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5-10 秘密がバレたら楽になれた|アイシャ・レオネル

我が子もしくは命より大事な存在を浚われた。私ならどうすると考えれば、まずは取り戻す。でもすでに亡くなっているなど取り戻すのが無理なら、相手を殺すの一択。


「どうしてこいつは生きているの?」

「……アイシャが思い止まったから?」


思い止まった……どうして?


「レオ、私はあなたを殺すと決めたら絶対に殺すと思うの」

「奇遇だな、俺もそう思う」

「どうやったら私は思い止まると思う?」

「……子どもたちが止めたら?」


子どもたちがレオの前に立ちはだかるのを想像する……無理な気がする。


「その場は理解した振りをして、子どもたちが見ていないところで絶対に殺すと思うの」

「絶対にか……もう少し違う例えはないか?」

「例え……例えば? 思い浮かばなんだけど」

「あっさり俺を殺すことは思い浮かんだんだな。愛されているのか不安になるぞ」


「それじゃあ質問を変えるわね。私に殺されるほど恨まれていることは理解している。でも死にたくない。それならどうする?」

「質問は変わったが、俺を殺す内容は変わらないな」

「人魚たちの心境を理解しようと思って」


レオは不思議そうに首を傾げる。


「もっと単純に、誤認させているんじゃないか?」

「誤認? 幻覚魔法ってこと?」

「ドリーマーは夢の中で自分をアイシャだと誤認させようとした。そうすれば俺が攻撃できないと分かっているようだった。集団で行動しない竜ですらその認識だ。群れで行動する人魚ならば仲間だと思わせれば攻撃できないんじゃないか?」


「でも攻撃したわよね」

「お前だと認識しなかった。真似、下手すぎ」


……あ、そうですか。


「誤認させる方法は魔法に限らない。見たところこのトンデモナイ王子はそこまで魔法が使えないようだしな。魔導具を使う方法もあるが、そんな大規模な幻覚魔法を見せるのにどれだけの魔石が必要になるか。こんな風にひょいひょい来航できるほどトンデモナイ国は裕福ってわけでもないしな」


それじゃあどうやって?


「歌だよ、歌。トンデモナイ王子が言っていただろう、『人魚に自分こそが王子だと教える歌』だって。実際は王子だと教えているわけではない、そんなことをすれば人魚に襲われて一瞬で海の藻屑だ。王子でない、その歌は人魚たちに浚われた人魚、つまり人魚姫だと誤認させているんだよ」



なるほど!


音を使ってコミュニケーションや協調行動をとる生物はたくさんいる。人魚は歌で惑わせるというから攻撃手段だと思っていたけれど、仲間に自分の位置を知らせているだけかもしれない。


「だから人魚の裸に見惚れて竜から落ちたマックスは齧られるだけですんだのね」

「そうだ。本当に腹が減っていたなら、そのまま巣にお持ち帰りされたはずだ」

「人魚相手じゃ、例えマックスでもお持ち帰りされて嬉しくないわよね」

「下半身、魚だからな」


「ちょっと待て、なんで夫婦そろって俺を貶めはじめた?」

「客観的事実に基づいた考察よ」

「いまそれ、俺のことが必要?」

「全く。尋問前にちょっと息抜きしたかっただけ」


整理しよう。


「まず人魚姫はすでに亡くなっている。そうでなければ人魚姫の生まれ変わりを信じている馬鹿が約20年に1回生まれるわけがない。愛だの恋だのを取っ払って考えれば、王子は人魚姫を鑑賞および人魚の涙の採取目的に拉致監禁したと考えるのが自然だわ」


極悪非道な変態だわ。


「どうして愛だの恋だのの話になる? 何か後ろ暗いことを隠そうとしたのか?」

「そうかもしれないけれど、このトンデモナイ王子の祖先と思うともっと単純なんじゃないかしら。俺に惚れない女はいないとか思っている馬鹿男の典型っぽいもの。王子は本当に人魚姫に恋されていると思ったのよ。ほら、美味しいものを目にするとうっとりしちゃうじゃない?」


「なるほど、お前がミシュアの樹のショートケーキに向ける目だな。分かりやすいし、あれなら勘違いしても仕方がない……アイシャ、ちょっと確認したいことがある」


確認?


