第1話 転生したけどまた孤児だった。
「ジャックが目を覚ました!」
「ほんとか!?」
「ああ、神様! よかった!」
うっすらと目を開けると、木枠のベッドにちょっと薄いベッドマット。どこかの洋画で見たような、西洋風の――そしてどこか古い質素な部屋の造りが目に飛び込んできた。
「爺さんは亡くなったが、よく無事だった、ジャック」
「お爺ちゃんが守ってくれたのよ……」
「お爺さん……ううっ……」
おばあさんと、5人の若者達が僕が横たわってるベッドを取り囲んで、泣き伏している。
見覚えのない日本人じゃない人物に囲まれて、言葉がわかるとか……。
「ここは……どこ……ぼくは……だれ?」
僕がそう言うと、僕の顔を覗き込んでいたお兄さんお姉さんとおばあちゃんがわあああと、更なる号泣をあげた。
前世の記憶はあまりいいものではない。
毒親に放置され、児童福祉相談所に保護されて育って、世間でいうところのブラック企業になんとか就職して、そこで記憶が途切れている。
過労死か事故か――よくわからないけど、これはいわゆるネット系で一時流行った異世界転生をしたというやつかな?
転生しても僕は孤児に生まれたようだ。
つくづく、親に縁がないのだろう。
いいんだけどさ……。いいんだけど……。
「いやあ~しっかし、うちの敷地にダンジョン発生するとかな~」
「まじそれな、ウィル兄さんが潜ってくれたけど、今のところ、5層ぐらいの小さめのダンジョンで助かったわ~」
一番最初ダンジョンができて――お爺ちゃんと僕が落ちた時に、メルクーア大迷宮都市にいたウィル兄さんがやってきた。
お隣のマシューさんの魔導ボードからメルクーア大迷宮都市にある冒険者ギルドに連絡を入れると、普段なら一日待つかと思われたウィル兄さんは3時間も経たずに、牧場にやってきて、僕とお爺ちゃんを救い上げてくれた。
ウィル兄さんが助けてくれた時、お爺ちゃんにはまだ息があったらしい。
僕は意識不明のようだったけど。
「しかしお爺ちゃん……ジャックをかばって……」
「爺さんらしいって。俺達も爺さんに育ててもらったし」
「ジャック、記憶喪失なんて、大したことないぞ」
若いお兄さん達が代わる代わる僕の頭を撫でる。
さっきまで墓地で葬儀をあげて、みんなで牧場に戻ったところだ。
亡くなったのはお爺さん。
死因は、突如うちの敷地に発生したダンジョンに、僕が落ちそうになって、お爺さんが助けようとして僕と一緒に出来立てのダンジョンに落ちてしまい……引き上げられた時は息があったけど、やっぱり年齢的なこともあってお爺さんは亡くなってしまったのだ。
ついでに僕も頭を打って意識不明だったらしい……周囲の会話から状況をそう把握した。
着ている服はさまざま。
黒い腕章をしているのが、葬儀参列者の証。喪章はあるが喪服はないのか。この土地の風土的に、これが喪服代わりなんだろう。異世界だからね。
「それにしても、ジャックの記憶喪失はどうしたものかしら」
「ジャック痛いところはもうないの?」
お姉さん二人も代わる代わる僕に話しかける。
お婆さんが僕の隣で僕の背をとんとんと軽く叩いてくれる。
「ジャック。たくさん食べな大きくなれんよ」
ジャックと呼ばれたのは――現代日本から転生した僕だ。年は五歳。
テーブルの上の豪勢なお食事。
いやテーブルの上に食事があって食べろと言ってくれる大人がいるというだけで、
なんか涙がでそう。
前世のこの年だったら、犬猫の方がまだ親に可愛がられた記憶だぞ。
お婆さん優しいな……。
――ここは迷宮大陸と言われるサザランディア大陸――
ダンジョンが生まれいづる国――。
僕のいるところは、このサザランディア大陸のメルクーア大迷宮都市と港町サンクレルの間にあるヴァイデドルフの中にある小さな牧場だ。
この地域はサザランディア大陸でも一、二、を争うメルクーア大迷宮のお膝元。
ダンジョンを攻略する冒険者の人口も多いけど、都市を支えるいろんな職業がある。
ヴァイデドルフはそんな二つの都市の食を支える酪農エリア。
そこで小さな牧場を営んでいた老夫婦。
この夫婦は――かなりの人格者だった。
個人で孤児になった子を育てている。
冒険者を両親に持つと、迷宮攻略で両親が亡くなったりする。
こういう世界なら宗教が幅を利かせて、教会あたりが孤児院を建ててそこに預けられそうなものなんだけど、このサザランディア大陸――サンクレル港街とメルクーア大迷宮都市は人種の坩堝といわれるぐらいに、大陸内外から人がやってきていて、そういう風土のせいか、個人が信心するのはいいけど、積極的な宗教の勧誘は禁止されているみたい。(争いの元だからって、デイジーお姉さんは言ってた)だから他所からやってきて教会建てるのはいいけど、布教するのは難しい場所なんだって。
それでも、まあ、どこかの宗教は教会建てて孤児院経営してるらしいけど、それは少数派。
だいたいは冒険者ギルドが孤児院を運営してる。
本当にこの老夫婦は善性の塊っていうか、時には優しく時には厳しく、子供達が自立するまで見守ってくれて、こうしてお爺さんが亡くなって、世話になった元孤児――いまじゃいっぱしの冒険者だったり、職人だったりするお兄さんお姉さんがこんなにわちゃわちゃ集まってる現状なんだけど。
本当にどれだけ徳を積んでいたのやらと思うわけです。
「しかし婆さんだけになって、いろいろ不便だろう」
「そうだよなあ……」
「俺、戻ろうかな……ここに」
お兄さんの一人がそう言う。
「牧場を継ごうかって、以前言ったら、『バカ言ってんじゃねえ、自分の食い扶持はもう自分で稼げるだろ!』って爺さんに追い出されたけど……爺さんも年だったからさ、俺的には心配してたんだよな」
「それはそう、だから俺等もどっちからでも駆けつけられるように、ここを出たらメルクーア大迷宮都市かサンクレルかで、職についたんだけどな」
「なあ、婆さん、俺、戻っていいかな?」
「……自分の仕事はどうすんだい」
「牧場やるよ」
「そうは言うけど、ちょっと前に、モンスターの襲撃もあって、うちは経営規模を小さくしちまったんだよ?」
「まあ、兼業でなんとかなるさ。ジャックも食わせてやんなきゃだし」
「冒険者稼業やりつつなら俺も戻るわ」
「そうね、あたしも戻る」
お兄さんお姉さん達が精進落としっぽい食事会でそんな会話を始めていた。
え……みんな戻ってくるの?
お家、そんなに広くないのに?
「しょうがねえなあ、みんなが戻るなら、俺っちが増築すっかー」
「でた、サンクレルのハンザ工務店!」
「えへへ。だからよう。仕事の腕を上げるの為にもよう、練習がてら頑張るから!」
「大丈夫かあ?」
「いやー、サンクレルのハンザ工務店入れるんだからいけんじゃね?」
「婆さんもジャックも、俺達がいるから! な!?」
お婆さんはちょっと悲しそうな顔から笑顔を見せていた。
お婆さんは子供に恵まれなかったけど――お婆さんに育てられた子供達はこうして何かがあれば戻ってくる。
この小さな牧場を営む家に。




