4-10 血の繋がりが全てではない|レオネル
「レオン!」
城からやってきた使者からレオンが北の砦にいると聞き、城に急いでゲートを使って北部の砦にいけば……レオンはアイシャたちに囲まれてお茶を飲んでいた。レオンの無事な姿。あまりに自然な家族っぽい光景。様々な感情が一気に押し寄せ、膝の力が抜けてその場で膝をついてしまった。
「父上、申し訳ありません」
「レオン、お前……」
俺の言葉を遮る様にアイシャが手を叩く。
「続きは温泉でしたら? 裸の付き合いをすれば理解しあえるって聞いたもの」
「……誰に?」
「レーヴェ様」
……アイシャの初恋の君は父上。だからなのかアイシャは父上には素直だ。
「父上、気持ちいいね」
とはいえ、俺がアイシャに逆らわれるわけもなく俺はレオンと風呂に入っている。外の100人露天風呂。2人で入るとすっげえ広い。レオンが泳ぎたそうにしているから頷いたら泳ぎはじめた。
「温かい湖、超気持ちいい」
「……そうだな」
南部にはこんな温泉はない。赤ん坊のころは俺が風呂に入れたが、一人で入れるようになってからは別々。こうやって一緒に風呂に入るのは久し振りだ。
「心配かけてごめん」
「心配かけたことは謝れ」
レオンを怯ませてしまったが、今回のことはどう考えても俺が悪い。
「悪かった、お前をのけ者にするつもりはなかった……と言ってもした以上、言い訳はできない。本当に悪かった」
景気よく振られた話をするのもなんだ。アイシャが妊娠したんだけど俺と再婚してくれないと言うのも何と説明して理解してもらおうか。そんなことを考えて、まあ実際言いたくないなって気持ちでぐずぐずしていただけ。
どう考えても俺が悪い。
「分かってる……というか、アイシャ様に会って、なんか分かった」
「……分かってくれたか」
「なんとなくね」
いや、あのアイシャのことをなんとなくでも分かるのはすごいぞ。……うん、俺はレオンの言葉に甘えちゃってるな。でも甘えさせてもらう。
「それで、実物のアイシャはどうだ?」
「超美人」
「そうだろう?」
嫁になってくれない女を、嫁自慢のように語る俺……痛い男。
「僕より見た目詐欺」
「元祖には勝てないものだ」
楽しそうに笑うレオン。天使ではないことがおかしいくらい可愛らしい。
「アイシャ様、俺のことを知っていたよ」
父上が知っていたのだから、知らないわけがない。自分の口からきちんと話しておくべきだったが、言葉に悩んだ。
「アイシャ様、俺が父上の子どもじゃないことを知っているのかな」
……やっぱりそれを伝えにきたのか。
「俺の息子であることが嫌だなんて、反抗期か? 早くないか?」
そう言えば案の定レオンが怒ってタオルを投げつけてくる。
「そうではなくて、父上が俺の生物学上の父親じゃないって話を知っているのかって言っているんだ」
「生物学上なんて難しい言葉を知っているなあ」
レオンはアイシャに見た目詐欺だけではなく、沸点の低さも似ている。
「学校は貴族ばかりなんだから『突然俺を迎えにきた生物学上の父親』の話なんてそこかしこに転がっているんだからな!」
風紀の乱れが嘆かわしい。
「制御できない蛇口なんて取ってしまえばいいんだ」
レオの言葉に下半身がキュッとしまったが、意地で素知らぬふりを続ける。……どうしよう、アイシャを孕ませて子ができたと言いにくくなった。
「エレーナ嬢に聞いたんだけどあの婆たち、アイシャ様たちにも刺客を送ってやがった」
「へえ……」
でもエレーナの存在は知らなかった。つまり全員始末されているということか。
「アイシャ様は死体を裏の崖から捨ててたみたい」
近いうちにその崖下を探すか。ギルドカードか、紋付きの遺留品あたりを見つけたい。レオンに送りつけていた奴らと同じなら復讐はすんでいることになるが……。
「それで、どうしてアイシャ様に言わないんだよ?」
レオンの顔をジッと見る。
「レオン、お前は100年に1度しか咲かない砂漠の花の中から生まれた子どもなんだ」
「それ、3歳まで信じていた与太話だよな」
「お前は可愛かった。母だと言ってみせた花に抱きつこうとして天使のようだった」
「それで棘が刺さって大泣きしたんだろう?」
黒歴史だとしょ気るレオンに、可愛かったのにと俺は思う。
「レオン、お前が俺の子だろうが違かろうがアイシャにとっては関係ないんだ」
レオンが黙る……やっぱりアイシャにそれっぽいことを言われてたな。
アイシャが恨んでいるのは俺だ。恨みは本人へ返す。他の者に八つ当たりするような女じゃない。相手が当時影も形もない子どもなら尚更だ。
「俺、アイシャ様はいい人だと思う」
「俺もそう思うよ」
「俺、あの人が好きだ」
「父子は好みが似るからな。でもやらんぞ?」
「父上のものでもないじゃん、フラれてんだし」
