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方舟戦記:竹林の姫将軍  作者: ゆきやこんこ
第一章 竹林江華事件
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第二節 『さようなら、ワタシの……』




 天落山(チョンラクサン)に到着した時、砦はすでに陥落していた。

 竜王国軍の旗が高々と掲げられ、白虎(ペクホ)軍の将兵たちの首が城門の前に(さら)されている。


 剣虎(けんこ)族、赤兎(せきと)族、天狼(てんろう)族、風鷹(ふうよう)族──。

 他にも多くの獣人の同胞たちが、冷たい雨に打たれながら、無惨に鎮座していた。


「──天落山(チョンラクサン)の部隊は壊滅。生き残っている者もいるでしょうが、虜囚(りょしゅう)となっている可能性が高いかと」


 無赫(ムヒョク)からの上申(じょうしん)に、ワタシは耳を傾けつつ、思考を巡らせた。


 生存者がいるのなら救出したい。

 けれど、今この場にはワタシと()“護軍”(ホグン)の二人だけ。


 他の部隊は俊弼(ジュンピル)が急いで招集している。

 きっと今頃、天落山(チョンラクサン)へ向けて全力で駆けつけていることだろう。


 でも、それを待っていては、生存者たちの命が危ういかもしれない。


「ワタシたちだけで助け出せると思う?」


「無謀かと」


 無赫(ムヒョク)は即答した。


「相手はボルバロッサ竜王国、世界列強の一角です。同じ列強の九龍(ジゥロン)ならそれも可能でしょうが、我が国最強の軍“白虎(ペクホ)軍”がここまで蹂躙(じゅうりん)されたのです。彼我(ひが)の戦力差は、火を見るよりも明らかでしょう」


「まあ、そうだよね……」


 無赫(ムヒョク)の意見は正しい。

 冷静に戦力分析をした結果の判断だ。


 個人の感情を抜きにすれば、ワタシも彼の意見に大賛成だ。

 だけど、自分の部下たちを、国の同胞たちを、ああいう形で辱められるのだけは、理性で理解していても、感情がそれを許さなかった。


「ですから──」


 無赫(ムヒョク)が再び言葉を紡ごうとした瞬間、真横から刺さるような、ドス黒い殺意が襲い掛かった。


「──っ!?」


 ワタシは即座に身をよじる。

 その直後、ワタシの首があった場所を銀閃が過ぎ去った。


 そこには、直刀を抜き放つ無赫(ムヒョク)だけがいた。


「ちょ、ちょっと! 何の真似よ!」


「ここで死んでいただきます、(ペク)“将軍”(チャングン)──いや、(ペク)虎蘭(ホラン)!」


「ふざけないで! 何を馬鹿なことを言ってるのよ、無赫(ムヒョク)!」


 冗談だと思いたかった。

 だが、怒りよりも先に、驚きと戸惑いが胸を満たした。

 気づけば、無意識に彼を役職呼びではなく、名前で呼んでいた。


「馬鹿なこと? オレはいつだって本気だ」


 刀の切先が向けられる。

 決意に満ちた鋭い眼差しが、ワタシの心に突き刺さる。


「どうして……。なんで、こんなこと……っ!」


 ワタシも剣を抜く。

 白虎剣(びゃっこけん)──“白焔双牙(ペギョム=サンア)”。剣虎族に代々伝わる聖なる(つるぎ)を。


 だけど、殺す覚悟が出来なかった。


 ずっと一緒にいたから。小さい時から、ずっと……。


 これからもずっと一緒にいると思ってたから。こんな形になるなんて思ってなかったから。ワタシは……。


「それを君に話して何になる。オレが国を裏切った理由を知ったところで、君には何もできない。君にできることは何もない」


 無赫(ムヒョク)の表情は、相変わらず石のように固い。


 だけど、その瞳の奥に一瞬だけ……。

 ほんの一瞬だけ、何かが揺らいだような気がした。


「──何を躊躇しておる、無赫(ムヒョク)。早く、その女を殺せ」


 突如、野太い男の声が割り込んできた。

 無赫(ムヒョク)が声のした方──砦に視線を移したので、ワタシも砦の方へ首ごと向ける。


 するとそこには、敵軍の将兵たちがニタニタと下卑た笑みを浮かべて佇んでいた。


「女の首を取れ! それでこそ、我が国への忠誠となるのだ! さあ、我々の目の前で貴様の忠誠を示せ!」


 ケタケタ、ゲラゲラと嗤う者たちに、ワタシの怒りは最高潮に達する。


「バッカじゃないのっ!? 無赫(ムヒョク)、あなた、こんな奴らのために国を裏切ったの!?」


 無赫(ムヒョク)は答えない。

 これ以上、交わす言葉はないとでも言いたげに、二本目の直刀を静かに引き抜いた。


「そう……。それが、あなたの答えなのね……」


 何を考えているのか、それは分からない。


 けれど、もう引き返せないところまで来てしまったのだろう。

 無赫(ムヒョク)にとってこの決断は、ワタシよりも重要なんだと確信してしまった。


 もう、ワタシの言葉は彼には届かない。

 それならもういい。ワタシも覚悟を決めるべきだ。


「だったらせめて、ワタシがあなたに引導を渡してあげるわ!」


 同族として。幼馴染として。親友として。

 そして──、



「──やれるものなら、やってみろ!」


 さようなら。ワタシの……。














 ──初恋(はじめて)



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