4‐7 女神の慈悲か悪戯か|イヴァン
「イヴァン、変わった子がいるわ」
それはエレーナに言われたくないことのような気がするが、確かに変わった子どもがいる。とりあえず、超目立っている。
1人?
マントを被り荷物を背負う姿は旅行者だけど、周りに保護者らしき者はいない。
「保護してくる」
「え? エレーナ?」
ちょっと待って……ああ、止める間もない。
「君、どうしたの?」
突然エレーナに声をかけられて驚いたのだろう。でも、こちらも驚いた。春の空を思わせる淡い青色の瞳、フードから漏れる艶やかな銀色の髪……すごく綺麗な子で、なんとなくアイシャ様を連想させる。
「この子、母様の隠し子?」
「それはないだろう」
実の娘がそれを言うかなあ。
「でも母様に似てるよ」
「親戚、とか? いや、でも……あの、ごめん……」
親戚って……アイシャ様の生まれを知っていて失礼なことを言ってしまった。エレーナ、気分を悪くしたよな……。
「気にしないで。でも、気にしてくれてありがとう」
「……うん」
エレーナのこういうところ、うまく言葉にできないところなんだけど、好きだなって思う。
「何をしていたの?」
「あ、の……馬車を、探していたんです」
「お父さんやお母さんは?」
「1人です。あの。僕は……「え?」」
エレーナが驚く。僕も驚いた、こんな小さな子どもが1人でいるなんて。
「あなた、男の子なの?」
「え、そっち?」
「……イヴァン、確かに女の子みたいに可愛いけれど『そっち』は酷いんじゃない?」
「い、いや、そういう意味じゃなくて……ごめん」
確かにそう聞こえてしまったかもしれない。こっちも反省。思わず少年のほうを見ると苦笑いが返ってきた。
「気にしないでください。女の子みたいってよく言われます」
そう言ってくれて気が楽になった。それにしても声変りもまだなのかな。こうして話していても男の子とは分かりにくい。
「僕はハルトといいます。間違えていたら申しわけありませんが、スフィンランの将軍アイシャ様のご息女エレーナ様ですか?」
僕は咄嗟にエレーナの腕を引き背後に隠す。どうしてエレーナ?
この子の狙いはなんだ? ……見たところ初等部を卒業するかどうか。しかし子どもだと油断できない。ここには僕しかいない。僕がエレーナを守らなければいけない。
「イヴァン、大丈夫よ。この子に敵意はないわ」
「どうしてそれが分かるんだ?」
根拠のない大丈夫ほど危ないものはないと、眉をしかめるとエレーナは笑って上空をさした。
「スフィンランが騒いでいないわ。ゼフィロスもね。もしこの子に敵意があったらこの子たちが黙っていないわ。何かあれば即凍結、手加減なし」
……確かに。
僕もエレーナも彼らの愛し子ではないけれど彼らの愛し子が守りたい者ってことで保護がある。普段敵意を感じることがないから忘れてた。
……エレーナ、慣れていないか?
「エレーナ嬢、僕は……「おんやあ、やっぱりその子はエレーナ様の妹だったのですなあ」」
ハルトが何か言い掛けたが、村に住むおじいさんが割り込んできたからか口を噤んだ。
「こんにちは、トムソンおじいちゃん。最近見かけないからぽっくり逝っちゃったんじゃないかって母様が心配していたよ」
「相変わらずアイシャ様はお口が悪い」
…… 気の抜けるやり取りだなあ。
「お一人ですか? アイシャ様やレーヴェ様は?」
「母様とお爺様が一人での外出を許可を出してくれたの」
「おうおう、そうですか。エレーナ様は東部までお一人で行けたのですものな」
よかったですね、とトムソン爺さんが笑う。
「そうそう。アイシャ様に村に2名旅人が来ていると伝えてくださいませ」
「うん、分かった。これは母様から正式に連絡があるけれど、旅人はこれから監視しなくても大丈夫になりそう。いままでありがとう、トムソン爺さん」
……この村の役目って……砦に向かう道はいまはもうこの村の中心を通っているこの道しかない。地図ではあと3本あることになっているが、アイシャ様が魔物の討伐の際に道を壊してしまったと聞いた。もしかして壊してしまったのではなく、壊した?
雪山で道なき道を行くのは命に係わる上に、この山は中級の魔物が出る。そうなると必然的に砦に向かう者は必ずこの村を通ることになる……そして先ほどのエレーナの敵意に対してスフィンランが反応することに慣れていた様子……。
「嫁姑の争いの激しいというのは古今東西の常識ですが、殺し屋を雇ってまで元嫁を殺そうとする姑はなかなかおりませんぞ。15年もまあ、気力も金もよく続きますなあ」
それって……。
「その気力とお金で野菜でも作れば人の役に立つのに」
「野菜と言えば馬鈴薯の品種改良がうまくいきましたよ。甘め、ほっくりした仕上がりです」
「わ、嬉しいな。バターをつけて食べてみたい」
いや、野菜の話よりも殺し屋の話。『そんなことより』って感じで野菜の話に花を咲かせないで。ハルト少年のことも放置しているし……そうだ、少年。僕も忘れてた。
「ハルト少年?」
見ればハルト少年はプルプル震えている……怒ってる? なんで?
「あのバカ女共が!」
おおっ、キレイな顔から似合わない単語が出てきた。。
「父上に報告をしたら絶対にぶち切れるよな。あああ、面倒くせえ!」
……口が悪い硝子人形。
「イヴァン。あの子、口が悪いわ」
「同感だけど、きっと気にすべきところはそこじゃない」
そう、気にするところはこの少年の正体。『バカ女共』に『父上』……そういうこと。ハルト、ねえ。
「イヴァン?」
どうせいつかは知ること。誰かがいつか言うべきであるのだが、それが僕っていうのはちょっと嫌。でもここで黙っていたらエレーナに怒られそう。それはもっと嫌だし、アイシャ様の娘だから怒らせたらなだめるのが大変そう。
「エレーナ、あの子なんだけれど……」
「そうだよね、あの子。こんなところで長話していないでレオネル小父様に連絡しないと」
「……え?」
驚く僕を無視して、エレーナは屈んでハルト少年と視線を合わせる。
「ウィンスロープ公子レオンハルト様、御父上はここにいることを知っているのですか?」
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