21話 揃えられた盤面
ライエはシュバルツに視線を向ける。「さて、あんな出来損ないはもういいわ。そろそろ、戻ってきなさい。レグルス」
その言葉に呼応するようにシュバルツに白銀の光が宿る。白銀の光が霧散したその時、彼の雰囲気は一変していた。
水晶大剣を顕現させ、アスターを切り払う。アスターは即座に剣戟に応じるが、シュバルツの膂力はディオスとは比べられない程であった。互いの一振り一振りは常人では受け止められない程に強力で、周囲を圧倒する。剣戟の中で、一際大きな衝撃が轟く。次の瞬間、アスターの身体は壁に叩きつけられ、彼は膝をついていた。
明らかな異変に皆が動揺する中、ロムラが彼に手を伸ばす。その時、ポタポタと地面に水滴が落ちる音が響く。ロムラの口端から赤い液体が零れ、咳き込む。「遅かった…ようですね…。申し訳ございません。シュバルツ様…」と優しく微笑む。
シュバルツは表情一つ変えずに剣を抜き去り、霧散させる。そして、ライエの方へ歩み始める。
ライエはその様子を静かに見つめ、「あら、その言葉。存じておられる方が居たのですか?まあいいでしょう。その命の灯が消えてしまう前に教えてあげます。彼は、シュバルツ・ラインハルトではありません。本当の名前はレグルス・ラインハルト。我が十二の眷属の一人、第八の座に君臨する者です」と告げる。
「彼の能力の一つ。それは、ただ一人の人類に宿るというだけの能力。物語のようにその一人の生を共に体験する。こんな事に意味があるとは思えませんが、彼はその惑星を生きる人類の文化や考え方を記録する事が必要だと私に歯向かっているのです。そして、今回その対象に選ばれたのはシュバルツ・ラインハルトだったという事です。シュバルツが内面的に消滅した事で、アインツマイヤーはその任を継ぐ者を失いました。そして、彼が見出したこの地で最も力を有した者達も今はそこらに転がるのみ。さあ、お姉様。貴方に残された手札はそこの特別な剣の持ち主のみですね。また、そうやって彼らに実現しない希望を与えて無駄死にさせるのですか?」ポラリスの抵抗を嘲笑うように、彼女に視線を向ける。
シュバルツは壇上に立つライエの前で跪く。「スターロード・ライエ様。八の座、レグルス帰還いたしました。私の我儘を聞いてくださりありがとうございました。この経験は、何事にも代えがたい貴重なものでした。ロードの命により、私は十二名座として貴方様の側にて責務を全う致します。全ては、星の民の栄光の為に」
ライエは満足そうに笑う。「おかえり、レグルス。人間ごっこは楽しめたようね。じゃあ、行きましょうか。人類が淘汰される様子を見物するとしましょう」
「はい。仰せのままに」レグルスは静かに立ち上がり、ライエの側に就く。
ライエはポラリスを一瞥する。「剣を抜くわ。貴方が突き立てたあの剣で、今度は私が貴方事砕いてあげる。抵抗してもいいけれど、レグルスとアリエスが居る中で、彼だけで楯突こうなんて無謀な事させないで上げた方がいいわ」
「貴方の行いは間違ってる。最後のその時まで、貴方を止めて見せる。ライエ」ポラリスは真剣な眼差しで彼女を見つめる。
ライエはその視線を不快そうに睨み、「貴方と私は便宜上スターロードという同じ立場に区切られているわ。でも、貴方に授けられた力はロードとしては惨めなもの。眷属も持たず、自身だけでは何もできない。ロードともあろう者が、人類との縁を頼りに介入するなんて見てられないわ。貴方は全てを持つ私に憧れて私の邪魔をしているに過ぎないの。人類に存在しない希望を与えて扇動し、死ぬ運命を与えているのよ。その地の人類を無駄に浪費することが後の世界にどのような影響を与えるかなんて考えもせず。貴方の行いこそ間違いなの。さっさと自分の場所に帰って!」と叫ぶ。
「何と言われようとも私は貴方を止める。貴方は結局、ロードという立場を与えられて舞い上がっているだけのお子様なの。力を得て、見せびらかして誑かす。そうして人類を劣等種として蔑み、それらを死地に送るような愚か者になってしまった。彼らの地で勝手をして、貴方の気分でその地の全てを奪うだなんて到底許される行いじゃない。彼らは時に間違いを犯し、争い合い、悲しみの雨を降らす事もある。けれど、それは私達も同じこと。私達も時に間違いながら、それでも進んでいく。私達星の民は全てを見る者として、彼らの辿る過程を見守り、時に正しい方向に導く。ロードたる私達がするべき事は破壊なんてものじゃない。全ての星の民を先導し、手の届く全ての再生を手助けをするための力なのよ」
ライエはつまらなさそうにため息をつく。「貴方の演説は聞き飽きたわ。そんな事に意味はない。そんな綺麗事で星界が統治できるなら、私達は必要なかった。私たち以上の力を持ちながら、そうやって綺麗事を並べて手を差し伸べたお父様はがどうなったのか忘れたとは言わせない。あの人が長い年月をかけた功績に報いた惑星はただ一つとしてなかった。あれ程までに聡明だったお父様は、わからずやのゴミ共のせいでおかしくなった!だから、私達を捨てて消えたんだ!慈悲を与える事も、手を差し伸べる事も必要ない。人類なんて、元々無価値な存在なんだからッ!」
ポラリスは憤慨し、ライエを睨む。「貴方はッ…そんな勝手な妄想に憑りつかれてどれほどの罪を重ねるの!お父様は私達に道を示してくださった。私達を捨てたんじゃなくて、彼は託したんです!彼の思いを自分勝手に捻じ曲げて責任を押し付けるだなんて!」
「人類を見守り、時に介入しながらその歩みを編纂する私達星の民がッ!史上最高のスターロード、リドレスの力を引き継ぐ貴方がそこまで愚かな方だなんて知りたくなかったッ」
高鳴る鼓動と沸騰するように熱くなった身体を冷やすように大きく息を吐く。ゆっくりと顔を上げ、もう一度ライエを睨む。「どの道、話では分かってくれないのでしょう…今度こそ、終わらせてみせるわ」ポラリスはその決意を言い聞かせるように告げる。
苛立ちに身体を震わせつつも、ライエは力を抑える。「いいわ…。抵抗するなら相手になってあげる。私が剣を抜くまでに辿り着けたならね。どうせもう会わないでしょうから、最後に言っておくわ。せいぜい自分の無力さを嘆きながら、この惑星の終わりを見届けなさい。貴方のその憎たらしい光も…心も…全部砕いてあげるから」
彼女が口を閉じるのと同時に、赤黒い霧が集まる。霧散した霧から、異形の生命体が現れる。ライエは感情なくポラリスを見つめ、レグルスと共に白銀の光を纏って姿を消す。
ポラリスはその様子を見届け、決意の表情を見せながら手を伸ばす。金色の光が彼女に集まり始め、空気が一変する。
絶対に辿り着いて見せる。今度こそ
少女は黄金の光を纏って魔方陣を展開し、光の槍を解き放つ。異形の生命体を貫き、悉くを霧散させる。しかし、槍の雨を越え、ポラリスに影が迫る。咄嗟に展開した防護陣に剣を突き立てたのは、赤黒い光を纏い、圧倒的な殺気を放つディオスの姿であった。




