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5話 もう一つの世界

 星見の崖。僕が付けた、最高の星見の場所。僕はここが好きだった。屋敷で会う人々は僕を見下し、敵意を向ける。僕には才能がなかった。

 僕達スレイヴ家は代々ハインドゴーン領主、アルマー家に仕える。血族的な家族という意味ではない。アーカム東部の民の中から星の力をより強く継承した者が選抜され、彼らの元に連れられた者達の総称を指す。辺境の無名の家系であっても、選ばれた者の家族は地位と富を約束される代わりに、スレイヴの名を冠する子は一切の素性を消し去さられて存在しない存在となる。これに対して、家族も子も拒否権はない。僕達はその境遇故に本当の家族を知らないことが多い。屋敷内ではVIPとして扱われるが、決して市民にそれを悟られてはいけない。

 戦場で顔を見た者はおらず、旋風のように戦場をかけて戦況を一変させる。そうして異分子を消し去り続け、アルマー家の地位を確立し続ける。僕達スレイヴは自身の命と自由を代償にアルマー家に恩恵を与え、人並み以上の生活を得る。そう、これは不公平な契約。僕は自分の事をほとんど覚えていない。現当主であるハルバード・アルマーは僕が物心つく前にハインドゴーンに連れてきていた。彼らの検査方法によると、僕には膨大な星の力が循環していたそうだ。だが、いつまで経ってもその力が開花する事はなかった。僕が無能だと言われ始めた頃、一人の少女が連れてこられた。僕よりも幼い彼女は、星の力を開花させ、自在に操ることが出来ていた。ハルバード卿はシャルロットに心酔し、僕の事を忘れた。

 その日から僕は存在しない存在となった。任務で屋敷にほとんど居ない二人のスレイヴと、訓練の合間を縫って隠れて会いに来るシャルロット以外、僕を対等に見る者はいなかった。僕達スレイヴ家は一人前になるまで屋敷からは出られない。だけど、僕は居なくても気づかれない。だから、僕は夜になるとこうやって星降りの丘に来る。本当に星でも落ちてきて、僕諸共消し去ってほしいとさえ考えながら…。


 そんなある日だった。いつものように山を登り、崖に着くと一本の岩の柱が突き刺さっていた。「こんなのあったかな…」柱にもたれかかるようにそれに触れる。その時だった。柱に緋い光が宿り、発光した。

 僕は驚いて腰を抜かしてしまう。お尻を摩りながらもう一度その柱を見上げると、柱は消えていた。代わりに、微かに発光した男の人が座っていた。僕は驚きと恐怖で身体が動かず、彼を見つめる事しか出来なかった。

 彼は僕に視線を合わせるように屈む。「俺が見えるのか。坊主。」僕は声も出さずに何度も頷き、後ずさりする。彼はその様子を笑い、「そうビビるなよ。俺は、アレス。人生を終えて、星になった男さ」と自慢げに話す。


 僕は彼の言葉に首を傾げる。「星になった?どういう事?」


 「言葉のままさ。坊主、こんなとこで何してんだ?」


 僕は戸惑いながら、「星を…見てるんだ。ほら、ここは綺麗でしょ」と彼の背後を指さす。


 彼は振り向き、「ほう…なかなか…」と嬉しそうに声を洩らす。僕の方へ振り返り、「いい場所知ってんだな。坊主」と笑う。「でも、こんなとこで一人で星見なんて寂しいじゃねえか。なあ、ちょっと話そうや」と彼は僕がいつも座っていた場所の横に腰掛け、地面を優しくたたく。


 僕はそれに応じ、彼の隣に座った。これが、彼との不思議な出会い。




 7日後。あれから、彼と僕は毎日この場所で語り合った。彼の話は、突拍子もないおとぎ話のようだった。彼は、スピトールという惑星の住人の一人で、その惑星で星の民っていう星に住む人間と戦った人々の英雄の一人だといっていた。彼の惑星は一部の地域を除いて人類が住めなくなってしまった荒廃した場所だった。人類は枯渇する資源を巡って日々争い、奪い合いを繰り返していた。そんなある日、星が降ったという。アレス達は神の恩寵だとそれを祝ったが、現実は違った。その日以降、星の民と名乗る特殊な力を持った人間とそれに従う化け物が戦場に介入するようになった。彼らの力は圧倒的で瞬く間に戦場を制圧し、最も大きかった都市を一夜にして無人の場所とした。アレス達は争い合っていた周辺の勢力と手を結び、革命軍を作り上げて恐るべき敵対者と戦ったのだという。


 「でも、そんな強い人達ならアレス達がいくら頑張っても相手にならないんじゃないの?」僕は疑問を口のままに尋ねた。


 アレスは笑い、「そうだな。手も足も出なかったな。その辺を巡回する星の民一人に対して、俺達が十人くらいいてやっと勝てるくらいだった。俺達の戦い方は人類に対してのもんだ。それをどれだけ使ったって奴らにはききやしねえ。必死に考えた作戦も、その辺の星の民にすらまともに通用しなかった。けどな、敵わないからって急に来たよそ者に故郷をめちゃくちゃにされちゃたまんねえ。坊主だって、急に知らない奴が隣人とかを殺してさ、お前らもこうされたくなきゃ家から出ていけって無理やり出されそうになったら抵抗するだろ?だって俺達の家なんだからさ」と語り掛ける。


