7話 現実
ハインドゴーン領主 アルマー邸
屋敷内は格式のある場所とは思えぬほど混乱した状況であった。領主であるハルバード・アルマーは周囲の騎士団員たちに情報を求め続けていた。
「おい!状況はどうなっている!南西区画が壊滅しているというのは本当なのか!おい、お前!状況を伝えろ!」と走り回る騎士を捕まえる。
甲冑やその雰囲気から、上級階級の騎士であることが察せられた男は、アルマーに声をかけられて彼の方へ向き直り口を開く。「アルマー様、申し訳ありません。騎士団内の者も全貌を把握できておりません。ただ一つ、間違いないのは襲撃は始まっているという事だけです」
アルマーは激高し、机をたたく。「そんな事は私も知っている!進展はないのかと聞いているのだ!」
「はい。依然として進展はありません。騎士団は小隊を作り、斥候を放ちましたがただ一つも戻っていません。南西区画は赤黒い霧と炎が見えるのみです。この状況から察するに、件の星の民の侵攻である可能性が高いと思われます」
アルマーはその言葉を聞き、唸る。「そうであろうなッ!だが、私の前で推測を話すなッ!次そのような発言をしたら、貴様から南西区画に送ってやるからなッ」と騎士を睨む。
「失礼いたしました。正しい情報が入り次第、直ちにお耳に入るよういたします」と全く動じない様子で答える。
アルマーはその様子を睨み、「そうしろッ!行けッ!」と命じる。
騎士は一礼し、「失礼いたします」と退室する。
その様子を部屋の隅で見ていた二人がその様子を面白そうに見守っていた。
騎士が退室したのを見た後、「おい、スレイヴ共ッ!シャルロットはどうしたッ!何故来ないッ!」と二人を睨む。
「申し訳ございません、マスター。二人は中央街の巡回に出ております。緊急招集をなさいますか?」と丁寧な口調で尋ねる。
アルマーは不機嫌そうに鼻を鳴らし、「二人なんぞ言っておらんわ!私はシャルロットは何処だと聞いただけだ。クソッ!こんな時に何をしておるのだッ!こんな事であれば、あんな許可などしなければ…」とブツブツと呟いている。
直後、2人は何かを察したようにアルマーの側に展開する。アルマーがその動きに驚く間もなく、目の前の扉が切り刻まれて砕ける。そこには、フードを被って赤黒いハルバードを握った人物が立っていた。
「お、おいッ!このアルマーの屋敷に何をしているのだッ!」とアルマーが吠える。
フードの人物は不敵に笑い、「あらあら、その名前は聞いたことがあるわ。アルマー家。ハインドゴーンの領主様ね。お目にかかれて光栄だわ、無能なお方?」と呟く。
アルマーは目を血走らせ、「お前、今何と言ったッ!もう一度言ってみろッ!」と吠える。
「もう一度聞きたいなんて、そういうのが好みなの?なら、聞こえるように言ってあげるわ」といった途端、姿が消える。
直後、大きな金属音と衝撃が轟き、アルマーが吹き飛ぶ。「あら、凄いわね。ここまで適応している人間…いいえ、混ざり者は珍しいわ」と笑いながら飛び退く。
地面に転がったアルマーは驚きながらも頭を上げ、「な、何が起こった…?」と呟く。近くで守りの姿勢をとっていた女性が振り返らずに「襲撃です、マスター。ここはリックに任せて移動します。掴まってください」とアルマーを抱える。即座に背後に飛び退き、ガラスを割って外に飛び出す。アルマーの悲鳴が遠ざかり、彼らが離れていく。
「あら、残念。逃げられちゃったわ。でもいいわ。貴方が噂に聞くスレイヴ家の人間なのね。会いたかったわ」
「おや、私達を知っているのか。光栄だな」
「貴方達の事はもちろん知っているわ。星の民と人類の混ざり者。人類でも星の民でもない居場所のない存在。それが貴方達だものね」
その言葉にリックは口を噤む。
「あら、知らなかったの?なら教えてあげる。私は始まりの頃からこの目で見ていたから。星降りの夜の後、人類は二人のスターロード達の戦いを見た。彼らはポラリス様の指導の下に栄光の道を歩き、ライエ様と十二名座は膝を折った。そして、星の民は封印という形でその存在を歴史から消した。でも、それは真実じゃない。十二名座に派兵された多くの星の民は天に還ったけれど全滅したわけではなく、その全てが封印されたわけでもなかった。星の民は十二名座の為に戦う事を強制されていたけれど、完ぺきではなかった。つまり、あの戦争に加わらなかったり途中で逃げることができた者達がいた。星の民は一見するだけでは人類と遜色はない。故に、戦争を終えた後の社会に溶け込んだ。思惑をそれぞれに抱いてね。今回の戦闘に加わった星の民の中にも、あの日を生き残って来る反逆の日を待った者達もいる。でも、ほとんどは違う。人として過ごし、情を持ち、人と共に歩むことを決めた者達が居た。彼らは人類との間に子を持ち、その特性を人類に溶け込ませてしまった。この地の人々は、星降りの世にポラリス様が与えた星の力を僅かに継承し続けている。しかし、その力は未だに脆弱であり、我々と対等に渡り合えるようになるには多くの時間が必要だった。だが、純粋な星の力を持つ星の民はその恩寵を得た人類との間に子を残せてしまった。星の民と人類の間に生まれた子は、星の力を十分に与えられた事で本来遥か先に起こるはずだった進化の階段を登った。
