4-8 話の転がり方は予想不可能|イヴァン
「……どうしてこんなことになったのでしょう」
御者台は2人しか乗れないからという理由で、僕がレオンハルト公子と共に荷台に乗ることになった。
僕が運転するから荷台に乗ったらと言ったけど、初対面の相手と話すのは苦手だと言われてしまった。僕もそんなに得意ではないけど、貴族なのだからそのくらいできると言われて押しつけられた。
「ご挨拶が遅れました。トライアン伯爵家の長男、イヴァンと申します」
「ゼフィロスの将軍、ヒョードル様のご子息様だったのですね」
武芸に優れ、戦場で最も華やかな大規模な魔法を使う将軍は男子の憧れ。そのため父上のことを英雄視した流れで僕に憧れの目を向ける者が圧倒的に多いのだが、同じく将軍を父に持つレオンハルト公子にはそれはない。
「公子は確かセアラヴィータ学院にご在籍ですよね?」
「はい、7歳から学院寮で生活しております」
「それは、ご立派ですね」
「そんなことありません、自分で決めたことをただやっているだけです。ただ、まあ、自分でセアラヴィータを選んだと言うと驚かれはするのですが」
そりゃそうだろう。
セアラヴィータ学院は戒律が管理厳しい男子校で、教師含めて女性は一人もいないため、子どもの頃はまだいいのだが年頃になると共学に行きたいと涙を流して親に懇願する者も少なくないという学校だ。
ああ、でもそうか。
僕は彼があの学院を選んだのかも察する。
セアラヴィータ学院は部外者は完全に排除し、例え国王であっても生徒との面会許可が下りないところだ。
「学院は厳しいところですが、厳しさゆえに学生の自主性が重んじられ学生には一種の自治権のようなものがあります。学院の卒業証書はどこにでも就職できるフリーパス券とも言われているんです」
朗らかに笑う姿はその容姿と相まって貴公子ではあるが、先ほどの口調を思い出せば相当な無理が見える。
「公子様、私から申し出るのは無礼ですがもう少し気を緩めてはいかがでしょうか」
「ありがとう、トライアン伯爵令息」
「どうぞ、イヴァンと呼んでください」
「それなら私もハルトで」
公子なんて柄ではなくてとハルト様は笑う。その笑顔はレオネル様によく似ている。
「ハルト様は南部でお育ちに?」
「ええ、南の砦で騎士たちによって育てられました。荒くれ者が多かったせいか口調もあの通りで、お恥ずかしい……父上には見た目詐欺だと笑われます」
ハルト様は自分が見た目詐欺であることが嬉しいようだ。その理由は分かる。だって僕はもう一人の見た目詐欺を知っている。
レオネル様はどんな気持ちで、このアイシャ様によく似たハルト様を『見た目詐欺』と呼んだのだろう。
◇
「お帰りなさい……あら? 2人じゃなくて3人いるわ」
砦に戻る【りんご】と書かれた木箱を運んでいるアイシャ様がいた。もしかして魔石をあの箱に入れて運んだんだろうか、両手で持てるサイズだし……。
「その子は誰?」
「えっと……」
「見た目いいところの子っぽいけど……やだ、人攫いにはならないわよね?」
「多分大丈夫」
「多分じゃ困るわよ。でも、いまさら元の位置に返していらっしゃいとは言えないし」
エレーナの言葉にどうしようかと悩むアイシャ様。僕の隣でハルト様は「これが元祖見た目詐欺」と妙な感心をしている。
「ほら面倒がらないでレオネル小父様に連絡して」
「レオに? なんで?」
「この子、レオネル小父様の息子さんだから」
「え……?」
アイシャ様、めちゃくちゃ驚いているけど……もしかして知らなかったんじゃないか?
え、どうなんだろう。もし知らなかったのなら、僕たちが暴露したってことになる? いや、いつかは知ることだし誰かがいうであろうことだけど……第2弾。さっきも僕、同じこと思ったよ。やだよー、エレーナのとき異常にやだよー……レオネル様、ごめんなさい。
「嘘……」
「嘘じゃないんだって、吃驚した?」
口に手を当てて本気で驚いているアイシャ様。笑うエレーナ。……エレーナ、配慮が足りていないのではないか?
