1.お金の使い方を考えよう|ルネ・レオンハルト
本編完結後、あのアイシャがレオネルに払った慰謝料の行方の物語です。
「閣下、どうかしましたか?」
難しい顔をして書類を睨む上司に僕は尋ねた。しかし上司のレオネル・ウィンスロープ公爵は悩む姿も様になる。
「少し資産のことで悩んでいてな……ルネ、相談がある」
「え? いやです」
……「なんでも仰ってください」というつもりが、本音のほうが出てしまった。
「……すみません」
「まあいい。咎めないから座れ」
座らなかったら咎める気だ……こうなったら僕に拒否権はない。でも、聞いたが最後で面倒の予感しかしない。
「実はな……」
閣下は俺の心情など気にしやしない。閣下は優しさを家族に全振りしている。
トントン。
「入れ」
閣下は眉をしかめた。低い声。邪魔されて機嫌悪いな。どうかアイシャ様かお子様たちでありますように。最も理想は双子の若君たち。お二人はまだ3歳。閣下は最近帰宅が遅いため寝顔しか見れていないと文句を言っていたから。
「失礼いたします」
入ってきたのはレオンハルト様だった。女神様、ありがとう。
相変わらず綺麗な方だが、かつて長かった銀色の髪は閣下の再婚の直後にバッサリ切られ、その後に背もぐんっと伸びたため可愛らしい印象が薄れ、どこから見ても男の子になられた。
「どうした?」
「これに急ぎでサインが欲しくて」
「休暇の申請? 突然どうした?」
「母上が僕とイヴァン兄さんを魔物狩りに同行させてくれるのです」
ワクワク感を隠せないレオンハルト様の可愛らしさに閣下と共に顔が緩む。普段より二回り大きな字でサインをした閣下が書類をレオンハルト様に戻して、不意に首を傾げた。
「サインならアイシャに頼めば良かったじゃないか」
「父上、母上お忙しいんですよ?」
父は暇だとでも、というような閣下の顔に笑いを堪えるため腹筋に力を込めた。実母に恵まれなかった反動でレオンハルト様はアイシャ様に少し引くくらい傾倒していらっしゃる。
「一緒に夕食をどうだ?」
「外泊許可を取っていないので帰ります」
目的を達してあっさり帰ろうとするレオンハルト様に閣下は寂し気な表情を浮かべる。以前は閣下のあとをついて回っておられたからなあ。
「あ、レオンハルト。相談があるのだが……「聞きませんよ。父上がそう畏まると碌なことがないのですから」
言えなかったこと言ってくださったレオンハルト様に内心で拍手を送る。
「ア
イシャとエレーナに関することだぞ?」
「勿論お聞きします」
それを先に言ってくださいとレオンハルト様は閣下の相談に真摯に向き合う姿勢を見せ、僕の隣に並ばれた。……おおう。
「相談とはなんですか?」
やっぱり僕も聞くのか。
「アイシャから公爵家に支払われた賠償金を何らかの形でアイシャに返したい」
予想外の内容にレオンハルト様と思わず顔を見合わせる。
「賠償金は倍にしてアイシャ様にお渡ししたのでは?」
「持参金として全て突っ返された。ドブに捨てた金を受け取るつもりはないそうだ」
……ドブ。アイシャ様の賠償金額は知っている。あれをドブに……アイシャ様らしい。
閣下はアイシャ様から支払われた賠償金を、カレンデュラ様と再婚なさる直前に全額砦に寄附し、活動費の余剰資金として僕に管理を任せた。
―― 必要なときに無償で渡してやってくれ。南部でなくても構わない。
閣下は僕をここに送ったのはアイシャ様だと知っていた。「南部でなくても」と仰られたのはアイシャ様が必要としたら渡すようにという指示でもあったと僕は思っている。サンドラ様とカレンデュラ様の浪費癖に閣下は気づいていらっしゃったから国の資産にして賠償金を守ったのだ。
実際にお二人は公爵家の資産だけでなく閣下の個人資産にも手を付けておられた。金を無心にする便りには表現は遠回しだったがアイシャ様からの賠償金を寄越すようにあったくらいだ。
古竜を討伐して四将軍が和解すると同時に、国王陛下は将軍による砦の私物化を防ぐという名目で砦の管理費用としてそれぞれが寄付したり個人資産から持ち出した分の金は全額将軍個人に返された。
これによって閣下は賠償金を倍額にしてアイシャ様に渡すことができた。
また後の悪例になってはいけないという理由で、これまで極端に低かった北の砦の管理費用と他の砦の差額分、それも15年分を陛下は北の砦に支給した。次代の将軍はエアハルト様。潤沢な資金は将軍の負担を減らすからと、アイシャ様はこの結果に納得した。僕は良かったと思った。
◇ レオンハルト ◇
「つまり、国家予算1年分に相当する資金を母上のためなる何らかの形にしたいということですね」
「本当ならアイシャに渡す前に言うべきだった。事後報告になってすまない」
「別にいいですよ、むしろそうしていなかったら怒ったと思います」
金のことは本当に気にしていない。
「宝石もドレスを贈っても、母上はもちろんエレーナ姉さんも突っ返しますよね」
「そういうところがエレーナは本当にアイシャによく似ているな」
頑固なところも可愛らしくて堪らないと父上入っているが、その性格が贈り物を難しくしている主因。嬉しそうに言っている場合ではないと呆れるものの、母上大好きという点がぶれない父上のこういうところは好きだ。
「いっそのこと遺産で渡すか。墓場まで金を持っていくことは不可能だし」
「あの二人、墓の前で国家予算1年分の焚き火をしますよ」
……しそうだ。ルネの言葉に納得する。
「どうしろっていうんだ……」
……どうしろ、かあ。
母上は贅沢を好む方ではない。そこが素晴らしいし、贅沢をするにしても自分で稼いだ金を使うことを好むタイプなところはもっと素晴らしい。慰謝料はドブに捨てた、母上らしくて素晴らしい。
母上もエレーナ姉様も過去のことに対する慰謝料や賠償金は、悪銭をいつまでも持っていたら不幸になりそうという理由で全て国に寄付している。女神のように慈愛深き方々だ。
あ、そういえば―――。
「父上、帰ります」
「は?」
「エレーナ姉さんに会ってからお話します」
父上の顔が戸惑いから何か察したような顔になる。
「ちょっと待て。寮にいるエレーナを呼び出すなら俺の名前を使ったほうが早い」
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。




