4-13 悪いのは誰だ|エレーナ・レオンハルト
「綺麗だよ、アイシャ」
「ありがと……「二人とも、花婿は俺だ」」
見つめ合う二人の感動的なシーンをぶった切った小父様に母様が膨れる。
「折角いい感じだったのに。背景にも気を使って素敵な場所を選んだのよ」
「そーか、そーか。その気遣いを俺にも見せてもらいたいな」
仲良く喧嘩する二人を放って私はお爺様に抱き着く。
「お爺様、とても格好いいわ。お爺様以上に白が似合う人はいない」
「ありがとう、エリー。しかしその言葉は花婿に言ってやれ」
「もちろん小父様も恰好いいわ。でも小父様はシルバー、お爺様は白。ね、違うでしょう?」
小父様は「なるほど」と満足そうに笑う。大人の人だけど、小父様のこういうところはちょっと可愛い。でも――。
「母様、少し散歩してくるね」
「エレーナ、あまり遠くに行かないでね」
分かってると手を挙げて答えながら、小父様から、小父様の傍にいるハルトから目を逸らす。
「エレーナ?」
母様の声を振り払うように部屋を出る。扉を出る前に「僕がついていきます」というイヴァンの声が聞こえた。
控え室を出ると今日の結婚式に参列する人たちが私をみて騒めく。「ウィンスロープ公爵の」と囁く声が聞こえる。ウィンスロープ公爵。レオネル・フォン・ウィンスロープ。私の父親。
……父親。
小さい頃にお気に入りだった絵本がある。母様によく似た銀色の髪のお姫様が出てくる本で、お姫様に黒髪の王子様が愛を誓って「幸せに暮らしました」で終わる物語。
ありふれた物語だけど、女の子の心に憧れを出だせる定番。
―― 王子様はどこにいるの?
私は黒髪の王子様を指さして母様に聞いた。幼子の他愛のない質問、適当な答えで流してくれてよかったのにと今でも思う。でも母様は妙なところで生真面目だ。母様は私の頭を撫でて、新聞の切り抜きを見せて「ここにいるの」と小父様の姿絵を見せた。
小父様の隣には金髪のお姫様が描かれていた。
絵本と違うと母様が苦笑した。その目が悲しそうで、流石に子ども心にこれ以上聞いてはいけないと思ったから母様に聞かなかった。
お爺様がいたからこれ以上母様を問い詰めなくてすんだと言える。
王子様の隣に銀髪ではなく金髪のお姫様がいる理由について、お爺様は「王子様は悪い魔法にかかっているんだ」と言った。悪い魔法、そんなことを言えば誰もが魔法の解き方を考える。悩んで、悩み続けて、その夜に知恵熱を出した。
あのとき母様はパニックを起こして「どうしよう」と泣いていた。お爺様もおろおろしていた。二人を宥めるために「大丈夫」と言わなきゃいけないのに、王子様がここにいてくれればいいのにと思った。
王子様、悪い魔法、それを繰り返す私にお爺様は原因を察したのだろう。「エレーナを見れば王子様は悪い魔法から解ける」と言われた。そうしたら嘘のように熱が下がった……らしい。
お爺様はいつも正しい。
小父様が私を見た瞬間、私を通して母様を見る小父様の目に悪い魔法が解けたと思った。小父様の母様への愛情は私も感じている。王都にいる間に小父様も罠にかけられた被害者であったのだろうと思う余地もできた。
でも、小父様が母様以外の女性の手を取っていたあの絵を忘れられない。
あの絵の結末は離婚だったとしても、小父様とあの女性の間には子どもがいる。貴族の政略結婚だったのかもしれない。あの女性に母様に向けるような愛情を抱いていなかったのかもしれない。でも……小父様はその女性と子どもができるようなことをした。
古竜を倒したあの夜に小父様が大切そうに母様を抱き上げた姿を覚えているから、「母様以外の人と」という気持ちが拭えない。
気持ちが悪い。
子どもだと思われてもいい。どうしてもこの気持ち悪さを拭えない。
「エレーナ姉様」
ハルトの声にハッとして顔を上げる。赤と青で色が違うのに、心配そうにこっちを見るその目が小父様の目と重なる。心臓がドクンッと大きく跳ねる。この子は関係ない。この子は何も悪くない。
分かっている。
でもハルトは小父様が母様以外を選んだ象徴。どうしても憎たらしく思ってしまう。そんな自分が嫌で堪らない。
「……なに?」
自分でも棘のある声だと分かる。こんな自分が嫌だ。仕方がないと狡い自分が心のどこかがこんな態度を正当化する。でも自分より小さな罪のない子に八つ当たりする自分が嫌になる。
「エレーナ、もしかして君は知らないのか?」
「イヴァン?」
「ハルト殿は閣下の……「待ってください」……ハルト殿?」
イヴァンの声を遮ったハルトに苛立つ。
「僕が言います、お気遣いありがとうございます」
「何なのよ、二人とも」
自分だけ知らない疎外感にイライラする。
「エレーナ姉様、僕は父上と血が繋がっていません」
……え?
