4-10 復讐しましょう|レオンハルト・ヴィクトル
「座ってください」
翌朝、俺と父上はリビングで真剣な顔のアイシャ様に出迎えられた。すでにエレーナ嬢は座っている。俺と父上は互いに顔を見合わせて、エレーナ嬢の向かいに並んで座った。
「家族会議をします」
「はーい」
「……突然だな」
アイシャ様の宣言に元気よく答えたのはエレーナだけで、父上の声は不機嫌を隠せてない。二人のようにアイシャ様のノリに慣れていない俺は何も言えなかった。
「朝から景気悪い顔をしてるわね」
「寝不足なんだよ」
「それでは話を続けます」
「続けるのか」
アイシャ様は父上を見ているけど父上の話を聞いていない。
「レオ、私よく考えたの」
「やめろ。言うな。お前がそう切り出して良かった試しがない」
「私たち、結婚しましょう」
「ほらみろ……は?」
父上が椅子から転げ落ちた。
料理がなくてよかった。父上だけは持っていたコーヒーを頭から浴びて大惨事だったけど。
「熱っ!」
「何をやっているの?」
氷の細かい粒の山が父上の頭の上にできる。
「ああ、ありがとう」
「お風呂入ってきたら?」
「ああ、そうするよ」
「ちょっと待って!」
アイシャ様に言われるまま風呂に入ろうと席を立ちかける父上を引き止める。
「なんだ?」
「『なんだ』? 『なんだ』ではなく、父上、いま、アイシャ様に求婚されたんですよ!」
父上が「うん?」と首を傾げる。
「レオ、早くコーヒー落とさないとシミになるわよ?」
「ああ、そうだな」
求婚って人生の一大事じゃないの? コーヒーの汚れ以下に語られると価値観が狂うんだけど!
「風呂より先に返事! 早く喜んでと言って!」
「……喜んで?」
「僕にじゃなくって、アイシャ様に!」
しかも、どうして、疑問形。あーもー、焦れったい。なにこれ、俺がおかしいの?
「……ハルトってこういう子だったのね」
「私たちの前ではまだ猫が脱げてないんだね」
「エレーナ嬢、別に違っ……「やっぱり継母って抵抗があるのかしら。実母を差しおいて母親面なんてするつもりはないんだけど」……違います!」
とんでもない誤解をされている!
「アイシャ様が母上になってくださればとても嬉しいです!」
アイシャ様が俺をジッと見る……なんだろう。
「敬語だと他人行儀で寂しいな」
「母上になってくれて嬉しい! よろしく、母上!」
あ……勢いで言ってしまった。よかっただろうか、特にエレーナ嬢は俺のこと……。
「私は? 私だけ“エレーナ嬢”って、私だけ他人行儀で寂しいな」
「エレーナ姉様!」
「……姉様って新鮮な響き、いいわ。あっと、それで……小父様は私の継父になるの?」
やめて、エレーナ姉様、またカオスになる!
「アイシャ!」
「あら、レオ、お帰りなさい」
風呂にいった父上が戻ってきたのは約20分後……20分、こんなときに長風呂だな、おい。それに、母上から水の入ったコップを渡されて父上の勢いは明らかに削がれた……だめだな、これは。
「相変わらず長風呂ね」
「そうか?」
「レオが入るとアイグナルドたちが遊んぶからお湯が熱湯になるのよ」
「そっちこそ、スフィンランたちが遊んで水風呂になる」
……いまその会話は重要?
「コーヒーは?」
「要る、ありがとう」
え、またコーヒー? まだ飲むの? まだ飲むの、素直にコーヒーを飲み始めた父上に溜め息を吐く。
「ポンコツだ……」
「お風呂にネジを置いてきちゃったかな?」
エレーナ姉様の言葉に苦笑する。
ネジが飛んだのは想像できる、何しろ母上のほうからの求婚だ。思ってもみなかっただろう。
「ハルトはいいの?」
「何が?」
「この結婚って母様の復讐の一環だよ?」
あの女たちが一番欲しいものはウィンスロープ公爵夫人の座、しかもタダのではなく『夫に愛されて周囲から羨望の眼差しを浴びるウィンスロープ公爵夫人』の座だ。
父上と結婚すれば母上はそれになり、それがあの女たちへの一番の復讐になると母上は高笑いをしていた。
「どんな理由でも結婚してくれるならいいよ」
「そうなの?」
「結婚しちゃえばこっちのもんって言うだろう?」
離婚は二人の同意が必要で、父上は死んでも離婚に合意しないだろう。
「過程はどうであれ結果が全てだから」
「……ハルトって母様に恐ろしいほど似ているんだけど」
うん、それはとても嬉しい。
◇ ヴィクトル ◇
アイシャの再婚が発表されたが、相手がレオということはアイシャたっての希望で伏せられた。
社交界一番人気との結婚をやっかまれて刺されたくないというのがアイシャの言い分だが信じられない。アイシャはあっさり刺されるような女ではない。
なにを企んでいるのか分からないが、僕としては協力に問題はないから緘口令を敷いた。
まあ、無理だとは思ったけどね。社交界にとって噂は空気も同然、案の定その相手がレオだとすぐに知れ渡った。しかし意外なことに知ったところで誰も言い触らさない。本当に親しい友人知人の集まりの『ここだけの話』で本当にそこだけの話に収まっている。
ミラクル!
