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1-6 男の子たちの内緒話|ヒョードル

僕にとってレオとアイシャはどちらも大切な仲間だった。


だからレオから離婚訴訟の裁判を起こすと聞いたとき、どちらの味方になれないなら司法に任せるのもありではないかと思った。そこが間違いだったのかもしれない。


二人のことが大切だったなら僕は……僕は……。


 ◇


あの模擬戦以来、アイシャは雰囲気を変えた。被っていた特大の猫を脱いだ。あの性格をよく隠していたなって今でも感心してしまう。


素のアイシャは容赦がなかった。


あの国王に対してあれほど啖呵を切ったのだから同級生が遠慮されるわけがないのに、いじめを継続する馬鹿はいる。アイシャは机の中やロッカーの中にスフィンランを忍ばせ、悪戯しようとした者は容赦なく凍らせた。池に突き落とそうとした者は逆に突き落とし、スフィンランたちにそのまま凍らせた。防御も攻撃も容赦がなく、騒げるものなら騒いでみろという態度を隠さなかった。


アイシャは彼らが騒げないのが分かっていた。


愛し子には王族に対するように接しなければいけない、そのルールを破っているのは彼らのほう。もうこれだけで言い逃れできない。


国王相手に将軍になんかなってやらないと、そんな義務はないと啖呵を切ったアイシャ。アイシャは最も魔物が多く竜も多数目撃される北部を治める将軍になる予定。王太子だったヴィクトルが間に入って宥めたが『ひとまず置いておいて』がせいぜい。そんな状況でアイシャが「虐めに耐えられない。北部将軍にはならない」なんて言えば虐めの原因となった者は吊るし上げられ総叩きにされる。


王族のように接しろとまで言っていない。目障りなら近寄らなければいい。寧ろ近づくな。鬱陶しい。アイシャはそんな態度を隠さなかった。



「いい加減に仲直りしてよ、君たち二人が気まずいと俺たちも自然と気まずくなるんだからさ」



あの演舞場での一件のあと、アイシャとレオネルの雰囲気が変わった。いい意味で。


二人がちゃんと喧嘩した。喧嘩したなら仲裁ができる。虐めはなんともできない。もちろん止めろと言えるけど表面だけ、ウィンスロープのレオの虐めに乗っかって虐めるような卑怯者は見てない所で絶対やるから。実際にやってアイシャに景気よく凍らされていた。生徒だけでなく教師も凍らされていたときは呆れてものも言えなかったな。







しかし、この仲直りしろの提案にレオは嫌そうな顔をした。


大概の人はあの顔を見て逃げ出すだろうけれど、昔なじみの僕には通じないし、あの顔はデカデカと『気まずいです』と表示していた。それにアイシャもいつものように怒っているという感じではなかった。なにがあったの、と興味津々の17歳の僕。


「レオのことだから模擬戦のあとにアイシャ嬢に謝りにいったんでしょ? 確かにあれは言い過ぎたよね」


レオは頓珍漢な虐めはしていたけど、根は素直。ある意味素直過ぎて、女嫌いなゆえにアイシャを虐めていた感じもしたし。理解すればちゃんと謝れるんだ……まあ、アイシャ相手だと謝るのも一苦労なんだけどさ。特にこのとき17歳、青春真っただ中。


しかも ―― 初恋。


レオとアイシャは仲が悪いというのが一般的な意見だったけど、僕から見ればレオがアイシャにちょっかいを出している感じだった。本当に嫌いな者をレオは視界に入れない、認識しない。難くせであっても認識し、更にちょっかいまで出しにいくということは『そういうこと』だってすぐに分かった。


でも、まさかなって気持ちのほうが大きかったかも。


だって、レオに好きな子ができるなんて思わなかった。しかも、そのアプローチがわざと虐めて気を引こうとする稚拙なものだなんて……ほんと、泣きたくなるくらい今でも笑える話。



