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5-7 エレーナを人魚姫だと言う男|イヴァン

ちょっと席を外している間にエレーナが男に絡まれた。


慌てて戻ろうとしたが場所が悪く、戻るのに時間がかかるとエレーナが周囲より背の高いレオネル様に気づいた。


「父様!」


エレーナの声に人垣がバッと割れる。そしてそこにいるレオネル様とアイシャ様に、周りはエレーナが御二人の娘だと気づいた。


一斉に、それまでは明らかに傍観、寧ろ若い男女の諍いと面白がっていたのに『いま止めにいこうとしていました』みたいな顔になる。よほどアイシャ様が怖いらしい……分かる。


「エレーナ、大丈夫か」


レオネル様の問いに頷くエレーナ。よかった。僕の肩をアイシャ様がポンッと叩いた。


「どこにいたの?」

「エレーナに頼まれた飲み物を取りにいっていました」

「それなら仕方がないわね」


アイシャ様が溜め息を吐き、僕をエレーナのほうに行かせてくれた……怖かった。



「エレーナ、大丈夫?」

「……イヴァン」


僕にエレーナを預けたレオネル様は、僕たちを庇うように前に立つ。その隣にアイシャ様も並ぶ。相手はトンデモーナ国の第三王子リアルド殿下、ここは御二人にお任せしよう。


「無礼な高貴な方とお見受けしました。お名前をお教えいただけますか?」

「……何か余計な修飾語がついていなかったか?」


アイシャ様の先制パンチに眉を顰めるリアルド殿下。アイシャ様は『なんのことでしょう』みたいや微笑みを向ける。


見た目詐欺の本領発揮。リアルド殿下はあっさりとアイシャ様の顔に絆された。今度はレオネル様が怖い。


「トデモーナ国の第三王子、リアルドだ」

「ああ、トンデモナイ国」


「ん? いまなんと……「殿下、お気になさらず。妻は異国語が少々苦手なのです」……そうか」


馬鹿……いや、素直な方だ。


「先ほどセレナに父と呼ばれていたな」

「ええ、エレーナは私の娘です」

「違う、セレナだ」

「エレーナです。というか、父親に対して『違う』はおかしいだろ」


アイシャ様が深く溜め息を吐く。


「どこの王族も迷惑極まりない。王族ならうちに迷惑をかけなければいけないってルールでもあるわけ?」


アイシャ様が被っていた猫を脱いだ。


顔に絆された分だけ裏切られた思いが強いのか、リアルド殿下の目が一気に吊り上がる。詐欺に引っかかった人の典型的な反応だ。


「不敬だぞ!」


そして王族の典型的な反応。こんなものに怯むアイシャ様ではない。


「出た! 王家の伝家の宝刀『不敬だぞ』。久しぶりに聞いたわ。懐かしい。ねえ、レオ」

「うちの国では使い古されてカビも生えているというのに、まだ使う王族がいたのか。久しぶりに聞いたな……それにしても」


御二人が同時に顔を両手で覆う。


「「聞いていて恥ずかしい」」


すっごく馬鹿にしてる。御二人はこういうとき息ぴったりだ。リアルド殿下の顔が真っ赤だが、怒りもあるだろうが恥ずかしさのほうが大きいかもしれない。



「さて、一通り遊びましたのでお話をいたしましょう」

「遊ぶな」


アイシャ様の発言に律儀に突っ込むリアルド殿下。マメな方かもしれない。


「ここで殿下の恥を披露するのもなんなので場所を移動しましょう」

「晒す恥などない」

「あるから申しあげているのです」


アイシャ様が先導し、僕らはバルコニーに向かう。



「海風が気持ちいですわね」

「ふんっ」 


アイシャ様の言葉に顔を背けるリアルド殿下。


「殿下、本題に入る前の導入の会話がスムーズにできないから女性にもてないのですよ」

「できるわ! そもそも初対面だろう、知った風に言うな」

「だって、そんな御顔をしております」

「顔は関係ないだろ!」


アイシャ様は『まあ』と驚いた顔をしてみせる。


「異性とお近づきになるかどうかをまず決めるのは一に顔、二に顔、三に顔です。中身に惚れたという方もいますが、それでも初めの一歩は顔であったに違いありません」


アイシャ様の言葉に僕たちの目がレオネル様に向かい、『なるほど』と僕もリアルド殿下と共に納得してしまった。


「いやいや、私もモテるぞ」


確かにリアルド殿下はモテるだろう。だってトデモーナ王国って確か……。


「初めの一歩がいけてもその次が……ほら、中身の問題になりますもの。初対面の女性に許可なく触れる痴漢行為が社交などトンデモナイ教育ですわね」

「はっ、そんな他人行儀な。セレナと私の仲だぞ」

「なんと見事なストーカー理論。それで、そのセレナとは誰なのです?」


レオネル様が「飽きてきたな」と呟いたのが聞こえた。アイシャ様、飽きてきたのか。


「セレナーディア・マリーナ・ラヴィリアント・アズールだ、俺たち以外が彼女を愛称で呼ぶな」

「それでは略してセレナさんと呼ばせていただきます。その略してセレナさんは殿下のなんですの?」


なるほど「略してセレナ」が名前……でも『俺たち』の“たち”って?


