18話 先で待つ者
アスターがアーツバルトに向かった後、シュバルツ達もかの地に到達していた。
深夜 アーツバルト
四人は休む間もなく馬を走らせ、アーツバルトに到達した。暗くなった空を照らすように橙色の光が覗く白き城。その光は、人々を包み込む穏やかなものではなく、黒煙を纏い濁った輝きであった。
四人は静かに馬を降り、ロムラが先導する。巡回する甲冑騎士達の目を盗みつつ進行する。ロムラはアーツバルト外壁の隠された通路を通り、内壁が見える街の端に侵入する。静かになった街に吹く風の音とそれに呼応するような木の焼ける音が全員の緊張を煽る。
四人は装備を構え、路地を抜けて通りに出る。そこには、激しい戦闘があった事を語るように大きく傷ついた家屋と防具が至る所に転がっていた。
シュバルツは地面に転がる防具を見つめる。「これは…。ゲイルが引き連れていた甲冑兵と同じものだな…」
ニックは甲冑兵の近くに膝をつき、兜に触れる。「これは、星の民だったようですね。彼らは共通して致命的なダメージを受けると消失します。先の戦いで学びました」
「ここ一体に転がっている残骸は傷ついた甲冑と幾つかの人類の武器、血痕だけ。何処にも人の気配が残っていません。つまり、少なくとも星の民を倒すことが出来て彼らと敵対している者がここに居るという事ですね」
「では、その人物の痕跡を追ってみよう。たとえ会えずとも安全に進めるかもしれない」
ロムラも同意するように頷き、「では、痕跡を追います。付いてきてください」とルートを変える。
星の民と敵対している人物の追跡は容易なものだった。道中に続く戦闘の痕跡は、自身が通ったことを隠す気もない様子だった。だが、ここまでの痕跡がありながらいまだに戦闘音一つしない現状にシュバルツは焦りを感じていた。
そんな中、小さな広間に辿り着く。そこには、積み重なるように甲冑や武器が散乱していた。そして、その近くには静かに座り込む青年の姿があった。
青年は五人の到着に気が付くと目を開ける。そして、興味がないといった様子で一瞥する。
「私はシュバルツ・ラインハルト。私達は今、星の民を率いているディオスという男を探している。可能なら、君も力を貸してくれないか」
青年はその言葉を聞いて立ち上がる。「断るよ。僕は一人で動く戦術が得意なんだ」と言って立ち去ろうとする。
キースは咄嗟に彼の前に走り、「おいおい冷たいな。あんたも今回の騒動を収めに来てくれた同志じゃねえのかよ」と焦ったように尋ねる。
青年は首を横に振り、「そんな大層な目的は無い。僕はただ、こいつらを倒すためにここに居る。それだけだ」とキースの横を通り過ぎようとする。
キースは咄嗟に青年を静止する。「待てって!目的は同じじゃなくても、こいつらを倒していくなら協力してくれよ!俺らはこいつらの親玉を倒そうとしてんだよ。正直なところ、お前みたいな戦力が必要なんだ」
青年はキースの手を払い、「目的があるならさっさと動く事だ。初めからその戦力で成し遂げるつもりだったんだろう。それとも、ここに死にに来たのか?そうじゃないなら、仲間と協力して成し遂げてみろ。君達にはそれが出来る可能性があるんだから」と告げて去っていく。
キースはその言葉に動きを止められ、ハッと気が付いたときには青年は姿を消していた。
「何だったんだ…。あいつは一体…」
「過ぎた事を考えても仕方ありません。イージス邸を目指します。ここからは、彼の掃討も無くなるでしょう。戦闘準備をしてください」
「そ…そうだな。あいつがここ一体を片付けてたから静かに進めただけで、ここは今や奴らの根城だからな…」
「ああ。先頭は私が行く。ルートの指示を頼む。ロムラは殿を。キースとニックは私達の援護を」
全員が頷き、進行を開始する。