「謝りにいって、何があったの? また喧嘩売ったの?」

「売っていない。嫌いなのはお互い様、これからは近づくのは最低限にしようと言われただけだ」


……本当に、アイシャは昔っから容赦ない。好きな子に嫌いと面と向かって言われたらショックなんだよ、男でも泣いちゃうよ。


「なんか可愛かった」


まあ、レオは例外だった。恋するレオのメンタルはすごいって思った、僕だったらフウラにそんなことを言われたらショックで寝込んだ。


そして恋するレオのメンタルにつられて、アイグナルドたちがアイシャに飛び掛かったらしい。



精霊は愛し子以外の人間には興味を持たないが一部例外もある。


それが愛し子の子や孫というのはよく知られている例だが、その理由については諸説あるが僕は愛し子が愛する者だと思っている。僕の精霊ゼフィロスもフウラにとても懐いている。


フウラはおっとりしてるからゼフィロスが甘えて髪と戯れても、逆に嬉しそうに構っている。嬉しそうなゼフィロスを見ると嬉しくなるけれど、あまりにフウラにくっつくと引きはがす。精霊は本能で行動するからどこか赤子に似ている。いや、僕の気持ちに影響されたりするのかも。フウラの胸に埋まろうとしたりするし……その辺りは好みかな。


まあ、レオも僕と同じ好みだからね。


僕はアイシャをそういう目で見たことはないけど、アイシャのは大きい。形よくふんわりとだけど、細身だから大きく見える感じ……まあ、見ちゃうよね。男の子だし。



「甘えるって感じで……その、色々ベタベタと触ったりして……それでスケベ公子って言われて、引っ叩かれた」


アイシャって、本当に面白い。

あのレオに『スケベ』なんていう女子がいるとは思わなかった。


しかも頬を張り倒す。レオが女性に初めてビンタされた理由が痴漢行為……笑えた。大笑いした僕にレオは不貞腐れた。レオが感情を隠そうとしないなんて初めてでなおさら面白かった。


「ご令嬢方の憧れの的、僕たちの代では理想的な花婿とされるレオをスケベ公子って……スケベ……ブフッ! スケベ、スケベって……フハッ、アイシャ嬢、最高」


我ながら器用なことに、囁きながら大笑いしてみせた。


「おまえたちのせいだぞ。お前たちの愛し子は俺だというのに」

「ぐふっ」


アイグナルドたちを責めはじめたレオに、腹の奥からきた空気で僕の喉は変な音を立てた。レオは自分をよそにアイグナルドがアイシャにくっついたこともショックだったみたいだった。



レオにとって、アイグナルドたちだけが家族みたいなものだった。


そんな家族の中で育ったからレオは自分の恋情に鈍感だったし、無償の愛情というのに気づくのが遅かった。エレーナ嬢にひっつこうとしてスフィンランに阻まれたアイグナルドたちを慰めるレオは悲し気だった。


レオがアイシャに恋したから、アイグナルドたちもレオが好きなアイシャが好きになった。そしてエレーナ嬢に対してもレオは……。



ふわりと風が吹いて、僕は自分が泣いていることに気づいた。


ゼフィロスが心配そうな顔をしていたから、大丈夫と言う意味を込めて撫でると、机の上に置いておいた魔導具に手を伸ばした。


男の下品な内緒話をするときは女の私に配慮しろと、アイシャが投げつけてきたもの。いまではこれと比べ物にならない高性能な魔導具が出ているけれど、僕はこれをずっと持っていた。


スイッチを押すと風の流れが変わり、見えない壁に包まれた感覚になる。いま主流の防音の魔道具の先駆けのような道具。



これを作ったのはアイシャで、協力したのはマックス。アイシャを辟易とさせた男の下品な内緒話はいつもマックスが始めていた。伯爵家だが三男坊のマックスに政略的な結婚は必要とされておらず、いまも昔も婚約者候補すらおらず後腐れのない恋愛を楽しんでいる。



あの日も、僕が『スケベ公子』発言に腹をよじらせて笑っていると、誰のスケベ行為だとか、誰の胸の話だとか興味津々にマックスが混じってきた。


「止めるな、ヒョードル。胸の話をしていたってことはレオも胸のほうが好きか。このあと大きい派と小さい派に分かれるけれどどっち?」


マックスの爛れた男女関係と一緒にしてはいけない。レオのあれは純粋で、でも男らしい欲もあって、ちょっと遅くやってきたレオの初恋 ―― いまもまだレオの初めての恋は続いている。

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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