0話 星降る夜
遥か昔の言い伝え。アーツバルトの側にある大岩は空から落ちた星だと。墜落したその星の欠片は惑星トレスの大海に浮かぶアイオスと呼ばれた島に降り注いだ。欠片を拾い上げた人々は、美しく煌めく石に魅了されたという。そして、島の中央に墜落した星は眩く煌めき、目に移すのも憚られるほどの美しい女性に姿を変えたという。彼女は、「我が力に呼応せし英雄よ。十二の名座を退け、この地に平穏を」と言葉を残して姿を消した。
星降りの夜が過ぎさり、幾ばくかの月日が経った頃。空から1本の剣が島の中央に舞い降りた。その剣が大地に突き刺さり三度煌めくと、アイオスを縦断するように2本の塔を顕現させた。そして、それらが聳え立つ時、呼び寄せられるように十二の星が降り注いだとされる。その夜は星々が導かれるよう降り注ぎ、島の人々を魅了したという。しかし、その夜から各地で魔物と呼ばれる異形の生命体が確認されるようになった。異形の生命体は人を大きく凌駕する力を有し、人々を瞬く間に蹂躙した。多くの命が空に還った頃、星降りの夜に舞い降りた女性と七人の人間が人々の前に姿を現した。彼女達は異形の生命体と対等に渡り合い、多くの時間を有しながらもそれらを殲滅した。全てを終えた後、島中央に突き立てられた剣の元で奇跡を起こし、十二の星々を剣と塔に封印したとされる。彼女は封印を見守るため、英雄たる七人に命を授けた。「これらを見守り、世界を導くように」と。彼らはその命に従い、剣と塔を見守るために近くに街を起こした。そして、英雄達は聡明な指導者ただ一人を残して各地に散り、幾つもの街を立ち上げて人類を導いた。彼らが残した街並みは人々を繋ぎ、団結させ、今もなおこの地の人々を守り続けている。
アイオス中央 星の剣
重たい瞼が開く。暗闇の中から放り出され、眩い光に曝された瞳は微かに痛みを生じさせる。次第に目が慣れて視界が鮮明となっていく。目の前には空を覆い隠す程も巨大な剣が深く地面に突き立てられ、その力を放出するように赤黒い光を循環させていた。その耐えがたい程に醜い相貌は、与えられた光を拒絶し、再び彼女に敵対する意思を持つことを物語っていた。
彼女は剣から視線をそらし、空を見上げる。一筋の光を放ち、それが島の中に散るのを見送る。彼女は安堵し、自身の目の前に光の扉を顕現させる。扉を通ると、目の前に一つの邸宅が現れる。広間に降り立ち、自分を導くように煌めく光の糸を追う。広間を進んでいくと、光の糸に触れられた男が見えた。
男は静かに剣を振るい、鍛錬に励んでいた。
「少し、話をしてもよろしいですか?」
男は剣を止め、驚く素振りを見せずに静かに振り返る。そして、彼女の姿を一瞥し、剣を収める。「ええ。もちろんです、お嬢さん」と微笑む。
私はその反応にムッとして頬を膨らませてしまうが、すぐに咳払いでごまかして「この地の現状を教えていただけますか?」と尋ねる。
「現状…ですか?」男は私の言葉の意図を理解できなかったようで、首を傾げる。
「この地の人々は、魔物と戦っているのでしょうか」
「魔物…。はい。最近、伝説に記されたような異形の生命体が私達を襲い、各地で大きな被害が出ています。私達アインツマイヤー騎士団は民を守るため、かの魔物達の侵攻を防いでいます。ですので、お嬢さんは心配せずに日常を送りください」
「異形の生命体…。セブンスは何処に行ったのですか?」
「セブンス…?伝説の7人の英雄の事を仰っていますか?伝説では、その圧倒的な武勇を持って人々を助けたとされています。ですが、残念ながら今回彼らは手を貸してはくれないようですね」と青年は困ったように笑う。
「そうですか…。では、手を出してくださいますか?」私は自分の手を青年の方へ差し出す。
青年は首を傾げながらも手を重ねる。「こうですか?」
私は自身に宿る力を微かに彼へ譲渡する。すると、彼の身体はその力に呼応するように微かに煌めいた。青年はその光に驚くように目を見開いたが、すぐにその輝きは霧散する。
「これで大丈夫です。貴方には彼の光が宿っているようですね。おかえりなさい」少女は小さく呟き、光の扉を創造して彼の前から消える。