「僕の人魚姫だ」


……ヤバい人だ。


「レオ、やはり医者の手配をストーカー侯爵にお願いして」

「分かった。頭の悪い方がいらっしゃると伝えてこよう」

「誰が馬鹿だ!」

「馬鹿とは言っていませんわ。殿下、妄想が過ぎます」


……そうかなあ。


「ただ人魚姫については殿下の妄想ではないかと……」


アイシャ様が可愛そうなものを見るような目でリアルド殿下を見る。


「そんな目で見るな! 人魚姫は僕の恋人なんだ!」

「殿下、実は300歳を超えていますの?」


アイシャ様の疑問にリアルド様は誇らしげに胸を張る。


「聞いて驚け」

「うわあ!」

「聞いてから驚け」

「申しわけありません。本当に『聞いて驚け』という人を初めて見たので」


アイシャ様の言葉にリアルド様の顔が赤くなる。


「……驚かなくていい」

「分かりましたわ」

「人魚姫の物語に出てくる王子が我々の祖先というのは知っているな」

「必要性の低い雑学、つまりトリビアで」

「きちんと知っとけ!」


……いちいち反応をするから、アイシャ様の虐めっ子精神を刺激するんだよ。


「俺の前世はその王子なんだ」

「へー」

「驚け!」


アイシャ様はしばし考えたあとでレオネル様を見る。


「驚けと言ったり驚くなと言ったり、我が儘なのはうちの王族だけじゃなかったのね」

「吃驚だな」


遠回しに我が儘と言われたリアルド様がアイシャ様をキッと睨むが、アイシャ様にとったら子犬が吠えているのとは変わらないのだろう。


「信じろよ!」


焦れったさがピークに達したのか、リアルド様が地団駄を踏み始めた。成人男性が地団駄……これは、また。



「殿下、心してお聞きくださいませ」

「……なんだ?」


僕も気になる。


「女性からしてみれば妄想癖のある殿方はマザコンに次いで嫌悪されます」

「妄想癖などない!」

「しかし、あなたはエレーナが人魚に見えるのでしょう?」


リアルド殿下が鼻で笑う。


「人魚姫は人間になって愛しい王子に会いにくるのだ」

「へー」

「軽く流すな!」


「物語の話ですから。そもそもこの子を産んだ母親として、この子が実は人魚なんてあり得ないと言えますわ」

「母親? あなたは彼女の母親か?」


そんなに驚くかな、二人は似ていると思うけれど。


「人間から人魚が産まれたなど聞いたことはない」

「そうでしょうね」


僕もない。


「それではあなたも人魚か。通りで美しいと思った」

「……意外といい子じゃない」


アイシャ様⁉



「アイシャ、遊ぶのはいい加減にしろ。外交問題になるから」

「そうね、餡子の国と国交断絶になるのは嫌だわ」

「餡子? 母君は餡子がお好きなのか? それならヒーズル国から献上された珍しい白い餡子を支度金代わりに贈らせて……」


はあ? 支度金? こいつ、エレーナを自分の嫁にするつもりか?



「妄想癖があるマザコン男に私の可愛い娘をあげるわけがないでしょう」

「マザコンではあるが妄想癖はない」


……マザコンではあるのか。


「マザコン野郎には絶対に嫁にはやりません。私がそれはもう姑で大変苦労したからエレーナには同じ轍を踏ませないと決めています」


そうなんだよね。僕がレオネル様とアイシャ様に結婚の許可をもらいにいったとき、アイシャ様は「フウラだからいいわ」で僕たちの婚約を認めてくれた。



「……イヴァン」


呼ばれてエレーナを見ると真っ青な顔で口元を押さえていた。レオネル様はもちろん、リアルド殿下で遊んでいたアイシャ様も慌ててエレーナの傍にくる。


「どうした? 気分が悪いのか?」

「ま………んは……」


何かを呟いたが聞き取れない。


「イヴァン、退きなさい。エレーナ、大丈夫? 気分が悪いなら吐いてしまいなさい」


アイシャ様の言葉にレオネル様が動き、上着を脱いでエレーナの頭から被せる。


「母様……」

「どうしたの?」

「マザコンは無理」


え? マザコン?


「ダメ、気持ち悪く……」

「やっぱり」


さすが! アイシャ様には心当たりが……


「やっぱり女はみんなマザコンがだめなのよ。レオ、とにかくそのマザコン王子をどこかにやって。マザコンの所為で空気が悪いんだわ」


「お、おう……」

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