王命を受けた親の末路〜娘は幸せになります〜
グレンフォード商会――近年、急成長を遂げた織物商である。
その日、彼のもとに王宮からの急使が届いた。
「グレンフォード商会主、陛下がお呼びです!」
彼は目を見開き、ゆっくりと立ち上がる。
「……ついに来たか。我が家の織物が、王の御目に留まったのだな」
妻が両手を胸の前で合わせた。
「まあ、あなた!王室御用達のお話かしら!」
娘リネッタがぱっと立ち上がる。
「お父様、まさか私が褒められたりして?」
「もちろんだとも!笑顔で取引先を惹きつけたのはお前だ!
お前の社交と愛嬌のおかげで、グレンフォード商会は今や大繁盛だ!」
「もう、お父様ったら」
母娘で手を取り合い、きゃあきゃあと笑い合う。
妻は顔を輝かせながら囁いた。
「陛下にお褒めいただけたら……正式に男爵位をいただけるかもしれませんわ!」
「はっはっは、あり得ぬ話でもなかろう!」
「じゃあそのお祝いにアクセサリーを買ってくださいね」
商会主グレンフォードは渡された外套を翻し、3人に見送られ、上機嫌で王宮へと向かった。
◇
「お前の商会の織物、見事だと耳にしてな」
王の声音は穏やかで、にこやかだった。
「はっ、陛下のお目に留まり光栄にございます!」
「王女も気に入ってな。あの布でドレスを仕立てた」
「な、なんと!」
グレンフォードは顔を輝かせた。
「お前の娘が、その布で仕立てたドレスを着て、社交界の夜会に出るそうだな」
「は、はい!リネッタは器量が良く、愛想もよくて――我が商会の顔でございます!」
王は穏やかに笑う。
「ほう、さぞ自慢の娘なのだな。……奥方も美しいのだろう?」
「はい!ええ、まあ、後妻でしてな。気は強いですが、美しい人で――はっはっは!」
「美しい後妻、か。」
王は書状をめくりながら、軽く顎を撫でる。
「では……ほかに子はいないのか?」
「えっ、ああ、その……娘がひとり、先妻の子がおりまして」
「おお、そうか。その娘も優秀か?」
「いえいえ!リネッタと違って愛想がなく、商いも不得手でして」
「ふむ」
「家にもほとんどおらず……扱いにくい性分でして……」
「……ほう、お前さんも苦労しとるのだな(´・ω・`)」
「え、ええ……そうなんです」
王は扇を軽く動かしながら、にこやかに言った。
「だが、一人優秀な娘がおるのだ。問題ないだろう?」
「ええ、そうですとも」
胸を張る商会主に、王は穏やかに笑った。
「そうか、そうか。ははは」
「はい!ははは」
「ははは――ならば、その娘はいらんな」
「……え?」
「ん?(^^)」
……
「ちょうどヴァレンツァ公爵家が養女を探しておる。
功を立てた家の娘を推薦したいと思っておってな。
お前の娘を遣わせよう」
「い、いえ、その、娘は問題児でして……!」
「環境を変えればよかろう」
王はさらににこやかに笑った。
「功ある家の娘が栄転する――これほど名誉なこともあるまい」
にこにこ。
「……」
「そうだよな?」
「は、はい……」
「では以上だ」
「え?」(爵位は? 王家御用達は……?)
