5-8 夢見る王子様の作り方|レオンハルト
夜会にいった家族が予定よりかなり早く帰ってきた。なにがあったのかと聞けばエレーナ姉さんの気分が悪くなったらしい。大変だ!
「医者を!」
「落ち着きなさい、ハルト。マザコンの毒気にあてられただけだから大丈夫よ」
……マザコン?
呆気に取られている僕に代わって、爺上様が父上に何があったのか尋ねてくださった。
「トデモーナ王国のマザコン王子が夜会でエレーナにちょっかい出してきたんですよ」
「トンデモナイのパッパラパー王族か」
パッパラパー?
「人魚姫の物語、あれは実は実話で『王子』はトデモーナ王国の王子だったんだ」
へー、あれって実話だったんだ……ん? 人魚って魔物だよな。魔物と話ができるの? それって大発見……。
「人魚が恋におちるなどあるわけがない。人魚にとって我々は餌。例えるならば我々がこれに恋するようなものだ」
そうって爺上様が持っていた大きな皿を机の上に置いた。美味そう!
「鯛のアクアパッツァだ。熱いから気をつけて食べろよ」
「いただきます!」
……恋することはないな、うん。美味そうしか思わなかった。
トデモーナ王国は豊富な資源も目立った産業もない国。周りが豊かな海に囲まれているおかげで食料の自給率は高め、でも他国に輸出して儲けが出ているわけではない。眺望と海の恵みを使った料理を売りに外貨を稼ぐ観光立国。
うちの国からしてみればバカンスで行くかどうかというところ。眺望や海の幸ならこの東部で十分楽しめる。仲悪くないが仲良くするメリットとない国だから、試験に出ると『あの人魚姫の国、名前なんだっけ』になる感じ。
ああ、あともう1つあった。あの国は美形が多い。
「どうして人魚姫の王子は自分に人魚が恋したなんて思ったのかしら。やっぱり妄想?」
「完全に妄想というわけではない。あの国の王子たちは人魚たちの好みなんだ?」
「好み? 魔物に?」
「レオだって白身魚より赤身魚を好むじゃない。それと同じよ。人間とはいえ生物。環境や普段食べているもので肉質は変わるわ」
なるほど。さすが、母上!
「アイシャの考察が正しい。しかしトンデモナイの王族たちのパッパラパーな脳みそが叩き出したのは『自分たちが美形だから』だ」
トンデモナイ理論!
「それゆえにあの国は『美』を最も大事にし、王族はその美貌を廃れさせないため王は国一番の美女を娶る」
「頭が空っぽでも?」
「そうだ。空っぽだろうが一面お花畑だろうが国一番の美女ならいいんだ」
なんという王妃の選び方。
「それで必ず美形が産まれるのか?」
「確率の問題だ。実際にお前たちの子どもは4人とも美形だろ? まあ、人魚からしてみれば美醜は関係ない。ただ王族たちの生活環境の中で出来る血や肉質が好みなだけだ」
……4人。父上が俺の頭をポンポンと叩いて、爺上様はにこりと笑ってくれた。
「王族を筆頭に美を至上とする国だから、健康的な料理を得意とするヒーズル国との国交に熱心なのね。トンデモナイ王国だけど、そこだけはよくやったわ」
「なんでアイシャはそう偉そうなんだ……」
「レオ、馬鹿な子はおだてて使うのよ」
「褒めて伸ばすではないのか……しかし、そんなパッパラパーでよく国として成り立つものだ」
「トップが馬鹿でもなんとかなるのは『美形でない者は学問で身を立てよ』という教育方針だからだ」
「……いろいろな国がありますね」
「ところ変われば常識も変わる。それで何番目だ?」
「確か三男坊だと」
「それは厄介だな」
……厄介?
「第三王子は王妃に瓜二つ、つまり国でトップクラスの美形。誰もがちやほやと甘やかし、王族は馬鹿でも構わないお国柄だから誰も彼もが王族の馬鹿を諌める手間を惜しんだ。そしてできあがったのが第三王子、少年の心をもつ夢みる成人男」
ヤバい馬鹿の爆誕!