広間を抜け、路地に差し掛かる。イージス邸が見え、その先に星の剣がその姿を晒す。目の前には、数人の軽装の星の民と甲冑騎士が一人視認できた。
シュバルツは軽装の星の民に近づき、静かに心臓を貫く。星の民は苦痛の声を漏らしながら、淡い光となって消失する。
その光に気づき、他の星の民が一斉にこちらに振り向く。直後、数本の矢がシュバルツの横をすり抜け、軽装の星の民を射抜いていく。しかし、心臓を貫かれた一人の星の民以外は、いとも容易く矢を引き抜いて武器を抜く。その背後の甲冑騎士は大型の盾を構え、右手に大槍を顕現させる。
シュバルツは手に持った剣を納め、水晶大剣を顕現させる。「私が甲冑を仕留める。ロムラ、キースはそれ以外の星の民を。ニック、二人の援護を。いいか」
「ええ。承知いたしました」「おうよ!任せとけ!」「シュバルツ。君の援護もしよう。無茶をするなよ」
シュバルツは一気に甲冑騎士に迫り、大振りの横薙ぎで一閃する。甲冑騎士は凛と立ち尽くし、左手に持った大盾で受け止める。しかし、シュバルツの一閃は甲冑騎士の大盾をじりじりと削り、勢いに押されて甲冑騎士の立つ地面が軋む。直後、甲冑騎士を中心として地面が軽く陥没し、土煙が上がる。
その瞬間、甲冑騎士はシュバルツの剣を受け流して軽やかに後方に下がる。そして、追いかけるように地面を蹴ろうとしていたシュバルツ目掛けて大槍を投擲する。大槍は瞬きも許さない神速で放たれ、シュバルツの眼前に迫る。シュバルツは瞬時に回避を諦め、体勢を整えないままに大剣を振り上げる。大槍と大剣が火花を散らし、彼の頬を撫でるように暴風が通り過ぎる。大槍は背後に立ち並んだ家々を貫きながら、遥か先で地面に突き立っていた。シュバルツはその光景に一瞬目を捕られ、目の前に迫る甲冑騎士への反応が遅れる。甲冑騎士は両手で大盾を構え、反応の遅れたシュバルツの胴体に勢いの乗せた打撃を加える。
シュバルツは自身の身体が弓のように撓るのを感じたのと同時に、周囲の光景が目まぐるしく変化する。地面に何度か叩きつけられ、口の中に鉄の味が滲む。地面に伏したシュバルツは痛みに顔を歪めながら視線を上げる。目前には、先程受け流した甲冑騎士の大槍が突き立てられていた。そして、大槍の先に出来た歪な一本道の先を沿ってゆっくりと歩を進める甲冑騎士が視界に入った。
シュバルツはすぐさま立ち上がろうとするが、その意志に反して体は痛みを訴え続けるのみであった。焦るシュバルツの前に甲冑騎士が迫り、夜空に照らされた白い甲冑が輝く。引き抜いた大槍を振り上げ、シュバルツに突き立てようと構える。その直後、甲冑騎士は視線を外さずに大盾を構える。直後、騎士とシュバルツの間を一本の矢が通過する。続けて、盾がカンッカンッと金属音を立てる。その方向から、「何をやっているんですッ!早く動きなさいッ!」とニックの声が響く。
シュバルツは言う事の利かなくなった体をニックの方へ投げ出す。直後、甲冑騎士の立っていた家屋が爆発を引き起こして崩れ落ちる。
地面を這いながらその光景を見つめていると、ニックが駆け寄って肩を貸して離脱する。「立てますか?シュバルツ。私も援護します。奴の大盾は一人で相手をするには分が悪すぎます」
「ああ…。すまない…。」と痛む腹を抑えながら水晶大剣杖代わりにして立ち上がる。
「大丈夫です。セブンスの加護はまだ…」と少女の声が頭に響き、シュバルツの体を白銀の光が包み込む。光に包まれた途端、シュバルツの傷がみるみるうちに塞がり、戦闘などなかったかのように元通りとなる。
「これは…」ニックに視線を向け、言葉なく頷く。
シュバルツはニックから離れ、立ちこめていた煙から傷一つなく悠々と出てきた甲冑騎士を睨む。
「第二ラウンドといきましょう。シュバルツ、存分に暴れてください。私が合わせます」