初代アルマーはセブンスを冠した英雄の一人だ。彼はその可能性に気が付いた。人類でありながら星の恩寵を得た自身の境遇を思い返し、星の民と人類の子という存在が自身と同じように力を得るのではないかと。彼は、その仮説を証明する為に旅に出た。そして、彼は旅の中でその存在を見つけ、彼らを匿った。彼は見つけた家族を匿う代わりに一つの願いを託した。君らと同じような存在を集め、育てて欲しいと。人類と歩むことを決めていた老年の星の民はそれに同意し、今のスレイヴ達の起源を作った。その起源の通り、彼らが見つけ、育て上げた者達の名はスレイヴなどという名ではなかった。彼らは君達の事を、この地を静かに見守る衛星の名を使って「アドラスタ」と呼んだ。
アドラスタは君達と同様にこの地を駆け、争いの絶えなかったアーカム東部を治める事に尽力した。けれど、起源を知る者が全てこの世を去った後、この起源と思いは捻じ曲げられてしまった。混ざり者を捕らえ、駒として使うという風にね。長い年月が経った今、純粋な星の民として生き長らえている者は少ない。星降りの夜長い年月によってゆっくりと馴染み、混ざり合ってきたポラリス様の恩寵を力という形で獲得するに至った者や、星の民の力を受け継いで生まれた子の子孫達。つまり、人と人から生まれた星の力の適正の高い人が、捻じ曲げられた伝統と愚か者しか残らないアルマーの子孫共によって捕らえられ、スレイヴという刻印を背負って駒として扱われるようになった」
「アルマーは完璧な人格者だった。彼の唯一の汚点はその子孫が揃いも揃って愚か者だった事。まあ、道を拓いた初代ではなく、揃えられた椅子に座るだけの二代目が有能であることなんて滅多にないんだけれどね。だから、初代様の意思を伝えるために、今の愚か者を殺そうと思うの。どう?貴方にもいい話じゃない?」
「確かに現当主は控えめに言っても賢い男ではない。だが、長きに渡り続いてきたスレイヴと起源たるアドラスタがしてきた行いは正しく、その道は薄汚れた暗き道ではなかった。それは、捻じ曲げられ、蔑れる立場となろうとも変わりはしなかった。その証拠に、荒れ果てていたアーカム東部はハインドゴーンの確固たる存在によって平穏を保ってきた」
「ふーん?面白くない答えね。確かに、貴方達アドラスタとハインドゴーン騎士団はこの地を長きに渡って平穏に導いている。けれど、民の眼差しは愚か者のアルマーに向けられる。悔しくないの?」
「民の眼差しが私達に注がれなくとも、その行いが正しくあるのならば十分だ」
「とっても高尚なのね。何だか残念。もっと怨念にまみれて刃を研いでくれていたなら、やりやすかったのに。」
リックは武器を構える。「時間稼ぎは十分かな?お嬢さん」
女はその様子を見て「あら、分かっていたのに応じたの?思ったより愚かなのね?」と笑う。
「ほう。君は、私が何もせずに話を聞いていたと思っていたのか?星の民は英雄達との戦いから何も学んでいないようだ。人類は君達が考えるほどに高尚ではない。何処までも卑怯で、貪欲で、意地汚い存在であることを」と言って笑う。
「虚勢を張ったところで意味はないわよ」
「虚勢ではないわ。これ、落とし物よ?」と二人の間を女性が割り込み、手に持った鉄の刃をフードの女の足元に突き立てる。直後、刃は赤く発光して火柱を立てる。
刃が発光するのと同時にリックは天井を刻み、女性と共に飛び去る。「ばっちりなタイミングだ、イリーゼ。さて、2人でも勝てるかね」
「どうかしらね。それより、お茶会は楽しかったかしら?」
「ハハハ。それはもう」と他愛ない話をしながら二人は屋根に着地する。
直後、光の軌跡が幾重にも煌めき、アルマーの執務室はバラバラと形を失う。
「これは凄いわねえ」「全く、星の民ってのはとんでもない」
そう呟いていると、目の前に人影が降り立つ。「調子に乗らないでください。苦しまずに壊してあげようかとも思いましたが、いらぬ情でしたね。ここからは、手荒に行きます」
人影が消え、赤黒い軌跡が一瞬煌めく。直後、リックとイリーゼは地表まで叩きつけられる。二人は自身の得物を握り、冷ややかに女を睨む。「あら、この速さを受け止めましたか。予想以上に楽しめそうです」と見下しながら呟く。
イリーゼとリックは顕現させた武器を構え、フードの女に向かって地面を蹴る。