「ん?(^^)」
間が、空く。
「……失礼いたします……」
肩を落としたまま、糸の切れた操り人形のように崩れ、
グレンフォードは足元も覚束なく謁見の間を去っていった。
◇
執務机に戻った王は、書状の山を横に寄せ、
背後の扉へ視線を向けた。
「これでよかったか?」
王は椅子の背にもたれ、誰にともなくつぶやいた。
ゆるやかに現れたのは、薄紫のドレス――グレンフォードの織物に身を包んだ王女だった。
王の一人娘、ルチア王女。
彼女は恭しく膝を折り、静かに微笑んだ。
「ありがとうございます、陛下。
これで――あの家族から、あの子を引き離せました」
王は短く頷く。
「まさか、娘に事業を任せっきりだったとはな……しかも実の娘をけなしていたとは、呆れたものだ」
ルチアは淡々と答えた。
「後妻が、自分の娘を溺愛しておりました。
カミラ様を嫌い、父親は妻の機嫌を取るために義理の娘を可愛がり、
実の娘であるカミラ様を粗末に扱うようになったそうです」
王は眉を顰める。
「そもそも――なぜ娘が事業を担っていたのだ?」
少し間を置き、静かに続けた。
「本来、商会を担っていたのは先妻――彼女の母君だったそうです。
父上は婿養子として迎えられ、経営の手腕はすべて母君のもの。
幼い頃のカミラ様は、その姿を見て育ったのです」
ため息をつき、
「母君の死後、事業が傾きかけた時に、
工房へ足を運び、職人たちと共に働いて立て直したのも彼女。
けれど、誰もその努力を褒めず、
“できて当たり前”になっていたと聞きました」
王の眉がわずかに動いた。
「あいつは家にいない問題児と言っていたな」
ルチアはため息をついた。
「学園で、昼休みのたびに書類と格闘しておられました。
誰も見ていないと思っていたのでしょうけれど……。
わたくし、見てしまったんです。
そんな努力を、“報われぬまま終わらせる”のは嫌でした」
「ふむ」
王は微笑を浮かべる。
「息子にも見習わせたいものだな。
あやつは優しいが、少々優柔不断だからのう」
「ええ。あの子のような方が傍にいれば、
きっと王太子殿下をしっかり支えてくださるでしょう」
「……それは、お前の願いか?」
「はい。
“彼女のような女性が王家に必要”――そう思いました」
王はしばし目を閉じ、満足げにうなずいた。
「ところで、そのカミラは――実家をどうするつもりだ?」
「職人たちに恩義があるから、なんとか引き離したいと。
“家族に任せるわけにはいかない”と仰っていました」
「ほう……一体どう出るのかのう。
……しかし、お前が学園生活で、王太子の嫁候補を探し出していたとはな」
ルチアはふふんと笑いながら、
「たまたまです。彼女が義理の妹なら素敵だと思ったので。わたくし達、とても気が合うのですよ」と言った。
王は笑い、書状を閉じる。
「……さて、あとは公爵家に任せるとしよう」
◆
ヴァレンツァ公爵家の迎えは、翌日にはもう到着していた。
「準備のよいことで……」
義母が引きつった声を漏らす。
公爵夫妻はすでに書状のやり取りを済ませ、
王命が下った瞬間から迎えの馬車を整えていたのだ。
まるで、最初からこの日を待っていたかのように。
「カミラ嬢、どうかお支度を」
恭しく頭を下げる公爵家の執事。
屋敷の空気が凍る。
「お、お姉様……本当に、行くの?私たちを見捨てるのですか!?」
リネッタが青ざめた顔で問う。
「仕方がないだろう!……王命だ」
父の声は震えていた。
カミラは小さく会釈した。
「お世話になりました。
職人たちには後ほど私からご挨拶をいたします。
……彼らの技は、決して絶やしませんから」
言葉を残し、彼女は背筋を伸ばして馬車へと乗り込んだ。
その背中を見送る家族の目に、焦りとも後悔ともつかぬ色が浮かんでいた。
◇
「……あれから、どうなりましたか?」
ルチア王女の問いに、王は書状をめくりながら答えた。
「案の定、崩れた。
娘を失ったグレンフォード商会は、取引の書類を一つとしてまとめられん。
支払いも滞り、仕入れも止まり、信用はじわじわと落ちていった。
――その隙を公爵家が突いたのだ。
この国の商会は持分札で所有を分け合う。公爵家はそれを静かに買い集めた。
価格が下がりきったところで一気に買い占め、
支払いが完了した瞬間に、グレンフォード家の商業権はすべて公爵家に移った」
ルチアはほっとしたように笑った。
「職人たちが路頭に迷わずに済んだのですね」
「そうだ。
公爵家が資金を拠出し、彼女に再建の指揮を任せた。
カミラ嬢は即座に工房の再建に取りかかり、
自身の改良案をもとに新型の織機を導入した。
わずか数日のうちに試作布を織り上げ、公爵夫人自らが視察に訪れたそうだ。
結果は――採用、即日決定だった」
ルチアは目を細めた。
「……さすがですわね」
王はゆるく笑った。
「そして、面白い報せがもうひとつある」
「?」
「数日後、王太子が婚約を申し出た」
ルチアの瞳が見開かれる。
「まあ……!本当に?」
「うむ。公爵家を継ぐ養女として、身分も申し分ない。
あやつ、ようやく決心がついたようだ」
「ふふ……やっぱり。そもそもカミラは殿下の好みだと思ってました」
「そうなのか?」
「シスコンですから(^^)」
「……そうか(´・ω・`)」
――グレンフォード家の名は、静かに帳簿から消えた。
代わりに、公爵家の新工房〈カミラ織工舎〉が、
王都の新しい風として記録された。