「嘘。確かに見た目は似ていないけれど、都合のいい嘘を吐かれるのは気分が悪いわ」
カレンデュラ夫人の記事も読んだ。小父様の子を妊娠した記事も、その喜び溢れた言葉もあった。
「エレーナ、ハルト殿が言っていることは本当だ」
「……イヴァン?」
「ハルト殿がレオネル様の実の子でないことは社交界では有名な話だ」
イヴァンの真剣な目。嘘を吐いているようには見えないけど……本当、なの? 小父様は、母様だけ?
「やっぱり父上は言っていなかったのか……馬鹿だなあ」
ハルトが困ったような顔で言う。その顔は小父様の困った様子によく似ている。
「……信じられない」
意図せず出た声にハルトが目を見開き、嬉しそうに笑う。その嬉しそうな顔は、母様を「母上」と初めて言ったときの笑顔と同じ。
「嬉しい……エレーナ姉様は嫌だと思うけれど、父上に似ているって思われるのはすごく嬉しい。父上の子だって言われている気がするから……見た目はほら、色も顔立ちも全然違うから」
ハルトが笑う。確かに色も顔立ちも違うけれど、表情も仕草も小父様によく似ているよ。
「そんなの関係ない」
思わず駆け出してハルトにしがみつく。私の腕でも簡単に抱きしめられる小さな体。この子はどんなに悩んだだろう。
「ごめんね。ごめんね、ハルト」
「俺こそごめんなさい。本当はもっと早く言わなきゃいけなかったんだけど、家族が増えたのが嬉しくて……自分だけ……」
ハルトを抱きしめる腕に力を籠める。
「ハルトは悪くないよ」
「ありがとう」
……信じていないな。でも本当にハルトは悪くないんだよ、悪いのは――。
「小父様が悪いんだから。何も言わなかった小父様が悪いの」
「……ええ?」
「そうだ、小父様が悪い。母様を悲しませた小父様が全部、全部悪い」
母様は私が世界で一番大切で、一番大好きな人。その母様に悲しい目をさせる小父様を許せなかった。
それ以上に許せなかったのは自分。
母様がいなくなって独りぼっちになったとき、自分に異母弟がいると知って喜んだ。もし母様に何かあっても自分は一人ではないと安堵した私自身が許せなかった。
でももう難しいことはもう考えない。
「ハルトと私を悲しませた小父様を許さないから!」
◇ レオンハルト ◇
エレーナ姉様がむんっと力を入れて父上を許さない宣言をした。
あれ、誤解を解けば終わりだと思ったのに……ちょっと予想と違う展開なんだけど……どうしたらいいだろう。
あ……父上。
ああ、俺と同じくエレーナ姉様の様子が心配になって後を追ってきたんだな。それでこの許さない宣言を聞いた、と。
……父上、姉様は父上を許さないってさ。
姉様はアイシャ様の娘だよね。許さないってどんな復讐があるんだろうね。エレーナ姉様に許してもらえるように協力してあげたい気持ちもあるけれど、このことはやっぱり父上が悪いと思うんだよね。
父上が僕のことを思ってくれているのは知っているけどさ、でも母上とエレーナ姉様には言えばよかったじゃん……ありがとう。大好きだよ、父上。
父上はいつも僕を息子という。僕が息子じゃないと否定することを心底嫌がって、心の底から僕のことを息子と思ってくれている。僕は幸せ者だな。幸せで心臓が高鳴って――。
ドコンッ
……爆発音?
音のしたほうをみて、白い煙があがるのが見えた。血の気が引く。だって、あそこは……。
「あーあ、これはまた派手にやったな」
……父上?
「大丈夫だ、大したことはないから」
「大したことないって、あそこは……」
「大丈夫だ、アイシャだから」
アイシャだからって……大丈夫って思える自分が怖い!
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