22話 一手目
金色の光が砕けるのと同時に、緋色の光が舞い落ちる。影は瞬時に後退し、再度突撃する。大振りの一撃を受け止め、流す。しかし、アスターに優勢になる瞬間は訪れず、影は凄まじい速度で体勢を立て直し、次の攻撃を始める。間一髪のところで後退しようと地面を蹴るが、彼が動き始めるよりも早くに影は大剣を振り下ろし、緋剣を地面に叩きつける。とてつもない膂力に建物は揺れ、床が砕ける。同時に衝撃波が轟く。動きの止まったアスターを片手で軽々と持ち上げ、荒々しく地面に叩きつける。直後、大剣を振り下ろす。アスターは咄嗟に飛び退き、立ち上がる。影は剣を気怠そうに持ち上げ、アスターを睨む。影は大剣を振り上げ、真正面から飛び掛かる。その動きには思考の過程が見て取れず、獣のようにがむしゃらに攻撃している様に感じ取れた。
飛び掛かるという行動には分岐する動きが少ない。アスターは低く構え、ギリギリまで引き付ける。そして、大剣が自身の身体に影を落とすのと同時に地面を蹴り、即座に斬り上げる。しかし、緋剣が空を切った。それを理解したのと同時に「遅いな」と濁った声が聞こえ、アスターの身体が吹き飛ぶ。そして、彼の身体が壁に到達するよりも早くに影は服を掴み、地面に叩き込む。アスターを完全に封じ込めた時、影の背後に剣が浮かぶ。剣先がアスターを捉え、影が空いた手を彼の目の前で握り込もうとしたその時、視線が逸れる。直後、浮遊剣の剣先がアスターから外れて放たれ、金色の光が弾ける。影はアスターを手放して後退し、即座に大剣を振るう。同時にアスターの身体を金色の光が覆い、傷を癒す。
「支援します!立ってください!」とポラリスの声が響く。彼女は無尽蔵に迫る異形の生命体に応戦しながら、影に金色の槍を放つ。
アスターは即座に立ち上がり、緋剣を握る。金色の光が霧散し、ポラリスの支援の手が止まる。直後、影はアスターに視線を移し、地面を蹴る。アスターはギリギリまで防御の姿勢を維持し、ディオスが剣を振り下ろし始めた瞬間に反転する。踏み込み、影の横を通りながら一閃する。確かな感触を得ながらすぐさま振り向き、さらに黒剣を振り下ろす。二撃目は影の剣に阻まれ、金属音が空しく響く。
すぐさま後退し、影を睨む。影は腹部に残る緋色の残滓を一瞥し、すっと頭を上げる。直後、影の姿が消え、瞬きする間もなく眼前に迫る。一瞬の動きに反射的に動き、受け止める。影は体を捻り、アスターを蹴り飛ばす。影は追撃に迫り、再び剣を振り下ろす。体制の整え切れていないアスターは防御姿勢で受け止め、直後に迫る浮遊剣を睨んで飛び退く。浮遊剣が二人の間に突き立てられるのと同時に、影は片手をアスターの方へ突き出す。危険を察知して飛び退くと、視界外から浮遊剣が突き立てられる。直後、浮遊剣が煌めき、爆発する。
影は爆風を越えてさらなる攻勢を続ける。その姿には狂気が満ち溢れていた。
アスターは影の隙を捉えて攻撃を受け止め、大きく弾き飛ばす。そして、深く構えて緋剣に力を込める。緋色の光が増幅し、溢れ出た光がその刀身を完全に覆う。光を増幅させ、放出し始めた時。
「その必要はありません」と優しい声が響く。直後、影の身体に剣が突き立てられる。男性は剣を引き抜くのと同時に体を捻り、目にもとまらぬ速さで剣を振り下ろす。その一撃は絶大な力を誇り、影は瞬間移動するように壁に打ち付けられる。
初老の男性は静かに影を見つめ、「ここはお任せください。その力を無暗に引き出してはいけません」とアスターに告げる。
「貴方は…」
「そこのお嬢様が助けてくださいました。レグルスに貫かれたこの体は、彼女の保護によって最小限の傷に抑えられました。ライエとのお話の最中、彼女は私を静かに治癒してくださっていたのです。しかしながら、年月を重ねたこの身は無理が利かないものでして、回復に時間がかかってしまいました。申し訳ございません」
「私の名はロムラ。シュバルツ・ラインハルトの師であり、友でございます。そして、遥か昔のことではありますがアーツ家の執事でもありました。ミーティア様が綴られていたのは、貴方様の事ですね。アスター様」
ロムラは振り返り、アスターに視線を向ける。「シュバルツ様との生活の事をミーティア様に綴った事があります。その時、貴方様の事が記されていました。そして、その力の事も。たくさんの苦難を乗り越えてこられたのですね。ミーティア様は手紙の中で、貴方様が研鑽の先に得たその強大な力は大きな代償を伴うだろうと懸念しておられました。だから、もし貴方様と会った時、その代償を顧みずに力を振るっていたなら助けてあげて欲しいと綴られておいででした。」
少しの沈黙の後、言葉を続ける。「本当ならあのお言葉通り、私が貴方様をお守りできればと考えておりました。しかしながら、情けない事に私はとても無力で、貴方様に助けられなければ立つ事さえ敵わない様でございました」
ロムラは再び影の方へ視線を向け、剣を握りなおす。「ですが、そちらのお嬢様が剣を下さった。そして、私にはアーツ卿に託された剣術があります。ならば、こんな老体であれどこの程度の者共に敗北は致しません。貴方様をお助けする程に研鑽を積むことはできませんでしたが、その一助になりたく思います。この場はお任せください」
ロムラが言葉を終えたと同時に、影が壁を蹴る。一直線に飛び掛かってくる影の一太刀をロムラは簡単に受け止めてしまう。そして、軽やかな動きで影の動きを見切り、操るように隙を生じさせて静かに剣を振るう。
影は驚くように後退し、肩を揺らす。ロムラは息を荒げることなく静かに剣を構える。「行ってください」と静かな言葉に背中を押され、アスターとポラリスは頷きあう。
二人が動こうとすると、影はアスターの方へ迫ろうと地面を蹴る。しかし、瞬時にロムラが阻み、彼を簡単に止めてしまう。
影は即座にロムラの方へ剣を振るい、後退する。
二人はその隙に乗じて屋敷を後にする。
ロムラは二人が離れたのを察知し、剣を両手で握る。そして、先ほどの優しい表情とは違う、殺意をあらわにした表情を見せる。「本番はここからだ。美しいアーツバルトを荒らし、かのアーツ卿を殺めた罪…。万死に値する。シュバルツ様のご友人であったニック様、キース様は素晴らしき人格者であられた。彼らを殺めていい理由など何処にもありはしなかった。この私の手で、貴様に審判を下しましょう。さあ、かかってきなさい」
影はその殺気に呼応するように怒り、赤黒い霧を解き放つ。周囲の異形の生命体も同時に咆哮し、剣を取る影と共にロムラを睨む。そして、影が浮遊剣を解き放ちながら突進し、戦闘が始まる。




