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10話 混乱

 騎士は教会前で待機してくれていたシャルロットの方へ合流する。そして、彼女の横を通って教会の扉の前に立つ。

 騎士は静かに跪き、二人を見上げる。「先ほども申し上げました通り、この中には南西区画の民がおられます。これは私見ですが、顔を合わせられることはお勧めできません。彼らはこの状況にひどく混乱しています。瞬く間に変わっていく情景に、失われていく人々に、怪物と化した友に、彼らは心をひどく乱されています。ですので、会わずに私の話を聞いていただけますか」


 アスターは騎士の言葉に頷き、その上で騎士に視線を合わせるように屈む。「貴方一人に背負わせてしまう事は出来ません。貴方は彼らを守ろうとしてあの場所で戦い続けた。それでも、民に映ったのは暴走して虐殺を繰り返す騎士達。彼らはきっとあなたを非難する。それを分かったうえで僕達に引き返せというのでしょう?貴方のような責務を全うした騎士にだけ背負わせるべきことではありません。貴方達と共に駆けた事はないけれど、それでもあなたと僕達は同じようにこの町の民を守ってきた。だから、心無い言葉を浴びせられるからと僕達までも守らないで下さい。貴方が背中を預けてきたような信頼に足る人間ではないとしても、僕達は貴方にこれ以上傷ついてほしくないです」


 騎士はその言葉に俯き、数秒沈黙した。そして、ゆっくりと顔を上げて「ありがとうございます。貴方の優しき心に感謝いたします。実を言うと、この扉を叩くことが怖かったのです。私は民を守る事を第一に考えてまいりました。ですが、今は民を虐殺する騎士を導いたものとなってしまった。輝かしい功績などいくら積み重ねようと民達にはその目に映る事実のみが先行してしまう。きっと、私達を非難する事でしょう。私は民の為、この街の為に尽くしてきました。賞賛の為でも名誉の為でもありません。そうあるべきと邁進しておりました。ですが、この状況で民の声を聞くことが怖くてたまらなかったのです。情けない事でありますが、共にこの扉を開いてくださいますか…」と静かに答えた。


 アスターとシャルロットは互いに頷きあい、騎士が立ち上がるのを待って教会の扉を開く。開けた瞬間、一人の男が騎士を押し倒す勢いで詰め寄る。「おい!息子はどうした!お前たちの近くに居ただろう!」と叫ぶ。そして、周囲に視線を向け、彼の子が居ないと分かるや否や「まさか、貴様らが殺したのか!なんとか言え!殺人者共!」と続ける。その背後には、扉を開けた三人の事を驚いた表情で見つめる者、怯えた目で見る者、怒りに震える者。様々な感情が渦巻いていた。


 「そうだ!どの面を下げてこの場所に顔を出した!早く出ていけ!」「貴様ら騎士団が居なければ、ここまで被害が広がる事はなかったんだ!」「夫を返して!」とそれぞれの感情が爆発したかのように多くの声が響いた。


 騎士はその言葉の全てを真剣な表情で受け取り、沈黙する。手を出してくる者の手を止めることなく。


 そんな地獄のような声が響き渡る中、一人の声が響く。「もうやめて!お兄さんたちは私達を助けてくれたんだよ!みんなも見ていたでしょ!外でお兄さんたちが何をしていたのかを!お兄さんたちは僕達を傷つけたわけじゃない!そうでしょ!」と。その声は、小さな少年の声だった。


 少年の声が響いた後、民の怒号は一斉に静まった。そして、ひと時の沈黙が過ぎ去る。「民を守るべき騎士が、民を安心させる象徴として表に立ってきた我々が、この南西区画で今貴方達を傷つけてしまっている。これは、事実です。南西区画にお住いの皆様に不安を強いてしまい、申し訳ありません。ハインドゴーン騎士団第三部隊隊長、ヘイスト・ウォールが深くお詫び申し上げます。これは、騎士団の失態であり、皆様の不安、怒り、悲しみ、その全ては私どもの責任であります。それを承知の上で、皆さまにお願いがございます」と騎士が静かに、力強く民に語り掛ける。


 「この南西区画には、まだ何十、何百という民達が孤立し、不安に怯えて助けを待っています。この私の名に懸けて、騎士団の名誉に誓って、ここをお守りすると誓います。その代わり、孤立した民達を助け、受け入れる事の手助けをしていただけないでしょうか…」と静かに頭を下げる。


 民は、高貴な存在である騎士が頭を下げ、自分達にお願いするという状況に口を開けたまま固まる。本来ハインドゴーン騎士団は民を先導する存在であり、民に助けを乞うことなどありえない絶対的な存在であり、ある意味の信仰の対象ですらあったのだ。そんな騎士が、隊長である高貴な騎士が、今こうして頭を下げているという事は本来であれば罰とも呼べる不名誉な事なのだ。


 民達は返答に困ったように周囲を見回す。「でも、ここの人達もさっきの騎士のように狂気に呑まれてしまっているかもしれない。そんな人々をいれるなんて、私達の安全はどうでもいいの?!」「そうだ!ここも安全とは言えない。お前だけで守るなんて大口叩いてたが、それを信用しろなんて無理だ!お前の部下は無様に一瞬で死んだんだろうが!お前も見逃されてなければ死んでるんだろ!」と一人の言葉を皮切りに、言葉が飛び交う。ヘイストはその言葉が飛び交ってもなお、頭を下げ続ける。