レオ狙いの若いご令嬢は絶対に騒ぐと思ったのに、なんと彼女たちの両親が絶対に何もするなと抑え込んでいた。ご令嬢の『分かっている』を信じられない賢明な親御さんたちは地方の領地にいかせたり、なんと修道院に預ける者もいた。
アイシャの容赦のなさをちゃんとわかっているな、と変に感心した。
とにもかくにも想い合う二人がまた夫婦になることは友として嬉しいのだが、友だからこそ感じる違和感もある。
「まだ気にしているの?」
「だって、僕が思ったよりあっさり復縁したんだもん」
北の砦に温泉に入るついでにアイシャに会いにきた。
「あの女たちが一番嫌がることはこれでしょ? 復讐は効率よくやらないと」
「それが変だと思うわけ。時間をかけてネチネチやり返すのがアイシャだろ?」
え……なにその『心外』って顔。自覚ないの?
「時間がもったいないの。だから、そこの書類を取って」
「王様の僕を顎で使うなんて」
「猫の手よりマシだからね」
仕方なく言われた書類に手を伸ばす。まあ、結婚の準備で花嫁が忙しくなるのは一般的なことだし……なにこれ、【北部の魔物災害対策に関する稟議書】……なにやってんの?
「頼んでおいた空間魔法に詳しくかつ信頼できる魔法師は?」
「見つけたよ。引継ぎだなんだで、3ヶ月後くらいに赴任できる」
「遅い、5日以内に届けて」
「アイシャ……」
「3日以内」
「何で短くするの? 交渉ってものは?」
アイシャにジトッとみられて僕は渋々両手をあげる。
「1週間後に行かせるよ」
「分かった、5日後に待ってる」
……この野郎。
「全く……でも本当に彼に、というか国に、転位ゲートの構築理論を教えていいの? そもそも忙しいと言う割に急務でない仕事をなぜしているの?」
「苦労は高く売れと言うじゃない?」
「言わないよ」
やっぱりいつも通りな気もするぞ……違和感は気の所為?
「本当に何でもないんだね?」
「当然。他人の不幸は蜜の味、私は甘いものが大好きだから幸せよ」
いい性格しているなあ。僕の早とちりだったのかなあ。勘がいいのは僕の自慢なんだけど……。
「そういえば父親役のレーヴェ様が着る服、レオがブツブツ文句言っていたよ」
「感謝の気持ちで新しい衣装を作っているのに小さい男ね。レオだって新調するのよ?」
「レオは主役だろう?」
「白いタキシードを3着も作ってどうするのかしら、不経済な男ね」
2回目のあれは貸衣装だから家にないと思う、と言おうと思ったけれど野暮だからやめた。
「私とレオの再婚、離宮にいるあの元王女様は知らないのよね」
「アイシャの再婚は知っているかもしれないけれど、君の希望通り相手がレオであることを知られないように常に監視をつけて気をつけている」
サンドラ夫人の監視役には僕への忠誠心が元々ある者を任命したけれど、さらにアイシャからも高額の特別手当が支払われている。彼らのレオの「レ」の字も通さない気合いの入れように金の偉大な力を感じた。
「当日連れてこられた教会で私たちの姿を見たらどう思うかしらね、私のこと殺そうとするかな?」
……物騒だなあ。でもまあ、大丈夫じゃないかな。
「結局は彼女が執着しているのはレーヴェ殿だからね。サンドラ夫人が君を嫌った理由の半分はレーヴェ殿が君を気に入っていたからだからだし。まあ、騒ぎ立てて終わりじゃない?」
「生温いわ」
生温いって、殺意を向けられたいの? もしかして返り討ち狙い? 先に一発殴られておけば正当性が主張できるってやつ?
「私としては北の塔に永蟄居が理想なんだけど」
「大精霊の愛し子殺害、国家転覆罪でそれは可能だけど……アイシャ相手だからなあ。減刑の余地ありってことで難しいかな」
正直、過剰防衛のほうが心配。
「相手が王族ならどう?」
「レオを盾にする気? やめてね、従兄弟でも僕ならまだしも傍系のレオじゃあ王族殺害未遂は成立しないからね」
「それ、フラグ」
「え? どこが? なんの?」
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