4-16 隠し通せる悪事はない|ヴィクトル
「派手にやったなあ」
視線の先、天井があるはずのところに青空が見える。瓦礫を踏み分けながら僕は溜め息を吐いた。
「いい天気だなあ」
「ヴィクトル」
「大丈夫、ちょっと現実逃避をしたいだけ」
ヒョードルに頷き返し、僕は俯いて肩を震わせる南部辺境伯と彼の娘である妻を見る。
「パルヴァ……」
辺境伯とパルヴァ嬢はとても仲のいい兄妹だと聞いていた。レアに妹の分も幸せになってほしいと、嫁ぐときに王太子である僕に面と向かっていうほど大事な妹君だったのだろう。
「へ、陛下?なぜここに?」
さて、ここからは僕の出番。サンドラ夫人の驚く声に肩を竦めて見せて、目の前にある城の象徴といえる尖塔を指さす。
「城に王の僕がいても不思議じゃないと思うよ?」
「……城?」
僕の視線を追った夫人が尖塔を見て驚く。神殿にいると思っていただろうからその驚きは分かる。今日のサンドラ夫人は『アイシャの結婚式でレーヴェに会える』という情報で神殿に行ったのだから。
爆弾を持参して。
その爆弾は護身のためにほしいと嫌がる使用人を脅して手に入れたもの。先日起きた事件、嫁いびりをしていた姑が嫁に無残の殺されたという世間話を侍女たちから聞いたからだ。
「僕こそ驚いたよ。王妃と舅殿と僕の部屋でお茶を飲んでいたら突然屋根が吹っ飛んだからね」
状況を理解できない夫人に内心苦笑しつつ首を傾げる。
「夫人はウィンスロープ公爵の結婚式に出るのではなかったか?」
「え?」
夫人がアイシャとレーヴェ殿を見る。うん、結婚式に新郎以外の男が白を着ているなんて誰も思わないよね。夫人がレーヴェ殿を花婿だと勘違いしたことにはちょっと同情する。
「それは……」
呆然とした夫人の声にレーヴェ殿が首を傾げる。
「これはティアラの形を模した結界の魔導具だ」
「そんなこと聞いておりません。結婚式、花婿はレーヴェ様なのでは?」
「老眼か? 俺は花嫁の元義父としてアイシャを祭壇までエスコートするんだ。若い娘のエスコートで緊張している」
「嫌ですわ。若いなんて。もう30代半ばですのよ」
……どうやって二人が夫人を煽ったか分かった。
「それでは花婿は?」
「レオですわ」
「なんで……」
「息子の結婚式にでたいと言われたら、そりゃ陛下だって許可せざるをえないでしょう?」
「あなたの結婚式だから……」
はあ、とアイシャが盛大な溜め息を吐く。
「事実上軟禁されているあなたが、赤の他人、むしろ姑としていびり続けた元嫁の結婚式に出られるわけがないでしょう。レオが花婿だから陛下が渋々でも許可を出したのです。ただ、あなたが私を憎らしく思っているのは周知のこと。だから友人のマックスが護身具を作ってださったのです。友人には恵まれているんで、私」
あれ、この吹っ飛んだ城の修理費はどうなる……夫人の軟禁を解いたことでこの状況に陥ったのなら、許可だした僕の責任になるんじゃないの?
「でも、ここ教会ではない……」
「それについては謝罪を。結婚式に参列予定の私のデートが、うっかりとゲートを開いて私たちを城に転移させてしまったようなのです。私の弟子ですから、修理費は私が持ちますわ」
……よかった。でも、全て計画通りなのに表情ひとつ変えずに嘘を吐くアイシャに感心する。
「転移したのは魔力の揺らぎで気づいていました。陛下たちのお迎えのため城に座標を設定したので、ここは城だなとは分かっていましたわ。だからお教えしたでしょう?」
「あなた、そんなこと……」
「まあ、痴ほう症?」
アイシャは驚いた顔をしながら、しっかり侮辱する。
「陛下と王妃様が『いらっしゃる』けどいいのか、『ここ』は貴女が育ったところだけれどいいのか。夫人、城内で大声で叫ぶ無礼を働いていたから、どうにかしたい一心で私は言いました。冷静になっていただけるようお名前を呼び、この状況を理解しているのかと2度も聞いたではありませんか」
こてりと首を傾げるアイシャ……うわ、あざとい。
「それにしても、大変ですわ」
「何が?」
「両陛下がいらっしゃると分かっていて城を爆破、反逆罪になります」
「は?」
「それに加えて南部辺境伯の妹君を殺害したと自白……まあ、この状況は貴族裁判に相当しますわ。つまり証言、自供……まあまあ」
貴族裁判は国王、王妃、そして伯爵位以上の当主二名の参加のもと開かれ、全員が賛同が得られれば国王が判決を下すことができる。その貴族裁判の開廷条件が僕、王妃、南部辺境伯とヒョードルで成立している。
「南部辺境伯の妹の殺害? 何を言っているの?」
「流石悪役、へこたれませんね」
「悪役とは失礼ね。証拠もなく殺人鬼扱いされて迷惑だわ。またあなたを訴えてやるから」
その言葉がアイシャのトラウマを刺激したが、わずかに顔を強張らせただけで直ぐに持ち直す。
「タルフェ」
アイシャが指を鳴らした途端、男が一人転移してきた。転移を初めてみた夫人は驚いてびくっとしている、アイシャが満足そうだ。地味な嫌がらせも好きだな。
「うっかり魔導具を起動し、私に怒られるのが怖くて逃げていたうっかり者の弟子タルフェです」
「初めまして、元王女様。ご紹介にあずかりました、うっかりタルフェです」
そんな紹介でいいのか?
