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膿んでいても手遅れでないことを祈る(ヴィクトル)

注)児童虐待の描写があります。

 どうやったらアイシャ嬢をランチに誘えるかマックスに相談して、「肉と甘いもの」という言葉に半信半疑で従ってみれば簡単に釣れた。


 いや、釣れてくれたという表現のほうが正しいかな。


「ありがとう、君のそういう理解のあるところが好きだよ」


 僕の発言で一気に周りが騒めく。

 そうそう、もっと騒いでおくれ。



 隣国の第二王女と婚約を白紙にするときこの事態は覚悟していたけれど、後継のために早く結婚したほうがいいのに高位貴族令嬢の中から婚約者を選ぶなんて時間の無駄。


 何人いると思っているの?


 三人くらいに候補を絞ってから対応するといっても官吏たちは公平性だとかなんだとか言って僕に丸投げしてきた。


 だからアイシャ嬢を模擬戦で見たとき丁度いい篩が見つかったと思った。

 己の矜持だけを見て孤児と接するか、国の安寧を考えてスフィンランの愛し子と接するか。


 塩対応でありつつもアイシャ嬢が俺に馴れ馴れしくするのを許してくれるおかげで毎日何人もの令嬢たちを振り落とせている。



「感謝の印に宝石の一つや二つ贈りたいところだけど」

「やめてください、いまが被害の出ない限界です」


 マックスの声に振り替えると、マックスの背後でマリナたちとアイグナルドたちが水の球と火の球を投げ合って遊んでいる……ように見える。


「面白いね、本人は無関心を装っているのに精霊たちがそれを全て無駄にしている」


 僕の声が聞こえてもおかしくない距離だけどレオは窓の外を見ている。

 あっちは、淑女科の実習室か。


「授業を受ける彼女を窓越しに見つめるなんて歌劇みたいじゃないか?」

「ヴィクトル。応援しているの、邪魔しているの?」

「面白がってる」


 根が割と素直なレオとマックスは僕の思惑に気づかない。

 僕はアイシャ嬢を確かに気に入っているけれど、妃になど欠片も考えていない。


 僕がアイシャ嬢を本気で妃にしようとしていたらスフィンランたちに凍らされていただろう。

 見せしめに、氷の矢で貫かれて死んでもおかしくない。


 将軍を妃にするということは、事実上の妃を別に娶るということ。

 

 将軍は基本的に砦で生活することになる。

 後継ぎを求められる若い王族が別居夫婦になるわけにいかず、かといって将軍を任地から離すわけにもいかず、「苦渋の決断」という王家にだけ都合のいい理由付けで事実上の妃を娶る。


 そんな形だけの妃になることをあの気性の彼女が受け入れるとは思えない。


 彼女が誰かを愛するなら一途に、危ういくらいわき目も振らずその男を愛する。

 そんな気がする。


 愛し子が望まぬことを強要することなかれ。


 いまの王家の不文律。

 これを作ったのは愚かなことをした妹だというのに、その兄である父は忘れて孤児の愛し子とアイシャ嬢を嘲った。


 まあ、返り討ちにされたけれど。



 彼女を俺の都合よく利用しているのは事実だけれど、王太子妃候補というのが彼女の箔になればいいと思っている。


 この箔はアイシャ嬢だけではなく、レオがヘタレを返上してアイシャ嬢と上手くいけば役に立つはず。


 王家はウィンスロープ公爵家、特に現当主レーヴェ殿とレオに取返しのつかないことをした。

 いや、あの女を抑えられていないのだから現時点でも酷いことをし続けている。



 レオを生んだサンドラは王女で、俺の叔母にあたる。

 先代国王である祖父は「政治はできた」と評価されるが、裏を返せば後継者育成には失敗した。


 正妃が産んだ俺の父と愛妾が産んだサンドラ。

 どちらも失敗作だから祖父に大きな責任がある、特に己の愛と欲で娶った愛妾との間に生まれたサンドラは母親が知らないのだから王族としての教育を祖父が厳しく管理するべきだった。


 子どもを甘やかすだけなら誰でもできる。

 祖父は面倒がって娘への教育をさぼり、甘やかされて育ったサンドラは己の欲を我慢することをしなかった。


 今日は勉強したくない。

 嫌いな食べ物があるから作り直して。


 子どもの可愛い我侭のうちに矯正するべきだった。


 強制されず自由気ままに育ったサンドラは二十歳のとき十三歳のレーヴェ殿に一目惚れした。

 二十歳という行き遅れの時点で「わけあり」だと騒いでいるようなものなのに、サンドラは周囲の予想を上回り「レーヴェ様のお嫁さんになる」とあちこちで騒ぐ恥知らずだった。


 サンドラの我侭を流石にそのときは祖父も諫めたらしい。


 相手が未成年、さらにレーヴェ殿は大精霊アイグナルドの愛し子であり筆頭貴族であるウィンスロープ公爵の嫡男だった。

 当時は砂漠の蛮族の力が強かったため、アイグナルドと共にそれを退けようと戦う公爵と公子は国民の人気が高かった。


 しかしサンドラは常識と良識が愕然とするほど醜悪な方法で望みを叶えた。


 城で行われた南部平定を祝う夜会でサンドラはレーヴェ殿に薬を飲ませて襲い掛かった。

 その薬は服用者の魔力を捻じ曲げて強制的に興奮させるもので、それによってアイグナルドたちはレーヴェ殿に近づくことができず本人も魔法を使って抵抗することができなかったらしい。


 公子が襲われるという公爵家の醜聞。

 これでレーヴェ殿が手に入ると喜んだサンドラだったが、怒った公爵家の対応は誰もが驚くものでサンドラの罪を明らかにして堂々と王家を批難した。


 ウィンスロープは代々嫡男がアイグナルドの愛し子になっているので、レーヴェ殿はまだ愛し子に選ばれていなかったが愛し子と同等の扱いを受けていた。

 いくらでも代わりのいる王族と代わりのいない愛し子では価値が違った。


 サンドラに例の薬を渡した愛妾は斬首、サンドラ自身は王族なので北の塔への幽閉が決まった。


 これで終わるはずだったが、事態が急転した。


 サンドラの妊娠とウィンスロープ公爵の急逝。

 公爵夫人は昔に亡くなっており、未成年で公爵位を継いだレーヴェ殿には妊娠を盾に罰を白紙にしてサンドラとの結婚を迫る国王を退ける力がなかった。

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