4-5 王都にて|ヴィクトル・レオネル
「え? アイシャと結婚しないの?」
「できないんだ。アイシャが結婚を望んでいないから」
なんで?
「結婚は懲り懲りだそうだ」
あー………。
「葬式は一人でも挙げられるが結婚式は無理だ」
「まあ、そうだね」
達観してるな。
理想論を言えば子どもは愛し合う夫婦のもとで育つべきだが、政略結婚が基本の王族の僕が何を言うのって話。実際は社会的な立場と経済力のある親のもとで子どもはそれなりに育つ。そしてアイシャは彼女自身に社会的立場と経済力がある。
「でもその子は庶子になるよ」
「俺が認知すれば何も問題ない、だろう?」
……そうだね。
後継ぎに関する法律は男性優位。庶子でも男が認めれば嫡子と同等の扱いをされて後継ぎになれる。
「ごめん」
僕がさっき言ったこと。庶子になるぞって台詞は女性側からしてみれば脅しも同然で、レオはアイシャのことを一番に考えて僕に怒ったんだ。
「アイシャのことだ、そんなことを言ったら妻を娶ってそいつと寝ろと言うぞ」
「言いそうだねえ」
レオは知っているのだろうか。
「アイシャはそうなの?」
「孤児である以上はそうか分からないだろう。まあ、あの魔力量を考えれば貴族の庶子。場合によっては王族の落とし胤だな。どちらにせよ、考えてもしかたがないことだ」
そろそろ法律のほうを見直すべきなんだろうなあ。
アイシャが未婚で子どもを産むことは物議になるだろう。貴族であることやその資産で子どもを盾に女性を従属させようとする男たちをアイシャは「庶子ですが、なにか?」と笑ってみせる。そんなアイシャをみて女性たちはどう思うだろう。傲慢を直さない限り、男たちに鉄槌が撃ち込まれる日も近いね。
「エレーナ嬢は認知するの?」
「認知する意思はアイシャに伝えた、エレーナに決めさせるそうだ。俺としては認知をしたい、だから変なことは考えてほしくないな」
剣呑な光を浮かべる赤い目に両手を上げて降参する。
いまこの国には政略に利用できる王女も公女もいない。だから貴族の中にはエレーナ嬢をウィンスロープの公女とする案が浮上している。
「子どもの認知に他人が口出しできると思っている馬鹿がいるほうが問題なんだ」
「そうだねえ」
「そろそろ埃をかぶったイスの埃を払うべきかな」
レーヴェ殿が公爵になってからずっと座る者のいないウィンスロープ公爵の議席。そこにレオが座ってくれるなら心強い。その日はついでに頭の痛い議案を沢山片付けてしまおうっと。
「今さらなんだけど、どうして王都にいるの? 北部にいけばいいじゃない」
「動くたびに俺があれこれ言うから鬱陶しいそうだ」
ああ、なるほど。
「何か手伝うことがあるか聞いてみれば?」
「聞く前に父上と婆や殿がやってしまっている」
「婆ちゃん、働き者だからなあ」
アイシャの懐妊情報が他に漏れるのを防ぐため、婆ちゃんは北の砦で軟禁中。
しかし北の砦はもともと陸の孤島のようなもの。脱出は死に直結するからとアイシャが婆ちゃんに自由に過ごすようにいったら、婆ちゃんは暇潰しに家事をあれこれやり始めた。それに家事の苦手なアイシャが歓喜し、婆ちゃんを正式に雇った。ただで労働力をもらうわけにはいかない、砦は国の施設だから管理人には国が給料を払うべきだと言って。アイシャは自分の懐を痛めない方法をよく知っている。
「婆ちゃん、砦での生活が相当気に入ったみたい」
「労働条件も給料もいいしな」
「出産後も砦で働いてほしいとアイシャに言われたみたいでさ、雇用期間の延長申請がきた」
僕の言葉にレオの顔が歪む。
どこにそんな顔をする要素があったのかと思い返してみて、アイシャが自分以外の誰かを頼るのが面白くないんだと気づく。自分にできることはないと言ったくせに。本当に面倒臭い男だ。
「城の厨房に俺がいったら驚かれるよな」
「驚かれるし、昼の厨房に君がいたら邪魔でしかないよ。でも、どうして?」
「婆や殿は無理としても父上には勝ちたいと思って、でも父上はアイシャたちの胃袋をガッチリ掴んでいるから」
明後日の方角に爆走するのはやめてよね。
本当に面倒な奴。
◇ レオネル ◇
何かをしたら後片付けがあるもので、俺はせっかく王都にいるのだからと後片付け中の公爵邸に足繫く通った。ここに住む者はいないし、必要なら城やホテルに泊まればいい。人が住まない屋敷は荒れると聞いたのでアイシャ救出後に屋敷を壊そうかと思ったが、それに父上が待ったをかけた。いまは新たに雇った使用人たちによって屋敷は活気に満ちている。
子どものことは想像していなかったから、あのとき壊さなくて良かったと思う。それにエレーナも好奇心とかで来るかもしれないし。そう考えると気合も入り、こうして足繁く通っている。
「手間をかけさせたな」
今日は父上も来ていて、俺たちは公爵邸の一角にある墓地にいる。祖父母は父上が若いうちに亡くなっているので、ここに眠る者を俺は一人も知らない。しかし祖父母の墓を見る父上を見て、良かったと思った。
「御二人に何を?」
「父上には早く嫁の顔をみたい、早く孫を抱かせてくれとよく言われてな。母上は娘が欲しかったそうなのだが、体が弱く俺で我慢したそうだ」
何かいいことを思い出したようで、父上が優しく笑う。
「もう少しで紹介できると思います」
「御二人の孫ならここにいますが?」
なぜ驚いた顔を?
「言ったろ? 母上はそれはそれは可愛らしい天使のような女の子ほしかったんだ」
ゴツい孫息子はノーカウント?
「旦那様、大変です」
慣れない呼び掛けに気付けず、父上に「呼んでるぞ」と言われて気づく始末。家を管理する自覚がないなと苦笑しながら見れば執事長のエリオットが見えた。
「学院から問い合わせがあり、レオンハルト様はご在宅かと」
「学院にいるんじゃないのか?」
心臓が嫌な音を立てる。
「長期休暇を申請し、一カ月ほど前に寮を出られたそうなのです」
「一カ月前!?」
なんで今頃連絡が?
「本人が申請したのか?」
「はい、それは間違いないそうです。ただレオンハルト様が長期休暇の申請をするのは珍しくないし、いつものことだと思って簡単な確認ですませてしまったそうです」
普通なら休暇前に保護者に申請に間違いがないか確認がいく。ただ俺の場合は居場所が南の砦で遠方だし、遠征に行っていることもある。レオンがしっかりしているからと確認は省かせてもらっていた。
「問い合わせが来たという事は、子どもがいないことに事件性はあるのか?」
父上の質問にエリオットは首を横に振る。
「そういうわけではありません。新たな事務長が保護者が将軍であっても特例は許さないと言って事後ではあると承知で確認の連絡を寄越したそうです」
「その者の責任感に助けられたな。その子は、こちらから迎えにいっていないということは護衛騎士もつけていないんだな?」
ここにきて漸く父上がレオンのことを自然に話していることに気づいた。
「やはり父上はご存知だったのですね」
「孫のことだからな」
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