「トンデモナイ王子」

「さっきから気になっていたが、それは僕のことか?」


「お前以外に誰がいる。ちょっと黒のとの散歩に付き合ってくれ」



 ◇ レオネル


「どうして僕が犬の散歩に同行しなければいけないんだ」

「犬? ああ、黒ののことか。黒のは犬ではない、アイシャの騎竜だ」


俺が指笛を鳴らすと『なに~?』という感じで黒のが飛んできた。


「レオ?」

「アイシャ、せっかく海にきたのだから釣りにいくぞ」

「釣りって……ああ、釣り」


納得したアイシャが黒のに乗ると、くえええっと黒のが嬉しそうに鳴いた。俺は黒のの足にロープを結ぶ。反対側にはトンデモナイ王子を結んでおいた。


「マックス、悪いけど付き合ってくれ」

「……これから何をするか分かっていて付き合う俺、本当にいい奴」


ため息を吐き、嫌だといいつつも付き合うマックスの操る竜に同乗させてもらい、沖に向かって飛ぶ。当然だが王子は叫んでいる。生きのいいエサで結構なことだ。



「人魚に愛される王子様、ねえ……魚にエサやりをしている気分になるのは私だけかしら」


海面ではバシャバシャ暴れる人魚。押し合い圧し合い、トンデモナイ王子に向かって我先にと手を伸ばしている。うちの貴族の婚活市場に見えなくもない。


「トンデモナイ王子、あの歌を歌ってみろ」

「歌? ぎゃあああっ、引っかかれたぞ!」


……トンデモナイ王族が人魚たちの好物っていうのは本当らしいな。人魚は恐らく俺たちの何倍もにおいに敏感で、だからこそトンデモ王子の傷口から流れる血の匂いにどんどん集まってくる。怨嗟に食べたいという欲が混じっているから物凄い勢いだ。


「歌わないと死ぬぞ」

「そ、それなら……」


……やっぱりな。


歌が聞こえだすと人魚たちは大人しくなった。キョトンとしている、戸惑っているようだ。


おそらく人魚たちの本能はトンデモナイ王子を仲間だと認識しているが、視覚からこれは餌という情報が入り、二つの異なる認識の差異に戸惑っているのだろう。


やはりこの歌は人魚に効く。

そして人間には効かない。


アイシャにも効いていないから、効く条件に『女』は当てはまらない。最初に歌を聞いたレオンもただ上手いと評価しただけだから、効く条件に『子ども』は当てはまらない。


それなら、なぜエレーナにはこの歌が効いた?



当然だが、エレーナは人魚ではない。


しかしうちの国には魔石を人間に飲ませて、魔物の能力が使える人人間を作ろうとした歴史がある。アイシャがそんなことをしたとは思っていない。しかし、人魚の魔石を何らかの形でエレーナは摂取したのではないか。


人魚の魔石には眉唾物の伝説がある。人魚の魔石を使えば、どんな病でもケガでも立ちどころに治る万能薬ができるというもの。


アイシャの趣味は魔道具や薬を作ること。

そしてアイシャは転移ゲートを作れるほどの天才。


万能薬も作れるのではないか。


そう考えると、いつ飲んだかも想像できる。あの裁判のとき、出血して流産が危ぶまれたときだ。子が流れるのは避けられない事態だったのにもかかわらず、エレーナは無事に生まれて成長している。



「マックス、万能薬に使った人魚の魔石はどこから入手したものだ?」

「記録を調べてみるが、十中八九トンデモーナ王国だ。人魚に愛されている国、その名前の通り人魚の魔石や人魚の涙の90%以上がトンデモーナ王国で採取されたものだからな」


「吸収した魔石成分をエレーナから分離することは?」

「やめておいたほうがいい。あの状況で摂取されたものが、いまのエレーナ嬢の体内でどう反応しているかは分からない」


「私もそう思うわ」


アイシャ?


「人魚の魔石はすでにエレーナの一部となったと考えたほうがいいわ。多分ここにきてエレーナがおかしかったのはセイレーンの影響だと思う。セイレーンが人魚たちに、そして一部が人魚のエレーナに命令をしたのよ、トンデモナイ王国から取り戻せって。エレーナをその命令から自由にするには、セイレーンを倒すかトンデモナイ王国からそれを奪って人魚たちに返すしかないわ。どちらが楽かと言えば後者だわ、だってトンデモナイ王国のパッパラパー王族よ」


……アイシャ。


「大丈夫、私、人を騙すの得意なの」



…………うん、知ってる。

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