第二節 『さようなら、ワタシの……』
天落山に到着した時、砦はすでに陥落していた。
竜王国軍の旗が高々と掲げられ、白虎軍の将兵たちの首が城門の前に晒されている。
剣虎族、赤兎族、天狼族、風鷹族──。
他にも多くの獣人の同胞たちが、冷たい雨に打たれながら、無惨に鎮座していた。
「──天落山の部隊は壊滅。生き残っている者もいるでしょうが、虜囚となっている可能性が高いかと」
無赫からの上申に、ワタシは耳を傾けつつ、思考を巡らせた。
生存者がいるのなら救出したい。
けれど、今この場にはワタシと無“護軍”の二人だけ。
他の部隊は俊弼が急いで招集している。
きっと今頃、天落山へ向けて全力で駆けつけていることだろう。
でも、それを待っていては、生存者たちの命が危ういかもしれない。
「ワタシたちだけで助け出せると思う?」
「無謀かと」
無赫は即答した。
「相手はボルバロッサ竜王国、世界列強の一角です。同じ列強の九龍ならそれも可能でしょうが、我が国最強の軍“白虎軍”がここまで蹂躙されたのです。彼我の戦力差は、火を見るよりも明らかでしょう」
「まあ、そうだよね……」
無赫の意見は正しい。
冷静に戦力分析をした結果の判断だ。
個人の感情を抜きにすれば、ワタシも彼の意見に大賛成だ。
だけど、自分の部下たちを、国の同胞たちを、ああいう形で辱められるのだけは、理性で理解していても、感情がそれを許さなかった。
「ですから──」
無赫が再び言葉を紡ごうとした瞬間、真横から刺さるような、ドス黒い殺意が襲い掛かった。
「──っ!?」
ワタシは即座に身をよじる。
その直後、ワタシの首があった場所を銀閃が過ぎ去った。
そこには、直刀を抜き放つ無赫だけがいた。
「ちょ、ちょっと! 何の真似よ!」
「ここで死んでいただきます、白“将軍”──いや、白虎蘭!」
「ふざけないで! 何を馬鹿なことを言ってるのよ、無赫!」
冗談だと思いたかった。
だが、怒りよりも先に、驚きと戸惑いが胸を満たした。
気づけば、無意識に彼を役職呼びではなく、名前で呼んでいた。
「馬鹿なこと? オレはいつだって本気だ」
刀の切先が向けられる。
決意に満ちた鋭い眼差しが、ワタシの心に突き刺さる。
「どうして……。なんで、こんなこと……っ!」
ワタシも剣を抜く。
白虎剣──“白焔双牙”。剣虎族に代々伝わる聖なる剣を。
だけど、殺す覚悟が出来なかった。
ずっと一緒にいたから。小さい時から、ずっと……。
これからもずっと一緒にいると思ってたから。こんな形になるなんて思ってなかったから。ワタシは……。
「それを君に話して何になる。オレが国を裏切った理由を知ったところで、君には何もできない。君にできることは何もない」
無赫の表情は、相変わらず石のように固い。
だけど、その瞳の奥に一瞬だけ……。
ほんの一瞬だけ、何かが揺らいだような気がした。
「──何を躊躇しておる、無赫。早く、その女を殺せ」
突如、野太い男の声が割り込んできた。
無赫が声のした方──砦に視線を移したので、ワタシも砦の方へ首ごと向ける。
するとそこには、敵軍の将兵たちがニタニタと下卑た笑みを浮かべて佇んでいた。
「女の首を取れ! それでこそ、我が国への忠誠となるのだ! さあ、我々の目の前で貴様の忠誠を示せ!」
ケタケタ、ゲラゲラと嗤う者たちに、ワタシの怒りは最高潮に達する。
「バッカじゃないのっ!? 無赫、あなた、こんな奴らのために国を裏切ったの!?」
無赫は答えない。
これ以上、交わす言葉はないとでも言いたげに、二本目の直刀を静かに引き抜いた。
「そう……。それが、あなたの答えなのね……」
何を考えているのか、それは分からない。
けれど、もう引き返せないところまで来てしまったのだろう。
無赫にとってこの決断は、ワタシよりも重要なんだと確信してしまった。
もう、ワタシの言葉は彼には届かない。
それならもういい。ワタシも覚悟を決めるべきだ。
「だったらせめて、ワタシがあなたに引導を渡してあげるわ!」
同族として。幼馴染として。親友として。
そして──、
「──やれるものなら、やってみろ!」
さようなら。ワタシの……。
──初恋。
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