「そうだな」
笑うレオンに俺も笑う。
レオンハルトは生母であるカレンデュラの所為で女に忌避感があるから、あんな女とアイシャが違うと分かっていても少しだけ不安だった。よかった。
アイシャと離縁したあと、俺はサンドラにカレンデュラとの再婚を薦められた。
妙に乗り気なカレンデュラに誤解のないよう、言葉飾らず結婚の意思がないことを告げた。しかし言葉が通じない。アイシャの子を流産させた罪悪感から今はそう思っているだけとか。本当に愛しているのは私だとか。カレンデュラに対話は無理だと察した。
しかし、しばらくしてカレンデュラが態度を変えた。
白い結婚でいいから妻にしてほしい。公爵夫人として社交界で権勢を振いたい。愛はいらない。そんな権力欲をむき出しにするカレンデュラに好意は芽生えなかったが、サンドラと親族の相手に疲れていた俺は罪悪感なく利用できるカレンデュラと再婚することに決めた。
俺も馬鹿ではない、彼女の言い分を信じていなかった。
特に白い結婚など、カレンデュラが本気で言うわけがない。嫁いできた女は後継ぎを産んで家の一員になるという考えが貴族にはある。逆を言えば、子を産んでいない限りは公爵夫人として振舞えないということだ。
案の定、カレンデュラは式をあげた夜に俺の部屋にきて情が欲しいとしな垂れかかってきた。
俺はカレンデュラの両手を後ろで縛り、事前にカレンデュラたちが招いて俺の部屋の隣に潜ませていた神官たちを部屋の中に招き入れ、戸惑う彼らをよそに念のためとカレンデュラをベッドの脚にくくりつけて部屋を出た。
馬鹿馬鹿しい。
かつて貴族の貴族の初夜に神官が閨に入り、若い夫婦が完遂するのを見守っていた風習はある。それで俺の逃げ道を塞ごうとするカレンデュラもカレンデュラだし、他人の艶ごとをのぞき見しようとする神官たちの気も知れない。
彼らがどんな証言をするかなんて目に見えていたから、俺はそのまま屋敷を出てホテルに向かった。ホテルの客にはその日の俺の結婚式に参列した者も多くいた。貴族がタウンハウス代わりにもしているホテルなのだから当然だった。
何で公爵が花嫁不在でここにいるのかと問う視線を浴びまくったが、全てを無視してホテルのラウンジで悠々と酒を飲み、適当な部屋を取って一人で泊った。
数日後、新聞を賑わせたのは俺の行動ではなくカレンデュラが赤裸々に語る初夜の艶話。やるとは想像していたが、マジでやったのかと俺は呆れた。
俺があの夜一人でホテルにいたことは大勢の貴族が見ている。恥ずかしい嘘を赤裸々に語るカレンデュラに同情しちゃった者も多く、何人かの優しい人が「あそこまで嘘を書くのはみっともない」と新聞社を諭し新聞社は早々に訂正記事を出した。カレンデュラの羞恥心はどうなっているのか俺にはさっぱり分からない。
俺は南部に発ち、カレンデュラと物理的に距離をとった。
白い結婚だと隠さない俺の行動もどうかと思うが、結婚して3年目に俺の子を妊娠したと摩訶不思議なことを言うカレンデュラも相当なものだと俺は思う。そして俺たち夫婦が夜を共にしていないことを最も知る使用人たちが「おめでとうございます」と俺を祝うという奇天烈な事態が発生。ウィンスロープ公爵邸にいる者は全員いかれていた。
もう好きにさせておこうと、俺は面倒の後始末を放棄した。
子どもが産まれたと聞いても何もするつもりはなかったが、カレンデュラが産んだ子どもを見て発狂したとヴィクトルから聞いて流石に無視できなくなって王都に戻った。
カレンデュラが発狂した理由は城で保護されていた赤子を見て分かった。
俺に似ていないのはもちろんだが、カレンデュラの血筋にいない銀色の髪をしていた。その色にカレンデュラはアイシャの呪いだと騒ぎ、俺にはレオンが自分がアイシャから奪ってしまった子どもに見えた。
この子を守らなければいけない。
そうと決まれば気ちがいの巣窟に赤子を置いておけるわけがない。首がすわっていることを確認するとほとんど誘拐のような形で南部の砦に連れていった。
しかし、レオンにとってカレンデュラは母親。
レオンはあの女というより『母親』という存在に興味を持った。天使のような子ではあるが花から生まれたという話には限界もあった。
仕方がなく俺はレオンハルトを王都に連れていきカレンデュラと面会させた。
このときあの女がレオンに母としての情を見せれば何か変わったかもしれないが、あの女はレオンに向かって「呪いの子」と叫んだ。生みの母に死ねと言われたレオンのショックを受けた顔を忘れられない。
その後、カレンデュラが自分を殺そうとしていることを知ったレオンは『母親』への期待を一切捨てた。
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