青年はその光景を見届け、自分の手に視線を降ろす。「彼の光…。お爺様が仰っていた伝承は事実だったのか…?」
青年は拳を握り、「分からない事は後にして、今度の作戦について考えるとするか…」と呟きながら邸宅に戻っていった。
アーツバルト イージス邸
先ほどと同じように門を潜り、邸宅の前に降り立つ。警戒する素振りも見せずに中に入り、邸宅の前の広間に座る二人の男女を見上げる。
「少し、話をしてもよろしいでしょうか?」
二人の男女は彼女を見つめ、「構わんよ。麗しいお嬢さん」「ええ。もちろんです」と快諾する。
私はもう表情を変えず、「単刀直入にお聞きします。貴方達は星の力を継承されていますか?」と尋ねる。
二人は驚いたように目を合わせ、「ああ。私は伝承の英傑の一人。アイシスの遠い子孫だ。私の身体には、微かだが彼の力が流れている。これのおかげで彼らに対抗することが出来てるんだ」と男が答える。
「遠い子孫…。彼はそれほどまでに長い時間この地を見守り続けているのですね」息を整えるように一度大きく息を吐き、壮年の男性に視線を向ける。「戦況は…どうなっているのですか?」
男は静かに紅茶を啜り、「戦場の事などをお嬢さんに話したくはないのだがね。ただの直感だが、君には伝えなければならんような気がする」と言って立ち上がり、邸宅から巻物を取ってくる。
男は巻物を開き、「これがこの島の地図だ。ここが私達の居る場所」と島の中心地を指さす。「それで、異形の生命体が出現し始めたのはここだ」と南端に指を滑らし、トンと叩く。「ここには、レーベと呼ばれる塔がある。レーベとは獅子の事で、ここには十二名座の中で特に強者であった獅子座のゾディアックを中心に数体のゾディアックが封印されていた。しかし、最近になってこの地から異形の生命体が進行してくるようになった。それらの侵攻を防いでいるのが、三大都市だ。この地もその一つ。アーツバルトと呼ばれている。そして、もう一つの勢力が居るのがここだ」と指を滑らし、西側の中心地付近を叩く。「ここが西側を統べるアインツマイヤーと呼ばれる都市。東側のここにも同様にハインドゴーンという大きな街が中心地にある。アインツマイヤーは騎士団を派遣し、事態の収束を急いでくれている。しかし、ハインドゴーンには活発な動きは少ない。彼らの武力はこの島では有名なものだが、あちらの現当主の評判は良くなくてな。ハインドゴーンにはミーティアが見出した青年が一人いてな。彼は立場上、先導することが出来ないようだが、彼らが戦線に加わってくれれば大きく戦況を変えることが出来るかもしれない。今度、私が話に行こうかと思っているよ」と続ける。
「見出した?それはどういう?」
男は顔を上げ、「ミーティアは私達の子でな。セブンスであったアイシス様の末裔である私とイリスト様の末裔であるセーレムの子として生まれたあの子は、特別な力を持っている様でね。彼女はセブンスの第一位の力と第二位の力を同時に有している。あの子は二つの力を使いこなすことが出来る伝承の英雄そのものともいえる存在だった。だが、彼女はその力を譲渡すると言い出した。星の恩寵を強く受けたあの子にはそれができると。私達はミーティアの提案に理解を示し、アインツマイヤーとハインドゴーンに足を運んだ。そして、ミーティアはハインドゴーンでそれに値する人間を見つけ、力を手渡した。それが、ハインドゴーンの秘密部隊であるスレイヴ達の一人。アスタースレイヴという青年だ。彼らスレイヴ家はハインドゴーンの領主によって集められた私兵だ。東地域で星の力を有する優秀な人間を幼いころから領内で育て、単独作戦のエキスパートとして使う。彼らには自由など与えられないが、自由を知らない彼らは育て上げた領主を裏切らない。感情なく殺す暗殺集団として名高い彼らだが、ミーティアはそうではないと話した。現在ハインドゴーンに大きな動きはないが、ミーティアの選んだ彼がこの非常事態に動いてくれることを願っている」と淡々と答える。
あまりにも衝撃的な言葉に驚きながらも、表情を隠し、「貴重な情報をありがとうございます。これで色々と掴めました」と言ってすぐに立ち去る。
二人はその姿を見つめ、「彼女は…。まさかな…。まあいい。そろそろ時間だ」と立ち上がる。