「本気でエレーナを『僕の人魚姫』とか言っていたのはそれが理由……」
父上、納得しないで。爺上様もどうしてそんなドヤ顔……あ、自分の推理があたったからか。爺上様がさっきまで読んでいた本は人気の推理小説。
「その王子も自分は人魚姫の王子の生まれ変わりと言っているんだな」
「その口振り、頻繁なんですね」
「20年に数人」
「王1人につき1人以上ってことですね」
そんな頓珍漢な王妃選びをするからだ。
確かに母上や姉さんみたいに地に足がどっしり着いた超美人もいるけれど、茶会とかで僕に近づいてくる可愛さが自慢の女の子はふわふわしていて苦手。
彼女たちは誰も俺なんて見ていない。ちゃんと見てくれる家族がいるから俺には分かる。
彼女たちが見ているのは俺の後ろ。
社会的地位が高くて膨大な資産をもつ両親。次期トライアン伯爵夫人になるエレーナ姉さん、次期ウィンスロープになる弟。俺自身は跡継ぎではないけれど、大粛清で父上たちが手に入れた爵位のどれかを僕にくれるというのは有名な話。
父上も母上もうちには政略結婚は必要ないと言っている。特に母上は政略結婚が必要なら自分たちが離婚して父上に結婚させると言っているし、母上なら本気でやると父上はこれまで以上に仕事を頑張っている。
こんな家族に愛されてるのに、俺の生まれを知っている彼女たちは「可哀想」といい「愛してあげる」と言ってくる。
全く、面倒くさくて堪らない。だから俺はいまもマザコンでシスコンなんだって。
「レオン、マザコンの振りはいいがマザコンは黒光虫並みに嫌われるらしいぞ」
「レオンの素晴らしい処世術に文句をつけるな。これだけ可愛いんだ。どこの気狂い変態女に目をつけられるか分からん。アイシャを盾にしていい子を探せ」
母上の復讐に王都の貴族たちはまだ怯えているが、それでも馬鹿なことをする女の子がいないわけではない。馬鹿は虎の尾に気づかないから踏むのだ。
「母上と姉さんが大好きなことは本当だよ」
「かなり強火の愛情であることも分かっている。でもアイシャは俺のだからな」
そしてエレーナ姉さんはイヴァン兄さんのもの。僕のものと言いたくなる女の子、うん、いる気がしない。
◇
「ぎゃああああっ!」
庭のほうから叫び声がした。最初は驚いたけれど、連日聞いていれば双子の弟たちだって慣れる。
「ハルト、黒のがやったの?」
「ううん、スフィンラン」
「そう、それなら放っておきましょう。暑いからすぐに溶けるわ」
氷の槍に囲まれて獄中みたいになっているけど、他国の王子をその扱いで大丈夫?
マザコン王子はあれから毎日のようにエレーナ姉さんに会いにやってくる。最初は母上が対応していたけど飽きたらしくて、いまはスフィンランとアイグナルドが対応している。契約竜の黒のがやっちゃった場合は母上の責任だけど、精霊たちが遊んでいてやらかしたことは全て自然災害ですむとのこと。
ん?
「母上、突然歌い出したんだけれど」
「上手いじゃない、マザコンなのに」
母上は感心するだけだけど、父上は溜め息を吐いた。
「歌にマザコンは関係ないだろうし、そもそもそういう問題じゃないし……そう言えばエレーナは?」
「イヴァンと街に買い物に行って、もうすぐ帰ってくる……」
母上の答えに僕らは顔を見合わせる。
「あら嫌だ」
「かち合うかもな」
「姉さん!」
僕は急いで玄関に向かうと双子たちが帰ってきたところだった。
「パル、エア、爺上様は?」
「おうじしゃまなのー」
「なのー」
どうやら双子もマザコン王子に会ってしまったらしい。
「二人は父上たちのところに行っていなさい」
「「はーい」」
僕の弟たちは本当にいい子だ。可愛くて素直って、なにそれ天使?
外に出ると海風が涼しく感じた。うん、さすがスフィンラン。近くで見ると大きな氷柱だ。
「また新しいのが出てきた!」
マザコン王子。
「今度は誰だ!」
「エレーナの弟その1ですよ」
やる気のないイヴァン兄さんの声がした。
「私の弟に何か文句でも?」
凛々しい姉さん、かっこいい!
「違うよ、セレーナ!」
「……誰?」
「僕は君をセレナと呼ぶのは我慢する。だから君もエレーナなどと呼ばれるのを我慢してほしい」
謎理論。
「だから、セレーナ。目を覚ましてくれ!」
お前こそ現実を見ろ。
「セレーナの王子様は僕なんだ!」
「……全く、何度言わせるのですか。違うと、誤解も超解釈もないようにあなたは私の王子様ではないと言っているではありませんか。」
もう一度言ってやれ、姉さん!
「私の王子様はお祖父様です」
………………え?
えっと、姉さん。そこはイヴァン兄さんじゃないの? なんで爺上様?
「イヴァン兄さん、姉さんはどうしたの?」
「……殿下に聞いて」
「殿下、姉に何をしたんです?」
「何って……あっ! な、何もしていない! 何もしていないぞっ! 歌っていただけだ」
嘘、下手すぎ……。
「さっきの歌は人魚の歌ね」
母上!
「ど、どうして分かった。これは人魚に自分こそが王子だと教える歌。我が王家の者しか知らないはず。もしやお母上様は我が王家に連なる者か?」
「そんなはずないでしょう、カマ掛けただけよ。よくそんな緩いやり方で今まで秘密が保たれたわね」
流石、母上!
「エレーナの王子様ならレーヴェ様に決まっているでしょう。エレーナの初恋の君、ちなみに私の初恋の君でもあるわ。あなた、乗れてせいぜい白馬でしょう? 白竜に載ったお爺様には逆立ちしても勝てないわね!」
「おうじ様」と「おじい様」、音は似ているが全く違う気が……いや、爺上様はいまでも十分いける。トンデモナイ王子よりよほど王子らしい。
「人魚の歌について問い質すわよ。ハルトたち、そこのトンデモナイのを連れていらっしゃい」
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