 そんな罵倒を止めるように、一人の声が響く。「もうよい!静かにせい!」と。その言葉の主は、先ほど怒号を止めた少年の頭を撫でた後、怒りをあらわにして口を開く。「皆の不安や怒りは痛いほどわかる。このような非常事態だ。近しいものを失ったものも多い。騎士様が到着すれば、事態が好転するという希望も失われ、私達の拠り所も無くなってしまった。数秒先は生きているのか。死んでいるのか。それすらも分からないほどに。安全な場所は失われ、死が蔓延している。だが、それは我々だけではない。騎士様もハインドゴーンの民である。高貴な彼らも不安に怯え、足が竦んだことだろう。だが、我らを助けられればとこの場に踏み入ってくださった。私達と同じように隣に立つ人々を失ってもおられる。だが、彼はそれでもこの教会を守ってくださった。彼は自身を守る力を持っていながら、この場所を守るという選択をしてくださった。なのに、君達は彼を、彼らを責めるのか?彼がこの状況を作ったのか?彼が大事な人々を奪ったのか?違うであろう。君達は今、吐き出す場所のない感情を彼にぶつけて不安を紛らわせようとしている。その行いが正しい事かどうかなど、考えるまでもないであろう。今も南西区画で生き残った隣人たちが怯えているかもしれない。彼らを助ける手助けが出来るなら、協力するべきではないのかね」


 民達は怒りに震えた拳を降ろし、力無く項垂れる。


 教会の端で座っていた女性が立ち上がり、「……それでも、私達は自分の事が愛おしくて、隣人より家族に、自分に生きていたいと願ってしまう。だけど、それは皆同じ事。手が届いたかもしれない人を見捨ててまで明日に立つなんて、辛い事です。私も協力させてください」と決意を宿して民に語り掛けるように呟く。


 人々の言葉に心を動かされるように、民達が頷き、「分かりました。出来ることをしましょう。」「ええ。一人でも多く、この状況を生き残れるように」「何をすればいいですか?」と口々にヘイストに言葉をかけていく。


 そして、頭を下げ続けるヘイストの視線の先に、一人の少年が映る。「お兄さん、守ってくれてありがとうっ!お兄さんはヒーローみたいだった!」と無邪気に笑って手を握る。


 ヘイストは崩れるように膝をつく。少年は困った顔を見せたが、先程自身がして貰ったように彼の頭を撫でる。視線を上げると目の前に先ほどの老人の姿があり、「恥ずかしい所を見せてしまった事、貴方様方に投げてしまった心なき言葉の数々。民を代表して謝罪させてください」と頭を下げる。


 ヘイストは少年に会釈して立ち上がり、「騎士として民を傷つけてしまったことは事実です。皆様の選択に、深く感謝申し上げます」ともう一度頭を下げた。


 その様子を見ていた民達がヘイストの元に集まり、謝罪してくれた。ヘイストはその全てを丁寧に聞き取り、優しく返答し続けた。



 騒動が収まり、ヘイストは民達に教会内に簡易的なバリケードと救護室を作るよう指示していた。そして、ひと段落した後に教会から出て一人で準備を始める。タイミングを計っていた、アスターとシャルロットが近づく。


 ヘイストは顔を上げ、「ありがとうございました。お二人が居てくださったから、私も思っていた事を口に出来ました。これで、民達を守れるかもしれません。今一度、感謝いたします。」と笑顔で話す。


 アスターとシャルロットはその言葉に嬉しそうに微笑み、「僕達は何もしていませんよ。ヘイストさんが真摯に向き合われたから皆さんが答えてくれただけです」と優しく返答する。


 ヘイストは首を横に振り、「そんな、謙遜しないでください。お二人が後ろで見守ってくださったから、私も一歩を踏み出せたのです」と優しく返してくれた。


 「さて…」とヘイストは表情を変え、「状況の共有をしても宜しいでしょうか」と切り出す。2人が頷いたのを確認し、続ける。「先ほども少し話させていただきましたが、この場所は現在赤黒い霧に幽閉されています。そして、この中で虐殺を続ける人間が一人います。霧と同様に赤黒い光を微かに纏った黒いナイフを手にした男。騎士団は彼の無力化を目指して包囲を展開しましたが、結果はご覧の有様です。彼の現在の居場所は不明です。ですが、私が最後に見たのはこの区画の中央付近に建っている騎士団の物見塔です。彼は民が苦しみ、死に行く様を眺めるのが趣味のようです。私の推測ですが、彼はまだそこに居ると思われます。彼には十分な量の尖兵が居ますから、彼らの虐殺をまだ眺めているのではないかと」

 「私達騎士団は失敗しました。この区画に突入した部隊は手も足も出せずに壊滅しました。圧倒的な力です。お二人の力は私でも耳にしたことがあります。それでも、言わせてください。彼は強い。お二人に手が届くかもしれないほどに。それを分かったうえでこんな事を言う私を許してほしいとは思いません。それでも、お願いさせてください。騎士団の仇を…民達を傷つけた罰を…奴に受けさせてやってはくださいませんか…」


 「お話しくださりありがとうございました。私達はこれより、元凶であると思われる目標の無力化に向かいます。それと、私達からもお願いさせてください。どうか一人でも多くの方が救われるように、あの方達を守る剣となってください」とシャルロットが言葉を返す。


 ヘイストは強く頷く。「はい。承りました。このヘイスト、騎士の名誉に誓って全力を尽くさせていただきます。お二人のご武運を祈っております」


 「ありがとうございます。ヘイストさんもどうかご無事で。全てが終わった後、また話をしましょう」と告げ、ヘイストと握手を交わす。


 そうしていると、背後から「騎士様!大体できました!こっからどうしたらいいですか!」と男の声が響く。ヘイストは2人を見つめ、「はい。必ずお礼をさせてください。またお会いしましょう。」と告げ、頭を下げてから声の方へ走り出す。


 アスターとシャルロットはそれを見送り、視線の先に映る塔を目指す。

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