「追いつめられて」
返済の期日は明日の正午までだった。
耳を揃えて三十万、持参するという約束になっている。
ついさっき先方の阿修羅興産から、その確認の電話があったわけであるが、僕にはほとんど全部というほどに、その返済の目処はたっていなかった。
阿修羅興産の取り立ては厳しいことで知られている。返済が滞れば報復は必至だ。部屋にある金目のものは手当たり次第持って行かれてしまうだろう。
家具や家電はもとより、ウブロの腕時計、ダンヒルのスーツ、クロムハーツのアクセサリー。いや、真っ先に狙われるのは愛車のランボルギーニか。
「うーん。弱った」
唸り声とも嘆息ともつかない苦渋にまぎれ、僕は部屋でロマネ・コンティを飲んでいた。
もはや、やけ酒というわけである。もうまる三日、寿司も焼肉も食べていない。胃が痙攣し、固形物を受け付けなかった。それだけ精神的にも追い詰められている。
五十平米のリビングで、両手を枕に寝転んだ。
高い天井を見つめながら、頭の中では様々な考えが渦巻いていた。過去を振り返り、自分がどうしてこんな状況に陥ったのかを考えた。
オンラインゲームにはまり、際限なく課金してしまったのがいけなかった。
友人や家族に頼ることも考えた。しかし誰も助けてくれるとは思えなかった。なにより自分の愚かさを知られるのが嫌で、プライドが許さなかった。
「どうしたらいいんだ、僕は……」
自問自答を繰り返すうちに、意識は次第に薄れていき、疲れと空腹、そしてアルコールのせいで頭が重く思うように働かない。思考は途切れ、深い眠りに落ちた。
僕は夢の中でも追われていた。
無数の手が捕まえようと伸びてくる。逃げようとしても足が動かない。逃げ場のない恐怖が僕を包み込んでいた。
目が覚めた時、外はすっかり暗くなっていた。タワーマンションから見るいつもと変わらない夜景がそこにはある。
惰眠をむさぼっている場合ではない。しっかり現実と向き合わなければならないと気を引き締めた。時間は刻一刻と迫っている。明日の正午までに、どうにか金を用意しなければならない。
しかし、まともな金策は思いつかなかった。
僕はひどく疲れていた。自暴自棄になり、やけくそになっていたのも事実だ。
とにかくATMに行くのが、ダルくてダルくて仕方がなかったのだ。
完全に行き詰まり、この決断を下すほかなかった。
僕はパソコンのキーボードを叩いた。
もうこれしかない。だが、これで解決する。
僕に破れないファイアウォールはないのだ。
こんな結果になって、申し訳なく思っている。
阿修羅興産が入る雑居ビルに標準を合わせ、核ミサイルの発射ボタンを押した。