4-12 頑張れより頑張ろう|アイシャ
なに、それ……反論できないことを言うなんて狡くない?
絶対に狡い、狡い! エレーナを、みんなを盾にして……嫌だ、『みんな』とか思っている。
嫌だ、嫌だ!
だってあのとき決めたんだから、私は一人で大丈夫だって。
エレーナだけ。
エレーナ以外は信じられない。
みんな、大嫌い。
大嫌いなの!
「アイシャ……」
「……嫌い」
レオが吹き出して、「はいはい」と軽くいなす。ついでに頭まで叩いてくるんだけど……ムカつく!
視界の端で婆やが部屋を出ていくのが見える。その妙に生温い目、やめて。
「泣くなよ」
は?
レオの手が伸びてきて、あっと思う間もなく頬が温かくなる。この感覚……やだ、本当に泣いてる。
「泣くな」
レオの親指が目尻に優しく触れて、涙を拭われたと分かる。
「こういうときはハンカチを差し出すのよ」
「お前以外の女にはそうすることにするよ」
そう言うとレオは顔を近づけてくる。目尻に唇が触れる感触がして、舌で親指と同じことをされた。
「バカ」
本にしか載っていないような気障な口づけをされて、『私だけ』なんてグッとくること言われて語彙力と涙腺が崩壊した。私、お手軽すぎ……。
「やけに泣き虫だな」
「マタニティブルーとマリッジブルーで情緒が何倍も不安定なのよ!」
そうでなければこんなに涙が出るはずないの。
「2倍じゃないのか?」
「指数関数的に増えるの」
「それは大変だ」
本当よ、大変なの。だから涙が止まらないの。
「アイシャ、子どもたちのことは任せろ」
「4人も育てられるわけ?」
レオが得意気に笑う。
「俺と俺の部下を舐めるなよ。レオンで育児を経験してる。おしめの交換も沐浴もやった。離乳食だって作れるんだからな」
予想以上にできる。料理もなんて、さすがレーヴェ様の息子。私、見る目ある。だって――。
「ハルト、いい子ね」
万が一が起きても大丈夫。この男に育てられたハルトがそれを証明してくれた。
「1ヶ月の結婚期間で寡夫にするかも」
「そこは大いに気にして、そうならないように頑張ろうな」
……『頑張れ』じゃないんだ。『頑張ろう』って、そう言ってくれるんだ。
「そうだよね。結婚歴が3回もあって子どもが4人もいたら再婚できないもんね」
「その気になればできる。その気になれば、な?」
「図々しい、少しは謙虚になりなさいよ」
「お前にだけは図々しいと言われたくない。…………アイシャ?」
目の前の大きな体に寄り掛かったら、不思議がっているのにその腕は私を支えてくれる……うん、もう大丈夫。
「……眠い。最近、あまり寝ていなかったから……」
触れているから、レオの体が震えて笑っているのが分かる。
「寝てしまえ」
体が抱き上げられ、ゆらゆらした浮遊感が睡魔を煽る。
「起きたら……」
未来の話をしよう。
ずっと傍にいてほしいの。
「目を覚ましたら理想の妊婦生活の始まりだ」
「………………頑張る」
「ずいぶん悩んだな」
大好きな呆れきった声を最後に意識が遠のいた。
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