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聖騎士団員、帰郷するなり魔物に呑まれる  作者: 書庫裏真朱麻呂


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8/8

Epilogue 聖騎士団員、本部に帰還する

 休暇が明け、モリーは大量に焼いたショートブレッドを抱えて聖騎士団本部に戻ってきた。

 まずは事務部の職員たちや、引退しても何かと理由を付けてやって来る引退団員たちに今回の件に関する感謝を伝え、事務部のフロアとサロンに一つずつ、ずっしりとショートブレッドを詰めた大瓶を置いていった。そうしておけば、皆それぞれの好きなタイミングで好きなだけ食べられるだろうから と。

 ショートブレッドの大瓶を出すと事務部のフロアでもサロンでも歓声が上がり、事務部長のキム・バーバラ・マカリスターや引退団員のノア・ジョンソンに至っては「このショートブレッドがまた食べられて嬉しい」と感激してくれたので、また機会があれば焼いて差し入れよう、とモリーは思った。

 小分けのショートブレッドの包みを入れた紙袋を持って廊下を歩いていると、後輩のメグがモリーの姿を見て、あ、と小さく喜びの声を上げ、小走りに駆け寄ってきた。

「モリーさん。この度は大変でしたね。ご無事で良かったです」

 肩までの黒髪と黒い瞳が神秘的で、それでいて小柄なメグは、いつも賢くて礼儀正しく、しかも見る者の庇護欲をそそるほど愛らしい。しかし今回、護られたのはモリーの方だった。

 モリーはメグにショートブレッドの包みを一つ差し出した。

「メグ。これは、休暇前に護り指輪に加護の魔法を込めてくれたお礼よ。ありがとう、おかげで生きて戻れたわ」

「いいえ、モリーさんが無事にお戻りになれたのは、毎日朝晩欠かさずに破魔の力を高める修練をしていらっしゃるからですよ。でも、お役に立てたのなら嬉しいです」


 モリーとメグが話をしていると、聖騎士団長ハワード・キャンベル卿が近付いて来た。

「二級守護者、ヴィーナス・モリー・ターナー。この度は災難だったな」

 モリーはハワード卿にもショートブレッドを差し出した。

「ハワード卿、この度はご助力くださり、ありがとうございました。また、使い魔を使って従妹たちに手紙を届けて頂いたことにも深く感謝しております」

「君が無事に戻って来て、笑顔を見せてくれればそれでいい。今後もよろしく頼む」

 栗色の髪に翡翠の瞳を持つ整った顔立ちのハワード卿が、そう言っていつものように寂しげに笑うのを、モリーは密かに勿体ないと思った。彼女には、どうしていつもハワード卿が寂しそうなのかが分からないのだ。彼ほど目配り気配りの出来る男もいないと思うのだが。


「おぉ、無事だったな、ヴィーナス!」

 急に背後から強い力で締め上げられて、モリーは息が詰まるかと思った。同時に、悪夢の中で左右から呪術人形に締め付けられた時もここまで苦しくはなかったな、とも。

「あの性悪女のせいで酷い目に遭ったな、ヴィーナス。大方妬まれたんだろうよ、リディアに似て、あの性悪女よりも美しく生まれちまったばっかりに」

「……苦しいです、フォスター第三隊長」

「……何とも他人行儀な挨拶だけど、此処は職場だから仕方ないよな」

 不満げにモリーを解放したヒルダ伯母にも、モリーはショートブレッドを差し出した。

「ところでヴィーナス、隣国南西部で人間が失踪する事件が続いていてな、大規模な掃討作戦になりそうなんで、ハワードにお前や他の守護者たちの手を借りたいと打診しに来たんだが」

「大規模掃討作戦!」

 モリーの目が輝いた。

「参加しても良いんですか、先月は、『ぼちぼち仕事を減らして、引退前に結婚相手を見つけておけ』とか何とか仰っていたのに」

 守護者の引退時期が前衛の騎士よりもずっと早いのは、破魔と浄化の力を継ぐ子孫をなるべく多く残すためでもある。騎士にはそれらの能力は必須ではないが、彼らの戦いを支える守護者には、破魔と浄化の能力がなければならないのだから。

 ヒルダ伯母がモリーに結婚を急かしたのも、単に姪であるモリーの将来を心配しただけではなく、聖騎士団のそういう事情もあったからなのだが。

 しかし、ヒルダ伯母はからからと笑って言い放った。

「なぁに、お前の結婚相手が見つからない時はハワードが責任を取ってくれそうだからな。良い婿候補を探してくるか、それとも自分が立候補するかは知らんが」

 それを聞いたメグの瞳がキラキラと輝いた。

「ハワード卿、勿論、立候補なさるんですよね?」

「……今はそれよりも、隣国の大量失踪事件を解決する方が先だ」

 ハワード卿は耳まで赤くしながら、ぶっきらぼうにそう答えた。モリーは生真面目な聖騎士団長ならそう反応するだろうと予想していたので、大して気にはしなかった。

 何故かメグががっかりしたように見えたが、モリーの気持ちは既に大規模掃討作戦の方に向いていた。大量の強敵と戦う、そう思っただけで心が沸き立つ気がするのは、全くフォスター家の血に違いなかった。

 素晴らしい仲間がいて、やりがいのある仕事がある。

 まだまだ当分は引退したくないな、とモリーは強く思った。


 ご挨拶のお菓子が手作りなのは、コンビニエンスストアやスーパーマーケットがそれほどない時代の、しかも北米っぽい世界だから、ということで。 

 この後、聖騎士団本部各所で、モリーの手作りショートブレッドの争奪戦が行われます。

〈追記〉

 隣国東部と誤記しておりましたので、隣国南西部と訂正いたしました。(2025年10月2日)

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― 新着の感想 ―
魔物怖いよー!と読み始めたのが、人間怖いよー!となって、恋愛フラグ付きのほのぼので終わった……。ジェットコースターみたいでした。
穏やかな終わり方に、じんわりと温かな読後感でした。 作中の雰囲気に懐かしさを感じながら、ヨーロッパの雰囲気が漂うのはいいなぁと思っていました。 私はウォルカーのショートブレッド フィンガーが好きなので…
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