タルフェは僕が紹介した空間魔法が得意な魔法師。彼はアイシャの『一番弟子』という言葉に踊らされ、二徹三徹当たり前という過酷な労働環境でゲートの構築理念を学ばされている。
今回は僕と王妃を転移させるため魔導具を起動させる予定だった。王族を緊張せずに送れるかの実験だがこれは名目。王妃に何かあってはいけないとアイシャは入念なチェックをさせていた……あれ、俺は?
「この者、才能はありますが意欲がとことんありません」
駄目じゃないか。
「ただ年に数回意欲を出したときは千人分の働きを見せます。その成果が、いま陛下の手元にあります。隣の部屋の音声でもクリアに録音できる魔導具です。その性能を陛下に確認していただくため、東の将軍にお渡ししておいたのですが……」
うん、これね。僕はアイシャのパスを受け取る。
「突然隣が騒がしくなったから、驚いてうっかり起動させていたようだ。折角だから再生してみよう」
『どういうことなのです、レーヴェ様!!』
魔導具から聞こえてきたのは夫人の声。しばらく音声を流すのは予定通りだが、予想以上にアイシャとレーヴェ様の煽りがすごい。
『レーヴェ様から離れなさい、パルヴァ!!』
南部辺境伯の体がびくりと揺れる。そしてその目は夫人をキッと睨む。
『お前は私が殺した!』
『もう一度死ね、パルヴァ』
……言い逃れはできない。4人が自分の耳で同じことを聞き、こうして証拠もある。
「近衛兵、国王並びに王妃の殺害未遂の罪人だ。直ちに貴賓牢に連れていけ」
◇
「終わった、終わった」
アイシャが満足気に伸びをしているけれど、ちょっと待って。
「今日の夜から僕はどこで寝ればいいの?」
爆発物で吹っ飛んだのは僕の私室。隣の寝室も被害は甚大だ。
「王妃陛下の部屋で寝ればいいじゃない、別棟なのだから無事でしょう?」
「あのねえ……」
ちょっと待ってよ。君のことがしこりになって僕と王妃はお互いに避けあっているんだよ?
「夫婦のことは夫婦で解決してよね」
アイシャの言葉にハッとする。私に裁いてもらうなんて楽をするなと、そう言いたいのか。
「王様をこき使うのは君くらいだよ」
「必要とされるうちが華というじゃない、喜んで使われなさいよ」
……何でこんな言葉にジンッとするんだろう。
「アイシャ様ぁ、俺に労いの言葉はありませんかぁ?」
「よくやったわ、タルフェ。あなたあっての作戦だもの、褒美もきちんとあげるわ」
南部辺境伯が「その者への褒美なら私が」と願い出ている。いい人だよね、辺境伯。その言葉も嘘じゃないってわかっているんだよ。ただその男が喜ぶ褒美が一般的なものじゃないんだ。
「南部のごつい武神系は好みじゃない! 早く北部に帰りたい! 北部にいる俺の天使ちゃんたちに囲まれたい!」
「は?」
タルフェの叫びに仰天する南部辺境伯にアイシャが説明をする。
「タルフェは可愛いものが大好きなんです。北部の者は基本的に色素が薄く、ぶっちゃけると北部の少年少女はこの男の好みにドンピシャだったんです」
「はあ……」
アイシャの言葉に南部辺境伯が呆れる。それを不安と感じたのかタルフェがぶちまける。
「手は出していません、愛でるだけです!」
「危ない人ではありませんか⁉」
「用法用量を間違えなければ問題ありま……あ、問題が起きました」
え?
「破水しました」
えええ⁉
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