


「そうなのか?」


「シスコンですから(^^)」


「……そうか(´・ω・`)」


――グレンフォード家の名は、静かに帳簿から消えた。

代わりに、公爵家の新工房〈カミラ織工舎〉が、

王都の新しい風として記録された。

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― 新着の感想 ―
いやー家族を離れ離れにしちゃうなんてひどい国家権力だな(●´ω`●)
カミラが公爵家で愛されて信用されていて良かった! シスコンだから…ということは、 ルチアとカミラが似ている?
「陛下にお褒めいただけたら……正式に子爵位をいただけるかもしれませんわ!」 御用達くらいで何で男爵を飛び越し子爵なんて話になってんだろ。
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