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1-9 一歩進んで三歩下がる|レオネル

部屋の机の上に置かれていた手紙に気分が悪くなる。


しかしこの手紙には既読魔法が施されているのが分かっている。仕方なく封を開けて最後まで目を通し、魔力の流れを感じて既読魔法が実行されると俺の手元で手紙が燃えた。


「ありがとう、アイグナルド」


俺の気持ちを感じて手紙を燃やしてくれたアイグナルドの頭を撫で、燃えて黒くなった紙を屑箱に捨てた。こんな風にサンドラからの手紙を燃やしたのは久し振りだ。


俺の18歳の誕生日が近づく頃は毎日のように手紙が届いていた気がする。


あの頃の手紙の内容は、要約すればカレンデュラのエスコート役をしろというもの。断っても毎日催促の手紙が送られててきて、読んでは燃やすのを繰り返していた。


一番ひどかったのはカレンデュラの誕生日パーティーのエスコート要請。ヒョードルが集めた情報によるとカレンデュラはその日に俺との結婚式の日取りを発表するつもりだったらしい。婚約すらしていないのにどういう頭の構造をしているのか今でも謎だ。


カレンデュラとの婚約について俺は拒否し続けた。


サンドラにも、カレンデュラ本人にも、その父親であるホーソン侯爵にも【カレンデュラと結婚する気は一切ない】と幼等部の子どもでも理解できる文章を送ったのに誰も理解しない。一度サンドラに「わがままを言って母の気を引こうとしないで頂戴」と言われたとき、そのミラクル解釈に仰天しすぎて一から国語を学び直そうかと真剣に悩んだ。 



「うんざりだ……もう、本当にバカの相手は面倒くさい」


手紙を開くだけで空気が汚れた気がして、俺はよく寮の庭を散歩した。毎日のように手紙が届いたから毎日のように散歩していた。散歩にはアイグナルドたちが付き合ってくれたから、彼らに子どものような愚痴が漏れた。


「俺は母だとぬかすあの女が嫌いだ……「あんっ」……あん?」


……もう、この思い出は……思春期が聞いてはいけないようなアイシャの声がして、まさかと思ってそっちを見ればアイグナルドたちがアイシャを襲っていた。


「……ちょ、ちょっと、見てないで助けて!」


慌てて謝って、とりあえずアイシャにくっついているアイグナルドを捕まえては反対側の腕で抱え込んだ。荒い呼吸をして乱れた髪を直すアイシャ嬢が妙に艶めいて見え、ジタバタ暴れるアイグナルドたちにハッとして抱え直す必要があった。


「本当にすまなかった、怪我は?」


アイグナルドがやったことで俺がやったことではない。でも飼い主の責任のような気持ちでしっかり謝罪した。アイシャの頬を上気させた姿が煽情的で、疚しい思いを抱いてしまったという罪悪感もあったからしっかり謝罪した。


「大丈夫、それよりもごめんなさい」


逆に謝罪された。どうしてアイシャ嬢が謝るのかが分からなかった。


「盗み聞きするつもりはなかったの。言わせてもらえるなら、あなたのほうが後から来て突然愚痴りだした……ひゃっ、んうっ!」

「あっ、おいっ! バカ、やめろっ!」


アイシャに飛びつかなかったアイグナルドたちを放置していたせいで、またアイグナルドたちが襲い掛かって、アイシャの悩ましい声があがって……夜の庭で何やってたんだ、俺たち。


「ごめん、でも、あの、少し髪に触れるかもしれない」

「別に構わないからっ! 早、くぅっ!」


アイシャの声であの台詞……俺、よく我慢したな。変な気分になりそうだから必死に頭の中で円周率を唱えて、アイシャの首筋に顔をうずめているアイグナルドを掴んで後ろに放り投げた。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫だけど」

「ん?」

「その、ちょっと、近い……ひゃんっ」


ケガはないか確認しようとしただけ。本当に純粋な心配で疚しい気持ちはゼロ。でも細い首筋に触れたときアイシャ嬢が甘い声を上げ、自分がやったことが原因だと気づいて慌てて手を離して後ろに飛びのいた。


「……すまない」

「う、ううん、その、気にしないで」


流石に豪胆なアイシャもあんな声を出して照れ臭かったのだろう、赤い顔を冷ますようにパタパタと手で仰いだ……あんな声……馬鹿。思い出すな、俺。


でも、これいい思い出なんだよな。


「暑いな」と言ったら、アイシャが「そうだね」って同意して、それならスフィンランに涼しくしてもらおうと思ったときに俺たちの足元に影ができて。揃って見上げて俺たちは唖然とした。


頭上には白い塊。


「ちょっと、止めな……きゃああっ!」

「うわっ!」


察していたアイシャと違って、俺はその白いのが何か本当に分からなくて。ドンッと頭に衝撃があったと思った瞬間、ドシャッと音がして足元が白くなって、頭と足の冷たくなったのを感じた。


「スフィンラン!」

「……どうして雪が? 君が使うのは氷の魔法では?」

「え? あ、えっと、公子様は今日の空気はベタベタするなとか、乾いているなとか思ったことはない、あっと、ありませんか?」


「ある」

「乾いているって感じるってことは空気の中には水があるんじゃないかって思ったの、あっと、思ったんです」


興奮気味でやや早口。敬語では話にくいようだから敬語はやめようというと、驚きつつも説明を続けたい気持ちからか頷いてくれた。


「水があるなら、凍らせれるんじゃないかと思って」

「それだと氷の粒ができるんじゃないか? 雪ってもっとふわっとしていると思うが」

「そこは気合いで、えいっと花が咲く感じに凍らせるの」

「気合い……えい……」

「そうしたらできちゃった」


アイシャはイメージで精霊魔法を使うタイプで、俺がイメージを共有できないでいるとアイシャは手のひらからパラパラッと雪を降らせた。それはアイシャの容貌と相俟っていて――。


「雪の女神みたいだ」

「へえ!?」


いま思い出しても恥ずかしい……妙にメルヘンな、夢見る乙女のようなことを言ってしまった。


「ご、ごめん」

「う、ううん……その、謝ることでは……褒めて、くれたんだし」

「まあ、うん……あ、うん」


あのときは、何を言っても失敗する気がした。


焦っていた。

焦っていたから――。


「そ、そうだ。空気中にある水の粒を蒸発させれば乾いた空気で気持ちいんじゃないか?」

「え? あ、まあ、理屈ではそうなるけれど……え、ちょっと待って!」


ばふっと大きな音がして真っ白な視界になる中、大きく揺れたのはアイシャのスカート。綺麗な脚だなと思った瞬間 ――。


「きゃああああっ!」


膜れ上がったスカートをアイシャは慌てて押さえ、俺はその隙に回れ右をした。


「あ……の……これは、その、本当に……え!?」


右肩を強く掴まれて強制的に回れ右させられ、俺の目の前には真っ赤な顔のアイシャ。


「バカ!」


二度目のビンタ。骨越しに聞こえた、ぶわっちーんという音はいまでも忘れられない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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