「頼む。行くぞ」とシュバルツは水晶大剣を構え直して地面を蹴る。直後に様々な角度から矢の雨が降りかかる。
甲冑騎士は大盾を構え、簡単に矢を弾く。そして、接近するシュバルツに対して大槍を突き込んでくる。シュバルツはその動きを見た瞬間に体を捻り、勢いを保ったまま軽く飛び上がる。大柄な体躯の甲冑騎士が視線を上げ、大盾を前面に構えて地面に突き立てる。勢いの乗ったシュバルツの斬り込みを静かに受け止める。シュバルツは受け止められた直後に反転し、甲冑騎士の側面に滑り込みながら水晶大剣を突き立てる。甲冑騎士はその動きを予測していたかのように即座に大盾を手放して後退する。
シュバルツは手を地面について体勢を整え、そのまま地面を蹴る。甲冑騎士は大盾を手放したことで守る術を失い、ニックの矢を回避で受け流していた。しかし、視線は変わらずシュバルツの接近を捉えており、水晶大剣を突き込んでくる彼の攻撃を大槍で地面に向かって叩きつける。直後にシュバルツは勢いを受け流すように回転し、荒々しく剣を振り下ろす。
甲冑騎士は辛うじて反応し、相打ち覚悟で両手で握った大槍を突きだす。「させません」とニックの声が響き、甲冑騎士の大槍を大矢が迫る。不意の一撃に大槍の狙いが逸れ、シュバルツの兜割は甲冑騎士の体躯を切り裂く。シュバルツは回転して水晶大剣を横薙ぎに一閃して斬り抜ける。十字に斬り込まれた重撃をまともに受け止めた甲冑騎士は力なく膝をつく。杖代わりとしていた大槍が霧散を始め、騎士は地面に倒れ込む。衝撃で兜が割れ、顔が晒される。その素顔はまだ若い可憐な女性であった。彼女はほとんど音の出ないほどに掠れた声で「ごめんなさい」と口を動かし、力無く霧散していく。シュバルツはその様子を見届け、静かに水晶大剣を霧散させる。
遅れて二人が駆け寄ってくる。「大丈夫か、シュバルツ」「上手くいったみたいですね」と二人が緊張の糸を解いてシュバルツに声をかける。
甲冑騎士の最後を見届けたシュバルツは、彼女の言葉を思い返して静かに天を見上げた。
戦闘を終え、四人は状況を共有する。シュバルツはふと彼女の姿を思い出し、「彼らは、星の民は私達に敗れると…どうなるんだろうな」と呟く。
皆が静まる中、ロムラが口を開く。「アーツ様は昔、このような事を話しておられました。星の民が惑星での生を終える時。彼らは自身の力の源であった星に戻る。そして、人間では考えられないほどの長い時を眠り、再び命を得ると」そして、心の中で「私達人類も、過去に星の恩寵を賜っている。私のようにその力を多く賜った者が死した時、その魂はこの島ではなく遠い星に攫われるのだろうか」と続けた事を思い出していた。不安や恐れといった感情を滅多に表にしないアーツが零した、答えの出ない不安。ロムラはその情景を忘れられなかったのだ。
「そうか。では彼らは、ディオスに操られて私達に立ちはだかっているのではなく、自分達の意思でこの戦闘に参加しているんだな?」
ニックは首を傾げる。「それはどうでしょうね。十二名座のように星の民の中でも強い存在はいます。ゲイルが話していた等級とやらも彼らを格付ける指標かもしれません。そう考えると、今戦った星の民達の中には、巻き込まれてしまっただけの者もいるのかもしれませんね」
「理由はどうあれ、俺達に攻撃してんだ。なら、人類の敵に違いはねえよ」とキースが続く。
「ええ。同感です。戦闘に参加する以上、掲げられた大義に賛同していないとは言わせません」とニックも同意する。
「そうだな…。すまない、必要ない話だったな。先を急ごう」
シュバルツの表情を一瞥し、「大丈夫ですよ。盲目的に命を奪うのではなく、その大義を考え続ける。それはとても重要な事ですから」とロムラが続けた。