「どうしてあんな無神経な男からこんな繊細な美少年が産まれるの?」
「お爺様の孫だからじゃない?」
「ああ、なるほど」
えええ?
「母様、大事なことを忘れてた」
「何?」
何、僕も気になる。
「私、礼儀作法が全くできていない。公爵家の人なんてほぼほぼ王子様じゃない、無礼者とか言われたどうしよう」
いや、その公爵家の当主を小父様と呼んでいてそこを気にする? 王子様じゃないけど、王様に「王の小父様」って態度だよね?
「王子様みたいな見た目しているものね。私も緊張してきたわ」
「母様にもそんな繊細な神経があったのね。それよりも礼儀作法、どうする?」
「15年近く礼儀正しくしていないから自信はないわ。カーテシーも忘れちゃった。仕方がないわよ、使わないんだし。魔物を前にして『ごきげんよう』とカーテシーしている場合じゃなくない?」
それはそうだ。
「あ、あの、お気遣いなく……」
「やだ、声も可愛い! 私、本当ならこういう人のほうがタイプなのよね」
え、そうなんですか?
「お爺様に一目惚れだもんね」
「惚れたかは分からないけど、ずきゅううんって感じはしたわ。息子のレオと同じ年じゃなかったら結婚を申し込んだんだけど」
エレーナがアイシャ様に残念な者を見る目を向ける。
「母様は運が悪いね。この子、未成年だよ」
「あら、未成年なの? それじゃあ早く保護者に連絡しなきゃ」
アイシャ様は駆け足で砦の中に入り、僕たちは顔を見合わせてその後を追う。正面扉を開けたところでアイシャ様が戻ってきた、手に鳩を持って。
「これですぐに連絡がつくはずよ。とりあえず王都にはレーヴェ様がいるし」
しかし鳩でもここからでは3日はかかる……って、ええ?
アイシャ様はゲートの扉を開けるとポイッと鳩を投げ入れた。確かにあれなら早いけど……ええ、大丈夫なの?
「母様、大丈夫なの?」
「大丈夫よ、何回もやっているし。あの子ももう慣れっこだわ、きっと」
そう、大丈夫……今頃あの鳩は城の中をパタパタと飛んでいるということだろう……粗相しないことを祈る。
「さて、連絡がいく前にこちらの問題も解決しましょう」
そう言ったアイシャ様にジッと見られたハルト様は体を固くした。反射的に僕の体も強張る。
「レ、レオンハルト・ウィンスロープです」
「……長いわ」
「は? え、あ、すみません。その、長い、ですか? 何が、え、髪ですか?」
困ったようにオロオロとハルト様は僕も見る。でも申し訳ない、僕も分からない。
「髪型はすてきよ。いいわねえ、王子様風ってこういう髪型も似合うのね」
「あ、ありがとうございます」
「長いと言ったのは名前。急ぎで呼ぶには長い名前なの。特に最初の音ね。戦闘中は最初の音しか聞こえないときがあるわ。レーヴェ様、レオネル、そしてあなたで『レ』が3人になっちゃうの」
「な、なるほど。それなら愛称のハルトと呼んでいただければ……」
「愛称で呼ばせてくれるなんて嬉しいわ。慣れ合うというのかしら? 男の子って格好つけてそういうのを嫌がる時期があるじゃない?」
……僕を見ないでほしい。別に僕も愛称で呼ばれてもいいが、イヴァンのどこをどうすれば短い愛称になるというのか。
「ヴィクトルもヒョードルなんていまだに嫌がるわ、ヴィッキー、ヒョーと呼んでも完全無視よ」
「ヒョー? それなら、イヴァンはイー?」
「エレーナ、やめて」
せめてイヴァ、いや、ヴァンにしよう。
「一応考えておこうよ。ヴィッキー陛下と呼ぶことはないと思うけど」
「本当にやめて。ご本人を前にして笑わない自信がなくなる」
あれ、どんどん話が変な方向に転がっているぞ。
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