1-7 皇太子の婚約者|レオネル
騎士団での模擬戦の後、しばらくしてヴィクトルも俺たちと同じ学校に通うことになった。
俺たち4人とアイシャの交流はここから始まったと言える。
当時ヴィクトルは隣国に留学していた。留学しつつ、当時婚約者だった隣国の第二王女との交流を深めることになっていた。
それが突然、留学をやめて帰国するというから驚いた。
帰国の理由は、当時の婚約者だった第二王女が彼女の護衛騎士と駆け落ちしたから。王女の失踪、国王は当然捜索を命じ、王女は花宿で護衛の彼と全裸で盛り上がっているところを発見された。当然彼女とヴィクトルの婚約は白紙になる。
この件においてヴィクトルは一切ショックを受けていない。
ヴィクトルはこの件で王女に協力した。協力どころか、お相手を花街に連れこんで既成事実を作れと王女をけしかけ、あまつさえ娼館で使用される合法の媚薬を渡したのはヴィクトル本人。ショックを受けるわけがない。ついでに駆け落ちにも手を貸したらしい……本当、何やってんだ。
まあ、ヴィクトルは王女から護衛騎士との恋の道に進みたいと告白された時点で彼女に見切りをつけたのだろう。己の恋心を優先して王族としての務めを疎かにする、そんな脳内お花畑では困ると判断した。ヴィクトルはそういう男だ。
王太子のヴィクトルの婚約が白紙になったことで、高位貴族の令嬢の婚約は全て事実上白紙になる。これには俺も喜び、当時俺の婚約者を自称していたカレンデュラを王太子妃に推した。
「お前、国を亡ぼす気か?」
「レオ、気持ちは分かるけれど王子妃の候補としてすら名前が挙がらないと思うよ。血統だけは文句がつけられないが他は文句しかない」
「サンドラ公爵夫人は絶対にカレンデュラ嬢をレオの嫁にする気でいるからね」
「煽て合い、煽てられ合うのが大好きな二人だからね」
「需要と供給の最悪な一致」
散々な評価を受けて却下されたそのカレンデュラは、ホーソン侯爵家の令嬢だった。
俺の友人が満場一致で却下するようなカレンデュラを俺の婚約者にと強く推したのは俺の母親だというサンドラ。当時は血縁者が代理で婚約を届けられる制度があったから、俺の母親という戸籍上の理由でサンドラが代理でカレンデュラと勝手に神殿に提出してしまった。
ちなみにこの制度について、子どもの人権侵害という理由で俺が撤廃を提言してヴィクトルが承認しているため、現在はこの制度はなく子どもが成人しないと婚約届が出せないようになっている。
しかし当時はこの法の下、撤回する術もないので未成年のうちは我慢し続けた。そして俺は16歳の成人初日に俺が了承がないことを事由に白紙にした。
未成年のうちでもサンドラの気を変える方法は一応あった。当主である父上がサンドラに一言言えば即時で俺とカレンデュラの婚約は撤廃されただろうが、それこそ無理な話。
サンドラは父上に病的なほど執着し、そんなサンドラを父上は嫌悪を通り越して憎悪している。なにしろあの女と同じ空気を吸うくらいなら自害すると明言して家を出ていったくらいだ。
この父上の態度については誰も何も言えない。
社交界は父上に対して腫れもののように接する。
ただ異母妹のサンドラに五月蠅く説得されて前国王が重い腰をあげて父上に忠告したことが何度かあるらしいが、アイグナルドの愛し子であり公爵の地位にもある父上に対して有力な手立てなどない。もともと王族がサンドラのことで父上に強く言えるわけがない。
俺はサンドラが父を強姦するという最悪の形で生まれた。つまり王家は公爵家に対して頭が上がらないことをしでかした。サンドラとの仲を良好になんて、忠告する元国王が厚顔すぎるのだ。
そんな風に生まれた息子だが、父上に忌避されてはいないが大して仲もよくない状態。
父上と呼んではいるがなんとなく便宜上。俺と父上の関係は親子というより師匠と弟子。親子として過ごした時間よりもアイグナルドの愛し子になって師弟として過ごした時間のほうが圧倒的に長い。
ヴィクトルの婚約者候補にカレンデュラの名前はあがらなかったが、アイシャの名前が挙がった。模擬戦でアイシャを見て気に入ったヴィクトル本人の推薦があったのと、貴族数人の後押しがあったから。
行動力があるヴィクトルは直ぐに編入してきた。
教室は俺たち将軍になる愛し子4人だけの特別クラス。ここ以上に安全な教室があったら教えてほしいとヴィクトルが言い、納得して俺たちも学院も受け入れた。
アイシャがヴィクトルの妃候補という噂は直ぐに流れた。
そのせいで不満・嫉妬・好奇心をごちゃまぜにした貴族たちが自由時間のたびに出入り口に鈴なりになった。邪魔だと思いつつも、彼らが入口を塞いでくれているおかげでカレンデュラが教室に来られないことはよかった。でも別の苛立ちは発生。
「やあ、アイシャ嬢。元気かい?」
「元気ですわ、殿下。明日も元気ですし、金曜の放課後まで元気です。今週分の挨拶はこれですみましたね、ごきげんよう」
理想かどうかは分からないが『王子様』のヴィクトルに話しかけられれば喜ぶ令嬢たちを見てきたせいで、塩対応どころか『話しかけるな』オーラが半端ないアイシャに新鮮さを覚えた。
「君の嫌がる顔はクセになるね」
「その変態っぷりが国民に知られたらドン引きされますよ」
「大丈夫、変態の人って結構多いから支持率は50%は残る」
「夢は大きく、変態を治して支持率90%を目指してください」
音声がなければ爽やかに微笑み合う美少女と美男子で、差し込む朝日のライトアップで目の保養になる光景なのに俺は苛立った。なんだかんだとこの二人は会話をしていたからだ。ヴィクトルはオーラで『近づくな』と言われただけで、言葉で「近づくな」と言われた俺は近づけなかったから。
「ちょっとレオ、熱いんだけど」
「今日は冷えるからな」
大精霊の愛し子が4人もいて何を危惧しているのか、教室内はマックスが臨時の近衛騎士としてヴィクトルを護衛していた。
「熱風じゃなくて温風にして」
「注文の煩い奴だな、アイグナルドをこき使うな」
マックスと話している間にヴィクトルが昼飯にアイシャを誘いはじめる。王子の会話術ってすごいなと、疎かにしていた社交術を見直すことに俺は決めた。
「ランチはいつもスフィンランたちと食べています」
「スフィンランってご飯を食べるの?」
「食べますよ」
煙に巻こうとアイシャ嬢はしれっと嘘を吐いた。
「それじゃあスフィンランたちも一緒でいいから僕とご飯を食べようよ」
「食事くらいストレスフリーでいたいです」
ストレスの元だと言われているのに笑い飛ばしたヴィクトル。アイツの心臓は何製なのだろう。
「妃候補たち全員とランチしないといけないんだ、公平にするためにね」
「フェアかクズか分かりにくい発言ですね」
「今日は君のために肉汁あふれるひき肉の塊をコクのある野菜のソースで煮込んだものを用意したよ」
その一言であっさりアイシャが揺らいだ。
アイシャは昔から食べることが大好きだった。
学生の頃は魔物の討伐に同行して出る協力金を全て食べ物に費やしていた。俺は見たことがないからマックスから聞いた話だったけど。アイシャが特に好きだったのは――。
「デザートはチーズケーキだよ」
「ご一緒いたします」
……思い出の中でもチョロい。
あっさりとヴィクトルの誘いに乗ったアイシャに俺は苛立った。
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