 僕は頷いた。


 アレスは勝てない戦を何年も続け、後退を続けた。多くの都市が壊滅し、人類は急速に力を失い続けていた。そんなある日、ポラリスという少女に出会ったのだという。彼女はアレス達革命軍に加わり、彼らと戦線を共に駆けた。そして、アレス含む信頼できる人々を選別して呼び出し、星の民が持つ特殊な力を与えると告げた。彼らはそれを受け入れ、大きな力を得た。革命軍はアレス達を中心として大きな戦果を挙げ、初めて前進を経験する事となった。人々は彼らを英雄と称え、アレス達は陰ながらポラリスに感謝を伝えた。彼女はその後も革命軍と共に進み、星の民の制圧を手伝った。そして、革命軍が首都の奪還作戦に向かった時、星の民は禁忌を犯した。


 「負けが悔しかったんだろうな。奴らはとんでもない兵器を作り出した。クオールアンカー。星の民が考案した、スピトールの衛星を落とす兵器。見えるだろ?坊主たちがアドラスタって呼ぶあの衛星。アーカムの住人にとっての夜空を魅せる象徴。あれが落ちたら、一瞬で地表は砕け、気候も空気も何もかもが変わる。そう、つまりな。奴らはこの星を人質にしたんだ」


 アレスとポラリス達は一瞬にして打つ手を失った。けれど、勝利を確信していた革命軍はそんなものははったりだと言い聞かせ、英雄達を旗印にして作戦を決行した。しかし、進行を始めようとした革命軍の前に主犯を名乗る男が姿を現した事で状況が一変した。彼はこう言った。「残念だ。君達は今日、この惑星を自分の愚かさゆえに破壊してしまうのだ。我らを凌駕せんとする程に優れた知性を持ちながら、その知性を争いに費やし、憎しみの連鎖から抜け出せんとは。やはり、人類などという下等生物は切除せねばならん。この惑星諸共な」と。そして、彼は手を掲げた。


 「結果は分かるだろ?はったりなんかじゃなかった。奴は衛星に向かって一筋の光を放った。衛星は砕け、その破片が地表にゆっくりと降り注ぎ始めた。そして、衛星に幾つかの光が漏れ、放たれた光が揺らいだ。衛星から目に見えるほどの衝撃波が轟いて、ゆっくりとその姿を大きくし始めた。俺達はその時、自分達の過ちを理解したんだ」


 その後、スピトールはこの世で一番美しい景色で彩られ、消滅した。原生生命体は消滅し、スピトールは星界から姿を消した。


 「これが、愚かな人類の昔話さ。面白かったか?」とアレスは苦笑いをしながら僕に問いかける。


 「これを面白いって答えるのは無理があるよ…。英雄っていうからもっと分かりやすい英雄譚だと思ったのにっ。でも、一つだけ気になる事があるんだ。じゃあ、アレスはどうしてここに居るの?」


 「さあな。こんな言葉、知ってるか?人は、死んだら星になって後の世を照らすって言葉。いい言葉だと思わねえか?大切な奴、大切な家族。皆、見守ってくれてるかもって思ったら希望が湧く。好きな言葉なんだよな。これ」と笑った。


 「いい言葉だね。たとえ隣に居なくなってしまっても、見守ってくれてるかもって思ったら頑張らないとって思っちゃう。でも、ずっと見られてたら恥ずかしいけどね」


 「そうだな」と優しく笑い、「でも、死人もそこまで暇じゃねえだろ。そこら辺にある呼び込みの紙みたいに、生きている人の一瞬をたまに見るくらい。そんくらいがいいよな。どっちも気負わなくていいしな」と続けた。


 「そうだね」と僕もつられて笑ってしまった。


 話を終え、アレスは立ち上がって空を見上げる。「なあ、アスター。お前は、どんな人間になりたい?」


 僕はその言葉の意味をあまり考えず、「そうだな…。僕は、皆を…。屋敷の人も町の人もこの島の全ての人が笑っていられるように、皆を守れる人になりたい。全ての人を救う英雄になりたいな」と答えた。


 アレスはフッと笑い、「そうか、そうだな。お前になら出来るさ、アスター。」と呟いた。


 その話を聞いた次の日、アレスは星降りの丘に来なかった。代わりに、彼が座っていた場所には一振りの石の大剣が突き立てられていた。僕がそれに触れると大剣は彼が放っていた緋色の光を宿し、僕の腕を伝って全身を巡った。その光に驚いた僕がその手を離した時にはそこに剣はなかった。



 視界が暗くなる。聞きなれた声が聞こえはじめる。


 「様…!兄様!お兄様っ!目を開けてくださいっ!」と。


  ゆっくりと目を開く。直後、声の主である少女が僕に倒れ込む。彼女を抱き寄せ、先を見る。見慣れた街並みは崩れ、燃え、赤く染まっていた。そして、視界の先には赤黒いオーラを身に纏った女性の影と建物の上から見下す人物の姿が見えた。

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